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星屑オペラッタ ~総館長と助手~   作者: 境 美和
4章 どうぞ!!! 世にも真白な花をあなたに。
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誓約の行方

4・誓約の行方・






 国立図書館の仮定図書一覧表作成のスケジュールとすり合わせ、十二月半ば、ソフィレーナとケルッツアの結婚式は静々と執り行われた。ソフィレーナは当初予算的な意味もあり、ダリル家の末姫の降嫁――――出生時より王臣から外されたダリル家の者に相応しく、ドレスを着て教会で誓いを立てるだけのつもりで、結婚式は十月を希望していたが、それを知ったケルッツアが、小さくとも記念に披露宴をしようと提案した事で、招待客への招待状如何、準備期間も大幅に伸びての十二月半ば、ダリル家のおまけの地位にある者の結婚式にしては豪華な式を催す事になった。

 ソフィレーナとケルッツアとは、王都一番の教会を午前に一時間程貸し切り、建国神プロティシア神の像の前で二人してこの国流の結婚の誓いを立てた。

 その後、車で移動した先の披露宴会場はダリル邸の一室を借りる事で執り行われた。

 ダリル邸の一室は、本来ならば一重咲きのロームエッダに象徴される者――――ソフィレーナには使うべきでないものだったが、ケルッツアの――――現賢者の結婚式という事で王から直々に貸し出しが許可された。

 ソフィレーナは家族と、学生時代の友人と職場内の友人を呼び、ケルッツアはゲールッセッテ大学時代の学友を――――といっても流石に国王である、エルグ、エメラルグラーレンは来られなかったが、他の三音仲間であるタールこと、テェレルや、マルスことマーロルサース、グランことグルラドルン、メルザことメトーラルシザに、シルドことシルヴァルドを呼んで披露宴を執り行い、手厚い祝福を受けた。

 披露宴の最中、新婦であるソフィレーナとお揃いで、近年の流行に則って新郎、ケルッツア側も髪に飾った花はダリル家の象徴花であるロームエッダの白い花と、丁度十二月頃、国の南方で開花する一重咲きの蒼いリタンという花だった。

 それが、ケルッツアも大して気に留めていなかったディス・ファーン姓の象徴花なのだと、ケルッツアが異世界に行こうと――――この国の家臣となる誓約を王の前で結んでから決められていたのだと、ケルッツアはつい最近知った。

 ロームエッダの花は春と秋口から冬にかけて咲き誇るので少々季節外れだったが、式典諸々で栽培されている為比較的手に入りやすい。しかし、リタンの花はその季節でないと見受けられない野草だった為、偶然とはいえリタンの花の咲く時期に式が出来て、ケルッツアもソフィレーナもホッと胸を撫でおろした。

 ソフィレーナは、ケルッツアが華やかな席をあまり好まない事を知っている。

 だからこそ教会で誓いを立てるだけのつもりだった面も多分にあったが、そのケルッツアから、小さくとも披露宴を、という気遣いを受けて、とても感動していた。

 司会はダリル家の当主であるサラフィーネが行う、内輪で進んでいく式の中、母の真っ白な結婚衣装を今風に直したドレスで着飾ったソフィレーナはこっそりと隣に座る白い燕尾服姿のケルッツアの袖を引いた。気付いたケルッツアが、その褐色の顔を寄せてくる、その耳元に、ソフィレーナはそっと話しかけた。

「ドクター。披露宴を催して下さって、ありがとうございます。

 私、今、世界一幸せだわ」

 家族はまだしも、友人に祝われる。落ち着いた内装の豪奢な造りの一室で、美しい音楽と共に美味しくて見た目も綺麗な料理を囲む。そんな席がこれ程も幸せなのだと、ソフィレーナは、教会で誓いを立てた時とはまた別の喜びに浸っていた。

 しっとりと、まるで一輪の花のように微笑むソフィレーナに、ケルッツアも耳を赤くしながら応じる。

「そう言って貰えると本当に嬉しいよ。

 僕も、世界一幸せだ」

 そう言ってひな壇で微笑みあう新郎新婦を、その場の誰もが温かな笑顔で祝福していた。




*****




 披露宴の後、ソフィレーナはケルッツアと一緒に、ケルッツアの持ち家の王都港域の小さな家に車で送られていった。既に国立図書館の今年度分の業務を終えている二人は、これから年始にかけてたっぷり休みを取っていた。新婚旅行という事で、ソフィレーナの外出許可証も手元に在り、国内旅行に行く手筈も整っている。

 ケルッツアとソフィレーナとは、この国内旅行をもって暫くは、また離れ離れの生活になる予定だった。

 ソフィレーナは今年の十一月の誕生月で二十四になった。学者を名乗れる試験は二十五歳から受けることが出来る為、彼女はこの国内旅行が終わって暫くはその試験への準備に専念するつもりでいた。なのでまだ国立図書館の職員専用寮は借りたままである。

 勿論それはケルッツアにも告げてあることで、ケルッツアもソフィレーナの学者としての未来に、出来る限りの事をしようと、その案に賛成していた。

 それでもソフィレーナは、学者を名乗れる試験の準備と、国立図書館の業務の合間を見つけて、度々旅行に行くつもりだった。

 ソフィレーナは――――ケルッツアに告げた時大賛成されたが、これから先、二人で、なるべく沢山の国内旅行をしようと思っていた。ケルッツアは国内旅行であれば許可証は必要なく、ソフィレーナも、国内旅行であればダリル家の略称でも許可が出るようになった為だった。

 ケルッツアと一緒に旅行に行きたい。

 それは、ソフィレーナ自身の我儘でもあった。殆ど勢いで結婚まで押し切ってしまった手前、ソフィレーナにはケルッツアとの思い出が国立図書館内の事と、国外旅行に行った事位しかない。大好きな人と一緒に居たい。大好きな人の旅行先での違った一面をもっと見たい。大好きな人と、たくさんの思い出が欲しい。ソフィレーナの願いは、言葉にしたならば、そんな些細なものだった。


 結局、ソフィレーナは二十七歳で学者としての資格を得た。

 それから、三十九歳にして国立図書館を辞め、ソフィレーナがずっと取り組んできた菌糸研究の出来る機関の所属職員になった。

 その間に、ソフィレーナとケルッツアとは、毎年二回は国内のあらゆる個所に旅行に出かけた。

 それはソフィレーナが国立図書館を辞めても続くディス・ファーン家の恒例行事と化していた。

 ケルッツアが八十五でこの世を去るまで、そして、去った後も、ソフィレーナは折を見つけては国内旅行へ出かけた。ソフィレーナは、晩年は、二人で新婚旅行に行った場所を中心に、ひとりで遺影と共に旅先を巡る事が多くなっていった。

 ケルッツアは、ウィークラッチ島の遺跡の解明発展研究を手伝う傍ら、生涯国立図書館の総館長で居続けた。ソフィレーナが助手を辞めて以降は別の助手を持つことはなかった。




*****




 穏やかな日差しに囲まれた、三月某日――――王都港域のディス・ファーン邸にて、年老いたソフィレーナは一人、小さな庭に出て、草木の水やりをしていた。

 四十二で菌糸研究の第一人者となったソフィレーナは、それから三年後、機関の所長になり、数々の賞を受賞したが、定年である七十を期に、表舞台から姿を消していた。

 今日は、所属していた機関の弟子たちが、それぞれの研究発表がてら家に遊びに来る日だった。

 ソフィレーナは、最近めっきり弱ってきた老体に鞭を打つと、庭の草木の水やりを終えて、今日の夕飯の支度をする為に家の中へと入っていった。

 と、妙に眩しい西日に、目をすがめた時だった。

「ソフィレーナさん」

 久しく聞く事のなかった、ケルッツアの声を聞いた。その声は、ソフィレーナが覚えているどの声より若々しく張りに満ちていた。ソフィレーナが声のした方を――――今しがた出ていた庭の方を振り向くと、既に死した筈のケルッツアが、――――ソフィレーナが写真でしか見た事のない程の若い姿で立っていた。

「あら、まあ……!」

 ソフィレーナは老いた目を更に瞬かせて、妙に明るい西日の、穏やかな光の中にいる人物を見、花のように微笑んだ。

「若い頃は、そんな姿だったわね……あなた。

 ……お迎えに、来てくださったの?」

 多大なる驚きと喜びと、ほんの少しの悲しみが、ソフィレーナに舞い落ちていた。既に死した者の姿が――――それも写真でしか見た事のない若い頃の姿が見えるのは、自分の先が長くないからだろう、と。だから、ケルッツアが迎えに来たのだと。

 光の中のケルッツアは、静かに一つ頷くと、この日を待っていたようで待ってなかったんだ、と、さっぱりとした諦めを零す。

「僕の声が届いてしまう日は、もう君が亡くなる日だから。その日が早く来ればいいと思う傍ら、生き生きと生きている君を見ているのも好きだったんだ。

 僕は、僕が死んでから、身勝手だけど、ずっと君の傍にいた。

 ――――知らなかったでしょう?」

 そう言って、若い姿でも変わらない、苦笑のような、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。

 ソフィレーナは、そんなケルッツアに、彼が亡くなってから今日までの懐かしい月日を思い出しつつ、小さな理解と共に、小首を傾げてみせた。

「知らなかったけれど、知っていたみたい。

 だって、独りでいても、不思議と淋しくなかったもの」

 ケルッツアが亡くなってから、確かにソフィレーナは独りになった。けれど、常に心のどこかが温かく満ち足りていたように、今は思い返す。それは、思えば、死して尚別れていなかったから、だろうか、と。

 ケルッツアにしとやかに笑い返したソフィレーナは、もうどこも年老いては居なかった。丁度、ケルッツアと結婚した年の頃、鮮やかに頬を染めて、でもね、と夢見心地、勢いよくケルッツアに抱きついた。

「逢いたかったのも本当のことよ……!」

「僕も、声を届けたかったよ」

 ソフィレーナを優しく抱きとめたケルッツアは、一緒に居たのにね、と、どこかおかしげに喉の奥で笑った。

 ソフィレーナは、誰よりも何よりも大切で大好きな愛する人の腕の中、言い知れぬ安堵に大きく深呼吸する。年若いケルッツアは、けれど、年老いていた――――ソフィレーナの知っているケルッツアと同じ温度と匂いがした。それが、何よりうれしくて、ソフィレーナはその両方のまなじりから大粒の涙を零した。

「これから、どこへ行こうか」

 ケルッツアは、喜びに泣きむせぶソフィレーナの耳元に、こちらも嬉しそうに、そして楽しげに語りかける。

「貴方となら、どこへでも行きたいわ……!」

 ソフィレーナはそう言って、涙を拭ってくれる大きな褐色の手のひらに頬ずりした。その顔のまま、かつてはプロポーズの日に、又は彼が亡くなった時、棺桶に眠るケルッツアにしたように、彼の額にそっと口づける。

「メッシュラ メルリッツ」

 そして、万感の思いを込めて、息と一緒に誓いの言葉を吐き出した。

「メルリッツ ケルッツア」

 ケルッツアは、そんなソフィレーナの額に、彼の葬式の時はやらなかった――――口づけを送って、彼女の美しい栗色の髪に顔を埋めると、誓約を繰り返す。

「メルリッツ ソフィレーナ」

 こうして、二人は西日さす庭の光の中に解け消えていった。


 どこまでも一緒よ、と。少女のような囁きが風の中に。

 どこまでも一緒だ。と。青年のような声がいらえを返す。

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