8 亀が出るか蛇が出るか
井村が連れてきたのは、灰塚実里という女だった。
「灰塚実里です。よろしくお願いします」
井村が言うには、以前は警察官だったそうだ。だが、バイクの運転中の事故で怪我を負い退職したのだという。
「まともそうな人じゃん。……って、微妙な反応……」
隣で首を傾げている龍太郎に、佳奈巳は呆れるように言った。
「なんか、なんか……引っかかるなぁ……」
早速新人に絡むクワトロフォースのメンバーを見ながら、龍太郎は呟いた。
「そんなに言うんなら、龍太郎くんが玄武やったら?」
「それは断る」
怒鳴りながら、皿をたたき割り、テーブルを蹴飛ばす男の姿。「産まなきゃよかった」と涙を流す女の背中。
「なんでさ」
佳奈巳の問いに、龍太郎はしばらく答えなかった。
「……んー……いや、向いてないと思うんだよね。なんかこう、性格の問題?で……」
悪いことに、龍太郎の直観は当たっていた。クワトロフォースの一員として迎え入れられた灰塚実里は、初日から無断で遅刻したのだ。
もちろん、井村に注意をされたわけだが(といっても、かなりやんわりとしている)、それ以来、誰とも口をきかなくなってしまった。龍太郎も注意するが、やはりそっぽを向いて黙ったままだ。
「おいおい、ありゃバケモンじゃねぇか……」
作戦室では、龍太郎とクワトロフォースの三人、そして佳奈巳が頭を抱えていた。当の実里はというと、トイレに籠ったまま出てこないらしい。
「自分、どうすればいいかわかんないっす……」
「……私も、正直ああいうのはどうしたらいいのか……」
困惑した様子の空と美羽。
「みのりっちも、思うところあるのかもしんないけどさ、あれはちょっと……」
「あーあ、やっぱ井村さんに任せたのが失敗か……?」
不意にがちゃり、と音がして、作戦室に入ってきたのは実里だ。実里は無言でズカズカと歩き、端の席に足を組んで座ると、頬杖をつき、ため息を吐いた。
誰もが驚きと困惑で声が出ない。互いに目配せをして、黙って見守るだけだ。
そんな中、佳奈巳が席を立ったかと思うと、スタスタと実里の方へ歩いていく。何をするつもりかと龍太郎は唾を飲み込んだ。
「……あんたね」
見ると、佳奈巳の方は微かに震えていた。
「何なのその態度?遅刻したのなんて、一言謝れば済んだ話でしょ!?何、いつまでも不貞腐れて、いい大人がみっともない!」
佳奈巳の言葉に、実里はきっと彼女を睨み返し、口を開いた。
「そっちこそなんですかその態度、私ヒーローですよ?いいんですか、そんな口きいて」
一同が唖然としている。だが、佳奈巳は負けなかった。
「……あのね、ここに集まったみんなは、あんたみたいな考えしてないの!人助けがしたいって、夢を叶えたいって、真剣に考えてここにいるの!やる気ないなら出てって!」
「……は?だからなんですか?仕事を選択するのは個人の自由ですよね?やる気ない人が給料もらっちゃ駄目なんですか?何かエビデンスはあるんですか?多様な働き方が認められる時代にそんなこと言って、時代遅れじゃないですか?」
一同、ドン引きである。佳奈巳は握りこぶしをぶるぶると震わせている。
「……あんたなんかに、あんたなんかに!」
佳奈巳は「あぁもう!」とショートボブの髪をわしゃわしゃとかき回すと、どしどしと歩いて龍太郎に近づいた。
「あの、なんでしょうか……?」
佳奈巳のオーラに、龍太郎も縮こまっている。
「私、玄武やる!あんな人に任せてられない!あんな奴に私たちのクワトロフォース、任せたくないっ!」
「え」
目をぱちくりさせる龍太郎。だが、一瞬ではっと我に返り、少しにやりとして佳奈巳を見つめた。
「……わかったよ。俺から井村さんに話しとくわ」
龍太郎はスッと立ち上がり、ネクタイを締めなおすと、実里の方を向いて言った。
「……灰塚実里さん、このあと井村統括マネージャーから話があるから、そのつもりで。……あぁ、ここから動かなくていいからね、もう用はないだろうし」
龍太郎は四人に目配せをし、作戦室を出る。四人も次々に立ち上がると、ぞろぞろと作戦室を出ていき、後には実里だけが取り残された。




