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弱虫勇者は僕だった

 

 フェネルには今も昔も変わらないたった一つの目標がある。


 それは、男なら誰もが持ち合わせる願いであり、とても単純明快な彼の行動原理でもある。

 その目標とは──美女と結婚し、添い遂げること。


 だがしかし、彼には生まれ落ちてからの19年間、彼女どころかパーティメンバーや気の置けない友人すらもできたことがない。これには、彼の外見の他、彼の産まれ育った環境と与えられた『スキル』が深く関係している。


 まず、彼は南方の海産物が有名な港町にて生を受けた。

 港町は物流においても、交通においても人の出入りが多くなるため、その分『出会い』は多い。昔から女性に目が無かった彼は手あたり次第、若い女性に声をかけ続けた。

 だが、当時の彼はまだ10歳にも満たぬ子どもだ。本気にするような人は誰もいなかった。

 そんな、女性からの扱われ方に悩む彼に助言を授けたのが父ウイネルである。自称色男であったウイネルは、息子に女性の口説き方を教え込んだのだ。

 その口説き方とは、『出会いと別れの文化が根付いたこの街で女性を口説くには、まずは覚えてもらう必要がある。つまりは開口一番にどれだけ強烈な印象に残るかで勝負が決まる』という考えの元で産み出された『ハードボイルド作戦』……多くを語らずに一言で女性を堕とすという方法だった。

 その中には『子猫ちゃん』や『風が俺を呼んでいる』など、常人であれば歯が浮くような恥ずかしい言葉もあったが、父親を信じたフェネルはそのまま作戦を実行することとなる。


 ──そう。ウイネルがフェネルの女性関係を停滞させた張本人なのである。


 子供から放たれるキザなセリフは、同年代の女子からは気味悪がられ、年上の人たちからは『知った言葉を使いたい年頃』だとして子供扱いの火に油を注ぐだけ。言うまでもなく、作戦は失敗に終わったのだ。


──


 ここまでの話を聞くまでに、二杯ずつエールが追加された。フェネル以外の二人もそれまでにかなりの量を飲んでいたようだが、おかわりを頼むペースは全く変わっていない。


「なるほど……中々に個性的なお父様をお持ちなのね、フェネルは」

「あぁ……あのクソ親父の言うことがテキトーだってことにもう少し早く気付いていればこんなことには……」

「まぁ、そもそも子供からのアプローチなんて誰も受け取らないと思うっスけどね」


 顔を落としているフェネルに対し、無自覚に言葉の刃を向けるリコリー。それを聞き流すことなく、彼は酒と一緒に飲み込み、眉間にしわを寄せた。


「数少ない同い年くらいの女子にも同じようなアプローチで仕掛けさせたんだよ。あの時の女の子たちの目は未だに忘れられないぜ……」

「それは、中々に可哀そうだと思うっスけど……。でも、『スキル』の話はどこに繋がるんスか?」

「そうだな、次はその話をしよう」


 夜更けの酒場は、まだ眠る気配を見せない。


──


 父親と話し合うよりも先に、フェネルには転機がやってきた。12歳の誕生日をきっかけにとんでもないスキルを習得したのだ。


 そのスキルとは『並列思考パラレル・シンク』である。これは、文字通りに、二つの物事を並列して思考をできる……謂わば頭にもう一つ脳を増設するような能力である。例えば、一つの本を読みながら、今日のご飯を考えたり、一つの本を二つの脳を使って読むことにより勉強と復習を同時にこなしたり。地味だがなんとも便利なスキルだ。


 しかし、このスキルには限界がある。


 それは、『情報を送受信する器官や部位が一つしか存在しないこと』だ。目が二セットあるわけじゃないので、二つの本を同時に読むことはできないし、料理をしながら本を読むには手が足りない。


 研究者や学者としてなら大いに活躍できるであろうこのスキルに、彼は新たな可能性を開拓した。それが魔法剣士という役職である。

 剣士の父と魔法使いの母を持つ彼には剣術と魔法の素養があったのだ。


 通常、人間が魔法を使うのには、ターゲットへの注目と詠唱に脳の全てのリソースをつぎ込む必要がある。だから、魔法使いは魔法の発動時、こぞってその足を止めるのだ。

 

 その一方で『並列思考』があれば、魔法を唱えながら相手に接近し、懐に入って剣を振るうこともできる。

 このスキルを得てから、彼はひたすらに戦闘技術を身につけた。もとより女性との出会いを求めて冒険者を志していた彼にとって、このスキル習得は吉報だったのだ。両親の指導のもと、魔法・剣術・体術を学ぶ他、ウイネルの知り合いの白魔法使いに回復魔法を教わる特訓の日々が続く。幾度も挫けそうになるが、その度に冒険の中で出会う美女を夜な夜な妄想してなんとか耐え抜いていった。


 あらゆる青春の時間をつぎ込んだ結果、15で勇者として見出されるまでに、中~近距離攻撃魔法の殆どと達人レベルの剣術、そして自身に対する回復魔法の数々を習得し、自己完結型の理想の冒険者へと成長した。


 そうして街を出立し、始まった人生の第二幕。ここからはフェネルのキャッキャウフフな冒険譚が始まる……はずだった。


 しかし、19歳に至る今まで、彼は天涯孤独の身。

 

それは何故か──そう。彼が成長する日々の中に、三つの誤算があったのだ。


──

 

 更に一杯ずつのジョッキが追加される。先ほどのクロップたちのパーティが退店したこともあり、少しだけ酒場には静寂が取り戻される。

 やけくそ気味だったフェネルにも、少しだけ表情に陰りが見え始めていた。


「三つの誤算ってのは何ですの? 勇者に抜擢されるほどの殿方なら、女の子にとっても引く手数多だと思いますが……」

「そうっス! それに、勇者パーティに入りたい女の子なんていくらでもいると思うっス」

「それが一つ目。そこには俺のスキルの話が関係してくる。端的に言えば、俺のスキルは優秀過ぎたんだ」

「優秀過ぎた? どういうことですの?」

「勇者パーティのメンバーは確かに勇者が選定できるが、何の条件もなしにパーティメンバーとして決定するわけじゃない。そうだよな、リコリー?」


 話を振られたリコリーは黒目を上に動かし、太古の記憶でも呼び起こすように答える。


「そうっスね。勇者パーティのメンバーは普通のパーティとは違って、公的組織という扱いになるっス。つまり、彼らの報酬も都や王都に住む人々の税収によって賄われているっス。だから、パーティを組む場合は、勇者がそのメンバーが必要であることを証明する必要が……って、あ」


 説明の途中で、リコリーは口を止めた。それから、フェネルの顔を覗き込むように自分の顔を近づけた。


「もしかして、他のメンバーの必要性を証明できなかったんスか?」

「ご名答だ~、クソッ!」


 ジョッキの底がテーブルに叩きつけられる衝撃で、空のジョッキが少しだけ揺れ動いた。


「俺は魔法攻撃も物理攻撃も一人でこなせるし、自分の回復だって自分でやれてしまう。女の子を守るために身に着けたこの力は、結果的に俺から女の子を遠ざけたんだ……」

「皮肉な話っスねぇ」

「実力を持ったが故に起こってしまったトラブル……なんとも耳の痛い話ですわ」

「でも、今のはパーティメンバーとしての出会いの話っスよね? 勇者として旅をする中で女性との出会いはあったんじゃないっスか?」

「それが二つ目の誤算だ。俺はほんの数年前まで父親の作戦を信じ込んでいたんだ」


 女子二人は酒を飲む手を止めて、ぽかんと口を開けていた。しばらく理解が追い付かないような困惑した表情を見せた後、やがてリコリーの方から口を開いた。


「えと……子供の頃に、お父さんの作戦が間違っていたって結果は出て、納得もしてたんスよね?」

「そうだ。でも、当時の俺は『子供だから』失敗したと思い込んでしまったんだ。よく考えれば……いや、別に考えなくても、『ハードボイルド作戦』自体が失敗だってことくらいわかったはずなのに」

「……つまり、勇者になった後も『子猫ちゃん』とか言う恥ずかしいセリフを言いまわっていた、と」

「プフッ!」


 シルビアが吹き出すと、リコリーも釣られて笑い出す。


「いや……ごめんなさい。馬鹿にするつもりは無かったんですわよ? ただ、ちょっとおかしくって」

「それ、フォローになってないから。普通に馬鹿にしてるのと変わらないから!」

「いや、でもその顔で『風が俺を呼んでいる』って……フッ、ダメだ面白過ぎるっス」

「おい! ……ったく、お前らなぁ」


 フェネルは憤りを通り越して呆れの感情とほんの少しの安心感を持っていた。

 もしかすると彼は、悩みを聞いて、それを重く受け止めずに笑い飛ばした彼女たちのような反応を求めていたのかもしれない。中途半端に寄り添われ、陰で笑われるくらいなら、こうして真向から笑ってくれた方がまだ少しは気持ちが軽くなるのだと。


「まぁ、俺の誤算は、強くなり過ぎたが故に仲間を作れなかったこと。父親の意味不明なアドバイスを信じてしまったこと。そして、身体が大人になれなかったこと。この3つだな」

「まぁ、まだ人生も冒険も長いっス。いずれ良い出会いが待ってるっスよ」

「そうですわよ。きちんと過ちを過ちだったと理解できたなら、それを改善すればいい。それに、そういう顔立ちや身体付きを好む女性も世の中にはきっとおられますわ」

「だったら、シルビアは今の俺を男として見てくれるのかよ?」

「それは……どうでしょうか」


 シルビアは身体ごとそっぽ向ける。その勢いで金髪が波打った。


「やっぱりダメじゃねぇか⁉」

「フフッ、冗談ですわよ。殿方を恋愛対象として見るのに、見た目や年齢は関係ありません。ただ、心と魂が惹かれ合えば、いずれそれは愛へと成熟し得る。男女関係とはそういうものですわ」

「そうかな?」

「そうですわ。だから、見た目どうこうに囚われず、ただ気高く男らしい人間であるように心がければいずれ、気の置けない女性や延いては伴侶となる方だって見つかりますわよ」

「そっか……じゃあ、もう少しだけ頑張ってみようかな」


 フェネルは先ほど店主より手渡されたエールを浴びるように口に運び、カァっと一息を吐いた。


「その意気ですわ!」

「まぁ、でも気の置けない仲間を作ることが必ずしも良いこととは限らないっスけどね」


 まとまりそうな会話に一石を投じたのはリコリーだった。


「なんだよ、そんなやる気を削ぐようなこと言って……。応援してくれるんじゃないのかよ」

「いやぁ、応援はしてるっスよ。でも、今言ったことも本音っスよ。勇者パーティに入ったことを絶賛後悔中の私からのね」


 リコリーは胸を叩き、得意げに目を閉じる。より困難な経験を乗り越えた先輩として、まさに鼻高々といった様子だろうか。


「あら。でしたら今度はリコリーさんのお話を伺うこととしましょうか」

「そうだな。色々と気になることも多いしな」

「わかったっス! じゃあマスター、もう一杯!」


 他の客たちも店を去っていく中で、まだ三人の熱は冷めそうにない。


 少しだけ引き攣った顔をする店主の前で始まるのは、一人の魔法使いのお話。国と勇者を支えるために強大な力を振るい続けたにもかかわらず、その居場所ごと仲間から切り捨てられた失楽の追放譚である。


他サイトでの掲載URL

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/novel/63248309/109064342

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/2912051602276471114/episodes/2912051602276737425


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