第92話 エルフとメガネのラブロマンス
アムーザビル2階の飲食店フロアを、大の大人が嗚咽を上げながら歩いている。
「うぐっ!ひぐっ!オシッコ…ちょっと漏らした…みんなの前で…言わなきゃ分からなかったのに…自分から爽やかな感じで…発表してしまった…。オェッ…!ボエッ…!」
白石はレナとの勝負の後、館内のコンビニで新しいパンツを買ってから大浴場に行っていたらしい。
汚物と化した古いパンツをゴミ箱に捨てる時、彼は正気に戻り、涙が止まらなくなったのだ。
そんな白石を館内の人々は、心配を通り越して不審者を見る目になっている。若い女の子は、スマホの電話の画面に110とあらかじめ打ち込んで、いつ何が起きてもいいように準備をしているぐらいだ。
「もう…僕の人生は終わった…。たらふくお酒を飲んでから…死のう…。」
生気の通っていない目で、たまたま通りがかった居酒屋の中を覗くと、そこには白石の暗いオーラを明るく照らすような女性が一人でカウンター席に座っている。
(あっ!あの人は…。)
そして、白石は街灯に引き寄せられる虫のように、光って見えるその女性の元へと行くため、居酒屋の暖簾をくぐるのだった。
自分でも何故そんな行動を取ったのかは分からないが、勇気を出して女性に声を掛ける。
「あ…あの…。シルヴィアさん…ですよね…?」
「あん!?」
声を掛けたのは良いが、振り向いたシルヴィアの顔は、昭和のヤンキーばりに眉間にしわを寄せてメンチを切っている。
(こ…!ここまで露骨に嫌な顔をする人がこの世にいるのか!?)
想像を超えたシルヴィアの反応に、白石は上手く言葉を返せずにたじろいでしまう。
「あ。何だ、アルマの友達の変態か。」
「へ…!変態じゃありません!白石です!」
「そうなのね。私に何か用かしら?美味しい日本酒を飲むという私の至高の時間を邪魔してまで話しかけてきたんだから、よっぽどの用事なのでしょうね?」
(ぐぐ…!プレッシャーが凄い…!そんな用事がないのを知ってて言ってきてるんだ…。壁を作るために…。)
さっきまでは、自分でも何故シルヴィアに声を掛けたのか分からなかった白石だが、その理由が何となく分かり始め、今の気持ちを素直に伝えようと思った。
「あの…。大広間で美しい人って言ったのは本心で…。たまたま外からシルヴィアさんが一人で居るのを見かけて…。凄く一緒に話をしたいなぁって思いまして…。」
「ふーん。なんで私の名前を知ってるの?言ってないよね?」
「会話の中でちょこちょこ出てたので!覚えてしまいました…。」
「そうなのね。少し気持ち悪いけど、私の事を美しいって言ったから許してあげるわ。」
「あ…ありがとうございます!」
そこでしばし沈黙が続く。白石は頭の中で必死に話題の引き出しを開けまくるが、テンパってしまって整理ができずに立ち尽くしてしまっている。
「いつまで立っているの?座らないの?それとも変態な感じで声を掛けるっていう新手の嫌がらせ?」
「違います!し…!失礼します!」
シルヴィアの言い方はあれだったが、その言葉に白石の胸は躍った。さっきの嫌な事を忘れさす程に。
そして、ウキウキとした気分で白石は生ビールを頼む。会話が思いつかないので、生ビールが出てくる時間がひどく長く感じた。
少しして、やっとこさ出てきたビールをシルヴィアに向ける。
「乾杯です!」
「おう!」
(おっさんみたいだな…。)
「あれ?あなた確かラヴィとアルマの変な勝負に巻き込まれてなかった?」
「あ…。それが…実は…。」
白石がさっきまで行われていたレナとのPK対決の話をシルヴィアに話した。
すると、意外にもシルヴィアはお腹を抱えながら笑ってくれたのだった。
「あはははは!あなたがレナと勝負って!そりゃあ勝てないわよ!あの子、元居た世界では獣王とか呼ばれてたみたいだし!よく生きて帰ってこれたわね!」
「元…居た世界…ですか?」
「あら?あなたアルマと一緒に居てるから知ってると思ってたわ。知らなかったなら忘れなさい。」
「いえ!そうじゃないんです!」
白石が勢い良く立ち上がり、ガタンッとカウンターの上のグラスなどが揺れる。
「ビックリしたわね!急にどうしたのよ?」
「す…すいません!」
白石は反省してゆっくりと席に座ると、半分は残っていたビールを一気に飲み干す。
そして、一度フーッと息を大きく吐くと、神妙な顔付きで話を始めた。
「アルマさんと一緒に暮らし始めてから、色々と不思議な事が起きるんです。あの人はずっと自分の事を『魔王だ!』って言ってるけど…いまいち信じてない自分がいまして…。
でも、今回のレナさんも人間離れした動きをしだすし…。何か…本当にファンタジーの世界に来たような感覚になるんです…。」
「ふ〜ん。」
白石の話を聞いたシルヴィアは、何も言わずに耳に髪の毛をかける。
すると、そこから尖った耳が現れて、それを見た白石は少し驚いた表情を浮かべた。
「そ…それって…。」
「私は別の世界から来たエルフ族なの。」
「え…。本当…なんですか?」
「えぇ、そうよ。あなたが対決したレナは別世界の獣人だし、アヤネもルルもラヴィもみんな元は異世界の住人よ。」
「そう…ですか…。」
白石の手が震えているのにシルヴィアは気付く。
「怖いの?怖いなら私達の近くから去る事ね。記憶はセリーナ様に頼んで消してもらうから。」
「だから!違うんです!今が凄く楽しいんです!アルマさんが来てからずっと毎日何かが起きて、はじめは鬱陶しかったけど…それが段々と毎日の楽しみになったんです!
今年で僕は35歳になります…。今までの人生は本当に暗くて、楽しい事なんて一つもありませんでした。だからキラキラしたホストの世界に飛び込んだんです。それでもプレイヤーとしては全然ダメで…結局内勤として残るしかなかった…。
そんな時にアルマさんと出会って、今こうして色んな人と繋がりを持てるようになれたんです!
アルマさんには感謝してるんです。だからもっとあの人の事を知りたくて、色んな質問をしても意味の分からない事しか言わないし…。
だからこそ!今回こうやってシルヴィアさんから話を聞けて良かったです。ありがとうございます!」
「ふ〜ん。じゃあ私の言ってる事を信じるの?」
「勿論です!シルヴィアさんは嘘をつくような人には見えませんので!」
「受け入れるんだ?」
「はい。当然今聞いた話は誰にも言いません。僕は僕で、みなさんとこれからも楽しく過ごせたら嬉しいなって思ってます。」
「そっか。じゃあ全てを理解してアルマを支えてあげて。あいつ、良い奴だから。」
「は!はい!シルヴィアさんも!また会ってくれますか!?」
「私のご主人様ですら外で会った事ないのに、図々しいわね。」
「ご…ごめんなさい…。調子に乗りました。」
そんなしょぼくれている白石に、シルヴィアは仕方が無いと思ったのか、精一杯の返事を笑顔でする。
「ま!もう少し良い男になったら考えてあげるわ。その前に人間の男に好意なんて抱く事はないけどね。」
そんなシルヴィアの笑顔にハートを完全に撃ち抜かれた白石は、鼻の穴を大きく膨らませながら返事をする!
「気に入ってもらえるように!頑張ります!」
「よし。じゃあまずは飲め。死ぬまで私の酒に付き合え。そしてここは奢りなさいよ。私と飲めるんだから。」
「はい!仰せのままに!」
こうして、白石のシルヴィアに対してのラブストーリーが始まるのだった。
――そして数時間後、シルヴィアに酔い潰された白石は、なんとか目を覚まし、宿泊している部屋へと辿り着いた。
部屋の扉を開けると、真っ暗な中、三角座りでブツブツ何かを言っているアルマがいた。
「え…アルマさん…何してんの…?」
「あっ!貴様!どこへ行っていたのだ!?結局あの後負けてエライ目にあったのだぞ!15万だぞ!15万!」
「ははは!やっぱりアルマさんは面白いよね!その金額は僕がカードで支払うよ!」
「なにぃ!?本当か!?」
「うん。今日は凄く機嫌が良いんだ!」
「小便を漏らしたのにか?」
「それは言うなよ!
はぁ〜…、まぁいっか!これからもよろしくお願いしますね!魔王様!」
「急に気持ち悪っ!」
「この…!やっぱ払うのやめとくね!」
「ごめんてぇ〜白石ぃ〜ごめんてぇ〜。冗談ではないかぁ〜。あれ?パンツ格好良くなった?」
「うるさいよ!」
こうして、ラヴィ達の打ち上げは、アルマ達も巻き込みながら、無事楽しく終わりを迎えたのであった。
しかし数日後、そんな平和な時間は長くは続かず、セリーナの元に最高神ベルゼから手紙が届くのであった。




