第393話 本題3
「って言ってもパーティの参加者はおおよそ千人。人使いが荒いなぁ、ノキアちゃん」
司は椅子の背にもたれ、わざとらしく肩をすくめる。
当人がいなくなった途端、この調子だ。だが愚痴は愚痴でも、目はすでにタブレット端末へ向いている。
「各分野においてのパイオニア。唯一無二の性質を持つ者。もしくはそれに準ずる、代替のきかない人物……か」
口にしながら、条件を整理していく。
一人で業界の空気を変えられる存在。特定分野を事実上コントロールしている人物。次世代を担う中核。求めるのは“優秀な人材”より、“替えのきかない人材”だ。
「国内外の政財界トップ。各国企業代表。研究機関や大学関係者も来るのよね?」
ハルノが確認をする。顔ぶれだけ見れば、どこから手をつけるべきか迷う規模だ。
「それでも狙うのは専門分野の有力者のみだ」
司が小さく笑うが、その目は笑っていない。
「こちらはジェネシス社。政界と通じている人間はすでに多い。資金も、他企業と比較にならないほど潤沢にある」
金と権力や人脈を背景に、すでに主導権を握ると司。
だから必要なのは、技術や知見。そして、未来を左右する“個”。
「つまり――世界を一段押し上げられるやつを、引き抜くってことだ」
指でテーブルを軽く叩き、司は結論と言葉を落とす。
祝賀会の裏で行われるのは、静かな奪い合い。千人の中から、数人を選び取る。それが、今回の本当の任務だった。
「あぁ!! オレ様には向かねぇ仕事だっ!! なんかもっと、力任せに――スカッとする仕事はねぇのかっ!!」
椅子の背をきしませながら、天井を仰ぐガイの大声が響く。拳で解決できない任務は、どうにも落ち着かないらしい。
「たしかに。ガイ君には向かなそうだね」
にこりと笑顔を向ける凛は、事実確認のようで否定ではない。
そして全員が、無言でうなずく。ガイは前線特化型で、突破、制圧、威圧、力ありきの専門家。
それは、ヘッドハンティングは真逆の領域。それを本人も理解しているからこそ、余計に騒いでいるのだろう。
「農業分野のリストアップ完了。完全データ農業。垂直農業・閉鎖環境農業。AI農業。遺伝子編集・品種再設計のパイオニア」
そんな中、淡々と響くティナの声。パソコンの画面には、すでに整理された候補群。
わずかな時間で、一分野を網羅。ガイの叫びと対照的に、戦場は静かに進んでいる。
「別に期待してなかったわけじゃないけどさ。ティナに任せれば、最悪の事態にはならないってわかっている」
司はそう言いながら、ティナの後ろへ回る。画面をのぞき込み――そのまま、軽く頭を撫でた。
子ども扱いではない。司なりの“認めている”というサイン。
「髪型が崩れる。それにセクハラ。人事部。コンプライアンス部。法務部へ訴える」
即答するティナは、淡々とした三段構え。
キーボードを打つ指は止まらない。だが内容は、まったく冗談に聞こえない。
「……待った。今のはオレが全面的に悪かった。それは勘弁してくれ」
司の手が止まり、素早い謝罪。それは珍しく、本気のトーンだ。
些細なことでも油断は禁物。このご時世、冗談で済まない場合もある。
「……ふふ」
その様子が妙に可笑しくて、凛がくすりと笑う。つられるように、空気が少し緩む。
冗談か本気か。その境界を軽やかに行き来しながら、今日も仲間として仕事をする。こんなふうに笑い合える時間もまた――選択者にとっては、ありふれた日常だった。
***
社長就任十周年のパーティまで、あと十日。
とある時間の作戦会議室。一週間前が近づくにつれ、来日予定者の詳細も徐々に具体化してきている。本格的な接触が始まる前に――今は、徹底した事前準備の段階だ。
「マルクト社の人ですか。その人物は、まだ身辺調査が終わっていませんよ」
淡々と指摘したのは、ライル・ライリー。第一印象は、『地味で、どこにでもいそうな男』。
整えられた黒髪は主張せず、額にかかる前髪も理性的に収まっている。眼鏡の奥の瞳は鋭いというより冷静。常に一歩引き、状況を俯瞰する目だ。
細い輪郭で、派手さのない顔立ち。口元は固く結ばれ、軽率な言葉を嫌う真面目さがにじむ。立ち姿も直線的で、自己主張より秩序を選ぶ人間のそれ。華やかな面々の隣に立てば、たしかに影は薄い。だがそれは弱さではなく、前に出ることを望まない慎重さゆえだろう。
「今回は案件が多そうだもんな」
「ただでさえ通常業務で手一杯なのに、さらにパーティ対応まで上乗せるなんて、……僕を過労死させたいんですかね」
仕事の進展状況について呟けば、ライルにしては珍しく、わずかに愚痴が混じる。
ライル・ライリー二十三歳は、選択者“No.5”。黒を基調とした詰襟タイプのジャケットで、装飾は最小限。身体に合った細身のシルエットで、動きやすさより“規律”を優先している。首元はきっちり留められ、着崩しは一切ない。几帳面な性格が、そのまま服に現れているようだ。
深緑のスラックスも無駄がなく、必要最低限で全体として目立たない。衣服に着られているのではなく、規律の中に自然に溶け込んでいる男、という印象を与える装いだ。




