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名前もない役のような スピンオフも作れないよな

「リコリー・ラジアータ。お前をこの”ヘルズガーデン”から追放する」


 北の都ダンデリオンの冒険者ギルド。北方の冒険者のあらゆる手続きを統括するこのギルドにはいつだって人気が多い。

 いつもなら喧騒の止まぬその場所で放たれた一言は、一瞬で空気を凍らせるほどに衝撃的なものだった。


「えと……言っている意味がよくわからないんスけど……」

「聞こえていなかったのか? なら、何度だって言ってやる。リコリー、お前をこの勇者ヒガンのパーティから追放すると言ったんだ」

「聞こえてたっス! だから、その意味を聞いてるんスよ!」


 あまりの異常事態に、リコリーは柄にもなく大声で詰め寄った。


「私は今まで多くの魔物を倒し、このパーティに貢献してきたっス! 私の広域魔法はクエスト達成の役に立ってきたはずっス」

「あぁ、そうだとも。後衛専門のお前は安全圏から魔法を放つだけ……そりゃあデカブツや雑魚を倒すのは造作もなかっただろうさ」


 冷たい声で言い放つ彼の名はヒガン・アシュベル。赤髪短髪のイケメンで、パーティでは前衛での近接戦闘を行う剣士であり、北の都の長が選定した勇者でもある。

 他の三人のパーティメンバーもリコリーを取り囲む形でヒガンの話を聞いている。


「そんな言い方……後衛を前衛が守るなんて当然の役割じゃないっスか⁉」

「お前のその理屈なら、後衛が前衛を守ることだって当然の役割だろうが! それがどうだ、今日の戦闘を思い返してみろ。お前は遠くの敵の殲滅を優先して、近くの敵には手を出さず。防戦一方だった俺たちを見捨てていたじゃないか!」

「それは……私の広域魔法でパーティの皆を巻き込まない為の策で……」

「言い訳をするな! お前のせいでシオンが危険に晒されたのは事実だ!」


 シオンは、このヒガン率いる勇者パーティ……ヘルズガーデンで斥候の役割を担うシーフだ。小柄で愛らしい顔立ちをした彼女はヒガンのお気に入りで、報酬面やクエスト進行中の扱いの中で明らかに彼女を依怙贔屓していることはパーティの中では周知の事実となっていた。


 その日のクエストはヒュドラーという大毒蛇の退治だった。するすると地面を這うその巨体はパーティ全体を翻弄し、果てには、その尻尾でシオンの身体をひょいと持ち上げてしまったのだ。

 ただし、その失態は彼女自身が道端に咲いていた花に見惚れ、ヒュドラーへの警戒を怠ったからだということは彼女だけが知ることであった。


「うぅ……確かに怖かったニャ! 死ぬかと思ったニャ! あんな危険はもう御免だニャ!」


 半獣族に育てられた彼女は、成長の過程でその独特な訛りや語尾を色濃く受け継いだらしく、人間族としてはかなり不自然な話し方をしているが、それもヒガンを魅了する一要素となっているのかもしれない。


「確かに、シオンを守れなかったのは私の落ち度かもしれないっスけど、それは他の皆にも言えることじゃないっスか! そもそも、近くの敵から仲間を守るのはタンクのランサスや剣士のヒガンの役割だったはずっス!」

「黙れ! 責任転嫁をするなッ! 広域の防護魔法を使えるお前が、シオンを守れていないことが原因なんだよッ!」

「そ、そんな……」


 無茶苦茶な言い分に何をどう言い返すかを悩んでいたリコリーに機を見たヒガンは、畳みかけるように続ける。


「今日以外でも疑問に思うところはたくさんあった。クソ長い詠唱や、肝心の時にだけ役に立たないその踏ん切りが付かず、不器用なその性格……。問題点を挙げれば、いくらでも出てくる。この辺りに関しては何も、俺だけの意見じゃない。そうだよな? ランサス」

「そうだな。タンクとしては、常に守るべき対象がいるだけでもキツイのに、お前みたいな棒立ちの後衛が居る状況ってのは負担が大きすぎるんだよ」


 そう言って一歩前に踏み出したのはこのパーティでタンクの役割を担うランサスだ。横幅も身長もそれぞれリコリーの2倍近くある巨体で支える大盾は、あらゆる近接攻撃を防いできた。


「ランサスまで私を邪魔だって言うんスか⁉」

「お前が詠唱中に動けるレベルの魔法使いなら、こういう文句も言わなくて済んだんだがな」

「なッ⁉ 詠唱中に移動ができる魔法使いなんてこの都でも数える程度しかいないはずっス!」

「だが、逆に言えば数えるくらいは居るということだ。加えて、俺たちは誰もが夢見る勇者パーティだ。それぞれの役職も大陸で最高レベルの技術を求められるということも賢者様なら理解できるだろ? 現に、このパーティには一人そのレベルの白魔法使いが居るわけだしな」

「……ロータス。あなたもヒガン達と同じ考えなんスか?」


 リコリーの目線の先に居た女性はロータスだ。北の都随一の白魔法使いという肩書を欲しいままとし、太陽の都ダンデリオンになぞらえて巷では『太陽の女神』なんて二つ名まで付けられている。

 大陸教会の神官として正規に白魔法を習得した彼女の立場からすれば、人である自分が神であると評されるのには否定すべきことなのであろうが、何故かその評価を受け入れ続けている。

 同じパーティに所属しながらも、リコリーは彼女の本性については掴めずにいた。


「私はねぇ……正直どっちでも構いませんよぉ。でも、神のお導きからすれば、勇者様をお支えする魔法使いは一人であるとのことですぅ」

「そんな教え、聞いたことも無いっス」

「あまり自分の無知を晒さない方がよろしいのでは~?」

「そうだぞ、リコリー。無駄なあがきは止めろ。神もこのパーティの皆もお前の脱退を望んでいるんだ」

「……皆とは本当に仲間だと思って接してきたっス。でも、そんな風に思っていたのは私だけだったんスね」


 リコリーは空の拳を震わせ、その場で特に言い返すこともしなかった。彼女は唯々、仲間が自身が不要だという判断を下されたことに打ちひしがれていた。


「勘違いしないでくださぁい。私はただ、神のお導きに従っているだけなのでぇ」

「もういいよ、ロータス。彼女にはもう、神の加護は必要ないんだから」

「それもそうですねぇ」


 崩れるように膝をついたリコリーへ、容赦のない嘲笑が降り注ぐ。

 その時、ようやく彼女は理解した。

 ──もう、ここに自分の居場所はないのだと。


 数秒が経ち、リコリーは立ち上がる。大きなとんがり帽子で目元を隠し、そのままギルドの出口へとつま先を向けた。


「……わかったっス。私はこのパーティを抜けるっス」

「何強がってんだよ。お前は『抜ける』んじゃなく、このパーティから『脱落』するんだ。ちゃんとそこを理解することだな」

「おい、ヒガン。何もそこまで言わなくとも良いだろ」

「いいや、ここは言うべきだ。どうせ今後会う事なんてないんだから、ちゃんと事実は伝えておくべきだ」


 あまりの物言いにランサスが止めに入るが、ヒガンは取り合わない。そもそもランサスの制止は本気じゃなく、この場を見ている他の冒険者へのパフォーマンスなのかと疑いたくなるほどに、その語気は柔らかいものだった。


「じゃあな、出来損ないの賢者様。今日の分の報酬は手切れ金としてくれてやる。だから、もう二度と俺たちの前に顔を出すんじゃねぇぞ!」

「……言われなくたって、……たくないっス」


 リコリーは何やら小声で呟いた。


「あ? なんだって?」

「言われなくたって、お前らの顔なんか一生見たくないっス!」


 今度は聞こえるように大声で叫ぶ。その声は耳を劈くほどに甲高く、それでいて震えた力なき声だった。


「何を……‼」

「ヒガン、止めるニャ」


 リコリーの胸ぐらを掴もうとしたヒガンの手をシオンが止める。


「こんな場所で暴力沙汰になれば面倒なことになるのはこっちニャ」

「でも、シオン! こいつは……」

「言わせておけばいいニャ。どれだけ喚こうと、この先の人生でリコリーがシオン達よりも良い想いをできることなんてないニャ。ここを追放された哀れな賢者には、惨めな道しか残されてないのニャ」

「フッ! それもそうだな。シオンの優しさに感謝するんだな、リコリー。ここで貴様を斬らないのはひとえに彼女の寛大さあってのものなのだからな!」


 その後もギルドの戸を出るまで、リコリーの背中にはあらゆる罵詈雑言を浴びせられたが、既に彼女の耳には入っていない。

呆然自失のショックとこれからの不安を背負いながら、彼女はギルドを立ち去った。

ほどなくして、彼女はパーティを抜けたその足で、やけ酒をする為に北方の酒の名所であるシーダストンに向かうこととなる。



──



「──ってところっスね」


 ジョッキの底が机を叩く。フェネルとシルビアの前には一杯ずつ、リコリーの前には三杯の空ジョッキが追加されていた。


「なんだそれ。勇者の風上にも置けない奴らだな!」

「そうですわ。そんな輩共のパーティなど抜けて当然ですわ!」

「そもそも、魔法使いなんて基本的には後衛から魔法を放って敵を殲滅するのが役割なのに、それを『移動できないから追放』……って、理論が破綻してるだろ~」

「フェネル……シルビア……‼」


 リコリーの目が潤む。他人事だと思わずに愚痴交じりの体験談を聞いてくれた彼らに、これ以上無い程の有難みが胸に満ち、身に沁み出したのだ。


「それにしても、リコリーがまさか『賢者』のスキル持ちだったなんてな」

「所有できる魔力量を大幅に向上し、魔法発動時の魔力の最効率化を可能とする魔法使い向けスキルですわよね?」

「それに加えて、詠唱時間と使用魔力量を増加することで魔法の影響範囲を広げられる『魔法拡大オーバードライヴ』も魅力的だよな~! 一対一の戦闘になる俺からすれば羨ましいぜ」

「そ、そんなに褒められると照れるっスよ! あ、マスターもう一杯!」


 リコリーは左手で後頭部を撫でながら、流れるように酒を頼む。既に店主からは二回ほど終わるようにとの注意が出ているが、三人ともそれを聞き入れる気は毛頭ない。


「いやぁ、褒められながら飲む酒ってのは美味いっスね~。あのパーティじゃこうはいかなかったっス!」

「今のうちに味わっとけ味わっとけ! でも、俺長いこと旅をしてきたけど本物の賢者に会うのは初めてだな! 握手してくれよ~!」

「良いっスよ! 今は気分がいいんで、キスまでのことなら何だってやってやるっスよ!」

「何……でも……?」


 フェネルは動きを硬直させる。だがその一方で、リコリーを凝視するその目だけは、徹夜明けと同じくらいに血走らせていた。

 その様相にあきれ顔を向けるのはシルビアだった。


「こらこら、リコリー。初事を済ませていない殿方にそういう思わせぶりなことは言うんじゃありませんわよ?」

「うい……って、童貞ちゃうわ!」

「さっきの話を聞いた後じゃ、そんなの嘘だってすぐにわかるっスよ~! ほら、取り繕っても良いことなんて何も無いっス。正直に生きるんスよ~!」

「う、うぜぇ……」


 リコリーはフェネルの頬を指でくりくりと押す。彼は鬱陶しそうにそれを防いでいる。そんな端から見れば微笑ましい光景の中で、一人シルビアは俯いた。


「正直に生きる……それが出来ていれば私の道も少しは変わったのかもしれませんわねぇ」


 異変を感じたフェネルとリコリーは咄嗟に顔を見合わせ、さっと定位置となった席へと戻る。店主が一度空のジョッキを片付けて綺麗になった卓上には丁度、リコリーが頼んだおかわりのジョッキが置かれていた。


「じゃあ、最後はシルビアの話を聞くっス!」

「公爵令嬢直々の身の上話だ。中々に興味深いな~!」

「あなた達ねぇ……それほど愉快な話ではありませんのよ?」

「わかってるよ! 俺たち二人の話を聞いてわかったろ? 全員訳アリの三人組。だから、情けない話だってしてこれた。不安がることなんて何もないだろ?」

「そうっスよ~! それとも、私たちの話はさせておいて自分の話は隠すつもりなんスか~? そんなの許せないっス!」


 酔いが回り、顔を真っ赤にした二人がシルビアの背中を押す。

 いつの間にか店内は三人と店主だけになっていた。さっきまで厄介がっていた店主の顔も今は緩んでいる。オールナイトを覚悟した上なのか、三人のうっすらと聞こえてくる話題に同情したのかは店主のみぞ知ることだ。


「そう急かされなくとも、きちんと話しますわよ。でも、そうですわね。その前にもう一杯おかわりをいただこうかしら」


 細長い腕がしっかりとジョッキを握りしめる。

 夜もかなり更けてしまい、虫の音が街を覆うこの時間より始まるのは、一人の令嬢のお話。国と王太子の為にあらゆる献身を尽くした上で、たった一人の少女により全てを失うことになった悲劇の顛末譚である。



作者Xアカウント

https://x.com/Nagomu_Kietsu


他サイトでの掲載URL

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/novel/63248309/109064342

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/2912051602276471114/episodes/2912051602276737425


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