支援学級だけではない、娘のための教育
娘は公立小学校の支援学級、自閉・情緒クラスに所属している。
引っ越すより他に、選択肢はほぼなかった。
入学まで、ずっと不安だった。マンモス校で、感覚過敏の多い娘がやっていけるだろうか。
そんな親の心配をよそに、娘は毎日、頑張れている。
もちろん、いい日もあれば、よくない日もある。登校が楽しみな日も、行きたくない日もある。
毎朝、準備の遅い娘に「早く!遅刻するよ!」と声をかける。
遅刻ギリギリの時間に送迎し、下駄箱で別れる。
はじめは校舎の二階にある教室まで一緒に行っていたけれど、先月、先生に「もう慣れたみたいなので、下駄箱までにしましょう」と言われた。
玄関で別れた最初の日、娘は教室に入る前に、静かに少し泣いたらしい。
だんだんできてきた小学校のお友達は、年上の男児ばかりだ。不思議なことに、娘は同い年のクラスメイトをお友達とは呼ばない。
給食は、食べたくないものは一口分に減らして、なんとか食べているらしい。パンは給食のパンが一番美味しいと言っていた。
宿題のプリントは、雑だけれどやれる。嫌がっていた音読も、始まってみれば淡々としている。
小学校で一番嫌なことはプールらしい。プールの授業でテンションの上がった他の子たちを、一歩引いて見てしまっている。水の冷たさ、生徒の賑やかさ、強い日差し。感覚過敏が強く出る場所だ。
それでも、少しずつできることが増えていることに、娘自身が喜びを感じられている。
「今日は一人で水の中に入れたよ」
誇らしげに言った、その顔が忘れられない。
娘は足し算も引き算も、掛け算もできる。なのに、授業はなかなか足し算にならなかったのが不満だった。支援学級なので、通常学級よりゆっくり進んでいるようだ。
先日やっと足し算が始まった。娘はそれを嬉しそうに報告してくれた。計算カードの宿題は好きなようだ。簡単すぎるであろう授業も、今のところ嫌がってはいない。
授業参観で1時間ほど見たが、ずっと座学にならないよう、教室内を歩いたり、何かを作ったりする時間が組み込まれていた。
娘は支援学級で、魚屋さんを開いた。クラスのみんなとLEGOをする時間もあるらしい。娘ワールド全開で過ごせる時間があるのは、ありがたい。
ただ、入学早々に傘と消しゴムをなくした。
本人に、なくした心当たりがなかった。それが、娘を苦しめた。
ADHDのなくしやすさと、ASDの物への強い愛着。その二つが、娘の中でぶつかった。
「意味がわからなくて、もうすぐ小学校に行きたくなくなりそう」
傘も消しゴムも、出てこなかった。それでも、娘はまだ行けている。
娘のクラスは、六年生の男児が三人、一年生の男児が二人、娘の六人だ。
始めは不安だった。六年生を怖がらないか。男児ばかりで大丈夫か。
入ってみたら、あっさりと娘は馴染んだ。
娘は複数人での雑談が苦手だった。けれど今、一年生が三人という環境で、先生に助けられながら、少しずつやりとりを学んでいる。
娘は場を仕切りだしてしまう傾向がある。自分のやりたいようにやりたい。意見が通るまで、何度も言う。通常学級では、きっとうまくいかなかった場面もあっただろう。
1日の中で、通常学級に行く時間もある。娘は少し緊張するらしい。人口密度の高い教室では、落ち着けず、ソワソワしてしまうのだろう。
一年前、支援学級への進学を決めた。迷った。娘は通常学級でも、できなくはない。けれど、負荷がかかりすぎると思った。
今は、あの時の判断が正しかったと思っている。
娘は毎日のやりとりの中で、少しずつ経験を積んでいる。
一人で教室へ行けるようになった。プールに入れるようになった。複数人とのやりとりも経験できている。毎日学校へ通えている。
私には、それが十分価値のあることに思える。
ふと思うことがある。この子は、将来、通常学級を目指すべきなのだろうか。
高学年になっても支援学級にいていいのだろうか。
娘は通常学級でも、できなくはないと思う。だからこそ、いつか「通常学級でも大丈夫ですよね」と言われる日が来るのかもしれない。
けれど今の私は、無理に通常学級を目指さなくてもいいと思っている。
学力だけで決められるものではない。
娘がどれだけ疲れるのか。どれだけ安心して過ごせるのか。どれだけ自分らしくいられるのか。本当に見てほしいのは、そういう部分だ。
そう考えていたとき、もう一つの問いが浮かんだ。
娘に必要な教育とは、何なのだろう。
ギフテッド教育、という言葉がある。日本でも制度化に向けた動きが出てきた。大学の講義を小中学生が受けられるようにする。学校や教育委員会の判断で個別のカリキュラムを組めるようにする。IQだけでなく総合的に判断されるらしい。
ならば、娘も受けられるのかもしれない。
けれど、疑問も残る。大学の講義を受けることに、娘にとってどれだけ意味があるのだろう。ギフテッドといっても、一人ひとりが求めるものは違う。それぞれにメンターが必要なはずだ。
制度は、ないよりあったほうがいい。けれど、娘のような子に大学の講義は必要だろうか。
そう考えていたとき、気づいたことがあった。
娘はすでに、いくつもの場所で学んでいる。
支援学級がある。二箇所の放デイがある。
一箇所目の放デイでは、三枚のプリントをする。娘が喜ぶからと、毎回一枚は少し難しいプリントを用意してくれる。娘が作ったゲームのルールを紙にまとめ、そのルールで一緒に遊んでくれる。娘がいつもやりたくて、けれど途中で破綻して諦めることを、形にしてもらえている。この話を聞いたとき、この放デイを選んでよかったと心から思った。
もう一つの放デイでは、集団で遊ぶ活動が多い。全力で遊び、汗びっしょりになって帰ってくる。乱れた三つ編みが、今日も楽しかったと教えてくれる。
家では進研ゼミをしている。0歳から続けているので、当たり前のようにしている。ピアノ教室とバレエ教室でも、学びがある。
それぞれの場所が、少しずつ違う役割を持っている。
支援学級は、安心して過ごす場所。放デイは、得意や苦手に合わせて練習する場所。進研ゼミは、知的好奇心を満たす場所。ピアノやバレエは、表現する場所。
どれか一つだけでは足りない。けれど、全部合わせると、娘に必要なものが少しずつ揃っている。
放デイの先生は、ギフテッドという言葉を使わない。
ただ、娘が喜ぶから少し難しいプリントを用意してくれる。
娘が作ったゲームを面白がって、一緒に遊んでくれる。
考えてみれば、それは私がギフテッド教育に期待していたことと、あまり変わらない。
大学の講義でもない。飛び級でもない。特別な肩書きでもない。
ただ、その子をよく見て、その子に必要なものを渡すこと。
その子が面白いと思うものを、一緒に面白がってくれること。
困っていることには手を貸し、できることは信じて任せてくれること。
ギフテッドのためではなく、娘のために。
そんな大人たちに囲まれている。
ギフテッド支援に期待していないわけではない。
けれど、制度がなくても、娘はすでに、学べていた。




