僕らはもう一人じゃない
「ぐぁぁあ! 頭痛てぇぇ!」
昼下がりのシーダストン。頭を押さえながら街を歩み往く人の姿があった。それは、昨晩に大量に酒を摂取し、二日酔いに苛まれたフェネルのものだった。
『並列思考』を使うものの、酒気に汚染された脳の前には無力だった。
「飲んで遊ぶのもギルドなら、仕事をするにもギルド。結局俺らみたいな冒険者はギルドとは切っても切り離せない関係なんだよなぁ」
フェネルは勇者である。普通の冒険者パーティとは違い、都の長からの命を受けて依頼を遂行してその対価として報酬をもらう。他のパーティメンバーを必要としない、彼のようなソロでの勇者業を行っている者はそれだけ取り分も多くなる。その上で、装備代や宿泊代などの依頼をこなす上での経費は更に別途で支給される為、報酬を切り崩すことなく報酬を受け取ることができる。
詰まるところ、ソロの勇者は非常に儲かる職業なのである。
もちろん、そこへ辿り着くまでの道のりは平坦ではない。
類まれな才覚を持つか、あるいは血の滲むような研鑽を積むか──多くの場合、その両方を求められる。また、勇者となった後も、死と隣り合わせの任務から逃れられるわけではなかった。
それでも、彼はこの職業は最高の職業だと考えている。
定期的に下される任務さえ果たしていれば、生活に困ることはない。将来に備えたたくわえを差し引いてなお、懐には十分な余裕が残る。加えて、任務と任務の合間にはまとまった自由時間まで与えられる。更に、自分が任務を遂行すれば、それが多くの人の為となり、一定以上の名声だって得られるのだ。特に崇高な信念を持って力を身に付けたわけじゃない彼にとっては、その矛先を向けてくれるような……まさしく天職だった。
だが、彼の目的は『勇者であること』でもなければ、『世界を救う』ことでもない。
もう一度確認するが、彼の目的は美女と結婚し、添い遂げること。その一点のみだ。
その目的を達するためのきっかけ……つまり、女性との出会いの場を増やすために、自由時間を削って、全く必要のない冒険者業に勤しんでいるのだ。
「今日こそ、理想の美女と出会えるかなぁ~」
程なくして、ギルドに到着する。暢気に鼻唄を鳴らしながらギルドの戸を引くと、そこには見覚えのある二人の姿があった。
「あ……どもっス」
「あら、奇遇ですわね」
フェネルは、悲鳴を上げる頭から、昨晩の記憶を引っ張り出す。深い話で飲み明かした一夜の女友達……リコリーとシルビアの姿が目の前の二人の姿に重なった。
「え……本当に偶然だな。お前らもクエストを受けに来たのか?」
「いえ、ギルドでクエストを受けるには冒険者登録が必要ですから」
「そうか……。じゃあ、今日は冒険者登録に来たってわけだな」
「そうなんスけど……ねぇ」
リコリーは落ち着かない様子でシルビアに目配せをする。
シルビアは意を決して、一歩前に出た。
「それが、正式な技量を測る設備のある都や王都以外でのギルドでは、三人以上のパーティ編成での冒険者登録でないとクエストを受けられないとのことで……」
フェネルは、今度は自分の冒険者登録時の記憶を呼び起こしていた。
彼が冒険者登録をしたのは王都キャピタリスでのこと。確かに、勇者の称号を持った彼でもその登録には実技試験での合格が不可欠だったことを考えれば、そういった決まりがあることにも納得がいった。
少しだけ居心地が悪そうな顔で雑務をこなす受付嬢の顔を見るに、何度も交渉を繰り返した後なのだと読み取れた。
「……ということは、リコリーもシルビアも冒険者登録をできなかったと。元勇者パーティに居たリコリーなら知っていたんじゃないのか?」
「そんな昔のこと、とっくに忘れてたっス! 私が冒険者登録を行ったのは12歳の時……今から6年も前のことっスよ?」
「6年前で12……ってことは、お前まだ18なのか⁉」
「あれ? 言ってなかったっスか? 私はフェネルの一個下っスよ」
「マジか……。俺はてっきりもうちょい下かと思ったが……確かにな」
「ちょっと、どこ見て納得してんスか⁉」
リコリーは、あどけなさの残る全体的には小柄な身体に備えられた豊かな胸部装甲を隠して、顔を赤く染め上げた。
「あ……いや、すまん」
「ちょっと、人前で猥談は止めてくださいまし!」
「そこまで直球には言ってなかっただろ!」
「猥談なんて心外っス!」
事実としては、『猥談』という言葉を出したシルビアが最も聴衆の耳を引いたのだが、この三人が知る由もない。
「因みに私も今年で19。フェネルと同年齢ですわ」
「それは……予想通りだな。丁度そのくらいだと思ってた」
「あら、そうですの?」
「なんだよ、意外って言って欲しかったのか?」
「いえ、よく『見た目より若い』と評されるものですから」
「じゃあそれは、今までシルビアが頑張ってきた証なんじゃないか? 実年齢よりも成熟して見えるくらいにしっかりしていたってことだろ?」
「……フェネル。あなた、そういった気遣いは出来るんですのね」
シルビアのジト目がフェネルを見つめる。その視線を受け流すように、彼はケロッとした顔で答えた。
「ん? 気遣い? 何の話だ、俺は本音を言っただけだが」
「フェネルはこういう所っスねぇ」
「なんだよ、『こういう所』って!」
「こういう所はこういう所っスよ!」
リコリーは隙を見てはフェネルの頬を触ろうとする。それを手で防いだり、避けたりを繰り返しながら、彼は脱線した話を戻した。
「って。そうじゃなくって、冒険者登録の話だったろ? 冒険者登録ができない以上、クエストは受けられない。他の道は考えないのか?」
「他の道……ピンと来ないっスねぇ」
「私も自由に生きると決めた以上、冒険者となる以外の道はあまり考えて来ませんでしたわ」
「……一応、冒険者ってかなり危険な部類の職業なんだけど、わかってるのか?」
軽い口調だが、それでも相手の真意を汲み取るために、慎重を期した問いだった。
少しでもそれ以外の道があるのなら、死の恐怖に怯える気持ちがあるのなら、選ぶべきじゃない。フェネルは冒険者とは得てしてそういう職業だと理解していたからだ。
「承知の上ですわ!」
「今更、これまでの生き方を変えることなんて出来ないっスよ!」
しかし、返ってきたのは満面の笑みが二つ。
フェネルは小さく息を吐き、ようやく腹を括った。
『クエストを受けるには、三人以上のパーティ編成での冒険者登録が必要』というシルビアの言葉を聞いてから──否。本当は昨晩からずっと眠れずに考えてい一つの提案を喉元にセットする。
続いて、ゆっくりと一歩を踏み出し、右腕を差し出した。
その一歩は霊峰ケサランの頂よりも遙かに遠く、その右腕はキングオーガの両腕よりも遙かに重い。そう感じるほどに、彼にとっては大きな転機だったのだ。
「俺たち三人で、パーティを組まないか?」
意味なんてない。いいや、ほんの一握りの下心はあったかもしれないが、フェネルの生涯の目的に比べればその濃度は格段に薄い。
もっと純粋で、真っすぐで、打算のないたった一つの好奇心。それが、この提案の正体だった。
いつの間にか震えていた右手は、二人の手の温もりで包まれる。
シーダストンの昼下がり。一足遅れて、ここに新生勇者パーティが結成された。
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