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偽物勇者は僕だった

「シオンはもう限界ニャ! このパーティを抜けさせてもらうニャ!」

「……は?」


 あまりに唐突な宣言に、ヒガンは唖然としていた。

 シオンは先ほどまでの体勢で痛めたのか、腰をさすっている。


「おい、何を言ってんだシオン。俺は、ここに来るまでどれほどお前に尽くしたと思ってる?」

「シオンは何も尽くされてないニャ! これまでもずっと我慢してきたニャ!」

「我慢……だと? 飯も食わしてやったし、防具や武具だって買い揃えた。皆に無理を言ってクエストの報酬の分け前だってお前が多くなるようにした……。何が不満だったんだ?」

「全部ニャ! ご飯は一緒に食べないといけないし、クエスト中だってずっと一緒に行動しないといけないし……。束縛されてばっかりだったニャ!」

 

 半獣族は、総じて自由を求める種族である。

 そんな文化の中で育ってきたシオンにもその考えが沁みついている。そもそも、集団行動が性に合わないのだ。

 だから、ヒガンがどれだけの献身を捧げようとも、シオンの心が満たされることはなかったのだ。


「あ、でも、定期的なプレゼントは嬉しかったニャ! ヒガンと一緒にいたメリットはそのくらいニャ!」


 ヒガンは、目の前が真っ白になった。胸の中を吸い尽くす虚無感に目が眩んだのだ。

 俺がやってきたことは全て、無駄だったのだと。

 彼女の機嫌を取っても、築けるものなど何もなかった。自分を財布としか見ていない相手との間に絆を結べるはずもないのだ。


「最後はシオン達の言うことも聞かずに作戦を強行するし……。そのせいでシオンも、ロータスも、ランサスも、こんな状況になったんだニャ!」

 

 「任務を遂行するためだ」や、「ひいてはお前らの為だったんだ」のような反論が喉まで出かかるが、周囲を見渡して踏み止まった。

 自分のボロボロな身体と、仲間の姿を見比べる。大きな違いはそこになく、皆それぞれが尊厳を踏みにじられていた。

 クロノに唆されたとは言え、それらは紛うことなく自分の失態であった。

 

 「泣きっ面に蜂」というように、不幸とは重なるものだ。

 今度はロータスが口を開いた。


「私も同じ気持ちです。今までの恩を返す為と、彼らに言われたから回復魔法を施しました。が、これは手切れ金として受け取って……って鼻を摘むのはやめてください!」

「すまん、でも匂いがキツ過ぎて……」

「神の代行者である私が真面目に話しているというのに、何ですかその態度は⁉」

「そうだよな、マジですまん」

「これ、水で流しても取れないんですよ……。まったく」


 ヒガンは、ランサスに目を向けた。

 

「……ランサス、お前もか?」

「……だが、俺はこの結末に至るまでの全ての責任がお前にあったとは考えていない。きっと全員が少しずつ間違ったんだ。俺もお前も、他の奴らもな」


 ランサスは苦々しい顔で、「だがな」と続ける。


「お前が特に悪かった部分があるとすれば、改めようとする気持ちがなかったことだ。俺やロータスがお前に提言したときもそうだろうが、きっと他にも分岐点はいくらでもあった。そこで道を変えようとしなかったのはお前の選択だ」

「俺は道を違えたのか……」

「何が正しかったのかはわからない。違う道を選んだ先が正道かなんてのもわからない。だが、お前はこのパーティのリーダーだ。少しくらいは耳を傾けるべきだったんじゃないか?」

「うぐ……」


 ランサスの言い分はもっともだった。

 ヒガンは、目を伏せて言葉を探すが、目ぼしいものは見つからない。


「別に俺はお前のことを見限るわけじゃないし、責めるつもりもあまりない。だが、俺たちが迎えた最期はこれだったというだけだ」

「もう、戻れないのか?」

「先のことはわからない。だが、少なくとも今このパーティを存続させたところでこれまでのようにいかないのは確かだ」

「そうか……」


 諦めのような、納得するような。色んな感情が籠った溜息が地面に落ちる。

 ヘルズガーデンは、その時をもって解散に至った。

 勇者パーティかつAランクの冒険者パーティの解散にしてはやけにあっさりとした最期だった。


「なんか、話がまとまったところで何だが、お前らはこのあと、拘束した上で眠らせてもらうぞ? 万一、この先で邪魔をされたら厄介だからな」

 

 余韻に浸る時間など与えられない。

 空気を読まない男、フェネルの登場である。

 

「今の俺たちには、お前らに対抗する魔力も体力も残ってねぇよ。そうでなくたって、そこのバケモンみたいな賢者に勝てるはずもねぇ」

「そうだろうけど、念のためだよ。厳しくするときは厳しくするってのが、今、俺たちのパーティで追加された方針だから。ほら、一応お前らのせいで死にかけたわけだしな」

「そうかよ……」


 あっけらかんとするフェネルを、ヒガンは睨みつけていた。


 追放したリコリーを受け入れ、自分たちのパーティを二度も打ち負かし、パーティを離散まで追い込んだ、自分以外の勇者。どれだけ時間が経とうと忘れることはできないだろう。

 だが、その憎しみの矛先はやがてヒガン自身へと向いていた。


 あのとき、王からの勅命を受けずに断っていれば。

 あのとき、きちんと謝っていれば。

 あのとき、シオンなんかに心酔しなければ。


 ──あのとき、リコリーを追放しなければ。


 あらゆる後悔が彼の脳内に渦巻いていく。その悔恨の嵐が収まったとき、ヒガンは再度フェネルを見つめた。


 「王城の地下牢。そこにお前の仲間が囚われている」


 何故、目の前の男の助けになることを言ったのかわからない。

 だが、ヒガンの心は、彼自身でも驚くほどに澄み切っていた。


 「なッ⁉ それは本当か?」

 「こんな時に嘘なんか吐かねぇよ」

 「……怪しいっス。どうして、私たちの助けになることを言うんスか?」


 フェネルの隣から、リコリーが顔を出し、訝しげな眼を向けている。

 先ほどまでの狂気の笑みが消えており、ヒガンは内心胸を撫で下ろした。

 

 「子供の頃、読んだ伝説の勇者の冒険譚を思い出したんだよ。……まぁ、あれは全て創作だったけど」


 仲間や独占欲、変な意地や自尊心。そのすべてを放り出した後に残ったのは、子供の頃の夢……。『勇者になりたい』という強い意志だった。

 伝説の勇者が旅をして、魔物を倒して、救った姫と結ばれる。そんな予定調和で何の面白みのない冒険譚。たとえそれが作られた話だとしても、子供の彼の心を動かすには十分だったのだ。


「俺は多くを間違えた。それに、任務に失敗した俺は勇者の地位を追われるだろう。これは、勇者としての最後の気まぐれだ。信じるかどうかはお前ら次第だがな」


 ヒガンの、改悛したかのような態度に、リコリーは「ヒガン……」と彼の名を零して続ける。


 「今更格好つけても、私や他の仲間は戻ってこないっスよ?」

 「そんなこと言われなくたってわかってらあッ!」


 ヒガンの迫真のツッコミが王城の前に響き渡る。

 それと同時にリコリーは彼の前に手を差し出した。


「その声が出れば大丈夫そうっスね。今後は『ごっこ遊び』じゃなく、ちゃんとした仲間を作ることっスね」

「言われなくともそうするつもりだ」


 瞳孔に自信の灯を取り戻した彼の顔を、初めて出会ったときの顔に重ねて、リコリーはにかんだ。


「……で、あの銃使いの居場所は本当にわからないんスね?」

「知ってたら俺たちが奴に報復してるくらいだぜ。自分はめちゃくちゃにやった癖に自分だけとんずらこいたんだからな」

「まさか、鎧を脱ぎ捨てて消えるなんて思ってもみなかったっス」


 リコリーは、クロノが入っていた鎧……もとい鉄屑を一瞥した。

 初級魔法どころか、『『地獄ノ業火インフェルノ』でもって身体を燃やし尽くす予定だったのか、フルフェイスのメットと鎧はドロドロに融解している。

 

「あれ、中身が入ってたら確実に死んでね?」

「いやぁ、奴への制裁は一番初めで、まだ理性を取り戻せて無かったんスよ」

「えぇ……」

 

 フェネルはリコリーの中に潜む闇に寒気を感じつつ、元ヘルズガーデンのメンバーに目を向けた。


「……よかったな、お前ら。リコリーが完全に理性を失ってなくて」


 全員が、雁首揃えて頷いてみせる。ロータスに至っては、両手を組んで神に祈りを捧げている。リコリーによる刑罰は相当堪えたようだ。

 そんな中、ヒガンは再びフェネルに目を向けていた。


「そうだ、拘束される前に一つお前に託したいことがあったんだ」

「一応俺ら、シルビア救出に急がなきゃなんだけど……」

「いいだろ、ついでだ」


 そう言いながら、ヒガンは地面に落ちた聖剣を収め、鞘ごとフェネルに手渡した。

 

「今の俺には不相応な代物だった。任務も失敗に終わったわけだし、王子様に返しておいてくれ」

「えッ⁉ こんなもん、俺が預かってもいいのか?」


 普段なら有無を言わさずに預かり、あわよくば、ポッケナイナイするところだが、物が物なだけにフェネルも慎重になっていた。

 

「聖剣は、過去に勇者が振るった名剣だ。勇者が勇者に手渡すんだから問題はないだろ」

「聖剣……か。なるほど、因みに能力は?」


 ヒガンは、知る限りの聖剣の情報を教えた後、念押しするよう言いつける。


「くれぐれも人間には振るうなよ? 魔力を吸い取る魔剣なんだからな」

「お前、さっき普通に俺とかリコリーに切りかかろうとしてなかったか?」

「それは……ほら、成り行きだ」

「おい」


 フェネルはあきれ顔を向けつつ、聖剣を背負い込む。

 見た目よりも軽いその剣は、一度持つだけで勇気が湧き上がるような代物だった。


「なるほど、この全能感……むやみに振るうのは危なそうだ」

「俺は返せと頼んだんだからな。これ以上のことは何も知らんからなっ!」

「わかってるって、大丈夫だ。ここに居るのは勇者と賢者だぞ? こんな物に頼らなくても王城の突破くらいお手の物だ」

「そうかよ、じゃあ精々頑張ってくれよ、勇者様。俺たちが眠ってる間に、姫様を救い出すんだな」


 会話の裏で、ロープによる拘束と、リコリーの魔法詠唱が終わる。

 使用する魔法は、催眠魔法である「『深淵眠堕ヒュプノスホイッスル』」だ。


「ちょっと、耳を貸せ」


 ヒガンはそう言いながら、近くに寄るように顎で合図した。

 警戒を解かぬまま、二人はヒガンに歩み寄った。

 

「リコリー、フェネル。悪かったな」


 顔に不服が残り、決して完璧とは呼べない太々しい謝罪文句。

 それでも、不器用な彼に出来る一番の謝意の伝え方だった。

 

「それで良いんスよ ──『深淵眠堕ヒュプノスホイッスル』」


 リコリーの満足気な笑みを最後に、ヒガンは眠りについた。


 これより始まるのは、一人の剣士のお話。仲間に捨てられた上に地位も名誉も失った悲しき勇者の後日談である。

 ──それが、本として描かれるのは数百年後の遙か未来……ではなく、案外すぐだったりするのかもしれない。


 

作者Xアカウント

https://x.com/Nagomu_Kietsu


他サイトでの掲載URL

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/novel/63248309/109064342

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/2912051602276471114/episodes/2912051602276737425


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