第83話 勇者と束の間の平穏 その1
『都会に田舎の旅館の癒し』を与えるために作られたアムーザビルという総合施設がある。
その建物は、東京ドーム4つ分のとても広大な土地に建てられており、中には温泉、宿泊施設、飲食店、ボーリングやカラオケなどのアミューズメント施設など、様々なニーズに答えるラインナップが勢揃いしている。
そんな場所に、各々の私服を着たラヴィ達5人が到着するのであった。
「おぉ!ここが噂のアムーザビルか!?王国の城ぐらいでかいではないか!」
「ニャー!早く温泉に行こうよ!」
上下黒ジャージのラヴィと、Tシャツにジーパンというシンプルな格好のレナが我先にと建物の中に入っていく。
「ちょっと待ってよ!私の名前で予約してるから先に行ってもダメだよ!」
ラヴィとレナの後ろを、白のワンピースを着たルルが追いかける。
「ほんっとにあいつらは子供だよなー。うちとシルヴィアぐらい落ち着いて行動できないかな…。」
「ここには色んな場所の地酒が置いてある店があるんだ!早く行かなきゃ!ハァ…ハァ…!」
「え…シルヴィア…?」
短めのスカートから美しいエルフの足を出したシルヴィアが鼻息荒くビルへと向かうのを、上下赤ジャージのアヤネがポカーンとした顔で見ている。
「シルヴィアってそんなに酒が好きだったのか…。まだまだみんなの知らない一面があるんだな…。」
こうやってみんなでどこかに遊びに行くというのは初めてであり、なんだかんだでアヤネも笑顔でみんなの後を追って建物へと入っていくのであった。
そして中に入ると、そこはとてつもなく広いロビーになっており、ロビーにはたくさんの露店が並んでいた。焼き鳥や焼きそばなどの匂いが食欲をそそる。
奥を見ると、アムーザビルのサービスカウンターで、ソワソワしながら落ち着きのないラヴィとレナの横でルルが受付をしている。
「えっと7人で予約しているんですけど…、セリーナ様とお連れの人は遅れて来るんだよね?ラヴィちゃん?」
「そう言っていたぞ!なんだ!?まだかルル!?もう私は早く行きたくて行きたくて!」
「ニャニャッ!?なんか奥に山みたいなのが見えるよ!?なんで!?」
「なんだと!?本当か!?レナよ!早く行くぞ!」
「ちょっと待ってって!もうすぐ受付終わるから!」
今にも走り出して行きそうな2人の首根っこをアヤネがしっかりと掴む。
そんな慌ただしい空気の中、いつの間にか少し離れた露店で、シルヴィアがすでにビールを1杯やっているようだった。
「うおい!シルヴィア!早すぎるだろ!こっち手伝えよ!」
「私はもうオフなのよ。この夢のような場所でお酒に溺れるの!」
「え〜…キャラ変わり過ぎじゃねーか…。」
ドタバタとしている中、ルルが受付を済ませたようで、全員についてくるように促す。
「じゃあみんな行くよ!まずは部屋に荷物を置きに行かないとダメだからついてきてね!」
「「はーい!!」」
そして、ルルを先頭にしてカウンターの向こうにあった自動ドアをくぐると、そこには山や草原などが広がっている。まさに日本の古き良き田舎を再現しているようだった。レナはいの一番にその草原を走り回っている。
「うわぁー…!凄いな!建物の中にこんなものを作るなんて!」
「でもこの植物は全部偽物のようね。何の声も聞こえないわ。」
感嘆の声を上げるラヴィの横で、シルヴィアが道端に生えていたタンポポを触りながらそう説明する。
セミや虫の鳴き声などが聞こえるが、これもどこかに隠されたスピーカーから流されているのだろう。
「この一角は季節によって景色が変わるみたいだよ!今は夏が近いからこんな感じなんだろうね!」
ルルがパンフレットを見ながら詳しく説明していると、景色の境目にエレベーターがあるのを発見する。
「あ!あれがそうかな?このエレベーターで7階まで上がるみたいね。そしたら私達の泊まる宿泊施設があるんだって!」
「よし!早く行くぞ!ルル!温泉に入るのが楽しみ過ぎて私は今日下着を着ていないんだぞ!」
「え…。ラヴィちゃんって天然というか…なんか…あれだね…。」
「うおい!悪口を言うならはっきり言ってくれ!言語化できない程のバカみたいじゃないか!」
「ラヴィ…。お前って本当にバカなんだな…。世界を救ったなんて信じられねーよ…。」
「もう!ほら!早く行くわよ!ビールがヌルくなるでしょーが!」
エレベーターの前でゴタゴタしている3人の横を、缶ビールを飲みながらシルヴィアが通り過ぎる。
「シルヴィア!それいいな!私にも1本おくれよ!」
「良いわよ。おバカに高貴なエルフが恵んであげるわ。」
なんだかんだでワイワイ楽しい声を上げながら全員がエレベーターに乗り込む。
そして、7階についてドアが開くと、そこには立派な温泉街が目に飛び込んでくる。
「うぉ〜…。これ…本当にビルの中なのか…。」
「えっとね〜。ここから少し先に進んだ『春風館』って所が私達の泊まる旅館だよ!」
「ニャー!ラヴィ!競争だー!」
「受けて立つぞ!レナ!」
ラヴィは、飲んでいた缶ビールを一気に飲み干すと、すでに駆け出しているレナの後ろを追いかける。
そんな2人に呆れながらも、笑顔をこぼしながらルル達も歩いて行く。
そして、200m程歩くと、古風で立派な旅館が見えてきた。入り口の上には、〝春風館〟と書かれた木の看板が掲げられている。
その旅館の前で、ラヴィとレナが仁王立ちでルル達の事を今か今かと待っているようだ。
全員が揃い、旅館の中に入ると、女将らしき人が三つ指をついて出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お部屋をご用意していますのでこちらへどうぞ。」
女将が丁寧に部屋まで案内をしてくれると、そこには2つの部屋の入り口があった。
「こちらは〝小山の間〟で、そちらは〝陽光の間〟となっております。
お荷物などを置かれましたらご自由に出入り可能ですので、周辺の散策をお楽しみ下さい。
夜の18時から夕飯となりますので、それまでに一度お帰り下さい。
分からないことがあれば、内線がありますので遠慮なくご連絡してもらって結構ですので…。それでは失礼致します。」
女将はそう説明すると廊下の奥へと消えていった。まずは部屋割りをどうするかだが、レナがいらない事を言い出す。
「ニャハ!小山の間はラヴィとシルヴィアだね!」
「おい…。突然ニャンニャンと何を言い出すのだ?なぜ私とシルヴィアが小山の間なのだ?」
「そうね…。返答次第ではここでレナをボコらなければならないわ…。」
「ちょっ…!ちょっと!二人共なんでそんな殺気立ってるの!?勘繰り過ぎだって!ね?レナ?」
「ニャ?2人は胸が小山だからだよ?」
「「しばく…!!!」」
ルルのフォローも虚しく、レナは何の悪気もないかのようにラヴィ達のコンプレックスを刺激する。
バタバタと揉みくちゃになっているラヴィ達を止めるために、『も〜!!やめてー!!』と叫んでいるルルの横を、アヤネはそんな事気にもとめずに陽光の間に入ろうとする。
「先に入るぞ。ルルもバカ達は放っとけよ。」
「ふん…!我関せずといった所だが、アヤネも言うほどデカくないだろうが…。」
「あん?」
ラヴィの挑発に見事に乗っかってしまうアヤネだったが、後ろからのとんでもない殺気に動きが止まる。
その殺気を発しているのは、魔法を撃つ構えを取るルルだった。
「撃つよ…。これ以上周りに迷惑かけるなら…本当に撃つからね…。」
「す…すまなかった…。ルルよ…。私とシルヴィアは大人しく小山の間に入る…。だからその手を下ろしてくれ…。」
こうして、小山の間にはラヴィとシルヴィアが、陽光の間には残りのメンバーが入ることになった。
まだチェックインしただけだというのに、この騒ぎようである。
ここから温泉に入るとなるとどうなるのか…ルルは一人頭を抱えるのであった。




