いくつもの日々を超えて 辿り着いた今がある
意図せずに怨言を重ねてしまった三人は、互いの顔を見合わせていた。酔いが醒めるほどではないが、それなりの衝撃だったのだ。
「えと……あなた方は?」
空気を読んで、一人が尋ねた。
彼女は、清廉さと少しの威圧感を同時に纏う格式高い白を基調としたエンパイアドレスに、紺のビスチェを重ね、その各所には青やら赤やらの宝石が埋め込まれている。
宝石は、その煌めくような金髪にも散りばめられており、如何にも位の高い貴族のような装いだ。
酒場には明らかに場違いな彼女だが、その凛とした立ち居振る舞いと切れ長の紅い瞳が他者からの疑問を寄せ付けなかったのだろう。
無論、『婚約破棄』についての不服をさらしたのは彼女である。
「わ、私はリコリー・ラジアータ。北の都で活躍した勇者パーティの一員の魔法使い……だったっス」
リコリーと名乗ったその少女は、黒を基調としたローブ風の衣装に身を包む。
黒紫の外套を背に羽織り、頭には漆黒のツバあり帽を被っている。その帽子から垂れる銀髪は全ての光を反射するほどにきらきらと輝いている。
薄紫のその瞳には、見た目から感じる年齢よりも大人の妖艶さが宿っている。
無論、『パーティ追放』についての不服をさらしたのは彼女である。
「勇者パーティ⁉ それって各都から1~3部隊ほど派遣される対魔族の編成隊のことですわよね? 都の長からその実力を認められた強者揃いでそれ相応の報酬をいただける役職だと伺いますが……」
「そんな褒められることじゃないっスよ! あんなの、自分の力を鼻にかけたナルシスト揃いっスから。あ、勿論私は違うっスけど」
「そ、そうなんですの? 王都から遣わされる勇者パーティとはお話しする機会がありましたが、そんな人たちでは無かったと思いますが……」
「北の都ではそうじゃないんスよッ! 実力重視で性格は難ありの逆人格者ばっかりで、もううんざりだったんスよ!」
「北の都……といえばダンデリオンでしたか。まさか、あの都の勇者がそういった方針で決められていたとは……」
「そうなんスよ! ……で、そういうあなたは何者なんですか? さぞ位のある名家の方と御見それしますが」
貴族の女性は少しだけバツが悪そうな顔をした後、空席を詰めてリコリーに身を寄せる。それを見て少年も同じようにして身を寄せた。
そして2、3度周囲を確認した後、恐る恐る口を開いた。
「……ここでこうして同じ酒の席に座れたのも何かの縁。あなた方の義理人情を信じてお話しますわ」
少年とリコリーは息を呑んだ。
「私の名はシルビア・ミルタス・コミュニス。王都コミュニス公爵家が長女にして、現王太子カレンデュラス・オフィナ・キャピタリス殿下の婚約者……でしたわ」
「「えッ⁉」」
驚く二人の口に手を置き、声を抑えるシルビア。
王都公爵家は、このフローリア大陸で王家の次に権力を持つ爵位だ。そんな彼女がこんな田舎町の酒場で護衛も付けずに酒を飲んでいるなんて通常ではあり得ない。それに加え、王太子の婚約者とはこの先を約束され、この大陸を導く運命に身を置くような重役だ。
二人が驚くのも無理はない。到底信じられるような話ではないのだ。だが、多少の酔いとシルビアのそれらしい格好がそれを信じさせるに至ったのである。
シルビアは声量を落として続ける。
「あまり声は上げないでくださいまし。面倒ごとはごめんですのよ」
「いや、でもコミュニス家と言えばどの都でも知らない人はいない高名な一族だよな? そんな人がこんなところで一人飲みなんて……」
「……何かワケがあったんスよね? 私と同じように」
リコリーとシルビアが一瞬酒を持つ手を止めるが、その手はすぐに再び動き出した。
「そうですわね。でも、それを語る前に残ったあなたのお名前を伺ってもよろしくて?」
「確か、さっき後ろで騒ぎを止めていた人っスよね?」
満を持して少年の番がやってきた。
ジョッキのエールをグイっと一杯あおり、彼は自己紹介を始める。
「俺の名前はフェネル。一応、南の都より派遣された勇者だ。霊峰ケサランに住まう綿冠竜の討伐依頼の帰りにこの町に寄ったところだ」
あまりの衝撃が続くことで酔いが少しずつ醒めているのか、少しだけ呂律が戻ってきている。
今までの二人が過去の身分・経歴を話したのに対し、フェネルは現職の説明をしてみせた。
「勇者本人っスか⁉ そりゃあまた、ビッグネームが出てきたもんスね」
「そういうリコリーさんだって、勇者パーティの一員だったのですわよね? でしたらその強さや権威はそれほど変わらないのでは?」
「『勇者パーティに所属していること』と『勇者であること』の間には大きな違いがあるっス。パーティメンバーは勇者の独断で決められるのに対し、勇者は、国や都の長が直々に指名し、あらゆる試験を乗り越えた者にのみ与えられる称号っス。私なんかとは話が違うっス!」
リコリーは両手を大きく横に振って否定すると、シルビアはジョッキの持ち手から右手を放した。
「……そうですのね。魔族への対策本部はお父様以外の公爵家の役割でしたので、そこまで深くは知りませんでしたわ」
「俺自身は、それほど凄いわけでもないけどな。でも、そうだな。我らながらに奇抜な経歴持ちが三人も揃ったもんだ。今夜は美味しい酒が飲めそうだ~!」
フェネルは、半分くらいにまで中身が減り、軽くなったジョッキを宙に掲げた。
ふわついたその声は享楽の色に染まっている。
「……美味しいエールなら既に飲んでいるのではなくて?」
「そういう意味じゃ無いんだよ。酒の味は空気で決まる。面白い話が聞ければそれだけ酒も旨くなるんだよ!」
「ちょ、フェネルさん! 一応、シルビアさんは公爵令嬢……この国のトップ2っスよ。そういう言葉遣いは……」
「なんだよ、酒の席なら身分や立場は忘れて人と人との付き合いをするもんだろ~?」
「フフッ!」
笑いを零したのはシルビアだった。キリッとした目つきも笑顔になればきちんと丸みを帯びる。公爵令嬢という生まれで生活が良いからなのか、彼女の肌質は透き通るほどきめ細やかで誰もが振り返る美女に違いない。
もっとも、相手が同性か、相手の顔を正確に見ることのできないほどに酔いつぶれた飲んだくれでなければの話だが。
「俺、何かおかしなことでも言ったか?」
「いえ。こういう接し方をされるのが初めてなもので、嬉しかったんですわよ」
シルビアはううん、と咳払いを挟んで続ける。
「フェネルの言葉に免じてここは一つ、無理な敬語や『さん付け』も無しで会話することにしませんか?」
「いいな、それ! そもそも敬語とか苦手だったんだよな~」
「でも、本当にいいんスか? あとから不敬罪でしょっ引くなんてことは無いっスよね?」
「安心なさい、今の私は一介の冒険者よ。命じて人を捕らえることなんて出来ないわ」
「それは良かったっス!」
先ほどまでの不服そうな顔はどこ吹く風。三人の距離は酒の勢いも相まって急接近し、それぞれが笑顔で他の人の話を聞いていた。
「……じゃあ、皆の仲も深まってきたところでそろそろ深い話を聞くターンに入るっス。さて、誰の話からにするっスか?」
「そうですわね……私は、先ほどの騒ぎをさっと収めてみせたフェネルさんの話が気になりますわね」
「えッ⁉ 俺からなのか?」
「確かに、あの動きは凄かったっス! 元のパーティに居たアイツよりも凄そうだったっス。何か体術とか習ってたんスか?」
「う~む。じゃあ、俺から話すとするか。でも、それほど面白い話でもないぞ?」
「いや、もうその容姿で19ってだけでも面白いので大丈夫っスよ!」
「……やっぱり、俺ってそんなに子供に見えるのか? ショックだ……」
少年の顔が曇る。シルビアがその顔を見て言った。
「どうしてそんなに嫌がるのかしら? 若く、可愛く見られるというのは対人関係において得だと思うのだけれど」
「普通に接するだけならそうだろうが、男女関係においてはどう考えても損だろ!」
「男女関係……? フェネルはそういう相手を探しているんスか?」
リコリーが帽子を取って首を傾げた。隠れていた銀髪が、頭を撫でて肩や首へと流れていく。
「……これは、俺の生涯の目的とここに至るまでの経緯を語った方が早そうだな」
「おぉ! 待ってたっス! マスター、もう一杯!」
「あら、それなら私も貰おうかしら!」
店主は見越していたかのように素早くジョッキを取り換える。
美味しいエールを片手に始まるのは、一人の勇者のお話。勇者になり、成人を迎えてもなお子供として扱われる、悲しい少年のここに至るまでの旅路の記録である。
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