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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第七章 過去との対峙

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第394話 本題4

「まあしかし、それが身辺調査。諜報の役目だ」


 肩をすくめる司は慰めるでもなく、突き放すでもなく――ただ事実を述べる口調。

 裏を取る。疑う。洗い出す。それがライルの仕事だ。


「結局は僕が貧乏くじを引いている気がするんですけどね。……損な役回りじゃないですか? トホホ」


 ライルは軽く笑ってみせるが、冗談にしては疲労がにじんでいる。真面目で几帳面だからこそ、情報の信憑性は群を抜いて高い。基本的に裏付けのない報告はせず、曖昧な推測も持ち帰らない。

 身辺調査や諜報のため、時には現場に潜入する。一か月単位で姿を消すことも珍しくなく、それは表に出ずらい功績。しかし失敗すれば、すべてが崩れる。


「ライル。今回は本当に疲れていそうだな」


 目の下にはハッキリと隈ができており、頬もわずかにこけている。睡眠時間すら削っているのは、一目でわかった。


「……OK。わかった。今回そこは、オレが判断しとく」


 一拍ほど間を置いてから、司の言葉だった。軽く言ったように見えて、その実は重い部分を引き受ける宣言。なんだかんだ言っても、仲間の状態は見ている。

 軽口を叩くし、皮肉も言う。だが、最後は支える。それを全員が知っているからこそ、司は信頼されていた。


「技術や功績に加えて、人格も審査も重視する。……大変だよな、ジェネシス社の方針も」


 ヘッドハンティングと言っても、有能なら誰でもいいわけではない。


「それも当然だ。即戦力かつ環境が変わっても成果を出せる人材でなければ、ヘッドハンティングをする意味がない」


 即答する司の意見は、冷静かつ現実論だった。

 高待遇。研究環境。資金支援。それだけのものを提示する以上、期待値は高い。


「だから身辺調査が大変なんですよ」


 ライルはため息をつきながらも、説明を続ける。


「例えば実績が会社依存の人は、会社のブランドが強く、チームの力で成果が出ていて、個人の再現性が低かったりします」


 表に見える実績だけでは、本質は測れないとライルは言う。

 どこまでが個の能力か、どこからが環境補正か。それを見極めるのが、諜報の仕事。


「論文の筆頭著者でも、実際の設計は別の人間だったり。大型案件の成功者でも、裏で支えていた参謀が別にいたり。表面だけを見て判断すれば、痛い目を見る。だから徹底するんです」


 ライルの声は疲れているも、華やかな肩書きの裏を剥がし、そこにある“素の能力”を見抜く。

 ヘッドハンティングとは、賭けではない。確率を限界まで削り、勝算を積み上げる行為。そしてその裏側で、誰かが地道に真実を掘り起こしている。


「極端に忠誠心が強い奴も、ダメだよなぁ」


 司がぽつりとこぼす言葉は、一見すれば長所にしか聞こえない。


「忠誠心が強いって、良いことなんじゃないかよ?」


 思わず問い返す。組織にとっては、理想的な人材のはずだ。


「蓮夜の言う通り。普通は良いことだ。しかし、創業メンバー。社長に強い恩義がある。家族経営に深く関わっている。こういう人は動かない可能性が高く、時間コストが無駄になりやすい」


 司の指摘する理由は、合理的な判断だった。

 ヘッドハンティングは、ある種の裏切りにも聞こえる行為。法的には問題なくとも、感情の領域ではグレーだ。だからこそ、最初から動かない人材に時間を割く余裕はない。


「他にも、安定志向が強すぎる人。スキルが古い人。評判に問題がある人。こういう人たちは、ヘッドハンティングに向かないんです」


 ライルの声は抑揚がなく――その平坦さの裏には、幾度も同じ結論へ辿り着いてきた経験の重みがあった。

 安定を求める姿勢は、未知の環境に身を置いた瞬間、守りの姿勢は足枷にもなる。

 スキルが古いというのも同様だ。かつては最先端だった技術も、市場が半歩進めば過去の遺産に変わる。肩書きだけが残り、中身が追いついていない例は、決して珍しくない。

 評判に問題がある人物となれば、なおさらだ。能力以前に、組織という枠組みの中で軋みを生む可能性を抱えている。


「ヘッドハンティングに向くのは、再現性がある。市場価値が可視化できる。環境変化に強い。自走できる。今の会社の中でしか輝けない人は、基本的に対象外って話だ」


 司が説明する言葉は簡潔で、選別基準は明確だった。

 再現性――偶然ではなく、意図して成果を出せる力。市場価値の可視化――肩書きではなく、客観的な評価軸に耐えうる実績。環境変化への耐性――組織が変わっても、役割が変わっても、軸がぶれない強度。自走力――指示を待たず、状況を読み自ら動けること。

 今の会社という“土壌”に依存して咲いている花は、美しくとも移植には向かない。ヘッドハンティングとは、才能を称える行為ではない。環境を剥ぎ取り、それでも立っていられる個を選び抜く作業だ。


「人を見極めるって、やっぱり大変なんだな」


 思わず漏れた本音だった。今のやり取りを聞いただけでも、ヘッドハンティングの難度は十分に伝わる。

 能力だけでは足りない。志向、価値観、環境適応力――目に見えない要素まで測らなければならない。

 人は数字では割り切れない。だからこそ、それを測る側にも相応の力量が求められる。沈黙の重みが、その事実を物語っていた。


「大変って、他人事じゃあねぇぞ。蓮夜。明日はオレと一緒に、国帝ホテルで交渉だ。まだ見習いとはいえ、足を引っ張るなよ」


 司は軽く肩を鳴らし、最後は茶化すように笑う。

 しかし、司の交渉は鮮やかだ。強引に見えて計算され、軽口に見えて布石がある。間近で見てきたからこそ、その有能さは疑いようがない。

 まだ見習いと笑われても構わない。その背中から学べるなら――それは何よりの機会だった。


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