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人の形して 歩いてく

「なんで、なんで、なんでなのよっ⁉」


 金色の装飾が施された高い天井、赤い絨毯、玉座へと続く長い階段。

 荘厳な謁見の間の中央で、女性は困惑した表情のまま剣戟を防いでいる。

 自分がなぜここで戦うことになったのか理解できないまま、迫る聖剣から目を逸らさず、必死に身を守っている。


「なんで魅了が効かないのよっ⁉ それに——」


 主武装である鉤爪で降りかかる剣を弾きつつ、後ろへ跳んで、なんとか相手との距離を取ろうとしていた。

 

「——どうして殿下の魔法も意に介さないのよっ⁉」


 想定していたものとは真逆の戦況を見て、アマリスは発狂する。

 自分の力で戦うつもりなどなかったのに、戦場に立たされていることに加え、視界の端では、頼みの綱であるカレンデュラスもいとも簡単に対処されている。


「この状況を待ち構えていたのはお前だけじゃないんだよ。相手の危険性を知っているなら、対策をして迎え撃つ。冒険者の基本だろ?」

「人間の小童一人……それなのにどうしてこの私が押されているの?」


 カレンデュラスに対しては、シルビアが。

 アマリスに対しては、フェネルが付いて戦っている。

 この部屋に入る前、フェネルが企てた作戦は、着実にアマリスの首を絞めていた。


「適材適所。お前らが御しやすい相手で助かってるよ」

「——カレンデュラス! 早くそっちを倒して、こっちに加勢しなさい!」


 アマリスはもはや、体裁や口調を気にせず声を荒げる。が、その言葉は相手にも届かない。

 というより、相手側にそれを聞く暇がないのだ。

 

「煩わしい……ッ! 貴様!」

「ほらほら、こんなものですの? 私の気はこの程度では晴れませんわよ?」

「がふッ……!」


 ジャブ六発に、ストレートが二発。腹部を中心に痛めつけられた後、大きめのフックを横顔に貰ったところでカレンデュラスの身体がよろける。

 相手は王族……それも正当な王位継承者だが、シルビアたちは現国王から許可をいただいている。

 大義名分という大盾を前に、ここぞとばかりに拳を振るうシルビアに、カレンデュラスは防戦一方だった。


「余所見をしている場合か?」

「——っ⁉」

 

 研ぎ澄まされた刃先が、アマリスの首と紙数枚ほどの隙間を残して肉薄した。

 首の皮が切られたような錯覚を覚え、咄嗟に首を押さえる。痛みが無いことを確認し、アマリスは安堵の吐息を吐き出した。


「聖剣……いけすかないあのボンクラ勇者に授けたはずなのに、何故あなたが持っているのですっ⁉」

「この城に返すように託されたんだよ。邪魔が入ったせいで返還のタイミングを逃したけどな」

「邪魔……あぁ、クロユリね。あぁ~、もうなんでこんなにうまく行かないのよっ!」


 今まで推測の域を出なかったフェネルの考察が、その域を飛び越えていく。

 

 クロノもまた、人型の魔族だったのではなかろうか。

 クロユリ=クロノであること、そして奴がアマリスの仲間であることはほぼ確定。

 魔族側に属した人間だった可能性もある。あるいは、クロノ自身もアマリスの傀儡だったという線も考えられるが、クロノから醸し出されていた狂気は生来のものだろう。

 見慣れない武器を使っていたことも、奴が魔族側なのだとすれば納得がいく。

 

 あと考えるべきは、ヘルズガーデンとの最終戦での油断だ。あそこに、自分の迂闊さだけでなく、違う理由も介在していたのだとすれば……。

 

 この部屋に漂い、常に鼻腔を刺激し続けていた嫌な匂い。

 どこかで嗅いだことがあるかもしれないという漠然とした感覚の正体に気付いたとき、推測が確信へと移る。

 喉につっかえていたものが取れたような爽快感を覚え、フェネルは得意げに口を開いた。

 

「そうか……奴にも、この嫌な香水つけてやがったな? 我ながら『なんであんな油断してたんだろ』って何回も考えてたけど、お前の術の影響下だったわけか」

「嫌な……なんて言ってくれるわね。クロノのときは効いたのに、なんで今は効かないのよ!」

「そりゃあ、まぁ警戒してれば対処するだろ。まぁ、嗅覚に影響するってのは、会ってみて初めて分かったことだが」

「匂いはちゃんと出てるし、お前もそれを吸ってるのに、なんで私の魅了がかからないのっ⁉ それにさっきからブツブツと言ってる独り言は何なのよ!」


 激昂し、攻めに転じようと爪を払うが、フェネルはそれを赦さない。

 あらゆる魔物や人間とやり合ってきた歴戦の勇者には、流石のアマリスも隙を見いだせなかった。

 

「なんでなんでって考えるより、身体を動かせよ。死んでから後悔しても遅いぞ?」

「とても勇者の言葉とは思えないわねっ!」


 旅の中で何度言われてきたかわからない物言いに、フェネルは鼻を鳴らした。

 

「そりゃまぁ、勇者ってのもただの職業名だし。他の奴らより誇りもないな」

「なら、レディに対する扱いはどうなの?」

「レディ……って。今まで碌に女性と話す機会も無かった俺にそんなもん期待すんな!」

「——ッ⁉」


 力強く華麗な一閃。

 鋭く研ぎ澄まされたタンパク質が、軽い音と共に弾け飛び、硬質な破片となって床へ飛び散った。

 ……正確には、タンパク質でなく加工されたマナクリスタルなのだが。


「悲しくなること言わせてんじゃねぇ! 手元が狂ったじゃねぇか。一応最後はシルビアにケリをつけてもらおうと思ってるんだから、じっとしといてくれよ。復讐ってのは筋が大事なんだからさ」


 フェネルが生前に見た任侠映画の台詞の受け売りは、奇しくも城門棟で戦うリコリーの考えと一致した。

 

「……ッ!!!!」


 驚いて足元を踏み外したアマリスは、膝から床に崩れ落ちた。

 歯ぎしりし、精一杯の目力で威嚇するが、相手は気にも留めない。表情こそ柔らかいが、その目には酷く冷たい炎が揺らぐことなく灯っている。

 首筋に当てられた聖剣は、少しずつ、けれども着実にアマリスの魔力を奪い始めていた。

 

 そこでようやく、アマリスは理解した。

 相手が、敵に回してはいけないタイプの人間だったのだと。


「『なんでうまく行かないの』とか嘆いてたが、俺から言わせればこれまでが上手く行き過ぎていたんだよ。お前が侮ってきた人間界は、魔法一つでどうにかできるほどヤワじゃない」

「……」


 変な動きをすれば、そのまま首を飛ばされる。

 どんな脅し文句よりも効力のある、金属の冷たく硬い感触に、アマリスは慎重を期して返答を探していた。幾重にも重なった屈辱を噛みしめながら。

 

「それとも、そんなことは百も承知だったか? 人間に執着してきたお前らが人間を知らないはずもない」

「執着? 何を……そんな出鱈目……」


 アマリスにも譲れないものがあった。絞り出した否定の言葉は、傍で繰り広げられるカレンデュラスとシルビアの攻防戦の騒音に搔き消された。


「だったら、今のその姿は何なんだよ?」

「——え?」


 アマリスはゆっくりと自分の身体を見下ろしていく。

 フリルの重なったドレスには数多の切り傷が刻まれ、微かに砂埃のような汚れも付着している。

 あの生誕祭でシルビアを陥れるため、自らの爪で切り裂いた訓練服。その面影を被せるようにして、その奥にある肌に目線を移す。

 黒茶色の褐色肌に目が吸い寄せられると同時に、無意識に額に伸ばした手が、ザラザラ、ゴツゴツとした枝木のようなものに触れた。


 攻撃を防ぎ、魅了の香りを発するのに用いていた上で聖剣の刃に吸収されたこともあり、変身魔法を維持する魔力がなくなったのだ。

 

「それが本来のお前の姿なんだろ? わざわざ変身してまで人の形を取る理由は?」

「……全てを残したまま奪うためよ」

「全てを残したまま……?」


 フェネルは、つい口を滑らせてしまう。

 時間を稼ぐという目標を外れ、完全に興味本位での問いだった。

 

 魔族が人間を襲うのは、本能ゆえだと考えられてきた。

 だが、それは研究や哲学に基づいた学説ではない。

 魔族に情を見せ、油断すれば命を奪われる。そんな経験を積み重ねた先人たちが、戒めとして人間界に広めた考え方に過ぎない。

 意思疎通すらできない魔族が大多数だったからこそ、それは冒険者の基本として定着していた。

 

 ——しかし今、目の前には人語を介し、人の姿を取る魔族がいる。

 ならば、話は変わる。

 たとえ嘘でも、意見を交わすことができるようになったのだ。


 分かり合えるなどという甘ったれた考えではなく、ただ気になるから聞いただけ。そういう意味での興味本位だ。


「人を蹂躙して、土地を奪うことは容易いわ。実際、小さな国を滅ぼすのに三日もかからなかったもの。でも、それじゃあその土地にまた一から文明や衣食住を揃えるというのも面倒でしょう?」

「違うな。お前らのそれは執着だろ?」

「そんなはずは——ッ⁉」


 強い衝撃音と、崩落音。

 アマリスは、目の前の男の仕業かと思うが、どうにも違う。

 驚いて振り返るフェネルの視線を追ったアマリスは、落胆の声を漏らした。


「このくらいで押さえておいてやりますか……王族ですものね。やり過ぎては問題になりかねませんし」


 剥がれ落ちた石壁の中で、血を流して倒れるカレンデュラスと、それを見下ろすシルビア。

 両頬が原型のないほど腫れあがっているのを見て、アマリスは絶句した。

 一方のフェネルも「十分やり過ぎだろ……」とドン引きしているが、敵の前での冷徹なスタンスは崩さない。


「あっちは終わったようだな。今度はお前だ。王太子へのざまぁ展開に水を差したツケは拳何発で払われるんだろうな?」


 ゆっくりと拳に憎しみを込めながら歩み寄る、凛とした令嬢にアマリスの背筋が伸びる。

 脅威と感じ、いち早くこの城から追放しようと画策した女は、作戦成功まであと一歩のところで、再び自分の前に現れ、見事計画をぐちゃぐちゃに破綻させた。

 どうして、自分は奴を先に殺しておかなかったのだろう。投獄した際に、いくらでも殺す機会はあったはずなのに……。

 これは、後悔というよりは純粋な疑問だった。

 

「……お前の魅了の力があれば、人間界に潜り込む必要なんてなかったはずだ。 クロノにしたみたいなことが出来るなら、誰かに唾をつけといて一人ずつ信奉者を増やし、国家転覆を狙えばいい……人の姿を択んだのはお前らだ。そうする理由は、人間への執着だろ? 愛執か憎悪かなんて、興味は無いけど」

「違うッ! 私たちは人間に興味など持っていない! お前らは私たちより格下で、ただちょっと先に生まれて土地を開いただけの蛆虫よ!」


 喉が震え、声が揺らぐ。

 フェネルの洞察力でなくとも、彼女の動揺は見て取れた。

 

「クロノも、お前も……わざわざ人に化けるような小細工までしてそのコミュニティに入り込んで。お前らは一体何がしたかったんだ?」

「……」


 それからシルビアが眼前に来るまで、アマリスは一度も声を発さなかった。


「何か、有意義な情報は聞き出せたかしら?」

「な~んにも。ただならぬ感情を人間に抱いているのは確かだな。まぁ、こんな姿形でも魔族だっていうなら、魔物を殺し続けた人類を憎んでいても不思議じゃ——」

「私を……あんな獣どもと一緒にするなァァァ!」


 耳を塞ぎたくなる不快な咆哮が静かな謁見の間に響き渡る。

 フェネルは躊躇うことなく首を飛ばそうとするが、アマリスは即座に首を捻り、鉤爪で防いだ。

 

 そして、二人が状況を把握する間もなくアマリスは——自身の腹に鋭い爪を突き刺した。

 赤い血と、一層強烈な香りと共に、眩い光が辺りを覆った。


「……本当はここまでする気はなかったのですが、ここまでの恥辱を与えられては仕方ない……作戦を変更させてもらうわっ!」

作者Xアカウント

https://x.com/Nagomu_Kietsu


他サイトでの掲載URL

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/novel/63248309/109064342

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/2912051602276471114/episodes/2912051602276737425


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