君に会えたから見えた あの輝きを
一方、フェネルとリコリーはその真意を掴めず、気まずそうにアルヴェニスの顔を見つめていた。
そんな中でシルビアだけは得心して口を開いた。
「陛下。それっぽく決めようとするあまり、真意が伝わっておりませんわよ?」
「えぇ……。でも、こういう時くらい王っぽく振舞いたいじゃん?」
「一国の危機ですわよ? 端的に命と状況をお伝えください」
「むぅ……。仕方ないの」
何なんだこのフランクな王。自分が暮らしてきた大陸の統治者なのに、この親しげな言葉遣い。
不服そうに声を詰まらせるアルヴェニスに、フェネルは半分呆れ、半分困惑していた。
天皇、王、大統領、首相。元の世界のどの統治者の姿にも目の前の老人は当てはまらない気がする。
だが、すぐに「これはシルビアが相手だから」なのかもと思い直した。
シルビアは、王太子カレンデュラスの元婚約者だ。つまりは、義理の父にあたる。昔からの交流も多かったようなので、娘のように扱ってきた彼女への口調が多少砕けたものになるというのも頷けることなのかもしれない。
……にしたって、この状況で王らしく振舞おうとする、その豪胆さにはとてもついてはいけないが。
「では、シルビアの言う通り単刀直入に言おう。まず、この城は心を操る人型の魔族に支配されている。このまま奴らを放置すれば、この大陸は勿論、他の大陸をも揺るがすことになる。じゃから、そうなる前にここで止めたいのじゃが……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 人型の魔族……って、あの一国を滅ぼしたとかいう噂の?」
「そうですわ。フェネルたちは、私が勘当されるまでの一部始終を知っていますわよね?」
「あぁ。確か、平民の少女に陥れられて、王太子から婚約破棄を言い渡され、家族からは見放され……って奴だよな?」
「その平民のクソ女こそが魔族だったという話ですわ」
「えッ⁉」
クソ女という言い回しにもはやフェネルは違和感すら覚えない。
ただ、シルビアの人生に都市伝説が紛れ込んでいたという事実に震撼していた。それも、彼女の人生を悪い方に一変させた悪女だ。
今まで抱いていた少女の像に、さらに暗い影が差したような感覚に、フェネルは息を呑んだ。
「じゃあ、王太子殿下もそいつに騙されている……と?」
「あれは『騙されている』という生易しい表現では済まん。篭絡と言った方がええ。あのバカ息子は本当に……」
アルヴェニスは奥歯を噛みしめたような顔で眉間を押さえる。 得体のしれない魔族が国の中枢に紛れ込んでいるのだから、憂うのも当然だろう。そこには、紛れもなく憂国の王の姿があった。
厳かな雰囲気と気楽さを反復横跳びする千変万化の表情は、王たるが故のものなのか生来のものなのか。多くの人間を見てきたフェネルも、王の人間性は掴みかねていた。
「でも、その勅命を俺たちが受ける義理はないですよね?」
「フェネル⁉」
勇者、ないしは国民とは思えないフェネルの発言に驚いたのは、リコリーだけではない。
二つ返事で承諾すると思っていたシルビアも、声こそ出さないものの、フェネルの横顔を見つめていた。
「……そうじゃな。勇者の責務も、冒険者としてのクエストも、王からの勅命や依頼も。国が滅んでしまえば意味がない。罪や責任を追及する術もワシらには残されておらんしのぉ」
「そこで、ですよ」
フェネルは一歩前に踏み出した後、その場でかしづく形で腰を下ろした。
「私どもはどのような報酬を期待すれば良いのでしょうか?」
「……貴様、王であるワシを脅すのか?」
「脅すなど、滅相もありません。ただ、一国を救う勇者を励ますだけの見返りがないというのも寂しい話だと、浅慮ながらに申し上げたまでです」
「ほぅ……」
アルヴェニスは、フェネルの背中を見つめ、息を吐き、やがて口を開いた。
「ハッハッハッ! これは傑作じゃわい。まさか勇者に言いくるめられるとはの。その胆力と野心には目を見張るものがあるな。気に入ったぞ、フェネル」
「恐悦至極に存じます。それで……報酬の方はどのように?」
「御託は良い。貴様には何か望みがあるのであろう。ワシに出来ることであれば聞いてやろう」
フェネルは顔を上げ、シルビアを一瞥。にこやかな笑顔を向けた後、アルヴェニスに向き直った。
「……私が望むものは二つ。シルビアの勘当取り消しへお力添えと、彼女の自由です」
「フェネル⁉ 何を言い出します——」
「——シルビア! 今は黙っておきなさい」
「ですが……」
「此奴は本気じゃ。目を見ればわかる。なれば、ワシも本気で答えねばならん。見込んだ女の将来のことなら尚更にな」
有無を言わさない様子のアルヴェニスに、シルビアはいとも簡単に引き下がった。
男の眼……。力強く開いた瞳孔を見るだけでわかる。この目になった男には何を言っても無駄なのだ。アルヴェニスもカレンデュラスも、比較的温厚なフェネルでさえも。
この目をした男には、何を言っても通らない。それがたとえ自分が大きく関わることであっても……。
それに、実のところを言えば、シルビアも強く否定する気もなかったのだ。
フェネルが自分のことを一生懸命に慮って出した交換条件。これは、シルビアが望む未来……冒険者としてフェネル達と居る為には必要不可欠なものだった。
「巨万の富や、広大な土地よりも、一人の女を採るか……。その心意気は大したものじゃが、そなたの考えを聞きたいの」
「考え、ですか」
「シルビアは公然で王族を侮蔑しておるからのぉ。理由も聞かずに承諾するわけにはいかんの。これは、かつての義理の父からの言葉でもある」
「俺は……ずっと独りだったんです」
そんな悲しげな一文から、フェネルの独白は始まった。
酒気が混じらず、冗談めかしでもない、一糸まとわぬ彼の本音。誤魔化そうと思えばできただろうが、今一番のこのタイミングで嘘を吐くようなことはしたくなかったのだ。
「勇者になる前も、勇者になった後も。それは全部、俺が優秀過ぎるからだと思っていました。剣も魔法も使える俺には、仲間なんか必要ない。だから、俺に取り入る隙もなくて、誰も近づいてこないんだって思ってました」
フェネルは、自分の手を見つめた。
開いては閉じることを繰り返し、ある一点で手の動きが止まる。軽く、何かを握り込むような丸め方。
中にあるのは……ジョッキの取っ手の感触だ。彼が最も追い求め、幸せを感じたあの時間は、手の感覚と共に身体に刻まれていた。
「そんな風に考えていた時に出会ったのが、シルビアであり、リコリーだったんです。好きなことを好きなだけ……子供みたいな会話でバカ騒ぎできる彼女たちと出会って、一緒に旅をして、ようやく気付きました。本当に悪かったのは、俺の卑屈さだったんだって」
言葉選びもおぼつかなくなる程の生の声。アルヴェニスは、黙って少年の言葉に耳を傾けていた。
「……仲間っていうのは、『必要だから』とか、『いたら楽だから』とか、そういう理屈的な関係じゃない。ただ、一つの出会いがあって、楽しい時間を過ごして、気付いたら心が通じ合っていて。俺たちの場合、それは酒場から始まった、もっと尊くて身近なものだったんです。互いに歩み寄ってこそ築ける関係なのに、それをただ呆然と待ち望んでいたって仕方がない」
フェネルは、声に一層熱を込める。
「自分の有能さを言い訳にして、他責ばかりしていた私ではきっと一生辿り着くことの出来なかった場所。そこへ連れて行ってくれた大切な仲間たち。独りぼっちだった俺に出来た、かけがえのない仲間と過ごす時間を尊ぶことは可笑しなことではないはずです」
「貴様が求めるのは、公爵家の血筋や肩書でなく、シルビアという一人の人間じゃと……。じゃが、自分のパーティに引き入れたいというなら、何故勘当の取り消しを願う? 家を出た娘という方が何かと都合が良かろうて」
「冒険には還る場所が不可欠です。それに、俺は何もシルビアをパーティに縛り付けるようなことはしたくない……色んな選択肢を残して、その上で俺のパーティを選んで欲しいのです。俺が望む彼女の自由というのはそういう意味でもあります」
「……あくまでシルビアの意思を優先すると申すか。その選択は、彼女を想う献身とも取れるじゃろう。じゃが、それは同時に傲慢な野望でもあるぞ?」
「俺はこれから世界を救う勇者ですよ? 少しくらい傲慢な方が可愛げがあって良いでしょう?」
フェネルの毅然とした振る舞いに、「フハハハハッ!」とアルヴェニスは高笑いした。腹の底から出た気持ちの良い発声である。
「そうさな、違いない。良かろう、貴様の話に乗ってやる! ……シルビアもそれで良いな?」
視線を向けられたシルビアは、まるで準備をしていたかのように振り向いた。呆れたような苦笑顔だ。
「フェネルが私を想って出した願いなのであれば、私からは何も言えませんわ」
「……良い仲間を持ったな、シルビアよ。どこの馬の骨ともわからん奴にはお前はやれんと思っていたが、此奴であれば安心して任せられよう」
「父親のようなことを言わないでくださいまし……。婚約を破棄された今、貴方と私はただの他人ですわよ?」
「ワシはそうは思わん。どれだけのことが起ころうと過去は変わらん。妻に先立たれたワシとカレンデュラスが道を踏み外さぬよう、お前が尽力してくれていた事実は消えぬよ」
「こうして魔族に好きなようにされている現状を見れば、殿下に捧げてきた分の努力は、水泡に帰したのかもしれませんが」
「それに関しては耳が痛いのぅ……。ワシが病床に伏していた間に好き勝手しおってからに。正気を取り戻したら説教じゃな」
「病床……⁉ 陛下はどこかご不例であらせられたので?」
フェネルの問いに、アルヴェニスは顔を伏せる。不甲斐なさそうに首筋を押さえた。
「恐らく、何か盛られたのじゃろうな。数ヶ月前からずっと体調が優れんかった。王であるワシを毒殺するにはリスクが多い。弱い毒を盛り続けることで衰弱死を狙っていたのじゃろう。ウェヌーシャからの諫言が無ければワシも危なかった」
「ウェヌーシャ?」
リコリーが小首を傾げると同時に、シルビアが補足を行う。
「私の身の回りを世話をしてくれていた侍女ですわ。旅に出た後もちょくちょく、様子を窺いに来てくれていましたのよ?」
「旅の裏でそんなことが行われていたとは……全く知らなかったな」
「隠密行動と、主人の変化を見抜く慧眼は、メイドの必須技術ですから」
「うぉっ⁉」
何の気配もしなかった場所からの声に、フェネルの変な声が漏れる。
ふと気づかぬうちに、シルビアの隣にメイド服の女性が立っていた。いつからそこに立っていたのか、フェネルの洞察力を持ってしても分からなかった。
ずっと前からそこに居たのかもしれないし、今さっき現れたばかりなのかもしれない。それほどまでに、彼女はその場の空気に溶け込んでいた。
「ウェヌーシャ! 戻っていましたのね!」
「はい、ただいま」
どうやら、後者が正解だったらしい。とフェネルはよくわからない安心感に浸る。
軽い自己紹介をした後に話を進めていく。
シルビアの脱獄とアルヴェニス陛下の脱出を助けたのも、このウェヌーシャであり、今は安全なルートを見つけるために偵察に出ていたことがフェネル達に知らされた。
「そちらのお二人が、シルビア様のお仲間ですのね? 入り口付近の衛兵たちがものの見事に眠っていましたが、あなた方の仕業でしたか……」
「その……何というか、すみません」
「いえ。脱出経路がわかりやすくなって非常に助かります」
「……あなた、一応シルビアの家で働くメイドなんスよね? 良かったんスか? その……体裁的に」
「私が仕えているのはこの城でなく、シルビア様ですから」
王の面前でそう言い切るウェヌーシャ。
フェネルは、アルヴェニスの反応を冷や汗ながらに窺うも、それは杞憂に終わった。
「それで良い。元来従者とは主を第一に考えるものじゃ」
「恐れ入ります」
アルヴェニスはそのまま、現状をウェヌーシャに共有した。
ここまでは、一刻も早い王城からの脱出を第一目標としていたが、人型魔族の討伐もそこに加わった。
生来の要領の良さと、こういった緊急事態に慣れていることもあり、ウェヌーシャは直ぐに今やるべきことを整理していく。
「今行うべきことは、大きく二つ。一つ目は変わらずアルヴェニス陛下の脱出ですね。二つ目が、フェネル様達を謁見の間に連れていくことですね」
「謁見の間……。そこにアマリスやカレンデュラスもいますのね?」
「はい。王の執務と食事時以外は殆ど謁見の間にいらっしゃいますね」
「これ見よがしと言わんばかりですわね。そんなに自分が手に入れた立場を自慢したいのかしら」
「カレンデュラス様の威厳を他の貴族に植え付けると言った意味もあるのでしょう。アルヴェニス様のご容態が悪くなって以降、王の実権は殆どカレンデュラス様が握っておられました。今思えば、全てアマリスの策略だったのでしょう」
アマリス。シルビアの口から幾度となく出てきたその人物の解像度がフェネルの中で段々と高まっていく。
平民の女として貴族学院に潜入し、何かしらの魔法を用いてカレンデュラスや他の貴族を懐柔。自身にとって都合の悪かったシルビアを追放し、アルヴェニスには毒を盛って政務の一線から退かせる。その後、傀儡となったカレンデュラスを通して事実上の王権を握った。杜撰な部分もあるが、その辺りを自身の魔法のパワーで補う形で計画を進めてきたという所だろう。
フェネルが狡猾な悪女の薄気味悪い笑みを思い浮かべたその時だった。
——ドンッ!
空気を引き裂くような乾いた炸裂音に、身体が先に反応した。
「ハッ!」
鞘から抜いた聖剣によって二分され、地面に落下した弾丸。微かに香る火薬の匂いと、視界の隅で捉えたマズルフラッシュ。
フェネルが考える間もなく、ソイツは再び目の前に現れた。外套で全身を覆っているが、正体を確かめるまでもない。
「……その剣、ヒガンから託されたか。あの出来損ない勇者、ほんと使い物にならん上に碌なことをしないな」
「クロノッ!」
声を荒げたのはリコリーだ。フェネルを撃ち抜いた借りはまだ返せていない。
「まさか、鎧を焼き溶かすほどの火力があったとはな。要注意人物は、そこのガキひとりじゃなかったよう……っておい!」
「——『乱流竜巻』!」
クロノが軽口を叩く前に詠唱していた魔法を発動する。
渦巻いた気流がクロノを攫って城の門の方向へと吹き飛ばした。
「……フェネルとシルビアは先に行くっス。私が奴を屠って陛下を街に送り届けるっス!」
「ダメだ! そんなの危険すぎる!」
「さっきの、フェネルも見たはずっス。私の完全催眠魔法……あれがあれば、あんな奴に後れをとることはないっスよ」
完全催眠魔法『呪縛眠堕』。
『深淵眠堕』の応用型の魔法で、一定期間、対象の身体の自由を奪う。神経系に作用する電気信号のようなものを用いているという話だが、フェネルにその詳細な原理はわかっていない。それでも、彼女の広域魔法と組み合わされば、多くの人間を同時に無力化できるチート魔法であることは理解できた。
現にそれを用いてヘルズガーデンの面々に拷問を行った彼女の言葉には、それ相応の含蓄がある。
だが、魔法使いは元より後衛職。彼女一人に敵の討伐を任せるのは気が引けた。
「……私は賢者リコリーっス。ここは私を信じて任せてほしいっス」
「その言い方はずるいって……」
リコリーの、決意に満ちた表情に、先ほど交わした会話が思い返される。
「守ってもらうだけの姫じゃない……か。正直敵の正体がわからない今、時間も魔力消費も惜しい。リコリー、任せてもいいか?」
「任せてほしいっス! フェネルの善意を踏みにじったこと、骨の髄まで後悔させてやるっス!」
こうして、勇者フェネルのパーティの冒険譚は、一つの大きな転機をむかえることとなった。
作者Xアカウント
https://x.com/Nagomu_Kietsu
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アルファポリス
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カクヨム
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