3 どんなときでも腹は減る
龍太郎と美羽は井村の元へ行くと、これからメンバー勧誘をする旨を伝えた。
「え、えぇ……?いやありがたいんだけど、大丈夫なのかい?俺、急いで面接始めようかと思ってたんだけど……」
(だってあんた人を見る目ないんだもん)
龍太郎は心の中で呟く。実際、井村が面接の末に採用した四人のうち、三人はこうして脱退してしまったのだから。
「僕に任せてもらえませんか?厳しいときは、こちらからお願いしますから」
井村はうんうんと頷く。
「わかった。任せるよ」
龍太郎は美羽を連れてオフィスを出る。が、何も方針は決まっていなかった。
「……周防さん、勧誘って、これから何をするんですか?」
「んー……まずは、腹ごしらえだな」
「え、勧誘は……?」
龍太郎の足は近くの食堂へと向かう。時刻はちょうど正午になるところだった。
「人間やっぱりさ、腹が減ってたら気合い入らないじゃん」
みなとや食堂。龍太郎がよく行く食堂である。親切な老夫婦とその息子が経営している、昔からあるそうで、地元民からも愛されている。
龍太郎が入り口の引き戸を開けると、中は混雑しているようだった。
「あら、いらっしゃい。ごめんねぇ、今混んでて、相席なら案内できるんだけど……」
「美羽、いいかい?」
「はい」
小上がりの席に案内される。相席の相手は、派手な金髪とネイルの、いかにもギャルといった出で立ちの女だった。
「ん、どぞどぞー」
ギャルはラーメンを少し手前に引き寄せる。龍太郎と美羽はその向かいに座ると、メニューを手に取り、開いた。
「わ、いっぱいありますね」
「うん。ここはメニューいっぱいだからね。どれにする?」
龍太郎はもう決まっている。いつも通りのネギラーメンだ。ちなみに味噌である。
「私は……オムライスにしようかな」
「トマトソースとデミグラスソース選べるよ」
「え?」
みなとや食堂では、オムライスのソースはトマトソースかデミグラスソースから選ぶことができる。美羽は龍太郎の勧めた通り、トマトソースにした。
「へー、そうなんですね。知らなかった」
口を挟んできたのは、向かいのギャルだ。
「ウチこの店初めてなんですよ。ラーメンが美味しいって聞いたんで、ラーメン頼んだんですけど……また来ようっと」
「ここはですね、ぶっちゃけなんでも美味しいんです。あと鉄板チーズナポリタンもオススメですよ。あれやばいです」
「え、マジ!?お兄さん親切!ありがとう!」
その外見からは想像できなかったが、龍太郎は彼女になんとなく、気品のようなものを感じた。それは言葉からというよりは、動きとか、声色とか、そういったものに由来しているような気がした。
「ところでお兄さんたち、今は昼休み?何の仕事してるの?」
「あ、私たちはその、ヒーロー事務所の者で……」
美羽が答える。龍太郎の会社では、基本的に「自分がヒーローである」という風には言わせないようにしていた。それは自ずからヒーローを名乗ることへの抵抗でもあったし、ヒーローの正体について秘匿するためでもあった。プロミネンスエンタープライズのヒーローに、マスコミに正体を特定された挙句引退に追い込まれた者がいた、というのも実情としてある。
「え、あれ?プロミネンスなんとかってとこの?」
「あぁいえ。僕らはその子会社なんです。今度ヒーローをデビューさせる……」
ギャルは身を乗り出して話を聞いていたかと思うと、急にわっと表情を明るくした。
「すごいじゃん!え、ヒーローってどんな感じの?え、見たい!」
ギャルがそう言うので、龍太郎はスマートフォンを取り出し、クワトロフォースのイメージ画像を見せてあげた。といっても、旧メンバー時のものだが。
「え、すご!マジじゃん!いいなー、ウチもヒーローやってみたい」
その言葉を龍太郎は聞き逃さなかった。そして同時に、この機を逃してはならない、そんな予感がした。
「……あの、実はうち、今度デビューするヒーローを募集していて。もし興味があれば、どうでしょうか……?」
いくら勘に突き動かされたとはいえ、龍太郎自身、この誘いは荒唐無稽に過ぎると自覚してはいた。だが、今は藁にも縋る思いなのだ、機会という機会を、逃してはいられない。
「周防さん!?しょ、初対面の方ですよ!?」
「マジで?いいじゃん、ウチやりたい」
「嘘ですよね!?」
美羽の視線は龍太郎とギャルの顔を何度も行き来している。
「……ありがとうございます。でも、本当にいいんですか?」
「うん。だってウチ、人助け好きだし」
そこへ料理が運ばれてきた。
「はい、ネギラーメンの味噌と、オムライスの、トマトソースだね!」
運ばれてきた料理を覗き込む三人。ネギラーメンは、麺の上にこんもりと盛り付けられた白髪ねぎが食欲をそそる。オムライスは、たっぷりのトマトソースの上に、チーズソースが回しかけられていた。
「……とりあえず、いただきましょっか」
龍太郎と美羽は手を合わせた。




