かくして快進撃は始まる
ダガガガガッ‼
魔法によって床の石材を用いて作られた『石壁』と、城門棟の壁が次々と崩れていく。
空気を劈く振動が、鼓膜を震わせる。
太い銃身が六本、円を描くように束ねられており、真ん中の軸を中心に高速回転しながら大量の弾丸を吐き出していく。
あらゆる物体を破壊する鉛の雨が嵐のように吹き荒れていた。
王城で行われているとは思えぬ光景がそこで繰り広げられていた。
「おらおら、どうした⁉ 余裕だったんじゃないのかよッ! おい!」
『石壁』を次々と生やし、軌道を塞ぎながら転々と移動していく。
一度詠唱さえしてしまえば、一定時間内は魔法を行使し続けられる。詠唱を保持するのには大量の魔力を浪費する燃費の悪い荒業なのだが、攻撃速度の速い剣士や銃使いとの戦闘においてはとても有効な手段である。
壁の裏で常に二つ先までの壁を作り、それが崩れるより前に、付与魔法で強化した脚力と動体視力を頼りに壁の合間を縫って移動する。
針の穴を通すような動きだが、リコリーは自分には当たらないという根拠のない確信だけを頼りに移動していた。
「防戦一方じゃ、いつかは当たっちまうぞ!」
「——石壁!」
口を使って魔法を唱え、発動する魔法使いにとって、戦闘中の会話は限りなく無駄に近い。
自分の言葉に対する返事がないことに対し、クロノは歯がゆさを覚えていた。
人族を演じていた頃は、ボロが出ぬように寡黙なキャラを貫いていたクロノだが、本来は会話好きな性分だった。まして、自分が実力者だと認めた相手にはなおさらだ。
「同じやり方で、どれだけ保つかねェ!」
「——ッ⁉」
ドゴォン!
耳を塞ぎたくなる炸裂音。
クロノはガトリングでの追撃は止めず、もう一方のガンライフルで、リコリーの移動先である壁を先に破壊する。
よく観察すると、城外で戦ったよりも口径が大きい。その分、威力も弾速も増している。
「俺の腕は二本あるんだぜ? 追いつめ方なんていくらでもある!」
「……あぁ」
キーン、という耳鳴りが世界を支配する。
大口径ライフルの弾丸と石壁との衝突を間近で迎え、リコリーの耳は限界を迎えた。
音響外傷によって、他の音がすべて掻き消されていく。
呟いた声が、自分の耳に届かない恐怖に、リコリーは少しだけ身震いする……が、自信を鼓舞するようにリコリーは詠唱を開始した。
「風よ吹け! 何物にも乱されず、一筋の流れとなりて我が背を押せ……」
逃げ場を失ったリコリーは、魔法を唱えながらゆっくりと前進する。
その間、燃えるような痛みがリコリーの脳を襲う。
フェネルなら当たり前にできるような簡単な動作でも、リコリーにとっては魔法の詠唱と身体操作を同時に行うだけで、脳への負担が大きいのだ。
「さぁ、どう来る⁉ どんな魔法でも対応してみせる!」
「——『層流疾風』!」
密封された室内に強風が吹く。
先ほどクロノを吹き飛ばした乱流竜巻と違い、力のベクトルが一方に整えられた風。
その風はリコリーの背中を押す。
「フェネルから学んだ風魔法の使い方……私のやり方で再現するならこうっス!」
「次から次へと……手数が多くて退屈しねェな!」
リコリーが、今のパーティでの初陣で見たフェネルの『乱流竜巻』の使い方から着想を得て開発した魔法だ。
乱れた風の流れを操るのが難しいのなら、流れを一方向に整えればいい——そんな発想から生まれた。
本来、新規魔法の開発には長期にわたる研究が必要となる。
しかし、賢者スキルにより魔法の核心に近づいていたことに加え、天性の論理的思考力とセンス、この歳に至るまで生きる為に魔法を使い続けてきた経験が、リコリーの開発速度を大きく引き上げていた
『層流疾風』や『呪縛眠堕』も、その成果の一つだ。
失敗を恐れず試行錯誤を繰り返す姿勢。それこそが、魔法使いとして生きてきた彼女の本物の才能だった。
「いいぜ! 逃げろよ! 俺がよく知る狩りの時間だぜ!」
「さて、狩られるのはどっちっスかね!」
急激に近づく両者の距離。ガトリングの軌道を急激に変えることは出来ず、右手の比較的軽いガンライフルを持ち直した。
決めるとするなら一発。このタイミングだけ。
「偏差射撃や狙撃で狙えるほど、甘い相手とは思っちゃいねぇが、ここは俺の間合いだぜ?」
「——ハッ!」
ガンライフルのトリガーを引く瞬間、クロノの目が、自身に向かって飛来する何かを捉えた。
それが、投げられた石壁の破片だったと気付いた頃に発砲するが、すでに遅い。隙をついたリコリーは風魔法のベクトルを変更して弾の軌道から逃れた。
クロノの左手側を通り過ぎたリコリーは、すれ違い様に懐に隠し持っていたナイフを投げる。慣性に身を任せ、一瞬だけ魔法を解除した刹那の一撃だった。
「——ぶねぇッ!」
クロノはなんとか首を捻りナイフを回避。
上半身だけを捻じり、振り返る形でガトリングガンを向ける。
「結局はそれも悪手……背中ががら空きだぜ!」
円環の銃口から火が吹き荒れ、大量の弾丸が——発射しない。
違和感に気付いたとき、「なッ⁉」とクロノは声を漏らした。
左肩部の球体が割れ、中の液体がポタポタと滴っていた。
近くの壁を曲がり、姿を消したリコリーを見逃すまま、クロノは両方の手を落とした。
「エネルギーポッドがやられちゃ、ガトリングは回らない……。アイツ、まさかこれを狙って?」
顔に投げられたと思ったナイフの本当の標的は、首でも、軌道を逸らすことでもなかった。クロノがそれを避けると読んだ上で、移動先にあるであろうエネルギーポッドだった。……どうしても考えてしまうその仮説に、クロノの手は少しだけ震えていた。
「そもそもこの武器の構造を把握しているかも怪しいのに、よく的確に狙えるもんだ。偏差射撃とか目じゃねぇ凄技じゃねぇか」
もしそんなことが可能な人間がいるなら、いずれ自分たちの脅威として現れることになる。と、クロノの勘が告げていた。
「種族全体の利益を優先するなら、命に代えてもやらなきゃならねぇ。きっと、リリスだってそうするだろうし、最悪の場合アレを使うのも……」
そこまで言いかけて、クロノは首を振った。
「いいや、無しだ。人間如きにアレを使うのは俺の矜持が許さねぇ。それに、身体を動かしてやり合う方がぜってぇ楽しいタイプだしな、奴は」
震える手を押さえる。何百年ぶりかに感じた久しぶりの死の恐怖。その震えを身体の昂りに変えながら、とぼとぼとクロノは歩き出すのだった。
——
居館奥にある謁見の間。
扉を開いた先に見えた光景は、玉座に足を組む人の姿だった。
「おやぁ。予想とは違う人選で来ましたねぇ。あらかた、賢者の方が陛下の付き添いでしょうけれど。あのメイドはいませんのね」
座するのは、王太子ではなく、桃色のドレスに身を包んだアマリス。
この国は私のものだと主張したげに、フェネル達を見下ろしている。
「……やっぱり、待ち構えてたみたいだな」
「えぇ。流石に見張りが少なすぎると思いましたわ。でも、わざわざ兵を減らして誘い込むだなんて、随分と余裕ですのね?」
「脱獄の報せが入った時からこうなることはわかってましたし~、どうせあなた方に衛兵を差し向けたところで意味は無さそうですからぁ。それなら自分の力で処理する方が簡単で良さそうです」
玉座に肘を乗せ、頬杖をつきながら、アマリスはあっけらかんと答える。
完全に相手を格下だと舐めている様子だ。
「平民の貴方がそんな場所に……。元老院のおじさま達が見れば卒倒しそうですわね」
「いえいえ。皆さま快く受け入れてくれましたよ~? この城での私の立場は、今や王太子の婚約者などという枠には収まりません。この国を導く主導者として、蝶や花や……神やと」
「小さな箱庭で神を演じて、虚しくはならないか?」
「いずれは、この城のみならずこの世界全体でこの状況が伝播する……計画の第一段階と考えれば上々でしょうねぇ」
シルビアの視線は、アマリスを滑り、隣で立たされているカレンデュラスの顔で停止した。
「その目から光が消えて久しい。最もアマリスの近くに居続けた男は完全にアマリスの手中にあり、もはや元の人格が残っているのかも怪しい」というウェヌーシャの考察を、シルビアは認めざるを得なかった。
「……惨めなものですわね、カレンデュラス。こんな小娘一人に良いようにされて。直々に裁きを下す良い機会だと思っていましたのに……。その状態では何を感じることもできないのでしょうね」
「シル……ビア。何故……?」
虚ろな目で、たどたどしい口調で、カレンデュラスはかつての婚約者の名前を呼んだ。
それは長年の付き合いによって、アマリスの魅了で塗り固められた意識の中から沁み出した彼の心からの声だった。だが、シルビアの心は驚くほど動かない。
復讐すべき対象が一人に絞られたという冷たい論理だけが、シルビアの頭を動かしていた。
「……殿下。先ほどお教えしましたでしょう? 彼女は私たちに無礼を働いた叛逆者で、投獄されていました。そこを脱出し、あろうことかまた我々に危害を加えようとしている。これは赦されることではありません」
「そうか……そうだったな。シルビア、残念だ」
再び意識を塗り替えられたカレンデュラスは、アマリスの前に出た。
「こちらこそ、残念ですわ。もっと生身のあなたとやり合えると思っていましたのに……。でも、いいんですの? そんなのを戦闘に使っても、足手まといにしかならないのでは?」
シルビアのあまりに辛辣な物言いに、フェネルは苦笑しながら聖剣を構える。シルビアも革製のグローブを手に装着し、準備万端だ。
一方、抜刀したカレンデュラスの顔は全く歪まなかった。
美形の王子が腰に携えていた剣を抜く様は、画になりそうなものだが、それはとても不格好なものだった。
戦闘に慣れていない身体は傀儡として動かされたところで、その短所が完全に無くなるわけではない。
身体能力も魔法適正も人並み以下。人を尊重する謙虚さも、努力しようとする向上心も持ち合わせていない。
恵まれたのは顔立ちと生まれだけの男。
それが、シルビアの目から見たカレンデュラスという人間の評価だった。
「それはあなた方が知らなかっただけですよぉ。どんな肉体や魔法も使いよう。加えて彼は王族です。王族の血に受け継がれる『特権魔法』の力……存分に思い知らせてやりますわ~」
「あの時に受けた屈辱、数百倍にして返してやりますわ!」
斯くして、この国の存亡をかけた戦いの火蓋が切って落とされた。
作者Xアカウント
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