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喰らい尽くす

 前門の廊下を奥に突っ切り、右手に曲がった小さな空間。

 そこは、城門棟の最東端に位置する。侵入者に対して常に高所から攻撃できるよう、入り口が最も低くなるように傾斜をつけた構造となるように設計されており、城門棟の東西両端は地面から張り出して造られている。


 周囲を照らす松明も、光を取り入れるための窓も設けられていないその場所は、廊下の照明だけを光源としているのでかなり暗い。

 石造りの城門棟には温もりがなく、冷たい空気がその場に流れる。

 視界が悪く、どうしても聴覚の方が敏感になっていた。

 

「どうやら、本気で逃げる気はなかったらしいな」

「そっちこそ、わざわざ追って来るなんて。尻尾撒いて逃げずに来たんスね」


 荒い息を整えながら、クロノは再びリコリーの前に姿を現した。

 割れたエネルギーポッドから、痛々しく液体状のマナが滴っている。

 他方のリコリーも、弾丸を避けきれずに肌に数か所のかすり傷が走っている。


 互いに致命傷は受けていないながらも、二人とも確かに消耗していた。

 

 満身創痍とはいかないまでも、消耗した魔力も受けた傷も癒えない。皮肉にも、二人は高度な回復魔法を得意としない魔法使いという点で共通している。

 魔法使い同士の戦いなのに、とてもそうとは思えない泥臭い戦況を見て、リコリーは苦笑した。


 きっと、フェネルやシルビアならもっと上手く出来たのだろう。

 でも、ここに残ると決めたのは自分なのだ。他の誰でもなく、自分で言ったことなのだから、最後までやり通さなければ彼らに顔向けが出来ない。

 

 リコリーは、自分の在り方に頓着しない人生を送ってきた。普段の振る舞いや戦い方……それらを総じた生き方を深く考えて来なかった分、残った時間と労力で優先してきたのは「筋」だった。

 「人に寄生して生きて来た」……という自認の通り、コミュニティに参加しては脱退してを繰り返す破線のような人生。その中で問題が起こることも少なくなかった。問題は起きる前に対処する側の彼女でも、他の人たちの争いに巻き込まれてしまうことは多くあったのである。

 ただ、争いを納めようと入って来る第三者が更に問題を大きくするなんてことはザラなのだ。そんな難しい立場に置かれた彼女が、頭を悩ませ末に手にした道具……それが「筋」だったのだ。


 言い争いであれば、初めに言い出したのは誰か。争点は何か。その争いに関係するのは誰か。ほつれた糸を解くように、それらを整理すると結局最後は二人の意見のすれ違いに終始したりする。そうなってしまえば、譲歩と謝罪を経てまたい通つもりの関係性に戻ることが出来る。

 筋道や理屈と言えば、冷たく聞こえるかもしれないが、感情を無視して全てを論理で片付けるという意味では別にない。どちらかと言えば、彼女の考え方にしてもわかりやすい感情論の方を好んでいる。でも、感情論のぶつけ合いでは問題の解決には至らない。だからこそ、対立する感情を制御するための芯材としてそれを使うのだ。

 

 問題解決のための手段は、今や信念としてリコリーの中に根付き、今もなお彼女の駆動軸として作用し続けている。

 今、彼女が通そうとしている筋は二つ。


 一つは、有言実行。覚悟を持って放った言葉を実現するということ。

 二つ目は、シルビアと王太子との因縁。……正確に言えば、王太子と今の婚約者の二人と、シルビアとの因縁だ。

 ざっくりとした内容はリコリーだって知っている。彼女が旅を出るきっかけとなった事件であり、シルビアの口から初めて聞いた話としても印象深い。

 彼女の問題を解決したいという願いは、冒技試のときにヘルズガーデンの問題が一段落ついた辺りから強くなっていた。

 自分の問題が終わってようやく、他の人に気を遣えるようになってきたのだ。少なからず自分の問題に巻き込んだのだから、自分も手を貸す側になりたいと思ったことも理由の一つだ。

 だから、その話が決着するであろう今この時、シルビア達についていきたかったのが本音だった。

 

 しかし、現実はそう上手くはいかない。クロノが現れたことで、全員で謁見の間に向かうという道は絶たれてしまった。


 当事者間の問題は、当事者同士が解決すべきだ。これは、シルビアの後悔を未然に防ぐという意味でもある。

 限られた時間で、人型の魔族がいる謁見の間に向かう戦力も確保せねばならない。でも、シルビアの意も汲んであげたい。

 その葛藤から捻り出された結果が、目の前の銃使いとの一騎打ちを申し出ることだった。


 ——()()()()()()()()()()()()()()


 二つの筋を通すためにも、この戦いを負けるわけにはいかない。

 リコリーの決意と熱意が燃え上がっていた。


「こんなに楽しい狩りの時間なんだ。途中で終われる訳がねぇ」

「またそれっスか? 自分がっ優位にいると思い込みたいようスね」

 

 一定の距離を保つため、意図せず出来上がった円の中をぐるぐると回りながら、相手の出方を窺っていた。

 

「賢者よ、一つ考えを正してやろう」


 クロノは歩みを止め、リコリーの方に顔を向ける。

 凹凸すらなく、表情筋がどう動いているのかもわからない相手でも、リコリーは確かに相手の視線を感じ取って、足を止めた。


「狩りにおいて、狩る側と狩られる側には元々優劣はない。命のやり取りをする、ひりつく狩場を共有するという点で、二者は対等だ。互いの矜持を尊重し合っているからこそ、遠くからの狙撃や罠、仲間を募ってなんとか優位に立とうとする。狩りの優劣は後から付いてくるもんだ」

「嘘吐き……」


 間髪を入れない呟きに、クロノは首を傾げた。


「嘘? 確かに俺は嘘吐きだが、今の話にも嘘があったのか?」

「声を聞いていればわかるっス。お前は今完全に私を見下している。自分に牙を向けるとも思っていない、崖の上から獲物を見下ろす狩人の余裕……お前の声にはそれが含まれてる」


 声道を確認するよう、喉を押さえ、乾いた声を漏らした。

 

「そうか……。この種族に嫌気がさしてた俺も生物本能には抗えないってか」


 心底落胆した様子で嘆息し、クロノは両手の銃口をリコリーに向けた。

 

「悪ぃな、人間。俺たち魔族はどんな強敵であったとしても、お前らを捕食対象としか見れないらしい」

「低俗っスね。どれだけ人間に見た目を寄せようと、お前らの心は獣なんスよ」

「この文脈で言われると、ぐぅの音も出ねぇな!」


 ——どうせまた、石壁を作るんだろ?

 自身の観察眼を遺憾なく発揮したクロノは、この瞬間にも相手の次の動きを予測して銃を動かそうとしていた。

 ガトリングは使えない。ならば左腕を牽制に使い、石壁の横を回り込んでロングレンジバレットを叩き込む。


 フェネル達との戦闘で一度も見せていなかったが、クロノにも付与魔法は使える。『超速付与』を施した脚なら、リコリーの反応より速く動けるという、練り上げられた作戦だった。


 戦闘は生物を強くする。

 油断を捨て、先ほどまでの戦闘をも考慮に入れた完璧な作戦。命を懸けた一戦でのみ開花する生存戦略に、クロノ自身も驚愕していた。

 

 しかし、リコリーの考えは更にその上を行っていた。

 

「——『石床崩落フロアフォール』!」


 魔力リコリーが戦場を変えた真の理由はそこにあった。


 魔法には付与魔法の他にも、一定期間対象に影響を及ぼし続けることができる魔法がある。

 その一つが『罠魔法トラップ・マジック』。発動する事前に詠唱を施し、対象に命令を与えることにより狙ったタイミングで発動できる魔法である。

 詠唱維持とは行かないまでも、発動まで微量の魔力を必要とする他、命令は単純でなければならないことや、対象が無機物に限定されることなど多くの制約があるものの、その自由度はかなり高い。

 感圧式や一定以上の魔力を注ぐこと、反対に注ぎ続けている魔力を途切らせることなど魔法発動に多種多様の条件を設定できる。

 『石床崩落』もその一種で、条件は感圧式と魔力供給の組み合わせだ。自分の体重よりも重い人間が乗った石材に魔力を注ぐことで発動する。


 魔法の開発から旅を共にしたフェネル達にしか見せてこなかった奥の手。考えの裏をかくために残しておいた渾身の一撃は、確かにクロノの虚を突いた。


 互いに画策していた一瞬は、戦場に罠を仕掛けていたリコリーが制するに至る。


「床……こんなことまでッ⁉」


 石材が敷き詰められた床が、クロノの周囲を模るように崩落する。

 足場を崩されたクロノのライフルの照準は明後日の方向に捻じ曲げられる。急いで右手を構え直し、反撃を行おうとするも崩壊の速度が先を行く。


 自身を支える物を失くす、恐怖にも似た浮遊感を覚えると同時に、クロノの視界が瓦礫で覆われた。

 

「ぬぉぉぉぉおッ!」

「戦いの勝敗は、始まる前に決っているものっスよ!————『層流疾風レイヤードストリーム』!」


 杖から放たれ一直線の強風が、崩れる石材に押し込むようにクロノを襲う。その斥力により、リコリーは飛び上がって、崩落場所から距離を取った。

 王から事前に聞かされていた城の造りを脳裏に描き、リコリーは嘲るように声を発した。

 

「ここは地面から張り出された空間……そして、城の周りには何があったと思うっスか?」


 床が抜け、空中に放り出されたクロノは落下先を一瞥し、絶望した。

 真下にあるのは一面に広がる水面だった。


「銃火器の弱点は水……シケてても、その銃は撃てるんスかね⁉」

「クソッ! 魔人の俺様が人間如きにィィィ!」


 悪あがきの乱射は、全て瓦礫に阻まれる。


「認めねェェェッ!」

 

 もし、そこに瓦礫がなくとも、当たるはずもなかった。

 下方からの狙撃など、クロノは経験したこともなかった。いつも彼が行う『狩り』は上から——優位な立場からの狙撃だったから。


「氷よ集え。戦に死する魂へ、大いなる氷の餞を手向けよ——『大氷葬槍トリシューラ』」


 リコリーの冷たい吐息が、氷の槍を形成し、クロノが落ちた穴目掛けて放たれた。

 フェネルの身体を撃ち抜いた借りを返すように、次から次へと氷柱を落としていく。


 放った槍の数が二十を超えた後、リコリーは床の穴からゆっくりと池を見下ろした。


「……狩られる側の気持ちも、ちょっとはわかったっスかね」

 

 氷柱が積み重なった小さな氷山の下に、千切れた銃身と小さく砕かれたガラス片のような塵が微かに見えた。

 池には、緑色と赤茶色が混じり合ったどす黒い茶色の液体が流れ出ているのを見て、リコリーは杖を下ろした。


「……ふぅ。終わったっス~」


 まだ崩落する恐れがある為、二、三歩後退してから、リコリーはその場に腰を下ろした。


「——これはまた、派手にやってくれたのぉ。リコリー・ラジアータ」


 リコリーの後方、足音も立てずに現れたのはアルヴェニスだった。

 その老練な目はただ悲しそうに床に空いた大穴を見つめている。

 

 リコリーの激戦の末の汗水が、一気に冷や汗に変わっていった。

 

「これは……面目次第もないっスねぇ」

「良い良い。小国とは言え国を滅ぼす力を持った魔族じゃった。これだけの被害に抑えられたことを、むしろ幸運と考えるべきであろう」

「……あと、もう一つ申し訳ないっス。陛下の特権魔法があるといえ、陛下を一人置き去りにしてしまったっス。これじゃあ勇者パーティメンバーとして失格っスね」

「それも良い。相手があれほど強力だったのじゃ。ワシを守りながらの戦いなら更に苦戦を強いられたじゃろう。魔法を使って隠れておいた方が却って安全じゃろうて。まぁ、流石に奴と一緒に部屋に置き去りにされた時には肝が冷えたがの」


 リコリーは「なはは……」と苦笑いして頭を掻いた。

 

「一応、こっちを追って来るように挑発はしてたんスけど、よく考えれば国家元首と国賊を同部屋に残すなんて今考えれば恐ろしいっスね」

「ワシの身の危険で国を救えるのなら安いもんじゃよ……って、今の台詞かなり国王っぽくなかったか?」


 テンションを上げてはしゃぐ王様に、呆れるリコリー。

 統治者としての器量は感じるものの、どうにも王としての実感が湧かない。

 引き攣った顔で愛想笑いを続けている。

 

「にしても、陛下の特権魔法が隠密に適したもので助かったっス。透明化……他の誰でもなくあなたにとってはとても便利な魔法っスね」

「気配は消せぬその場凌ぎじゃが、使いようじゃの。いざ亡命の時が来たら重宝するじゃろ?」


 悪びれる様子のない悪戯な笑顔は、王の持ちうる人心掌握術の一つでしかない。

 だが、その一つを掻い摘んでも、彼の統治者としての適性を感じさせられる。

 現に、警戒心を解き切ったリコリーは無防備に杖を下ろしてその場でくたびれている。

 

「……逞しい考えは結構っスけど、そんな未来が来ないよう努力してくださいっス」

「ふむ……今まさにその為に動いてるところなんじゃがの」

 

 たっぷりと顎下に蓄えた白髭をいじいじと触っていると、アルヴェニスの目にリコリーの水晶玉が目に入った。

 

「それと、魔族に嘘吐きと言っておったが、お主も負けず劣らずのペテン師じゃの」

「……ん? 何のことっスか?」


 圧力差により、部屋に空いた穴へと空気が抜けていく。リコリーの髪が揺れ、その表情を隠した。

 

「勇者フェネルを説得する時に言っていた……『私の完全催眠魔法……あれがあればあんな奴は余裕』という言葉。嘘なんじゃろ?」

「……随分とよく覚えてるっスね」

「あらゆる些事を覚えてこその国政じゃし。それに、どう考えてもあの戦闘は催眠の入ったものじゃなかったからの。詳しい原理は知らんが、そういう名前の魔法なら相手を即座に無力化できるものなんじゃろうて」


 リコリーは皮肉ったつもりだったが、アルヴェニスの真っすぐな返しを聞いて、毒気を抜かれる。

 言い訳で切り抜けようにも、恐らくこの人は逃してくれない。アルヴェニスの眼はリコリーをそう確信させるものだった。

 

「原理はわからないけど、一度あの魔法を掻い潜った相手っス。同じやり方が通じないと判断したんスよ。そもそも、それを使えるだけの魔力も残ってなかったっスしね。遠回りでも、確実に仕留める方法を択んだんスよ」

「ほぅ……」


 深い眉根の堀が、一層濃くなる。訝しげなアルヴェニスの顔を見て、リコリーははっとした。

 完全催眠魔法。名前だけでも、悪用されればマズイものだとわかる。

 国の治安を守る立場にある王にとってこの魔法が危険だと判断されてもおかしくはない。

 

「なんスか。言っとくっスけどこの魔法は——」

「わかっておるよ。立場上、言いにくくはあるが、ワシは優しい嘘なら吐いても良いと思っている側じゃし」

「え?」

「なんじゃ、違ったのか? お主は嘘を吐いたことに対し引け目を感じておるのかと思ったが……」

「それは合ってるっスけど……」


 検討外れな物言いに、リコリーは戸惑いを隠せない。

 

「やはりの。じゃが、気にすることも無い。魔法も道具も嘘も全ては使いよう。使用者の正しきに従えば、いずれ世界にも善をもたらすと信じておるよ」

「あなたは……いえ、そうっスね」


 野暮ったい話は止めにして、リコリーは次の行動に対して頭を働かせることにした。


「ところで陛下。王太子殿下の特権魔法も透明化なんスか?」

「特権魔法は遺伝せんよ。奴の魔法は——」


 その返答を聞いた瞬間、リコリーの顔は酷くゆがむのだった。

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https://x.com/Nagomu_Kietsu


他サイトでの掲載URL

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/novel/63248309/109064342

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/2912051602276471114/episodes/2912051602276737425


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