距離の中にある鼓動
キャピタリスの王城は、大きく三つの門によって侵入者を阻む構造となっている。
王室を起点として外側から、城門棟、主城門、居館の表門と並ぶ。居館が最も高度な位置となるよう、段階的に高くなる立体構造となっている。
城門棟はヘルズガーデンが守っていた場所であり、便宜的に前門とも呼ばれている。主城門は、居館へ至る第二の門であり、後門と呼ばれる。
「大きく賭けに出たものですわね」
「賭け?」
王城の居館。後門を突破したフェネルとシルビアはウェヌーシャの案内に従い、居館へと急いでいた。
「リコリーのことですわ。正体のわからない敵をリコリーひとりに任せるだなんて」
「あれは賭けじゃなくて、信頼だよ。今のあいつになら、任せられる気がした」
クロノ。謎の多いあの男の素性は、割れていない。
だが、あの状況で自分たちを襲ってきたのだから魔族側に通じているのはほとんど間違いないだろう。生粋の仕事人らしく金で雇われているのかもしれないし、或いは——。
催眠魔法の影響下で鎧から脱出したことや、魔力を乱す銃弾を発射する銃剣使いであること。不可解な部分は多いがそこまで含めてフェネルはリコリーに任せようと思ったのだ。
「フェネル……あなた変わりましたわね」
「そうか?」
「今までのあなたなら、誰が何と言おうと一人に何かを任せることはしなかった……。それは、あなたなりに私たちを心配して守ろうとしていたのかもしれませんが、裏を返せば信頼をしてもらってないということでもありましたから。でも、今回はリコリーに一任した。どういう風の吹き回しですの?」
「俺も女に頼ることの出来る男になってきたってことかもな」
「それ、進歩ですの?」
「俺にとっては間違いなく進歩だよ。……聞きようによっては、女に甘えるヒモ男の言い分にも聞こえなくはないけど」
シルビアはふっと、薄い笑みを浮かべた。
高速で身体を動かしたことで乱れた息に混じる、優しい吐息だった。
「ずっと一人だったあなたにとっては、進歩かもしれませんわね。転生前後で人に信頼を置くことが出来なくなって、色んなことを一人で背負い込んでいたあなたには」
「一歩先で待ってるから、シルビアも追いついてくるんだな」
「私は……いえ。そうですわね、私もあまり誰かを頼るという生き方はして来ませんでしたものね」
「助けるまでもなく、壁をぶち抜いて脱獄するような姫様には必要ないかもしれないけどな」
「それでも、あなた方は助けに来てくれた。その事実は私の心を救ってくれましたわ……。人を信じてみるというのも、悪いものではないのかもしれませんわね」
和やかな空気を打ち払うように、ウェヌーシャが口を開いた。
「……妙ですね、居館の入り口に、誰一人として兵がいませんわ」
「よく考えれば、主城門を守る兵も門番だけでしたわ。いつもならもう少し多くの兵を配備しているはず……きな臭いですわね」
「上がすげ変わったことで、警備体制にも大きく変更が生じた……とか? でも一体何の目的で……」
「——罠を張るため。ではないでしょうか?」
ウェヌーシャは、淡々と続ける。
「恐らく、彼女の魔法は嗅覚や視覚などに干渉して強制的に相手に好意を抱かせる、魅了のようなものなのだと推測します」
「その魔法が仕掛けられている可能性があると……。そう考える根拠は?」
「ここ数日でアマリスの支持派は城の内外を問わず、急激に勢力を伸ばしています。その中には、アマリスと直接会話をしたことのない者まで含まれています。言葉を交わさずとも同じ空間にいるだけで彼女に好意を抱くようになるのです。初めの頃は平民の女を宮中に迎えることを拒んでいた大臣や、生理的に拒絶していたメイド仲間も今では彼女を崇拝しています。気味が悪い……」
冷静沈着で殆ど表情筋を動かさないウェヌーシャが、初めて顔を歪ませる。
嫌悪感がその目や口から溢れ出していた。
「シルビアの婚約破棄の一件についてもそれで説明が付くか……」
「えぇ。私も概ねそのような予想ではありますが、私は何かしらの条件があるのだとも考えておりますわ」
「条件、か。シルビアはアマリスって女と廊下で話した時、正体を明かすような舐めプまでされたんだったな」
「舐めプ……? かどうかはわかりませんが、あの女の魔法の真理に最も近づいたのは私でしょう。そんな私には魔法をかけずに、牢に閉じ込め処刑するといった強行手段を取ろうとしてきたのですわよ?」
「確かに、シルビアの立場が欲しかったといえど、魔法をかけて操った方が都合が良さそうなのはそうなんだよなぁ。他にもウェヌーシャさんやアルヴェニス陛下なんかも術中に陥っていないし……シルビアが言う条件ってのはいい線行ってそうだな」
特に王であるアルヴェニスには直接手を下さず、王太子を使うという、少々遠回りなやり方を取っていることに対して違和感を覚えたフェネルの中に二つの考えが浮かんだ。
「ウェヌーシャさんや陛下って、魔法を使えたりするんだっけ?」
「私は魔法を使えませんが、陛下は『特権魔法』をお使いになりますね」
「あぁ、シルビアの『飛行魔法』みたいなものだよな……」
「魔法の練度が高い人間は魅了できない」という仮説は、ウェヌーシャという存在によって否定される。
魔法を使えない彼女が、アマリスと同じ空間にいながら術中に陥っていないからだ。
ならば、残された可能性は一つしかない。
いつの間にか居館の扉まで到着していたフェネルが、足を止める。
「少し、俺の話を聞いてくれるか?」
——
「お~ら、よっと!」
時を同じくして、城門棟付近。
風魔法によって吹き飛ばされたクロノは、なんとか銃剣を地面に突き刺して体勢を持ちなおしていた。
「あ~あ。どうしてくれんだよ、これじゃもう使いもんにならねぇじゃねぇか」
クロノは 地面との摩擦でひん曲がった銃身を見つめてため息を零していた。
「そんな猿芝居で私の目を誤魔化せると思ってるんスか? 銃の一つや二つへし折ったって、また創り出せば良いだけっスよね?」
「創るって……。銃一本の価値も知らねぇでよく言うぜ」
「そりゃあ、自分の身を削って武具を創り出すなんて、やったことないっスからね」
「何の話だ? これは、俺が隣国から持ち込んだ特注品だぜ?」
「……さっき焼き溶かしてみてわかったっスけど、その銃も貴方が着ていた鎧も。普通の金属鉱石じゃない……魔力伝導率が著しく高く強度の高い素材で出来ていた。加えてその異様なオーラ……間違いないっス」
相手の本性を暴くよう、意地の悪い笑みでリコリーは続ける。
「クリスタルタートルとかが体内生成するマナメタルっスよね、それ」
マナメタル……一部の魔族が体内で生成する特殊金属。
内部に魔力を込めるほどに強度を増し、外部からの魔力を乱す効果も併せ持つ。
その有用性故にあらゆる研究者が食いついてその物質を調査してきたが、未だにその実態は明かされていない夢の素材である。
「そんなものを扱えるお前は、もはや人間ではないっスよね? よく見れば、その人間のような肌だって、魔力を捏ねて作った模造品っス」
クロノは、フルフェイスマスクの下でほくそ笑んだ。
「……なんだ、アンタも気付いてる側かよ。恐らくあのガキもそうだし、これで二人目か? 最近の人間は目が良くて困るぜ。こりゃあ、リリスに謝らねぇと……な!」
「大地よ、我が盾となれ。揺るがぬ岩壁を築き、迫る災いを拒め——『石壁』!」
ドン、と銃声。呼応するように地面から盛り上がった壁に弾丸が止められた。
銃声を響かせたのは、無論、ひん曲がった銃からではない。
クロノの右腕の先端から、黒煙が上っていた。
「やっぱ、詠唱も発動までのキャストタイムもクソ早ぇな! 人間にもこういう楽しめそうなやつは残ってんだな!」
「恋する女の子は強いんス。敵に回したこと、死んでから後悔したって遅いっスよ?」
「くだらねぇ……」
外套が剥がれ、本当の姿が露わになる。
顔は相変わらずフルフェイスマスクに、金属のように光沢を放つ漆黒の肌。黒く鋭い二本角は名剣のように反り返って生えている。
両肩には人の顔ほどの大きさの金属球のようなものがついており、腕部の銃火器とは管のようなもので接続されている。
右はガンライフルで、左についているのは大量の銃口を設けたガトリング砲である。
相手が件の人型魔族であるというリコリーの直感が、目の前の姿によって確信へと変わった。
驚く間もなく、即座に、リコリーは魔法の詠唱に入る。
「とにかく、大量の弾を撃つ機械、ってとこっスね」
黒い筒状の銃身が静かに構えられる。
その後方は肩部の球体とは別に、腹部の四角い箱状のケースとベルトによって接続されている。
照準を合わせた途端、管に緑系の蛍光色の光が灯った。
リコリーにとっては初見の武器で、弾を射出する原理や構造もわからない。だが、その攻撃方法だけは本能的に理解することが出来た。
かろうじて人型を取っているが、それは人の概念とは大きくかけ離れたものだった。
「考えるよりも、実物を見た方が早ぇだろッ!」
瞬間、銃口は目まぐるしい数の光を放った。
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