もうどうなってもいいや
立て込んでいて更新遅れました。
物語も佳境なので楽しんでいただけますと幸いです。
「私は、ヘルズガーデンのメンバーである前に、大陸教会の神官です。神に仕える身として、無為な争いは望むところではありません」
そう嘯くロータスの本心は、別のところにあった。
彼女は一言で表すなら、「極度の自己愛者」。自分が可愛くて仕方がない。神に仕えながらも、自分が第一。そもそも、白魔法使いも故郷に伝わる聖女伝説になぞらえて自分を愛してもらうために選んだ道だった。
だから、「太陽の女神」の名も否定しなかったし、自分を慕う民のことも、愚かしく思いながらも可愛く思っていた。
今の提案も、これから先自身が無様や恥を晒さないためだった。
我欲にまみれた不純なる信仰者の保身のための言葉だが、皮肉ながらもフェネルとその目的は一致することとなる。
「何言ってるニャ、ロータス! ここで下がれば、ヘルズガーデンは負けたことになるニャ! もうヘルズガーデンに敗北は許されないニャ!」
「負けではありません。ただ、不毛な戦いを手打ちにしようと言っているのです」
……いいから黙って言うこと聞いとけや。そもそも、事の初めはお前らがリコリーとかいう超便利な魔法使いをクビにしたところからだろうが。
という、リコリーのパーティ追放に自分も関係していたことを完全に棚に上げた本音を隠しつつ、ロータスは続ける。
「逆に、シオンさんは目の前の二人を相手にまだ優位に戦えるとお思いで? 敵は、近接戦闘と魔法使用を両立できる魔法剣士と広域魔法を使える賢者です。いくら数で勝っていても苦戦を強いられることになるでしょう」
「──だから、勅命に背けってか?」
銃を構えたまま、前に出るクロノ。
「いえ、そういうわけではありません。だから、話し合って落としどころを作ろうという話です」
「状況から察するに、こいつらの目的は王城に囚われたお姫様の奪還だぜ? そして、俺たちの任務内容はこいつらが王城に攻め入ることを防ぐことだ。その目的と俺らの任務成功が両立できる道があるのか?」
「そ、そうだ。そんな虫のいい話はない」
今度は腰を引かせながら、ヒガンが顔を出した。パーティリーダーの威厳は段々と薄れつつある。
「……私たちは王城自体を攻撃するつもりはないっス。シルビアさえ取り戻せたら他に何も望まない」
リコリーが、一歩前に出る。
互いに警戒は解かず、牽制し続けている。
が。
その行動に、フェネルは僅かながらの希望を抱いていた。
ヒガンやリコリー自身が、忘れてしまったかつての仲間だったことの情けで、無血開城が叶うのではないかという希望が。
「ほぅ……。まさか、嬢ちゃんの方までそんなことを言い出すたぁな。怖気づいたか?」
「これはフェネルの考えを汲んだだけっス。私としては、本当にヘルズガーデンがどうなったっていいんスけどね」
「へぇ。甘ちゃんが仲間に居ると大変だな」
「そこも、フェネルの良いところっスから。出来る限り仲間の想いは尊重したい……。それが、私を気遣っての想いなら尚更っス」
リコリーの頬が微かに赤みがかる。
クロノの鷹の目はそういう表情の機微も見逃さない。
「なんだ、あんたらそういう関係かよ。ま、男女の少人数パーティじゃ、そうならない方が不思議か」
「私たちがどういう関係だろうと、この話には関係ないはずっス」
「いいや、関係あるぜ? 特に俺みたいな恋バナ好きにはな」
「「は?」」
呆れた声。図らずとも、フェネルとリコリーの声が重なった。
「恋バナ好き? お前が?」
「あぁ、好きだぜ。それこそ金よりな」
フェネルが訝しげな顔を向けていると、クロノは弁明をし始めた。
「こういう冒険者業をしてるとよ、そのくらいしか娯楽が無いわけ。加えて、俺はパーティを転々とするタイプだし、俺が楽しみながら人と距離を縮める方法なんて、それくらいしかねぇわけよ」
「なんか、親戚の嫌なおじさんみたいっスね……」
「ハハッ。嫌だねぇ、まだおじさんなんて言われる歳じゃないってのに。でもまぁ、恋する若者を応援したいって気持ちには嘘はねぇんだ。ヘルズガーデンの諸君には悪ぃが、俺はこっちに付かせてもらうぜ」
「「えぇ……」」
クロノの寝返り発言に困惑するリコリーとフェネル。
そんな二人よりも更に状況を掴めていないのが、ヘルズガーデンの面々だ。
「ハァ⁉ 何を言い出すニャ! 契約はどうなるニャ!」
「ふざけんじゃねぇ! お前にはどれだけの金を払ってきたと思ってんだ!」
「動機はどうであれ、裏切りは見過ごせん。あと、さっき俺の背中を蹴り飛ばしたことも含めて謝罪と訂正を貴様に求める!」
非難轟々。裏切者は許すまじ、といった感じだ。
ロータスだけは、議論がどのように進むのかの様子を窺っている。
「うるせぇな。だから、この戦いだけって言ってんだろうが。そういう細かいところ気にすっからお前らのパーティには色恋沙汰が無ぇんじゃねぇの?」
クロノは耳を塞ぎながら反論する。
「少なくとも俺とシオンは──」
「それ以上は言うな。気持ち悪いから。俺は打算アリの関係よりも、目の前の二人の方に甘酸っぱさを感じたんだよ」
ヒガンが食って掛かろうとするが、すぐに制されてしまった。
「それに、ここは俺に乗っかっておいた方がいいぞ? お前の為にもなるんだからな」
「何がどうして俺の為に……っておい!」
クロノはヒガンの腕を引き、後ろへと移動する。
なにやらコソコソと二人だけで話し始めた。
その間に、リコリーとフェネルも話し始める。
「言ってみるもんだな。まさか、ここまで前向きに事が進むとは……」
「なんか、怪しい気もするっスけど」
「いや、多分クロノとかいう奴の言葉は本当だと思うぞ。なんとなくの感覚だが……」
「シオンは納得いかないニャ!」
割って入ったシオンは未だ臨戦態勢を解かない。
「一応、冒技試の時にお前を助けてやったんだけどな」
「関係ないニャ! それに、その後眠らせて魔物のいる森に放置したニャ! あの後の苦労をお前らは知らないニャろ! 魔物に追われてなんとか、森を抜けたシオン達の苦労を!」
あのあと付与魔法をかけて防御力を上げていたことをコイツは知らないのか……。と、フェネルはやるせない気持ちになる。
「で、神官の……ロータスだったっけか?」
「えぇ。太陽の女神ロータスです」
「あ、もう自分で言っちゃうんスね」という小気味のいいツッコミは聞き流し、フェネルは続ける。
「お前は、ここを条件付きでも通してくれることには賛成なんだよな?」
「はい。交渉の余地はあると考えています」
「これで賛成は二人……か」
満場一致とは言わずとも、望んだ解決策が目の前にある。
フェネルは一人ずつヘルズガーデンの面々に目を移していく。
「じゃあ、そこの……名前なんだっけ?」
「ランサスだ」
ランサスは少し不服そうな様子で答える。
「あぁ、そうだった。ランサスは、俺たちを通すことに賛成なのか?」
「俺は……まだ悩んでいる。こういう決断のとき、俺はいつも選択を間違ってきたからな……」
「例えば、リコリーの追放のときとか……?」
「それは……」
「──歓談の途中悪いが、話はまとまった。これから、全員が納得できる形で話し合いだ」
そう言って、会釈をしながらフェネルとランサスの間に割って入るクロノ。
どうやら、ヒガンとの話し合いが終わったようだ。
「ヒガン! これはどういうことニャ!」
すかさず、シオンがヒガンの胸ぐらを掴んだ。
身長差のせいで全く苦しくはなさそうだが、ヒガンの顔には悔しさが滲んでいる。
「仕方ないだろ。この状況で、クロノに抜けられちゃ、勝ち目がない。負けて任務に失敗するよりは、落としどころを見つける方がまだ賢明だ」
「そ、そんニャ……」
腑に落ちそうもないシオンを余所に、クロノがフェネルに歩みを寄せた。
「ってなわけだ。一旦、アンタらも武器を収めてくれるか?」
警戒せねば、と思いつつも、フェネルは剣を収める。
それと同時に、目の前に差し出された右手を見て、フェネルは首を傾げた。
「これは?」
「休戦協定の握手だよ。ほら、よく偉いさんがやってるだろ? 握手して仲良しこよしってさ」
「そんなの、意味あるのか? まぁ、一応こっちが譲歩してもらってる形だしな」
フェネルはクロノの手を取った。握り返された手は、思ったよりもゴツゴツしている。
クロノ。彼の正体は未だフェネルも掴めていない。
お金のために戦うと言い張っていた一方で、今回は『若者の恋を応援したい』という理由で俺らの側に付こうと言い出した。
手段を選ばず、仲間を踏み台にしてでも任務の遂行を行おうとしていたような奴だ。信じようにも、あやふやな彼を信じることはできない。
だが、もしそこに一本の線が通っていたとしたらどうだろうか。
怪しさ満点、一貫性0点の彼だが、フェネルの目には一貫性が無いなりに、一つの信念のようなものが通っているようにも思えた。
仕事人の彼が、不器用ながらに人と仲良くしようと手を伸ばした先に在ったものが、「恋バナ」なのだとしたら……。
『のらりくらりとして掴みどころのない彼でも、熱を注げるものが一つくらいはあってほしい』という願望交じりの推測。
そして、クロノのこれまでの一貫性は無いにしても、嘘は吐かずに敵味方関係なく、忌憚のない意見を発していた彼の佇まい。
これら二つの情報は、フェネルの警戒を解くに至ったのだ。
だが、やはり戦場で警戒は解いてはいけないということを、フェネルは身をもって知ることとなる。
「やっぱりお前、甘すぎだわ」
「フェネルッ!」
クロノの低い声と、リコリーの絶叫。
その前に聞こえたのは──銃声?
フェネルは、ゆっくりと自分の腹部に目を落とす。
薄い腹当ては貫通し、穴が空いている。そこから流れ出ているのは……血?
「悪いな、ガキ。やっぱり俺、金よりも欲しい物なんてこの世にねぇわ」
「……カハッ!」
咄嗟に口を抑えたフェネルの手に、びっしりと付いた赤色を見て、ようやくフェネルは腹部の痛みに気が付いた。
言葉にならない絶叫が、王城前に響く。
激しい痛み。熱いような、冷たいような。まるで、体内にドライアイスを詰め込まれたような激痛が、フェネルを襲い続ける。
鉄の味がするって本当なんだな……。
転生前後で一度も味わったことのない死に近づく感覚に、フェネルは意識を失いそうになる。
「あぁ……」
フェネルは朦朧とする頭で、この状況について考えた。……というか、考えるまでも無く直感した。
すべてはクロノの嘘と罠で、油断した自分の腹部が弾丸によって撃ち貫かれたのだと。
腹部を押さえ、フェネルはリコリーの方を向いた。
とんがり帽子に隠れ、殆ど顔が見えないが、何やら呟いているのが見える。
視界の端には、この機を逃すまいとリコリーに剣を向けるヒガンの姿があった。
「やめ……リコリー……」
その掠れた声は、リコリーには届かない。
フェネルの意識が完全に沈む瞬間に、リコリーの中で何かの糸が切れた。
──もう、どうなってもいいや。
大陸で1,2を争う魔力量を誇る賢者の暴走が始まった。
作者Xアカウント
https://x.com/Nagomu_Kietsu
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