野放図に描くよ
「カレンデュラスの特権魔法は……って、あれ。もう終わってたんスか?」
部屋を一周見回す。
アマリスの亡骸と、瓦礫に埋もれたカレンデュラスを見て、戦況を整理する。
「丁度、今さっきな。リコリーの方も、その様子じゃ終わったらしいな」
「はい。クロノを倒した後途中でウェヌーシャさんと合流できたので、陛下の護衛を引き継いでもらったっス!」
「やっぱり、ここに入る前に彼女をそちらに向かわせたのは正解でしたわね」
魅了の能力持ちに複数人で挑むのは得策ではない。
謁見の間までの最短ルートを教えてもらった後、フェネル達はウェヌーシャを再び王の元へ向かわせたのである。
無論初めは反対したが、「この城でアマリスに魅了されていない人間はあなたしかいない。王を守れるのはあなただけ」というシルビアの言葉を聞くと、大人しく向かってくれた。
「せっかく、加勢しに来てもらったところで悪いけど、ここでやることは既になくなっちまったな」
「加勢じゃないっス! 私が来たのは、いち早く重大事項を伝えに来たからっス!」
よくよく見てみると、リコリーの横顔から尋常じゃない量の汗が滝のように流れている。
脈を打つような速さで息を吐くリコリーを見て、フェネルは息を呑んだ。
「……一体、何があった?」
「このままじゃ、このキャピタリスがなくなってしまうっス!!」
——
「お、大きくなってる……」
王城を抱くように広がる湖のほとりを眺め、リコリーは驚嘆していた。
「ウェヌーシャさんに陛下を預け、二人と合流しようと向かう途中で異変に気付いたんス。一目で私一人では対処できない問題だと思って、二人を呼ぶことに目的を切り替えたんスよ」
花が、咲いていた。
大きく、黒く、そして禍々しい。鐘のような金属製の花弁を王城に向けて少しずつ開花していた。
三裂した花柱は不規則に不気味な光を灯している。
「なんだ、こりゃあ。すげぇな」
「超魔道砲台コクビャクゴウ。辺りの空気と地脈から魔力を吸い上げ、増幅・収束させて発射する殲滅兵器……」
淡々と、温度のない声でリコリーが答える。
黒紫色の砲身が夕日を反射している。黒鉄の装甲は幾重にも重なり、ところどころに金属とも骨ともつかない異様な装飾が絡みついている。
無数の鎖が砲台の表面を這い、砲身後部に設けられた尖塔の先には魔力が稲妻のように集められ、蛍光色に光っている。
砲口部の反り返った花弁の縁には紫色の魔力が滲み、まるで生き物の爪のように不気味に揺れていた。
「なんでそんなことまで知っているんですの?」
「そりゃあ、自分で言ってたっスから」
「言ってたって誰が——」
『魔力エネルギー装填率およそ60%……対象のキャピリタス王城への発射まであと十分』
機械的な音声。抑揚のない声に最も驚いたのはフェネルだ。
転生前の日本でよく耳にした人工音声……AIやコンピューターを用いた読み上げ機能によく似ている。
「奴が……喋っているのか?」
「何のためかはわからないっス。本来なら制御する操舵士がいて、その人に訴えているのかも……」
「あり得るな……」
フェネルは使えるようになった二つの脳をフル回転させて思考する。
確かに、あの大きさの砲口からエネルギー弾が発射されれば、王城とその一帯を焼け野原にすることは出来るかもしれない。砲台の下部は円形の金具で固定されており、その構造から可動式であることが推察できる。
だが、本当にそんなことが可能なのだろうか。
地脈や空気に魔力が含まれているのは事実だが、微量でしかない。それらを集めてエネルギーに変換するのには相当の時間がかかるはずだし、吸収できる総量にも限度があるはず……。
「……って、あれは⁉」
そこまで思考したフェネルの視界に入ったのは、二人分の人影。大地に根を張るように据え付けられた砲台の根本に見えた。
ここにるはずのない——アマリスとカレンデュラスの身体だった。
「どうしてこんなところに⁉ 謁見の間で倒れているはずでは……」
「——アマリスの触手だ。奴らをここまで運んで、電池として使う気なんだ」
目を凝らしてみると、彼らの傍らの地面の穴から木のつるが生えている。それは、人ひとりが通るには充分過ぎる大穴だ。
「電池って……どういう意味ですの?」
「奴らから魔力を吸い上げ、装填時間を短縮してるんだ。カレンデュラスは、王家の血……魔力量は申し分ないはずだ。アマリスだって、聖剣で魔力を吸い上げたとはいえ、あれほどの力を持っていたのだから身体に残っていた魔力量は相当なはずだ」
「だとすればあの砲台自身は……」
「クロノっス……奴を仕留めたのが丁度あの辺りだったっス。それにあの砲身、クロノの使っていた武器と似てるっス」
「本来の姿を隠していたのはアマリスだけではなかったんだな」
「仕留めたと思っていたっスけど、よもや生き永らえていたとは……不覚っス」
「いいや、あの砲台の付近から、生命の気配はカレンデュラス一人分だけだ。それ以外に生気はまるで感じない」
苦々しさを滲ませるリコリーを諭すよう、フェネルが言う。
「生気……って、そんなのわかるんですの?」
「冒険者業も勇者業も伊達に続けてきたわけじゃないからな。あれらは、死体が最後の力で動いてるんだ」
「死体が……って、そんなことが可能なんスか?」
「きっと、『罠魔法』に似たようなことが奴らにも出来たんだ。おおよそ、死を条件に、自分の身体を砲台に変えるように設定していたんだろう。変身するというのと、その場から動けなくなる点は、アマリスの時と共通している。奴ら固有の能力だ」
「じゃあ、あそこにアマリスがいるのも……」
「あぁ。クロノの肉体か魔力かを対象にして、自分とカレンデュラスの身体を運ぶように設定していたんだろう。でないと、息絶えたはずのアマリスの触手がまだ動いていることに説明が付かない」
「確かに、罠魔法でも人の魔力を対象にするのは常套手段っスね」
「……時間がありませんわ。いち早く王城から人を避難させないと」
王城に走ろうとするシルビアを、フェネルが手を引いて制止する。
「——ダメだ、間に合わない。事情を説明して回ったところで、素性も知れない俺たちの言葉を信じさせる時間は無い。アマリスの魅了の影響が切れているという確信もない以上、無理矢理連れ去ろうにも抵抗されるのが目に見えている」
あれだけ大きな砲台が、王城を焼くだけのために存在しているとも考えづらい。一度攻撃を防いだところで、すぐに二発目が放たれる……という凄惨な結末も予想できる。
リコリーの「大きくなっている」という言葉を併せて考えると、対象に適したサイズに変貌できるのかもしれない。そうなれば、被害はこの都やこの国だけでなく他の大陸にまで及ぶ危険性も孕んでいる。
どうすればいい。どうすれば、全てを救える?
「だったら、どうしろと言いますの?」
自問したことをそのままシルビアに聞かれてしまい、フェネルは俯いた。
悩んでいるわけではない。答えなど、初めから一つしかなかった。
「あの砲台自体を止めるしかない……」
だが、そんなことができるのか? 時間も実力も足りていない気がする。
『あと十分』という言葉を思い出し、胃を鷲掴みされるような緊迫感と怖気が目まぐるしい速度で身体を這い回る。
そもそも、こんな国の存亡がたった一つのパーティに委ねられていいはずがない。
諦念と悲観。
二つの脳が揃って、フェネルの身体を後ろに引っ張ろうとしていたそのとき——
——より大きな力で、彼の背中を押す者がいた。
「フェネル……大丈夫っスよ。あなたは一人じゃない」
「えぇ。私たちが付いていますわ」
自信に満ち溢れた笑顔を向ける二人がいた。
「……そうだよな。国の一大事を救う。それが勇者のあるべき姿だったよな」
生前、ゲームやアニメで見て来た勇者像を自分に重ね……られるほどフェネルは思い上がってはいない。
だが、今の彼には仲間がいる。やれるやれないじゃなく、やるのだと言わんばかりに、力強く肩に手を乗せてくれている仲間が。
きっと彼一人では、勇者になり得ていなかった。それは、リコリーやシルビアだってそうだろう。
それでも、三人が揃えば、皆が勇者になれる。
「ちょっと、お手を拝借」
「え?」
「ちょっと⁉」
戸惑う二人を余所に、フェネルは彼女たちの手を握った。二人とも、手汗が滲んでいる。きっと彼自身もそうなのだろう。
だが、そこに震えや揺らぎは感じない。
決意の表れ……三位一体の勇者の進む先は決まったらしい。
「……大仕事を終えたあとのエールは絶品だろうな」
三人は目を合わせ、苦笑した。
次に、三人が目を据えたのは止めるべき目標。大きな大きな花の砲台。
握った手に力を込め、フェネルは今一度尋ねた。
「計画も、うまい作戦も思いつかない。ここから先は何も決まってない野放図だ。それでも、俺はあの砲台を止めたい。……付き合ってくれるか?」
二人は力強く頷く。
その瞬間にはすでに、勇者は走り出していた。
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