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One more time

 門番と数人の衛兵を出会い頭に打ち倒しながら、フェネルとリコリーは王城へ侵入していた。

 二人とも隠密行動は得意ではないため、最短距離で地下牢を目指しつつ、出会った衛兵を無力化するという手段を採ったのだ。


「そろそろ機嫌を戻してくれよ、リコリー」


 リコリーは常に早足で、フェネルの三歩先を歩いている。……仏頂面で。

 

「じゃあ、今ここでさっきのマイナスの帳尻を合わせてくださいよ」

「え。それって……」

「こういうことっスよ」


 リコリーは、振り返り、少し顎を上げて顔を差し出す。

 瞼を閉じれば、キス顔の完成だ。

 

「だから、今は出来ないんだって! っていうか、さっきまでは大丈夫そうだったのになんで急に怒り始めたんだよ」

「……思い返したんスよ」

「何を?」

「フェネルが、私の想いを二度も無視したことっス!」

「二度もって……あ」


 フェネルの頭にあったのは、キャピリタス監視塔での一幕だった。

 

 雨上がりの湿っぽい空気に響くリコリーの鼓動。熱の籠った視線と——やわらかな唇に触れた人差し指の感覚。


「私は思いも伝えられず、キスも出来ず。なのにフェネルは好き勝手に全部伝えて……。不公平だと思わないっスか?」


 ぶーたれて膨れる頬。

 それを見たフェネルは苦笑した。


「ごめん。あれでも、誠意は見せたつもりだったんだよ」


 先の戦闘での失敗は、フェネルのどっちつかずな考えが油断を生んだのが諸悪の根源だった。

 今回はまだ自分の身で済んだ。だが、次もそうとは限らない。リコリーが一介の魔法使いなら、ヒガンの攻撃を避けられなかっただろう。

 

 フェネルの告白には、緩んだ褌を締め直すという意味も含まれていた。

 ……だからこそ、他の仲間が苦しんでいる最中に、自分たちの関係だけを進めるというのは気が引けたのだ。

 あちらを立てればこちらが立たず。決意と迷いの間を行ったり来たりしながら、彼は自分の答えを探していた。


「私が今見せてほしいのは、誠意じゃなくて度胸なんスけど」

「善処するので、今回は大目に見てください」

「……ヘタレ」


 リコリーは、いじらしく両手を背に回し、ぶらぶらと歩き始めた。

 彼女が感じているのは、怒りでなければ、悲しみでもない。

 どうしようもないことを心の底では理解しながら、それでも自分を見てほしいという、少女の我儘だった。


 どう返すべきかを考えていたフェネルに対し、リコリーはまた口を開く。


「シルビアを救い出した暁には、私の気持ちを聞いてくれるんスよね?」

「あぁ。その時は改めて俺の方から——」

「——じゃ意味ないんスよ。私の口から出た、私の想いを受け取ってほしいっス」


 前を歩くリコリーの顔は、フェネルには見えない。

 しかし、彼女がどういう顔をして言っていたのかなんて、耳や声色から推し量るまでもなかった。

 彼がいつか来るその瞬間を思い浮かべようとしたところで、目の前に掌が差し出された。


「次の角。何か来るっス!」

「何かって……おいっ!」


 リコリーに手を引かれ、フェネルはそのまま壁に叩きつけられる。リコリーもその隣に身を隠す。

 言葉を発しようとしたところ、確かに曲がり角の先から足音が聞こえた。それも一人じゃない。少なくとも二人はいる。

 幸い壁の凹凸を利用して死角を取れそうだが、こちらに曲がってこられれば、確実に見つかってしまう。


 フェネルは高速で思考を巡らせた。


 気配でわかる、相手は強敵だ。魔力の漂い方が鋭く、洗練されている。

 一撃で仕留めることは難しそうだ。しかも、ここは王の住まう居館に近い。騒ぎを起こせば、王城に侵入者の情報が伝わり、シルビアの救出が困難になる。

 先手を取るか、身を隠すか。魔法を扱うなら詠唱をしなければならないし、そもそも何の魔法を唱えるべきなのか。ここは室内なので、魔法選びも重要になってくる。

 どうする——。


 リコリーよりも先に結論を出さねば、また大切な仲間を危険に——


「大丈夫っスよ」

 

 そこまで考えていたフェネルの思考を止めたのは、リコリーの右手だった。

 震える彼の手を包む手は非常に堂々として、微動だにしていない。

 

「私たちは守ってもらうだけの姫じゃないっス」


 リコリーは、力強い笑みを浮かべる。

 これでは、どちらが勇者かわかったものじゃない。


「変に意識しなくたって、今まで通りに仕事をこなせばいい。私たちは、どういう関係になろうと冒険者パーティなんスから」

「フッ……そうだな」

 

 自嘲気味な笑みだが、少女の自信は少年へと伝播していく。

 フェネルの手の震えはいつしか消え失せていた。


「これは、クエストだ。差出人は俺たち自身で、報酬はシルビアの無事、納期は今日まで」

「私たち以外、誰も受けないクソ依頼っスね。クエスト名は差し詰め、『囚われの姫を救出せ』ってところっスか?」

「違いない。じゃあ、俺が先に出て後からリコリーだ。近接戦闘で翻弄している隙に適切な魔法を唱えてくれ」

「適切な指示に見せて、大雑把な指示……いつものフェネルに戻ってきたっスね」

「おかげさまで」


 フェネルがリコリーと目を合わせること数秒、フェネルは曲がり角に向かって走り出した。

 技術や魔法で足音を消すことも出来たが、相手が卓越した魔法使いならそんな小細工は通じない。フェネルが周囲の魔力で敵の実力を測れるように、相手もまた同じことができると考えた方がいい。

 自分が魔力を覗くとき、魔力もまた自分を覗いているのだ。

 

 白兵戦は始まる前の準備や位置取りで勝負が決まる。

 曲がり角を曲がる直前、相手の足音も早くなる。

 だが、先に動き出したフェネルの方が先手を取った。


「もらった!」

「させませんわッ!」


 汚れた白装束。魔力を纏った独特な構えと、聞き覚えのあり過ぎるお嬢様口調。

 フェネルは慌てて剣の軌道を変えようとした拍子に、右足を踏み外した。体勢を保持しきれなかったフェネルは、少女が突き出した拳に頭から激突した。


「痛ってぇ!」


 城内の広い廊下に、間の抜けた声が響いた。

 

「フェ、フェネル⁉」


 二人が混乱する中、動き出したのはリコリーだった。

 状況を確認しようと、壁側から顔を出す。


「よくもフェネルを——って、シルビア⁉」


 リコリーの瞳に映ったのは、紛れもなくシルビアだった。救助しようとしていた姫の突然の登場に、リコリーは当惑する。

 目の前で倒れるフェネルと、それに対して唖然とするシルビア。その奥に佇む高貴な服装の老人。

 取り敢えずそれらを見渡したリコリーは、ふぅ、と息を吐き出す。同時に、構えていた杖と詠唱済みだった魔法を解除した。

 そして、落ち着きを取り戻した上で目を擦り、もう一度。

 

「——え?」


 付け焼き刃の沈着など意味を成さず。

 賢者という称号を与えられた少女は、目の前の光景を飲み込めず、瞬くことしかできなかった。

作者Xアカウント

https://x.com/Nagomu_Kietsu


他サイトでの掲載URL

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/novel/63248309/109064342

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/2912051602276471114/episodes/2912051602276737425


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