終わらないその旅へと
リコリーは『層流疾風』、フェネルは『乱流竜巻』を使って、最短距離で砲台に接近する。
シルビアは、フェネルの腕の中で飛行魔法を含めた付与魔法をかけ直していた。
言うまでもなく、フェネルと詠唱中のシルビアには凄まじい空気圧とGが押し寄せているわけだが、五分という時間制限がシルビアの精神を集中させていた。
湖を挟んだ対岸に着陸しようとしたそのとき、一本のつるがフェネルたちに向かって飛翔した。
「そりゃあ、簡単に近づけてはくれないよな!」
難なく聖剣で切り伏せ、コクビャクゴウの目前まで辿り着いたフェネルたちは、砲口の向く先を変えられないかと、まず初めにその根元をさっと観察した。
砲身を上下方向に動かす俯仰機構と、左右方向に動かす旋回基部が精巧かつ端正に取り付けられている。文明の発達した現代を生きてきたフェネルにすら、見覚えのない高度な機械技術だった。
「ここの固定器具を破壊できれば——ッ⁉」
『未登録の魔力反応を検知。敵対勢力と見なし、攻撃を開始します』
幾重ものつるがねじれながら、束ねられていく。編み込んで創り出された樹木の槍が、基部を守護するように穂先を向けていた。
残った触手は基部一帯を取り囲むようにその身体を伸ばしていく。
恐らくは、野生の勘……敵からの攻撃を警戒する獣のような反応だ。
「退いてくださいっス!」
横にいたシルビアを片手に抱えて、後ろ蹴り。
付与魔術で鍛えられたフェネルの脚力は、一瞬にしてコクビャクゴウから数十メートルの距離を取った。
「炎よ、嗚呼、炎よ来たれ。死者をも焦がす灼熱を今此処に呼び起こせ──『地獄ノ業火』!」
詠唱の文言と一語違わぬ光景。
現れた爆炎による灼熱が、死者の触手を焦がし尽くす。
鼻腔を突き刺すような焦げ臭さが、喉の奥までひりつかせる。
焼けた大地から立ち昇る熱気がまだ残る中、フェネルの腕を抜け出しシルビアが前に出た。
「——ハッ! ハァッ‼」
拳が二度、閃いた。
旋回部と俯仰機構の固定器を寸分違わず捉えた二撃。鈍い破砕音が轟き、二つの機構が相次いで砕け散る。
『警告。敵性攻撃を検知。熱量、衝撃値ともに想定許容値を超過。損傷拡大を確認。排熱機構、損傷部修復、防衛機構の強化を優先実行します……失敗。再演算の結果、敵攻撃の出力上昇を確認。防御を継続した場合、次撃による致命的損傷が予測されます。排熱・修復・防衛を最低限に維持し、エネルギー装填および砲撃を最優先事項として再設定します』
つらつらと理性的に流れる機械音声と、サイレンの様な焦燥感を掻きたてる警告音。
シルビアの連行から始まった事件の終わりが刻一刻と近づいている。
ハッピーエンドかバッドエンドか。
幕引きと未来を同時に託された自分の責務を拳の中に握りしめながら、フェネルは足を動かしていた。
「フェネル、ここから先は任せますわよ!
マートル流拳闘術第二奥義──『銀梅昇拳』!」
『————』
砲台が、音を上げる。
シルビアの力一杯のアッパーをもろに喰らい、砲口は怯えるように天を仰いだ。
付与魔法をすべて解き放つ拳闘術の奥義。シルビアの身体は一人の少女まで力を落とし、本格的にフェネルの番がやってきたのだ。
仲間の信頼と絆によって結ばれ、ここまで導いてもらった少年に、ミスは赦されない。
そんな張りつめた空気の中、少年が感じていたのは不安や恐怖でなく、成長だった。
口に出さずとも、計画を事前に練らずとも、自分のすべきことを理解し、仲間に託す。
彼が夢見ていたパーティと言う名の協力関係は、戯言なんかではなくなって、現実として目の前で繰り広げられているではないか。
——フェネルは、地面が沈むほどの力で踏み込み、空高く跳ね上がった。
「俺たちにとっては、始まったばかりの旅のほんの一部でしかない……。
この冒険譚が本に記されるとしても、一文にすら起こされない小さな出来事なのだろうよ。
それでも、俺たちが旅を続けるために、この国も王城も壊させるわけにはいかないんだよッ‼」
『敵性対象を即時排除——』
「させねぇよッ‼」
フェネルは、聖剣に魔力を注ぎ込む。
生命活動に必要なごく少量のみを体内に、残り全てを剣へと譲渡する。
シドラカリオン。込められた魔力に応じた魔力を裂断できる魔剣。
ヒガンの説明を思い浮かべながら、フェネルは自分の身体ごと聖剣を砲口の中心に刺し込んだ。
「かつて魔族の軍勢を退けたお前の力……信じさせてもらうぞ」
奥にまで差し込むと、警告音がついに制止する。
魔力エネルギーによる紫色の光が、聖剣の刀身の奥で閃いた。
「いっけぇぇぇッ!」
剣の柄を足蹴りし、さらに内部に剣先を押し込む。
その反動で、フェネルは十メートル近い高度を誇る砲口の先端から飛び出し、落下した。
瞬間、コクビャクゴウの巨躯に紫電が走る。亀裂からほとばしるエネルギーを見て、フェネルは直感した。
——爆発する。
今使える魔力はない。
落下の衝撃からも、巨大砲台の魔力爆発からも身体を守る術はない。
「リコリー! シルビア!」
彼が出来るのは、仲間の名前を呼ぶことだけだった。
「まったく、仕方ないお方ですわね。フェネルは!」
「地脈よ凝れ。 形なき形を創り出し、全ての衝撃を和らげよ!──『防御結界』!」
落下したフェネルをシルビアが抱き留めるや否や、三人を取り囲うように結界の幕が下りる。
一方、コクビャクゴウの稼働は佳境を迎えていた。
聖剣によって行き場を失ったエネルギーが、砲身の奥で逆流したのだ。
巨大な砲身が激震し、亀裂が瞬く間に広がっていく。
「——ッ」
三人は身を寄せて耳を押さえた。
刹那、凄まじい爆轟とともに黒鉄の花弁が吹き飛び、圧縮されていた魔力が紫電の激流となって四方へ炸裂した。
三重に張られた防護結界は残り一枚にまで削られたが、なんとか内部に衝撃を伝えずに防ぎ切った。
空気と地面の揺れが完全に収まったとき、残り一枚の結界もゆっくりと消失した。
辺りにあった木々は倒れ、地面は深く抉れているが、死人はいない。
王城も、大きな被害も出ないまま、コクビャクゴウの破壊は成し遂げられたのだ。
「ふぅ……。本当に終わりましたのね」
「聖剣の魔力吸収が無ければ、もっと大きな爆発になっていたと思うっス。無事に済んだのはフェネルのおかげっスね」
「全員が、全員の役割を全うした。誰一人として欠けていたらこの結果は得られなかった……って、何処かで同じことを言ったような気がするな」
何はともあれ、事件は終息した。
休む暇もなかった少年少女は、ようやっと心の底から息を吐いた。
風船から空気が抜けるように、全員の肩がふっと萎んでいく。
抱えられていたフェネルの小さな身体が地面にそっと下ろされた。
「いつもと、逆になったな」
身体に付いた埃を払いながら、フェネルが言う。シルビアの眼から視線をそらさずに。
「付与魔法がなくたって、か弱いだけの女性ではありませんのよ。
女性に抱きかかえられるというのも、悪くはなかったでしょう?」
「あぁ、信頼できる仲間にならな」
シルビアは喜色をふんだんに浮かべて笑った。
「信頼できる仲間……。他の誰でもないあなたの言葉だから、こんなに嬉しいんでしょうね」
「私は、私はどうなんスか⁉」
間に割って入り、フェネルの腕を取るリコリー。
力を使い果たしふらふらのフェネルはそんな些細な力にも動かされてしまう。
「俺にとっては、二人とも大切で代えの利かない、必要不可欠な仲間だよ。出来れば、皆も同じように思ってくれれば嬉しいけど」
「それ、聞く必要がありますの?」
「最近自覚したんだが、俺は結構女々しいらしい。この先も旅を続けていく上で、聞いておきたいじゃん、悪いかよ……」
「別に悪くは無いですが……ふふっ」
膨れて顔を赤らめるフェネルに、二人は詰め寄った。
「フェネルはもう、可愛いっスねぇ。どれだけ格好いいことしたって、結局は子供なんスから」
リコリーがフェネルの頬を指でぐりぐりして、それを払われる。
いつもと違うのは、シルビアもそれに参戦していることだ。
対抗する気力もないフェネルは途中で観念し、大人しく頬を差し出していた。
「私としては、もっと頼ってほしいくらいですけれど」
「これ以上頼るようになったら、ダメ人間まっしぐらだな……。で、どうなんだよ、二人とも?」
シルビアとリコリーは一度顔を見合わせてから、静かに答えた。
「私はこの三人で旅を続けたい……それが答えですわ」
「離れたくない。ここまで人間に対して大きく感情を寄せたのは初めてっス。それを信頼と呼ぶのかは、まだわからないっスけど」
「俺たちらしいな」
誰ともなく、地面に寝そべり天を仰ぐ。
薄く横に伸びた雲が、夕日に焼かれて淡く輝いて揺れている。
その美しい景色を見て各々に思い浮かべるのは、やはり酒なのだ。
エールの泡……記憶の中の発泡感を舌に感じ、揃って腰を上げる。
「——今日は何処で飲み明かそうか」
今夜の予定は既に決まっていた。
お酒を美味しく飲める場所、みんなで顔を見て話せる円卓、それとなく優しい価格設定のメニュー表。
楽しい時間を目指して、三人は再び歩き始めた。
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