パッと光って咲いた 花火を見てた
飛行する最中にシルビアの背中を見つけたフェネルは、彼女が着陸した付近で魔法の威力を調整し、ゆっくりと着地した。
リコリーは愛しの陸に足を着け、げっそりとした顔で乱れた髪を直している。
「マ、マジで死ぬかと思ったっス……」
「大丈夫だ。あの方法で落ちたりぶつかったりしたことは無いし、何度もやってれば慣れてくるもんだよ」
「あんなのを何度もやってるとか、正気の沙汰じゃないっス」
「大袈裟だなぁ。風属性の攻撃魔法のすげぇ便利な使い方だと思うけど……リコリーも今度やってみるといい。勇者パーティでやって行けるレベルの魔法使いなら出力は問題ないだろ?」
リコリーはジト目でフェネルを見つめる。とても、同じ魔法使いの発想だと思えぬほどに彼の思想は人間離れしているのだ。もっとも、彼は魔法使いではなく魔法剣士なのだが。
「あんなの、人生で一回きりで充分っス……いや、本当は一回も必要ないっスけど。そもそも、攻撃魔法を使った空中での姿勢制御や一定の高度での飛行なんて、フェネルみたいな繊細な魔法使いじゃないとできないっスよ」
「繊細……? そんなの初めて言われたな」
「気付いてなかったんスか? じゃあ、恐らく『並列思考』は無意識的に発動するスキルなんスね。上空の風の強さや地面との距離を把握しながら魔法出力を調整するとか、普通の魔法使いがやれば脳が焼き切れる所業っスよ?」
フェネルはぽかんと口を開け、やがて何かが腑に落ちたかのように口を閉じた。
「リコリー。お前って凄い魔法使いなんだな……」
「なんスか急に。この文脈で言われると煽りに聞こえるっスけど?」
「いや、感心してるんだよ。よく自分でやってもない魔法のことを事細かに言語化できるよな。俺なんて、自分でやってるのにあんまり理屈とかわかってないし」
「うわぁ……。もしかしてフェネルも感覚派の魔法使いなんスか?」
リコリーの顔が引き攣る。苦虫を噛み潰したような顔だ。
「あんまり気にしたこともないけど、そうなのかもな。感覚派は嫌いか?」
「そう言うわけじゃないっスけど……苦手な知り合いに感覚派の魔法使いが居たもので」
「そっか……って、今は雑談してる場合じゃなかったな! リコリー、シルビアが降りた方面はわかるか?」
「多分、あっちの方面っス!」
リコリーが指し示した方向に足を進める。しばらくすると広い丘が見え、その頂にはいくつかの物影があった。そしてそれは、人影だけではなかった。
「あれは──ワイバーンか⁉」
巨大な翼が羽ばたくたびに、草花が大きく揺れる。燃え上がる炎のような鮮やかな赤い鱗が陽光を不気味に反射する。片翼だけでも大人の男を優に包めるほどの巨体は遠目に見るフェネル達にも確かな存在感を放っていた。
ワイバーンに対峙する人影の中に、場違いなドレス姿の人影が混じっており、ワイバーンの足蹴りを防いでいるように見える。
「そんな⁉ ワイバーンはBランク相当の魔物……定期遠征の駆除対象っス! それに、生息域だってこんな平原じゃなく山岳地帯のはず……こんな場所に居るわけがないっス!」
魔物とは、魔族の一種だ。人に仇為す存在である魔族のうち、人の形を持たない動物型の魔族のことを特にそう呼ぶ。魔族にはそれぞれに対応した危険度ランクが割り振られている。これは、冒険者ランクに対応している。
危険度Bランクの魔物は、Bランク冒険者三人、もしくはBランク冒険者パーティであれば対処可能だという認識だ。
「山岳地帯……まさかッ⁉」
そのとき、フェネルの『並列思考』は二つの情報を同時に呼び起こしていた。
一つは、最近シーダストンの周辺で、ワイバーンの名をよく聞くようになったこと。昨晩の酒屋でもその名を聞いた記憶がある。
もう一つは、シーダストンへ向かう以前、彼が綿冠竜討伐の依頼に備えて行った、霊峰ケサランの文献調査についての話だ。綿冠竜が幅を利かせるまでは、その山には多くの飛行種の魔物が跳梁跋扈しており、その中にはワイバーンも含まれていた。
この二つの事実は彼を一つの推論へと導いた。
「すまん、リコリー。これは俺のせいかもしれない」
「えッ⁉ まさか、フェネルは魔物を呼び寄せる体質だったんスか⁉」
「そんな、死に戻りしてそうな主人公体質じゃねぇよッ! ただ、そういう可能性があるってだけの話だ」
「死に……って何の話っスか⁉ フェネルが人を襲わせるためにワイバーンを呼び寄せたんスか⁉」
「そんな猟奇的な趣味もねぇッ! でも、今は詳しい理屈を説明している暇もない……今はただ、俺に付き合ってくれないか?」
リコリーは眉根を寄せてフェネルの顔を覗き込むも、彼の表情を見て徐々に表情を和らげていった。その後、ふぅ。と小さく溜息を吐いた後、「仕方ないっスね」と切り出した。
「貸し一つっスからね。あとで色々と説明を聞かせてもらうっス!」
「ありがとう、リコリー」
「別に頼みこまれなくたって、今まさに戦っているパーティメンバーを見捨てる気は無かったっスけどね」
ニヤリと笑うリコリーを見て、フェネルは胸を撫で下ろす。次いで、一歩彼女に歩みを寄せた。
「お前の広域魔法なら、ここから奴を狙えるだろ?」
「えらく簡単に言ってくれるっスね。まぁ、出来るっスけど」
「人の実力を見極める鑑識眼は、俺が旅に出てから手に入れた数少ない技能の一つだからな」
「……そうっスか。でも、あの密集状態じゃ、私の魔法で巻き込む危険性もあるっスよ?」
「そこに関しては俺に任せろ。リコリーは詠唱を済ませて、俺の合図に合わせて魔法を放ってくれればいい」
「合図っていうのは?」
「それは見てればわかるよ」
フェネルは、ワイバーンに向かって一直線に走り出した。それを見てリコリーは慎重に、間違えることなく、いつもの通りに詠唱を始める。
「風よ纏え。音を置き去りにし、我が身を疾く駆けさせよ──『超速付与』。
血潮よ燃え上がれ。巨岩をも砕く力をこの身に宿せ──『剛力付与』
鋼の意志よ立ち上がれ。迫る災いを退け、我が安寧の壁となれ──『守護付与』」
魔法の詠唱を行いながら、矢の如き速さでワイバーンとの距離を詰めていく。
近づいてきたことで、戦場の全貌が明らかになっていく。
悲鳴を上げていたのは女性の魔法使いで、白魔法使いと共にその場を離れようとしている。一方で、その逃げ道を守るように、男性の剣士とタンクが前衛を張り、更に上空ではシルビアが飛行魔法を使ってワイバーンを殴って牽制している。
「おいおい。あの見た目で拳闘士なのかよ」
数は少ないが、フェネルのような魔法剣士以外にも、魔法を発動しながら近接戦闘を行える役職が存在する。その一つがシルビアのような拳闘士である。
魔法の発動時には、他の行動を行えないという基本原則は揺るがないが、魔法の中には先ほど彼が詠唱した強化魔法やシルビアが使っていた飛行魔法など、一定期間、人体や物体に状態を付与する『付与魔法』というものがある。
自身に『付与魔法』を施し、強化された力で近接戦闘を行うのが彼女のような拳闘士の闘い方なのだ。
「そこの剣士とタンクは下がって! ここは、勇者フェネルが受け持ちましょうッ!」
「ゆ、勇者だってッ⁉ アンタみたいなちっせぇ勇者聞いたことも無いぞッ!」
ワイバーンの翼から飛ばされる鱗を木製の大盾で防ぎながら、タンクが答えた。
イラッとしたフェネルが反論しようとしたところで、剣士の方が口を挟んだ。
「いいや! あながち間違いでも無いかもしれないッ! 少年のような幼い見た目の勇者が南方で活躍したという話を聞いたことがある。それに加えて少年から放たれる『付与魔法』のオーラ……その練度の魔法を使えるなら勇者という話も頷けるッ!」
「だ、だがよ……あの貴婦人はどうするよッ⁉ 俺たちを助けて戦ってくれている人を見捨てて逃げることなんて出来ねぇよッ!」
タンクの生来の防衛本能が叫んだのか、男は動こうとしない。義理人情に厚い性格は、冒険者として生きる上では決して欠点ではない。むしろ長所とさえ言える。だからこそフェネルも強くは言えなかったが、リコリーの広域魔法の準備が整った今、何より優先すべきは彼らをこの場から離脱させることだった。
「安心してください。彼女は俺たちの仲間ですから、俺たちの手で助けます。だから、あなた達は自分の仲間を助ける為にここを離れてください。後衛だけで移動するリスクは大きいですからッ!」
「……確かにそうだな。レ―ナやエティカが心配だ。ビルガー、ここは彼らに任せよう」
「……わかったよ、リーダー」
剣士の指示にタンクであるビルガーが頷く。
すると、彼は流れるように、フェネルの方に首を回した。
「頼んだぞ、少年……いや、勇者様。コイツをぶっ倒す役目はアンタ達に任せるよ」
「あぁ! 任されたッ!」
剣士は攻撃の隙を見計らってその場を離れる。それを見計らってビルガーも戦線を離脱した。
彼らが去ったことで、ワイバーンは新たな標的としてフェネルを見下ろした。シルビアの猛攻を受けながら、こちらにも鱗の攻撃を飛ばせるほどに、ワイバーンの知力は高く、その身体は大きい。
「おーい! シルビア! もう降りてきていいぞ!」
「フェネル⁉ もう来たんですのね。そこで待っていて下さいまし。今片付けますので」
「いや……降りて来てって言ってるんだけど」
フェネルが、シルビアに穏便にこの場を離れさせる方法を考えていた──その時だった。
「マートル流拳闘術第三奥義──『聖冠撃』!」
脇腹辺りでの溜めのモーションの最中、シルビアの拳が煌々と光を帯びる。次に捻りを加えた右ストレートが放たれた。拳の先がワイバーンの額を捉えた。
「キュオォォン‼」
耳を劈くような咆哮を上げながら、ワイバーンは脳を揺らして地面に落下した。辺り一帯に地響きが鳴る。
「うそーん」
衝撃的な光景に目を丸くし、冷や汗が流れていく。そんな状況下において、フェネルの口は無意識に弧を描いていた。
「フェネルッ! 受け止めてくださいましッ!」
空を見上げると、白いエンパイアドレスがその視界を覆った。その中に見える“とある布地”から目を背けながら、少年は貴婦人をお姫様抱っこの要領で抱き留めた。
「危ねぇなッ⁉ なんで飛行魔法を解いたんだよ!」
「解いたのではなく、“解けた”んですわ。マートル流拳闘術の奥義は今までに付与した魔法を拳に一極集中させて放つ技ですから」
「そ、そうかよ……」
「ところでフェネル、どうしてそんなに顔を赤らめているのかしら? 耳まで染め上げて」
「それはシルビアが黒……」
「黒? 何かの色の話ですの?」
「な、なんでもねぇよッ!」
気が付かない少女は、自身を抱えてくれた少年の顔を覗き込むが、その答えは一向に出そうもない。
兎にも角にも、一件落着。
抱えられていたシルビアを地面に下ろしたフェネルが、地に落ちたワイバーンの様子を確認しようと近づいた瞬間に、その場一帯が影に覆われた。
「フェネル! 上ですわッ!」
「え⁉」
シルビアの声に顔を上げると、先ほど倒して今地面に伏しているはずのワイバーンの姿があった。それも一体じゃない。二体のワイバーンが大きな羽を羽ばたかせ、今にもこちらに炎の息吹を浴びせようとしていた。生き返ったわけでも、分裂したわけでもない。そこにいるのは正真正銘、新たな個体のワイバーンだった。
「さっきの咆哮……あれは断末魔じゃなくて、仲間を呼ぶものだったんだッ!」
フェネルは冷静に周囲を確認し、シルビアを再び抱きかかえる。
「ひ、一人で歩けますわよ?」
「『付与魔法』を解除したお前はただのいたいけな少女だろ⁉ 俺が抱えた方が早いんだよッ!」
「そ、そうですわね……。でも、ここからどうするんですの?」
「ここに来たのは俺だけじゃない。もう一人の仲間に合図を出すんだよッ!」
「あ、合図ですの?」
「あぁ、俺が直々に生み出した俺だけの完全オリジナル魔法だ。とくと目に焼き付けとけよッ!」
顔を朱に染めたシルビアを他所に、フェネルは詠唱を始めた。
「火花よ散れ。願いを乗せて、天へと昇り咲き誇れ──『満開飛遊星』」
フェネルの頭上に現れた数発の光弾が、ヒュゥゥという風切り音と共に上空のワイバーン目掛けて飛んでいく。
一瞬の静寂の後、それは眩い閃光とともに無数の光粒を伴って弾け、赤、青、黄と、色とりどりの火花がワイバーンを襲う。日中にも拘わらず、それらの火は光彩陸離の輝きでその存在を主張していた。
「キュァァァアッ!」
悲鳴のような甲高い声を上げ、ワイバーンは攻撃の動作を止めた。
「本当は夜に見せたかったんだが、仕方がないな」
「何ですの、あのキラキラとした魔法は……」
「俺が見られなかった青春だよ。“こっち”に来てまでこんなものを作っているのだから、やっぱり未練はあったんだろうな」
フェネルは敢えて、抽象的な物言いをした。詳細を取り沙汰されれば、全てを話す準備も出来ていた。
しかし、シルビアの反応はその予想とは違っていた。
「……今はまだ何も聞きませんわ。話したくなった時に貴方から言ってくださいまし」
「お? シルビアは『良い女』なんだな」
「あら、知りませんでしたの? 私は王太子殿下の婚約者……つまり、この大陸一の『良い女』をやって来た人間ですわよ?」
クスリと笑って後ろ髪を撫でるシルビアの姿を見て、フェネルも口元を綻ばせた。
「でも、あの威力じゃあ、足止めにしかならないのではないかしら?」
「それでいいんだよ。あの魔法を放った目的は、足止めと合図なんだから!」
フェネルは強化魔法で鍛えられた脚力の全てを使って踏み込んだ。最高速度でワイバーンから距離を取っていく。それから十秒ほどの時間が経った頃合いだった。
『バーンッ!』
空間全体を響かせる物凄く大きな爆発音。上空には満開の光の花弁が咲き誇っていた。
「──忘れられてはなかったんスね! 『大氷葬槍』」
丘の下。詠唱をとっくに済ませたリコリーが魔法を発動したその刹那。ワイバーンの頭上に無数の大きな氷の槍が現れた。
ほどなくして、リコリーが手を下ろすと同時にその槍はワイバーン目掛けて落下した。
翼に胴に、頭、果ては尻尾に至るまで、鋭利な穂が貫通し、そのまま地面に突き刺さった。無論、元から地面に伏していたワイバーンも貫通する。
血しぶきが収まる時には、氷の槍は水蒸気となって霧散していた。
「あれは……俺でもできないレベルの魔法だな」
再度、フェネルの口は弧を描く。
仲間の必要性を感じることの出来なかった彼は、頭の何処かで『仲間は守る物』だと考えていた。けれども、シルビアの強力な拳撃を見て、その認識が少し変わったのだ。
もしも、自分の出来ないことを平然とやってのけ、自身の負担を格段に減らせる存在が近くに居たのだとしたら──
もしも、自分たちの短所を補い合い、支え合って旅を進めることが出来る関係性を築けたら──
もしも、その関係性が自分の可能性を広げる方向に作用するのだとしたら──
──それは、『必要な仲間』だということになるのではないか、と。
視界の端に見える希望は、まだ手の届かぬ場所にある。だが、いずれ時間があれば或いは──。
このパーティが芽吹き花開くその将来性を孕んだ種子のような何かを手にしたその時、新生勇者パーティの初めての戦闘は幕を閉じた。
【更新報告&拡散求む】 話更新しました!
酒屋から始まる異世界冒険譚~転生勇者と追放賢者と悪役令嬢の3人パーティによるドタバタチート無双旅~
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