風が吹いている 僕はここで生きていく
新生勇者パーティが結成され、二カ月が経った。
低ランクのクエスト報酬と、偶然出くわす緊急事態での人助けによる報奨金で食いつなぎながら、フェネル達一行は北の都ダンデリオンにまで足を運んでいた。
フローリア大陸は、王都を中心として八の陸地が放射状に延びるように形成されており、各陸地の先端部にはその陸地を統括するための『都』と呼ばれる主要な行政区域が置かれている。
ダンデリオンは、八つある都のうちの一つであり、都にあるギルドは得てして規模が大きく設備の種類にも富んでいる。
三人は、そんな多様な設備の一つである小さな個室の会議スペースでとある議題について話そうとしていた。
「先日の取り決め通り、今日と明日はクエストを受注しない休息日だ。それにも拘わらず、こんな朝早くから埃臭いこんな部屋に集まっていることには、一つの理由がある。それは、来週に迫る冒険者技量確認試験に差し当たって、このパーティが抱える重大な問題について話し合うためだ」
深刻な面持ちでフェネルが切り出した。議長さながらに机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持って来ている。
「それは……先日フェネルの部屋を訪ねた際に流れていた気まずい時間について──」
「違う。それは断じて違う。そして女子諸君は男子の部屋に入る際にはきちんとノックと声掛けを欠かさないように」
シルビアが言い出しそうになった、今世紀最大の過ちを隠すように、コホンと一息を吐いてフェネルは続ける。
「では、リコリーは何か思い当たる節はないか?」
「うーん……。いつも私が明らかに飲み食いをし過ぎてるのに割り勘が成り立っているところっスかね」
「それは全く気付かなかった。言い出してくれてありがとう。今後はあまりに食べる量に差がある場合には支払う代金に比重を設けよう」
「そ、そんなッ⁉ 言い出し損っスよッ!」
「でも、それでもないのだとすれば、何が問題なのでしょうか?」
フェネルはキリッとした目つきでシルビアを見て、再度コホンと一息を挟む。
それから、落ち着いた様子で口を開いた。
「このパーティの問題はただ一つ──戦闘時の連携が全く取れていないことだ」
女子二人は思い当たる節がないようなきょとん顔。この反応こそがこのパーティが孕む真の危険性を示していた。
「連携は取れてるんじゃないっスか? 採取のクエストや討伐のクエストも、問題なく成功してきたっス。仲違いなくこうしてやって来られているのが何よりの証拠っスよ」
「戦闘時の連携と普段の仲の良好さは関係しない。今まで問題なくクエストを遂行できていたのは、個人の技量が普通のパーティよりも高かっただけだ。パーティ単位での活躍の場を広げるには個人プレーじゃなく、集団プレーを意識した戦い方が大切だ」
「個人プレー? 集団プレー?」
どうも理解していなさそうなリコリーを見かねて、フェネルは具体的な例を挙げて説明することにした。
「例えば、昨日のグランドスライムの討伐クエストだ。小型スライムを次々と生み出すグランドスライムを相手に俺たちはどうやって戦った?」
「迫りくる小型スライムを前から倒して、憔悴しきったグランドスライムを最後に仕留めた……という流れでしたわよね?」
「そうだ。基本的に物理攻撃の通りが悪いシルビアと俺が応戦してリコリーを守り、リコリーの魔法で各個撃破……これって凄く効率悪いって思わないか?」
「ですが、私が魔法攻撃ができないのも、リコリーが前衛の守り無しで戦えないのも事実でしょう?」
シルビアは的確に現状の闘い方とその問題点を指摘する。だが、それはフェネルが感じている問題の根本とは違っていた。
「そうだな。それは事実だし、普段の戦いはそうやって戦っている。でも、そうじゃなくて場合場合に応じた戦いが出来れば、魔力や体力を温存した上で有利な戦いができると思わないか?」
「では、グランドスライム戦ではどのように戦えば良かったんでしょうか?」
シルビアは問い詰めるのではなく、純粋な疑問を投げかけるような口調で答えを問う。対魔物との戦闘の経験が浅い彼女にとってはこれも一つの興味や関心の一つなのだ。
「例えば、リコリーだけを一時戦線離脱させて広域魔法の準備を整えるとか、『飛行魔法』が使えるシルビアが、近接戦闘をしながらの魔法攻撃ができる俺をグランドスライムの前まで運んで短期決戦を狙うとか。あとは、シルビアの奥義が何処まで有効かはわからないが、あれだけの衝撃ならグランドスライムにも効く可能性があるんじゃないか?」
フェネルには『並列思考』がある。魔法攻撃を使っている時以外はもう一つの脳でパーティの状況を把握できる分、他のメンバーよりも戦い方について考える時間が多いのだ。
「そこまで戦い方が思い浮かんでいたなら、その都度にフェネルが指示を出しているんじゃダメなんスか?」
「口頭での指示はそれをしている間、詠唱が出来なくなるんだよ。それに、俺も皆が使える魔法や技の全てを知っているわけじゃない。だから、各々の判断で随時最適な行動を取れるようになるのが最終的な理想形だな」
「それって……一人が思いついた戦い方に、言語を交わさずにそれを察して合わせるように行動するってことっスよね? そんなの難しすぎるっス!」
フェネルは、文字通りのお手上げポーズで唸り声をあげるリコリーを横目に、とある物を手元に寄せた。三人が囲う長方形の机の中央には三つの籠が置かれていた。その上には真っ白な布がかけられており、中身を隠している。
「そうだな。意識してそれをするのは難しいことだな。だから今日はこんなものを用意した」
「あ。それフェネルが用意したんスか? ずっと何か気になってたんスよ」
それぞれの席の前に籠が置かれていく。白い布が落ちぬように慎重に、だ。
「よし。じゃあ、各々中身を確認してくれ」
得意げな表情でフェネルが白い布を取ると、二人もそれに伴って布を取った。
すると、その下に入っていたのは──パイやタルトなどの多種多様なお菓子の数々だった。
「これは……お菓子っスか⁉」
「ここダンデリオンは、ケサランの北側斜面を使って作られる綿林檎の名産地だ。どれも素材の良さを活かし、独特な甘みと癖になる柔らかな食感を味わえる絶品揃いだぞ?」
「でも……どうして今の文脈でこれを?」
目を輝かせながらお菓子に手を伸ばすリコリーと、意味を汲み取ろうと首を傾げるシルビア。フェネルは自信に満ちた笑顔で背筋をピンと張っていた。
「良い連携を取るにはまず、仲間の人となりや能力についてよく知り、その上で深い関係を築くことが必要だ。その両方を満たすための時間……つまりはここで懇親会を開く。さぁ、今日は思う存分語り合おうじゃないか!」
シルビアの表情が動きを止める。その直後に彼女は口元を緩め、目を細めた。
「──却下、ですわ」
賞賛の声を待ち望んでいたフェネルに対して放たれたのは冷酷な否定の言葉。シルビアの張り付けた笑顔は、公爵家の生まれというのも頷けるほどの気迫を感じさせるものだった。
──
ダンデリオンの大通り。ここでは、綿林檎を使った菓子類の他、ケサランで多く採られる綿毛を使った織物や、他の都からの流れ物など、様々な商品を扱った店々が軒を連ねている。
そんな中、二人で肩を並べて歩く若い男女の姿があった。
「……俺の提案、そんなにダメだったのか?」
「全くもってダメですわね。仲を深めるために懇親会とか、貴族のお偉方や老人たちの考え方ですわ。あーいう、いかにも『話せ』という場を設けられては、かえって話しづらくなるものですわ……もぐもぐ」
言うまでもなく、フェネルとシルビアである。
「……そっか。良いと思ったんだけどな」
「それに、三人の会話の場は、毎晩の酒の席だけでも充分ですわ。私たち恐らく他の冒険者パーティと比べても飲み過ぎでしょうから。呑んべぇが集まったパーティはほんとに大変ですわね……むしゃむしゃ」
「……で、なんで懇親会の代わりが、こうして街中を二人で歩くことなんだよ? リコリーも連れて来ればよかっただろう?」
「二人でしか話せないようなこともあるかもしれないでしょう? フェネルは乙女心を分かっていませんわね? 折角私のようなこの国のトップレベルの女性とデートしているのですから、もっとしゃんとしてくださいまし……もしゃもしゃ」
「デートッ!? そ、そ、そんな。俺たちはそんな関係じゃないだろッ⁉」
「貴方は本当に純情ですわね……。男と女が仲を深めるために出かけているのですから、これもれっきとしたデートですわよ……まぐまぐ」
赤面するフェネルだが、シルビアは全く取り乱さない。元婚約者が居た人間はこういう時には強いのだ。
「──で。じゃあこれがシルビアの言うデートなのだとして、男の隣でお菓子を食い続けるお前に俺はいつツッコミを入れれば良いんだ?」
そう。彼女が先ほどから食べているのはアップルパイだ。先ほど会議室で食べ損ねた分をしっかりとバスケットに詰めて持ってきている。
「あら。ガールフレンドが美味しくお菓子を食べているのだから、貴方は幸せなのではなくて? ……ごっくん」
「本当にシルビアもこの二週間で逞しくなったものだよな。もともとはテーブルマナーの無いような場所で食事することにも抵抗があったのに、今となっては食べ歩きも飲み歩きも上等だ。ほら、ドレスに食べかすが落ちてるぞ」
フェネルが指差す箇所を、シルビアが払う。茶色いパラパラとしたパイ生地片が、ヒラヒラと地面に落ちていった。
「王都に居た頃から食べ歩きはしてみたかったんですのよ? でも、公爵令嬢であった私が人前でこんなはしたない行為をすれば、それだけで家の名に泥を塗る行為でしたので。でも、今はその家の名に泥を塗りたくった挙句に勘当されて、はしたない姿を皆の前で晒している……人生何が起きるかわからないものですわよ?」
シルビアは哀しそうに苦笑する。起こってしまった悲劇を処理するには、最終的には時間と気持ちが解決するのを待つしかないが、まだ三ヶ月という月日では不足なようだ。
「でも……楽しいだろ?」
「え……?」
「昼には魔物と戦って汗をかいて、日が暮れれば夜遅くまで飲んで食ってのドンチャン騒ぎ。そして、たまの休みにはこうして仲間とアップルパイを食べて。こういうのって、凄く楽しいと俺は思ってるけど」
「フェネル……」
フェネルはシルビアに目を合わせない。ただ、真っすぐに前を見つめる彼の横顔に、少女は少しだけ見惚れてしまう。子供だと見くびっていた彼はやはり、自分よりはるかに険しい人生を送ってきた冒険者で、世界を救う勇者なのだ。
「……そうですわね。凄く楽しいですわ」
「だよな」
通りに強い風が吹く。その風は、綺麗な金髪とドレスだけでなく、彼女の心も確かに揺らしていた。
「でも、そんなにお菓子を持ってちゃ、食べ物は要らないよな。何か、欲しい物とかないか? 無いなら、装備品とかか?」
「プフッ! やっぱりフェネルはそういうのじゃないですわよね」
デートスポットとしてはあり得なすぎる提案に、揺れていた心は止まる。笑顔を取り戻したシルビアは、彼の手を取った。
「何か今、凄い馬鹿にされた気がしたんだが……って、なんで手を繋ぐんだッ⁉」
「ほら、行きますわよ! 私、これ以外の衣服が欲しかったんですのよ!」
シルビアに手を引かれるままに走るフェネル。
凍てついた少女の心を融かし、その世界を少しずつ動かしていることを──少年はまだ知る由もない。
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