まるでお伽の話
「——じゃあシルビアは脱獄してここまで走ってきた、と」
シルビアの幾分かの説明を聞き、フェネルはなんとなく状況を掴めてきていた。
勿論、フェネル自身も、隣で首を傾げるリコリーと同じく戸惑っているが、今は目の前で起きている異常について考えている時間も惜しい。
フェネルは強引に自分を納得させようとしていた。
「はい。檻には魔力を乱す特殊な金属を使っていましたので、壁の方をぶち抜いて来ましたわ。あの程度の鳥籠に私を捕らえておけると思っている時点で甘いんですわよ」
「一応、この国随一の収容所なんじゃが……。その施設を管理し続けてきた身からすれば、ちと複雑な気分じゃわい」
「まぁ、その杜撰な出来と管理のおかげでこうして脱獄できたのですから。今は感謝すべきですわね」
「杜撰じゃのぉて、お前さんの力が強すぎるだけじゃと思ったんじゃが……」
「……で。そろそろ隣のおじさんについて教えてもらえるんだよな?」
フェネルの言葉に、シルビアは目を丸くする。そして、合点がいったように手を打った。
「プフッ!」
そして、吹きだした。
「え、今笑うところあったか?」
「いえ、ごめんなさい。この状況がちょっと面白くて……。もう少し、知名度を上げる必要がありそうですわね」
クシャッとした笑顔を浮かべ、老人へと振り向く。老人は苦笑しながら、頬を掻いていた。
「国を治めるために苦心してきたつもりじゃが、まだ努力が足りんようじゃ」
「内政や外交での目覚ましい成果のほか、クエストの報酬設定規則の是正や、冒技試による冒険者ランクの設定、勇者パーティの樹立……。冒険者の目にも新しい政策を打ち出してきた貴方様でも、民にはそう知られていないものですわね」
「有名無実な暗君よりは、マシなのかもしれんが……存外堪えるものじゃのぅ。初対面ならいざ知らず、一度出会って顔を見合わせたことのある者にすら覚えられておらんとは……」
そんないくつかのやりとりを聞く中、段々とフェネルの顔が青冷めていく。冷や汗がだらだらと流れていく。
勇者となることが決まった叙任式の記憶。そこで直々に自分の名を呼び、勇者証を与え錫た王様の顔と目の前の老人の顔が重なった。
フェネルは姿勢を落とし、急いで頭を下げていた。
「も、も、申し訳ございません! まさか、このような場所にアルヴェニス陛下がいるとは露ほども思わず……! 先ほどまでの無礼、深く申し上げます!」
「良い良い。そんな些事で怒ったりはせんよ」
「アルヴェニス陛下って……このフローリア大陸を治める王様ってことっスか⁉」
突如恭しい態度を取るリコリーに、アルヴェニスは苦笑した。
「ヘルズガーデンの叙任式の時にも顔を合わせたはずじゃが……。ワシ、そんなに覚えにくい顔しとるかの? 」
もみあげと口を覆う白い髭と、同じ色の肩まで届く長髪。眉間に深く溝の入った風格のある顔つき。
身に着けているのは、透明な水晶を設けた紅い漆塗りの玉杖。うっすら汚れてしまっている高級な綿生地のコート。
いかにもな王様の風貌にも拘わらず、そんなに顔に印象が残らないのは、彼が行事の際に身に着ける冠の印象が強すぎるからである。
月桂樹の枝葉を模した金細工。枝の先には、色とりどりの宝石が取り付けられ、何らかの魔法で常に自発光している。王家の冠はそれ単体でかなり強烈な印象を与える代物だった。しかも、光度が高すぎるが故に、見る者は王の顔を直視しづらい。結果として、冠ばかりが印象に残り、王の顔は覚えられていないのだ。
「でも、どうしてアルヴェニス陛下とシルビアがこのような場所に?」
「それはこっちの台詞ですわ。まさか、王城内の衛兵より先にフェネル達と合流できるとは……嬉しい誤算でしたけれど」
「俺たちは、勿論お前を助けに来たわけだけど……まさか、脱獄を謀っていたとは。これじゃあ、俺たちは無駄足だったな」
互いに予想外の行動を取っていたことに驚きつつ、フェネルとシルビアは体の無事を確認し合う。
シルビアは、フェネルの胸元が血まみれだったことにギョッとし、フェネルはシルビアのボロ布のような服を見て胸が痛んだ。
「というか、もうこの城でやることないし……。シルビアを連れていけるなら、このまま退城したいところなんですが。そうもいかぬようですね?」
「察しが良いな、勇者フェネルよ。貴様を一人の勇者として認めたワシの目に狂いはなかったようじゃ。本来であれば、他の者を遣わそうと考えていたが……丁度良い。勇者に賢者、そして貴族学院の主席拳闘士まで揃ったのじゃ。今日、全てを終わらせようぞ」
アルヴェニスの雰囲気がガラッと変わる。
高めだった声は低くなり、何かを憂うような目でフェネル達の顔を見渡した。
三人は、誰ともなく横並びになって王からの言葉を待った。
「これより告げるのは国王、アルヴェニス・オフィナ・キャピリタスからの勅命である。心して聴くように」
本来であれば侍従長や宮廷長官から告げられるような言葉を、王が直接言い放つ。
引き締まった空気の中で、三人の背筋がピンと張った。フェネルとリコリーに至っては、少しだけ肩が震えている。
「勇者フェネルとその仲間よ。力を合わせ、この世界を救うのじゃ!」
廊下に響き渡った王の言葉。
ゲームでは使い古された常套句。だが、現実に突きつけられた瞬間、まるでそれは別物に変わる。
肉声に込められた想いと危機感は、彼の心をざわつかせていた。
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