第80話 女神と世界のこれから
「流浪の勇者はいつやってくるのじゃ…?」
不安気な表情で質問するセリーナとは反対に、イリスは淡々と冷静に受け答えをする。
「彼の現在地は、魔王に蹂躙され神に見捨てられた大地である『ゼライア』です。」
「ゼライア…。神すら手が出せぬ程に成長した魔王がおる世界か…。」
「そうですね。その魔王を討伐するために彼はゼライアに滞在しているみたいです。いくら彼が最強の勇者とはいえ、もうしばらく時間は掛かるかと思われます。」
「ならばまだ時間はあるのじゃな。して…あやつが感知したというのは…。」
「魔王アルマの覚醒したオーラを感じたようです。」
「やはりか…!まさかこんな離れた世界の魔王のオーラすら感じ取るとは…。」
「それほどまでに凄まじいオーラでしたからね。」
「それによってアルマがあやつの討伐対象になってしもうたのか…。
流浪の勇者…『ヴァーニー・アンバーナイト』の…。」
少し落ち込むセリーナを意に介さず、またメガネをクイッと上げると、イリスは別件の話を進めようとする。
「その話はこの程度でよろしいでしょうか?」
「この程度とはなんじゃ!わしの魔王が討伐されるかもしれんのじゃぞ!」
「え…?魔王なのだから当たり前なのではないでしょうか?」
「…………。いや…それはそうなのじゃが…。」
イリスにド正論をかまされたセリーナは、反論しようにも言い淀んでしまう。
「アルマはわしの勇者ラヴィが討伐する予定だったんじゃ!じゃが!善と悪が共鳴して莫大なエネルギーを生む事を証明してくれた!
もう争いなんぞせんで良くなるかもしれんのじゃぞ!」
「悪神となったヤオ様を倒す時に生じたエネルギーの事ですね?」
「そうじゃ!」
「私の前でその力の証明をする事ができますか?」
「もちろん!でき…!…あ…。」
セリーナはある重大な事を思い出した。それは、ヤオが最期を迎える時にセリーナに頼んだ事である。
『僕からは言いにくかった事…ラヴィちゃんとアルマ君に上手いこと伝えるんだよ。』
そのヤオの言葉の意味を考えると、今イリスの前で共鳴の力を証明するのはどうしても不可能だったのだ。
(しもうた…!時空分離された世界で、傷や死者が元に戻った理屈を考えると、今のラヴィとアルマでは共鳴の力を使う事はできんのじゃった…!
なぜなら、あれは時を戻す事と同じじゃから、ラヴィ達の力や、宝玉に溜め込んだ善の力も時間が戻り、ヤオと戦う以前の状態に戻ってしまっておる…!)
「どうされたのですか?証明できるのですか?」
「今は…できん…。」
「では勇者ヴァーニーの行いを止める事はできませんね。」
「ぐぬぬ…。むしろヴァーニーがおかしいじゃろうが!自由に他の世界へ行って関係ない魔王を討伐するなど!」
「それが彼の仕事なので。最高神ベルゼが創り出した最強の勇者による世界の整理です。」
このまま話していても埒が明かないと思ったセリーナは、一旦自らこの話を終わらせる。
「まぁ…もう良い…。あやつが来るまで時間があるなら、こちらはなんとかしてみよう…。
で、もう一つのここに来た理由とはなんじゃ?」
「それは神法により固く禁じられている事です。察しはついておられると思いますが―現在、セリーナ様は元々ご自分で創られたエルサンガの世界と、ここ―ヤオ様の世界。2つの世界を管理されております。
これは第一級の神法違反になります。このままでは神の裁判を受ける事になるでしょう。」
「べ…別に…良いじゃろ…?」
バツが悪そうに上目遣いで答えるセリーナに、とうとうイリスは冷静さを忘れて取り乱すように怒りだす。
「良い訳ないでしょうが!!何を考えていらっしゃるのですか!?2つの世界の管理なんて言語道断です!!
さっきから幼女の姿で私をたぶらかそうとしておいでですが!!騙されませんよ!!そんな可愛い姿に!!」
「たぶらかそうなぞしておらんわ!」
「ベルゼ様からの命令です!早急にヤオ様の世界を手放し!他の神へと受け継がせよとの事です!」
「それだけは死んでも嫌じゃ!!!」
「なっ!?ベルゼ様のご命令ですよ!?」
セリーナは感情の昂りと共に、座っていた椅子の上で立ち上がる。
「駄目じゃ!!この世界はわしの親友から受け継いだ大切な世界なんじゃ!!
他の者になぞ絶対に任せられん!!なにより!!この世界を頼むと言ったあやつとの約束も破る事はできんからな!!」
「では一体どうするというのですか!?セリーナ様のエルサンガの世界を手放すのですか!?」
「それもせん!あっちの世界には、ラヴィ達を転移させた後に仕掛けをしておるから大丈夫じゃ!
それに、さっき言った善と悪の共鳴さえ自由にする事ができれば!もう神なぞ必要無くなる!」
「と…とんでもない事をおっしゃいましたよ…。神が不必要なんて…。」
「わしも長い間女神をしてきて分かった事もある!滅びゆく世界を幾度となく見てきた!闇に堕ちた親友も目にした!それもこれも全て古き神の考えが原因で起こっておるのじゃ!」
「セリーナ様は一体何をしようとしているのですか…?」
「ふむ、百聞は一見にしかずじゃ。どうせまだ猶予はあるのじゃろ?」
「それは…まだ少しは…。ですが早くしなければ、この世界を狙う神から刺客が送られてきますよ!」
「じゃからそういう時のために、あやつらをここでわしが面倒を見ておると言ったじゃろ。」
そう言うと、セリーナは親指でヨルカ達が入っていった部屋の方を指す。
「すぐにでも同行してやりたいが、わしは明日の夜に用事がある。じゃから明後日からこの世界をゆっくり見聞すると良い。わしも付き合ってやるからな!
こういう事も神官として大事ではないか?」
見聞とは言いつつ、真面目なイリスの性格を逆手に取ったセリーナの時間稼ぎである。
だが、イリスにこの世界に住む人々や、世界を救った者達と触れ合ってほしいというのも本心であった。
「分かりました…。ベルゼ様に与えられた猶予の間、私はこの世界を見てみたいと思います。
でなければ、公平な判断ができないのも確かなので…。」
「よし!決まりじゃ!寝泊まりはこの下の階の部屋に住むが良い!分からぬ事があれば聞きにくるのじゃぞ!」
なんだかんだで言いくるめられたイリスは、これから経験した事のない、ハチャメチャな生活を送っていく事になるのであった。




