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晴れに晴れ 花よ咲け


 キャピタリス全土を望む監視塔。

 本来は、街の外の動きを観察するための塔だが、最上部が吹き曝しになっているため、街を眺めるのにも使える。

 その手すりに体重を預け、フェネルは待ち行く人を見下ろしていた。


「ふぅ……」


 建国祭当日、多くの民が王都を訪れて、街中が賑わう。

 昼間からいたる所で酒が売り出され、出店が広間を覆う。屋内にいても軍楽隊の演奏が聞こえてくるこの日は、大陸で最もめでたい日だと言える。

 そんな日に、フェネルは世界一不幸だとでも言いたげな表情でひたすらに嘆息している。

 既に、シルビアが城に連れられてから二日が経過していた。


 「花火、中止になっちゃったっスね」


 雨が、降っていた。

 木製の手すりにじわりと雫が染みていく。

 先ほど、花火は雨天のため中止という勧告が成された。町の出店も撤収作業に取り掛かっている。

 花火を見るための人気スポットであるはずの監視塔には、もはや二人しか立っていない。

 

 建国祭の最後を飾る花火。一度見たことのあるリコリーは、「三人で一緒に見よう」と楽しみにしていた。

 シルビアが抜け、二人になり、ついには花火自体が中止になってしまった。


 「フェネル……」


 リコリーはフェネルの横顔を心配そうに見つめている。

 シルビアが連れられてからの数日、ずっと彼は沈んだままだ。

 何とか食事だけはリコリーに勧められるまま摂っているが、それ以外は何もしない。宿屋のベッドと料理屋を行き来するだけだった。


「俺は、あの時即決すべきだったんだ。どんな犠牲も厭わず、シルビアを守る、と」


 たった数ヶ月の付き合い。それでも、彼の中でシルビアは大切な仲間としての地位を築いていた。

 一緒にいた時間じゃない。本当に重要だったのは、どんなことでも受け入れられる関係性だったのだ。

 たった一人の飲み友達であり、仲間であり、戦友であり。

 

 彼女のかけがえのなさを、失って初めてフェネルは痛感していた。


「過去を悔やんでも仕方が無いっスよ。今は前を向くっス」


 リコリーはフェネルの背中をパン、と叩く。

 同じ失意の中にいるはずの彼女が、自分を励ましている。その事実に、彼は嬉しさを通り越して苛立ちさえ覚えた。


「どうしてお前はそんなに平気なんだ。仲間が一人いなくなったんだぞ?」

「平気なわけがないっス。でも、失敗したならすぐに次を考えないと。冒険者は得てしてそういう生き物っスよ」


 リコリーは笑顔で夜空を見上げた。雲が渦巻き、涙を零す、真っ暗な空を。

 フェネルは、こんな時でも笑顔を忘れないリコリーにただ目を貼り付けていた。


「前を……向くんスよ。いや、今は上を向けといった方がいいっスかね」


 リコリーが人差し指を二度クイクイっと動かす。

 それに動かされるように、フェネルは顔を上げた。


「炎よ、嗚呼、炎よ来たれ。死者をも焦がす灼熱を今此処に呼び起こせ──『地獄ノ業火インフェルノ』!」


 閃光。

 爆裂音。

 遠くに感じる激しい熱。


 ──瞬間、空が晴れた。


 フェネルの見上げていた空から、ひとつ残らず雲が消える。

 代わりに空を埋めるのは水蒸気だが、風に流れて消えるのも時間の問題だろう。


 あとは、王都全体を覆うほどの炎が、少しずつ姿を小さくしていくだけだった。


 開いた口がふさがらなかったフェネルは、そのまま叫んだ。


「はぁぁぁあ⁉」


『魔法拡大』で可能な限り効果範囲を広げた炎魔法。恐らく、拡大する前でも、フェネルが出せる最大火力を優に超える。

 

 のけ反ったフェネルの背中が手すりに当たる。ついでに街を見下ろすと、王都中の人間が空を見上げて口を開けていた。

 

「ちょ、何やってんの、お前!」

「三人で見たかったというのは本当っスけど、一番花火を見てほしかったのはフェネル……あなたなんスよ」


 光る夜空が後光のように彼女を照らす。

 空からの衝撃で銀髪が揺れ動き、その隙間から満面の笑顔が見え隠れしていた。

 頬が少しだけ赤いのは、多分フェネルの見間違いじゃない。


「でも、これは空を晴らすだけの魔法。私はフェネルみたいに繊細じゃないからここから先は任せるっス」

「俺が……花火を?」

「そうっス。ワイバーンと戦ったときに使った魔法っス。前世からの後悔、ここで晴らさずにどうするんスか?」


 前世……。香坂宇京としての最期が、フェネルの脳裏によぎる。

 前世で死んでから20年近くが経とうとしている今でも鮮明に説明できるほどに、あの日のトラウマはフェネルの網膜にこびりついていた。


「幸い、今日はお祭りっス。夜を照らしてくれる花が咲いたって、誰も変に思わないっス」


 独りぼっちの公園で、涙越しに見た花火。そのやり直しをするために、みっとなく足掻いて創り出したオリジナル魔法。

 フェネルの鼓動は、凍てついた霜を溶かすように段々と早くなっていた。


「年一回の花火大会。……隣に居るのは、あなたの望んだ美少女じゃないかもしれないっスけど──」

「──ッ⁉」


 リコリーはその場から駆け出し、フェネルの胸に飛び込んだ。

 華奢で弱弱しいその腕が、それでも力強くフェネルの身体を抱きしめる。

 柔らかな感触が、胸板を中心にフェネルの全身へと伝わっていく。


「……どうして?」

「明確なきっかけはわからないっス。強いて言うなら積み重ねっスかね。シーダストンの酒場で真剣に話を聞いてくれた時。ダンデリオンでヒガンと出くわした時。試験でヘルズガーデンへの復讐の機会を作ってくれた時。……いや、もしかしたら酒場で話す日常さえも。私にとってはどれも愛おしい時間だったっス」


 ほとんど同じ身長のリコリーとフェネルは、当然の如く顔同士が肉薄した。

 互いに息がかかる距離。互いの鼓動を聞いて意識を深める。

 段々と熱くなっていく身体の中と、汗ばむ肌。湿度の高い夜の空気が、一縷の涼しさを運んでくれる。


「フェネル、私はあなたを──」


 一世一代をかけた大勝負。その瀬戸際でフェネルは少女の口を指で止めた。


「それから先は、シルビアを取り返してからにしよう。俺がダメになる前に」

「取り返す……ということは──」


 フェネルはギュッとリコリーを抱きしめ返した後、歩いて反対側の手すりへと移動した。


「今日は、俺の人生において記念すべき日となった!」


 元気よく両腕を開き、手すりの前へと乗り出した。

 フェネルの満足気な顔は、大陸一の街へと降り注ぐ。


「祭りの中止を嘆く皆々様と──今隣に居る大切な仲間とも、この幸せを分かち合いたく思う!」


 リコリーを一瞥。彼女の笑顔にフェネルも釣られて顔が緩んだ。

 

「火花よ散れ。願いを乗せて、天へと昇り咲き誇れ──『満開飛遊星フレア・ブロッサム』!

 今夜限りの大盤振る舞いだ! しかと目に焼き付けてくれよ!」


 フェネルの左手から、数千、数万もの火種が射出される。

 その全てが上空へと一挙に軌道を変える。笛の音を吹きながら、自分の存在を目いっぱいに主張して、ある一点で動きを止めた。


 ──パァン。


 火種が、夜を覆う闇の頂で一斉に炸裂した。光と音の届く時間差を感じさせない物量で。

 大輪、中輪、小輪。遍く花々が天幕を埋め尽くす勢いで咲き乱れる。


「きれい……」


 霞んだ声。

 本能から、脳を通さずに漏れ出した音にもなっていない声。


 リコリーは、暗闇を照らしながら開花する光の彩に、目を奪われていた。

 

「……ありがとう、リコリー。踏ん切りが付いたよ」


 結果として、フェネルは、魔力切れで目が眩むまで打ち上げ続けた。

 現世の花火大会の三倍を超す……計七万発。その全てを打ち終えた後、フェネルはふらっと手すりに体重を預けた。


「待っていろ、シルビア……。必ずお前を救って見せる!」

 

 許容量を遙かに超える魔法に耐えきれず、肌が少しだけ火傷する。

 その痛みを握りこみ、拳として前に突き出した。


「そうっスね。私たち二人で、取り返すっス!」


 拳は温かな手に包まれる。

 王都中の民の歓喜と、一人の少女の想いを胸に、フェネルの意識は遠のいていった。

作者Xアカウント

https://x.com/Nagomu_Kietsu


他サイトでの掲載URL

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/novel/63248309/109064342

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/2912051602276471114/episodes/2912051602276737425


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