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同じ途を選んだ 

 無許可で打ち上げた花火大会の翌日。

 フェネル達は王城へと向かっていた。昨日のお詫びなどでは決してない。

 宮殿へと押しいるための侵攻が目的だ。だが、対立や攻撃が本題ではない。

 偏に、シルビアという一人の仲間を連れ戻すためだった。


「自分たちの正義心に従うために、国の正義に反する。矛盾してるな、俺たち」

「矛盾も背反も大歓迎っス。自分の純粋な欲望に従うこと……冒険者としては百点満点の行動原理っス」

「これから勇者になろうって物の考えとは思えないけどな」

「そもそも勇者とは何ぞや、という話になるっスけど」

「まぁ、あそこに立つ奴らの事じゃないのは確かだろうな」


 フェネルが指差した先、城門の前には五人の人影が見える。

 剣士、白魔法使い、斥候、タンク、スナイパー。近接戦闘職が三人と、遠距離戦闘職と回復職が一人ずつ。

 パーティとしては申し分ない組み合わせだ。フェネルも、自分に不足が多ければこういう編成になっていただろうと、ふと思い至った。


 だが、その冒険者としての行き着く先がそれなのだとしたら……。

 ほんの一握りの物寂しさが、フェネルを現実に叩き落としていた。


「ヘルズガーデン……っスよねぇ」

「俺の幻覚じゃないってんなら、そうだろうな。もう今更見間違えることはないし」


 加速もせず、減速もせず。フェネルは等身大の歩幅で移動する。

 衛兵も商人も居ない静かな、王城への一本道。その両端はレンガの壁が積まれ、更にその奥には一面の池が広がっている。

 

 見晴らしの良い場所という意味ではクロノやリコリーの遠距離戦闘職は闘いにくいかもしれない。そんなこれから先に引き起こる戦闘の行く末を考えながら歩いていると、「止まれ」と呼び止められた。


 「何者だ、何の用だ」とヒガンが切り出すので、フェネルは呆れて声を漏らした。


「俺たちの関係で、まだ自己紹介が必要か? お前たちがわざわざ配備されているということは、俺たちの狙いも透けているんだろう?」

「あぁ、わかっているさ。だが、一応聞けとの命令なんでな!」


 ヒガンは直ぐに駆け出した。ランサスとシオンもそれに続く。


「おい! まだ俺は何も答えてないぞ!」

「答えなければ、謀反とみなして打ち首だ!」

「答える暇もなかったが⁉」

 

 この状況においては、ヒガンが正しい。戦闘においては基本的に先制を取った方が有利なのだ。敵対すると決まっている以上、先に動いた方が何かと都合が良いのだ。

 フェネルも問いに答えずに取ろうとしていた手段であることも事実である。


「問答無用! このまま切り殺してやるよ!」

「させるものか──ッ⁉」


 フェネルの視界を、赤い液体が掠める。

 血だ。理解すると同時に、右肩に痛みが走った。


 ヒガンの剣ではない。それはフェネルの剣によって防ぎきっている。ランサスやシオンでもない。彼らはリコリーの出方を窺っている。

 でも、ならば誰が……。

 足元に落ちた物を見て、即座に犯人を特定した。


「弓矢……か。なるほど、敵はお前らだけじゃないということか」

「誰が俺たち五人だけなんて言ったよ?」


 フェネルが注意深く池のほとりを眺め回す。草むらが数か所動いており、特にその中で鉄の矢頭の光が見えた。金属製の矢頭が陽光を照り返していた。


「王城を守るんだぜ? 兵を動かすのは、酒を頼むよりも軽い注文だったさ」

「下準備はバッチリってわけか」

「一度やられた相手に油断はしない。やれるだけのことはやらせてもらうさ。幸い、時間はたっぷりあったからな」


 何処に、どれほどの人数が隠れているのはわからない。無差別に攻撃しようにも、リコリーの魔法の射程範囲外だ。

 射手をどうにかすることは難しそうだ。


 フェネルは極めて理性的だ。『並列思考』が高速で対策を組み立てていった。


「リコリー! チェンジだ!」

「何ッ⁉」


 剣劇の隙を見たフェネルの右足が、ヒガンの横腹目掛けて放たれる。

 咄嗟に反応したヒガンは、フェネルの剣を弾いてその両手剣で蹴りを防ぐ。

 しかし、衝撃はそのまま伝わり、三歩ほど後ろに下がった。


「地脈よ凝れ。 形なき形を創り出し、全ての衝撃を和らげよ!──『防御結界プロテクションバリア』!」


 フェネルとヒガンを光の壁が断絶する。

 リコリーの詠唱によって発動した防御魔法だ。急ごしらえなので、かなり範囲は狭いが、二人を四方からの攻撃から防ぐのが目的なので特段問題はない。


「三つ詠唱する。時間を稼いでくれ!」


 フェネルは駆け足でリコリーに近づくと、すぐに魔法の詠唱を始めた。

 リコリーは彼の考えの全てを理解したわけじゃないが、兎に角言われたことを成し遂げようと思った。


「水よ動け! 凪を敗れ!! 我が心の濁流を、その身に宿して敵を襲え!──ッ⁉」


 詠唱を終え、リコリーが魔法を発動しようとした瞬間の事だった。

 パリン、という鋭い破砕音が鳴り響く。

 一発の弾丸が防御魔法を貫通し、今にもリコリーの額を打ち抜こうとしていた。

 

 まずい──!


 戦慄して魔法詠唱を止めたリコリーの肩が、強く引かれる。

 フェネルは魔法の詠唱を止めず、ただリコリーに力強い目を向けて前に出た。


 キィン!


 鋭い金属音と共に弾丸は弾き飛ばされて、池の中へと落下した。

 フェネルが両手剣を当てて軌道を逸らしたのだ。


 リコリーはこの好機を逃さなかった。

 

「──『大海波タイダル・ウェーブ!」


 杖の先端の小さな水晶が蒼白い閃光を放つ。

 リコリーの合図とともに、池の水が塔のように高く浮き上がる。

 水の塔が一本、二本と数を増やして、やがて連なった。圧倒的な質量を孕んだ水の壁が形成され、そのままヒガン達に向かって動き出した。


「嘘だろッ! おい! ランサス!」

「わかっている! わかっているが、これは無理だッ! 全員は防ぎきれん!」


 ヒガンとシオンの二人がランサスの後ろへと隠れようとする。

 確かに、ランサスの大きな丸盾は屈んだ仲間三人を優に覆い隠せるほどの大きさだ。けれども、それをも超える高さの波を防げる術などなかった。


「だったら玉となって、銃の弾道を切り開いてくれやァ!」

「グハァァアッ!」

 

 ランサスの背中がとてつもない力で押し出された。

 魔法発動と同時に走り出したクロノが、彼の背中を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。

 盾だけは離さずに水の壁に突っ込んだ後、波の勢いに流されて池へと着水した。


「クロノ! ランサスになんてことをッ⁉」

「うっせぇ。成果を出したきゃ身を削れ。冒険者業は綺麗ごとばかりじゃ務まらねぇんだ、よォ!」


 二発の銃声が響く。

 ランサスの砲弾によって、膜のように打ち破られて出来た水のアーチを通り、弾丸がフェネルへと向かう。

 防御結界に空いた弾一発分の穴にドンピシャに合わせた弾道の正確さは、もはや狂気を覚えるほどだ。


「──『超速付与スピードブースト』! これで最後だ!」


 『守護付与』、『剛力付与』、そして『超速付与』。

 三種の付与魔法を掛け終えたフェネルは、自ら弾丸へと動き出した。


「魔力を乱す弾丸……か? 詳しい原理はわからんけど、便利だな!」

 

 防御結界を簡単に破った弾丸を間近で観察しながら、両手剣の角度を整える。

 そうしたら、二発の弾丸を弾く、弾く。

 瞬間移動にも等しい速度で、動いたフェネルは肉薄した弾丸を打ち落とした。

 その一方でクロノは、第三の射撃の準備をしながら、水のアーチを潜ってフェネルに近づいていた。


「発射された弾丸を視認してから弾くとか人間業じゃねぇな!」

「そっちこそ、仲間を弾にするのは人間の発想じゃないと思うけど?」


 直進したフェネルは、目の前にいたクロノに斬りかかるが、クロノは魔法銃を持ち直して剣を抑えた。

 動体視力に優れた彼でなければ反応できないスピードだ。


「やっぱり、このパーティで一番の実力者はお前だな。どうしてこんなパーティに居る? その実力ならこんな面倒なパーティの他にいくらでも選択肢はあったろ?」

「俺には俺の考えがあるんだよ。口出しすんな!」


 問答の裏で、剣に注意して隙となるクロノの下半身を狙い、蹴りを入れるも全て防がれる。

 洞察に優れた人間相手に、一撃を入れる難しさを実感していた。

 しかし、歯がゆい思いをしていたのはクロノも同じだ。

 剣への体重のかけ方により、それを抑える銃を持ち直すことが出来ない。銃口が上向きに固定されたままで、彼は反撃の機会を失っていた。


 一進一退の鍔迫り合いを破ったのは、第三者による横槍だった。


「隙ありだニャ!」

「しまっ──」


 金属製のナイフがフェネルの首へと振り下ろされようとしていた。

 水のアーチが閉じる前にフェネルの方へと移動していたのはクロノだけではなかったのだ。

 迫る荒波に襲われる前に、自前の俊敏さで水の壁を突破したシオンが、フェネルの虚を突いた。

 

 目の前の敵に集中していたフェネルは完全に反応が遅れ、万事休すだった。

 

 ──カコン。

 振り下ろされたナイフは、シオンの手を滑り、地面に落ちる。

 何が起こったのかわからないシオンはただ、痙攣した右手を見つめていた。

 

「……ニャンで?」


 フェネルは、自身の首に全く痛みが無かったことから、ようやく状況を理解した。


「……ハハッ。まさか、対岸からの矢を防ぐために掛けてた『守護付与』が、ここまで役に立つとはな!」


 剣を引いて、バックステップ。

 クロノとシオンから距離を取ったフェネルは、首を手で押さえながら笑った。


 『守護付与』は一定以上の威力に達しない攻撃であれば、肌に触れた瞬間に衝撃を完全に無効化する魔法だ。

 その上限は、魔法の練度によって上がっていくが、フェネルはその程度の魔物からの攻撃でしか判断していなかった。

 しかし、よくよく考えてみれば、狼の牙をも通さぬ強靭さの皮膚をナイフ一本で貫けるはずもないのだ。

 飛んできた矢も同様に、フェネルとリコリーの皮膚にぶつかった途端に、ただの木の棒へと姿を変えていた。


「化け物ニャ……」

「心外だな。まだ何の罪も犯していない人間相手に攻撃を仕掛けるお前らの方が……って、これじゃあコミュニケーションじゃないよな」


 フェネルは首を振って、敵意を解く。剣は構えたままだが、踏み込もうとしていた足を戻してその場に立ち止まり、体勢を整えた。


「なぁ……俺たち、本当に戦わないといけないのか?」

「何が言いたい?」


 シオンの後ろからびしょ濡れのヒガンが現れた。自慢の赤毛が海藻のように顔にへばりついている。

 肩で息をしているところを見ると、リコリーの水魔法で池に流されたところを泳いで戻ってきたのだろう。

 フェネルは改めて周囲を見回すと、他のヘルズガーデンのメンバーも、ヒガンと同じように岸へと這い上がろうとしていたところだった。

 後方のリコリーを合わせて、七人全員が無事だった。お互いに消耗はしていたが、死傷者は出ていない。


 この状況を鑑みて、フェネルは今更ながらこの戦闘自体がバカバカしく思えてきた。


「金なら、俺たちの払える範囲で考えてやる。俺たちが気に入らないなら、一発殴られてやる。リコリーは女の子だから、容赦してほしいが、俺相手でいいなら一発と言わず、三発くらいなら請けいれるから。ここを通してくれないか?」

「フェネル! そんなのおかしいっス! このままやれば押し切れるっス!」


 ヒガン達よりも、リコリーの反応の方が早かった。

 

「リコリー。君だって、辛いはずだ」


 この提案は、フェネルが自分の負担を減らすための物じゃない。

 リコリーの言う通り、フェネルにはこの先戦っても勝てるビジョンが見えているからだ。それでもこんな提案をしたのは、彼女を慮ってのことだった。


「この先は遊びじゃない。睡眠魔法も一度見せたから、あの子供騙しは通じない。この先が続くとすれば、そこにあるのは今の仲間と、昔の仲間の殺し合いだ。見ていて気持ちの良いものじゃないだろ?」

「か、覚悟の上っス。この戦闘が始まった時点でわかっていたっス」

「違う! お前は何一つわかっていない!」

 

 フェネルは、前世の家族の事を思い出す。

 新しい家族や仲間の手前、曝け出すことの出来なかった消えない寂しさだ。

 ずっと、当たり前のように続くと思っていた日常が、糸のようにプツリと千切れる絶望と、失う前に出会えていた彼らにはもう会えることの無いという言い切れないほどの寂寥感。彼はそれを知っている。

 空気の読めない少年は、ようやっと自分の境遇を相手に重ねるという高等技術を身に着けようとしていた。

 

「いいや、わかっていないのはお前の方だ。ヘルズガーデンとリコリーとの間には、何も残っていない。元仲間というむずがゆくなる表現は止めろ」

「お前らには残ってなくても、リコリーには残ってるかもしれないだろ!」

「あぁ~。確かにこれはむず痒いわ。敵に情けを掛けるとか甘ったるい考えは止めとけ。見た目だけじゃなく、中身もチビ助なんだな」


 ヒガンとクロノはそれぞれ剣と銃を構え、今にも攻撃を再開しそうな剣幕だ。

 

 フェネルは額を押さえた。頭の奥で、思考が軋む。

 『並列思考』を持ってしても、彼を納得させるに至らなかった。不透明な行く末に、更にも靄がかかるような感覚に襲われていた。

 

 こんなにも、わかり合えないものなのか、と。

 

 軌を一にして、国に属する決断をした二人の勇者とその仲間。同じ途を選んだはずの二組は王城の前で対峙している。

 構図としては、自分が途を違えたように思えるが、目の前に居るパーティが正道を歩んできたとも思えない。

 仲間に対する考え方一つとっても、フェネルにはヒガン達の考えを理解できなかった。かつての仲間に対して刃を向けることに何の躊躇もないヒガン達も、自分の心に向き合おうとしないリコリーも、フェネルの中では理の範疇の外だった。

 

 彼は、全ての靄を靄のままに揉み消し、ただ直近にいる敵を斬り殺せばよいと、思考を放棄しようとしていた。


「──少し待ってください! 少年の話に、もっと耳を傾けても良いのではないでしょうか」


 慈愛に満ちた優しい声。

 それを発したのは、巷で『太陽の女神』と謳われる彼女──ロータスだった。


 特に、これまで直接的に関わって来なかった人物からの言葉は、確かにフェネルの心を動かさんとしていた。

 ……ずーんとした、鈍い頭痛を伴って。

作者Xアカウント

https://x.com/Nagomu_Kietsu


他サイトでの掲載URL

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/novel/63248309/109064342

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/2912051602276471114/episodes/2912051602276737425


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