出来るだけ嘘はないように どんな時も優しくあれるように
夕日が沈み切らない黄昏時。ギルドの酒場の円卓にて。
「いやぁ、まさかワイバーン討伐の報酬がそのまま貰えるなんてな」
エールを交えながら、三人は今日の報酬を分配していた。そこには当初の予定では手に入れられなかったはずの大きさに膨らんだ三つの革袋が並んでいる。
「私たちが受けたのは、あくまでアーミーホッパーのFランククエストだけでワイバーン討伐……Bランク相当のクエストは受注すら出来なかったッスのにね。ワイバーンの素材を持ち帰ったことが大きかったんスかね?」
結局、ワイバーンを討伐した後、受注していたアーミーホッパーを討伐し、その両方の素材を剥ぎ取ってギルドに納品した。ワイバーン討伐のクエストがギルドに届いていたことも幸いし、その報酬が貰えたのは、三人にとって嬉しい誤算だった。三人で割っても二週間分の宿代に相当する、決して少なくない額だ。
「それだけじゃない。助けたパーティの人たちが善人揃いで良かったよ。彼らが先にワイバーンに襲われた報告をしてくれていたことと、俺たちの報告の時に証言をしてくれたこと。この二つが無ければ、未受注のクエスト報酬を受け取るなんてできないからな」
「フェネルが勇者であったことも大きかったと思いますわ。普通のパーティなら実力以上の魔物と闘うことはそれだけで厳重注意ということでしたから」
「危機に瀕するパーティを助けてお金も貰えるなんて、一石二鳥っスね」
「その危機を生み出した俺が報酬を貰うってのはなんだか複雑な気分だがな……」
「それ……どういう意味ですの?」
シルビアの眉がピクリと動く。彼女は持っていたジョッキを置き、フェネルに顔を寄せた。それを見たリコリーは逆に机に置いていたジョッキを持ち上げて口を開いた。
「あ~、確かにそんな話してたっスね。でも、フェネルのことだから、色々と事情があるんスよね?」
「事情……ね。まぁ、どんな事情があっても事実は変わらないけどな」
「それでも、納得することはできますわ。安心してくださいまし、ここには理由も聞かずにパーティを追放したり婚約破棄を言い出したりする横暴者はおりませんわ」
「フッ、そうだな」
シルビアの言葉に背中を押され、フェネルは話し始めた。顔を寄せた二人も落ち着いてその話を聞く姿勢を整える。
「昨晩も言ったけど、俺はここに来る前に、勇者としてとある魔物の討伐依頼をこなしてきたんだ」
「確か、ケサランの頂に住んでいた綿冠竜と呼ばれる飛竜の討伐っスよね?」
「あぁ。元々はワイバーンみたいな飛行種の魔物も住んでいたんだが、奴が住み始めたことをきっかけにその数を減らし、ケサランには陸上種の魔物しか寄り付かなくなったんだ。普通の飛竜は大人しい性格だが、綿冠竜は獰猛だったからな」
「強くて獰猛な飛竜と餌や居住区を共にするのは嫌っスからね」
リコリーの合いの手に「そういうこと」と頷くフェネル。魔物に対する専門知識の少ないシルビアは興味深そうにその話を聞いている。
「だが、ついこの間、俺は綿冠竜を討伐してしまった。それによって、崩れていた生態系が戻り、違う場所に移り住んでいたワイバーン達が一斉に元の住処であるケサランに戻り始めたんだ」
「じゃあ、最近この付近でワイバーンのような飛行種が見られるという情報は……」
「移動中の飛行種が人を襲っているってことっスか」
「そうだ。今回は俺が助けることができたが、全ての襲撃を防げるわけじゃない。少なからず、被害は出ているんだろう。綿冠竜を倒すことが無ければ生まれない被害だ」
フェネルはグビッと一杯を呷り、再度テーブルにジョッキを置く。その一連の動きの重さには、目の前で人が死ぬ瞬間を見たような辛い責任感を感じさせる。
うーん。と考えた素振りを見せた後、シルビアは人差し指を立てて彼に尋ねた。
「……ときにフェネル。あなた、綿冠竜が年間にどれだけの被害を出していたのか知っていますか?」
「え? 年一回の活動期に近くの村や街道が二、三箇所襲われるって話だから……多く見積もっても300人くらいか?」
「それは、直接的に被害を受け、死んだ人たちですわよね? 縄張り意識の強い綿冠竜は、ケサランに近付くものを誰彼構わず襲うので、王都と北の都の物流は停滞。ダンデリオンの近くの田舎町には物資が配給されなくなり、餓死や病床に伏す人が急増します。それに加えて、王都で組まれた討伐隊は幾度となく敗走しています。総合的な人的被害で見れば、綿冠竜による被害は二千人は下りませんわ」
「二千人……多いな」
想像以上の数字に、フェネルの腰が引ける。
「そんな王都の力をもってしても対処ができず、国の頭を悩ませていた怪物を討伐したのが貴方です。もっと誇っても良いと思いますわよ?」
「でも……ワイバーンが人を襲っていることは事実だろ?」
「綿冠竜がAランクの危険度なのに対し、ワイバーンの危険度はBランクです。そして、王都からの討伐遠征の対象はFからBの危険度の魔物のみ。たった一ランクの違いですが、その一の違いが国政による魔物対処にかかる負担を激変させる。ワイバーンは兵士で対処できても、綿冠竜は勇者である貴方にしか対処できなかった。そう考えてもなお、気持ちは軽くなりませんか?」
「俺にしかできなかった……か。言葉がうまいな。流石は貴族様だ」
「私は公爵令嬢でしたのよ? あらゆる人間を口車に乗せてあれやこれやと成し遂げてきたのですわ」
皮肉が真に通じていないのか、それともわかった上で流しているのか。それはわからないが、そのシルビアの対応こそがフェネルの心を軽くしているのは事実だった。
「……やっぱりフェネルは繊細な魔法使いっスね! 私なら倒した後の魔物のことなんて一つも考えないっスよ」
「私は、フェネルが心を痛めることも、こうして思い悩むことも止めはしませんわ。それも貴方の長所でしょうから……。でも、そうして歩みを止められるのは困ります。だって私たちは一蓮托生のパーティなんですもの」
リコリーの楽天的な性格とシルビアの論理的な思考が絶妙なバランスで少年の背中を力強く押していた。
「フッ。なんだか、言い負かされた気分だ。こんなパーティや国から見放された人間にな」
「それを言うなら、フェネルは女から見放されてるっスけどね!」
「あ~、ダメだ。こりゃあ一本取られたな。いいだろう、今日は俺の奢りだッ! だーんと飲めッ!」
「いいんすかッ⁉ やりィッ⁉」
「では、遠慮なく飲ませていただきますわッ! マスター、もう一杯ッ!」
「お前ら本当に遠慮しないよなッ!」
パーティリーダーの本日の報酬の三分の一を食い潰しながら、今宵も酒場の時間が過ぎていくのだった。
──
シーダストン、ギルド近くの宿屋の角部屋にて。
「今日も少し飲み過ぎましたわ~」
戦闘用のドレスを壁のフックに掛け、白いシルクのネグリジェでベッドに横たわるシルビアの姿があった。
「それにしても、どうしたものかしら。まさかこのドレスを着回し続けるにもいきませんし……」
彼女の最近の悩みは、服が足りないことと、入浴の機会が非常に限られること。
勘当を言い渡されて、直ぐに荷物をまとめて家を出たことには少しの後悔もないが、やはり貴族の生活に慣れた彼女が冒険者の生活を送るのにはまだ時間が必要なのだ。
「また、どこかのタイミングで戦闘服を買いに行く必要がありますわね。何処かの都か……王都は少し気まずいですわね」
はぁ。と溜息を吐くシルビア。
用意された脚本のように予定調和で結成した新生勇者パーティは楽しい。学園を含めて貴族社会に身を置いても彼らのような人間と出会うことは無かっただろう。
良くも悪くも楽観的過ぎるリコリーと、少し考え過ぎるきらいがあり、空気の読めない突飛な行動をすることもあるが、自分なりに他人に気遣おうとしてくれるフェネル。彼らの性格も自分には性に合うと内心では感じている。
一ッ峰で、常に心の何処かで不安を感じているのも確かだ。今の稼ぎを担う冒険者業では何時何処で死ぬかもわからないし、それもリコリーやフェネルが居ることで成り立っているだけ。彼らから一度離れてしまえば、その先には孤独の道が用意されている。
「殿下の言葉……このタイミングで出てくるなんて、相当滅入っているようですわね」
不安を忘れるために瞼を閉じたその時だった。
戸の奥で足音がした後、部屋の戸が二度叩かれた。
「シルビア様。夜分遅くに申し訳ございません。お手渡ししたい物がございます故、お部屋からお出ましいただけませんか?」
若い女性の声だった。急いできたのか、言葉の間に若干の吐息が混じっている。
「……その名前で私を呼ぶ貴方は、宿の人間ではありませんわね。何者ですの?」
「今一度お目通りいただけませんか? 名乗るよりも見ていただいた方が早いかと」
シルビアの顔から、急速に熱と赤さが消えていく。酔いが醒めていっているのだ。
扉の前の相手に恐怖をしているわけではない。ただ、これは公爵令嬢として生きてきた彼女の体質なのだ。どれだけ酒を飲んでいようが、怒りに溺れていようが、状況が必要を迫ればただちに冷静さを取り戻す。社交界では必須のスキルだったのだ。
「……いいでしょう。少しお待ちなさい」
シルビアは意匠性に富んだ鞄から絹製のナイトガウンを取り出すとそれを羽織り、直ちに玄関口に向かう。
続いて、相手の姿を先に確認するためにゆっくりと戸を開いた。
「貴方は──ウェヌーシャ⁉」
戸の向こうに立っていたのは、色褪せたローブで身を覆った少女だった。
ウェヌーシャ・ハリア。南西の都を中心に活躍した、とある男爵家の令嬢だったが、家の凋落に伴って、平民に身を落とす。働き口を探していたところでシルビアと出会い、それからは身の回りの世話をするメイドとして彼女を支えていた。
「シルビア様に間違いありませんね。お会いできて良かった……」
「えぇ、私も嬉しいわ。その様子だと、カレンデュラス殿下は約束を守って下さったようですわね」
「確かにシルビア様を慕っていた方々は、多少窮屈な立場に置かれておりますが、皆さま恙なく日々を送っておられます。シルビア様のお約束のおかげです」
ウェヌーシャはシルビアの聞きたい情報を的確に、過不足なく伝える。王都でも同じようなやり取りが続けられていたことを思い出し、シルビアは少しだけ切なさを覚えた。
「……ほんとに迷惑をかけるわね」
「いえ。全て貴方様が望んだこと……皆様も納得しております。本当でしたら、紅茶でも淹れながら近況報告を兼ねた歓談の場でも設けたいところですが、状況が状況ゆえ、どうかこちらだけお受け取りください」
ウェヌーシャは一枚の封筒を取り出した。その開け口には、王都公爵家の家紋が刻まれた封蝋が押されている。
「これは……お父様からかしら?」
「はい、バリエルン様の直筆に間違いありません。ただし、そこにはカレンデュラス様の意図が介在しているやもしれません」
「……そう。なら、ここで返信をしたためた方が良いかしら?」
シルビアの問いにウェヌーシャは首を横に振って答える。
その後、元主人の手を取って、包み込むように握った。
「いえ。私の推論が正しければ、この手紙はシルビア様の今後を大きく左右するものです。貴方様には熟慮の末に導かれたお答えをお聞かせ願いたいのです」
「私の今後……ね。王族絡みでそれほど怖い言葉もないですわね」
「……どうか、私たちのことは気にせずにご自身のお気持ちに正直に生きてください。シルビア様に鍛えていただいた私たちは多少居心地が悪くなる程度の逆境で折れたりしません。そうお伝えするために、身を潜めてここまで参ったのです」
「貴方がそう言うなら、返信にはもう少しだけ時間をいただこうかしら」
ウェヌーシャは「是非ともそうしてください」と言わんばかりに頷いた。
「……今更ですが、本当にお独りでよろしかったので? 今からでも兵を遣わすことだって──」
「私は既に公爵家の人間でも、王族の婚約者でもありませんわ。こうして王都とのやり取りをして貰えるだけでもありがたいですわよ」
シルビアはウェヌーシャの心配を遮るように笑顔を挟み込んだ。その顔には先ほどまでの不安の色は無い。
その一方で、顔から憂慮の色を落とさない従者に、元主人は「それに」と続ける。
「私は今は独りではございませんの。頼もしい……とはまだ言い難いですが、逞しい仲間が出来たのですわ」
「シルビア様が選ばれたお仲間ならきっと、優秀な方々なのでしょうね。是非とも一度お会いしたいものです」
「またいずれ、運命が巡り合わせてくれますわよ……。この手紙、確かに受け取りましたわ。王都には気を付けて戻ってくださいまし……と言っても、貴方には心配無用でしたわね?」
「はい、シルビア様……今宵はどうぞごゆっくりお休みください」
そうして、ウェヌーシャは部屋を去っていく。山の麓の夜は寒い。遠き日のように感じられるひと月前までの思い出の熱で冷える身体を温めながら、シルビアは眠りにつくのだった。
【更新報告&拡散求む】 話更新しました!
酒屋から始まる異世界冒険譚~転生勇者と追放賢者と悪役令嬢の3人パーティによるドタバタチート無双旅~
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