勇者になれるはずもなく
時を同じくして、ダンデリオンのギルド酒場とは別の大衆居酒屋。
「どうした。今日はAランク昇格の祝賀会だぞ。もっと飲めよ!」
祝賀会とは名ばかりの、凍り付いた空気が漂う長机。
そこに座して他の仲間に酒を勧めるのは、ヘルズガーデンのリーダー、ヒガンだった。
「Aランク昇格……か。物は言いようだな」
「ランサス、貴様何が言いたい⁉」
「俺たちは一度追い出されたところに帰ってきただけだ。何も進歩しちゃいない」
ヒガンは眉を顰め、ランサスの顔を凝視する。
穏やかじゃない店内の室温を、更に下げるような剣呑な雰囲気だ。
「ランサス……今は仲間が揃った祝いの席だ。昼間の事を根に持っているのかは知らんが、嫌味なことを言うな」
「根に持っているんじゃない。ただ、今の認識のままだとこのパーティはいずれ崩壊する」
「あ? 何が言いたい?」
ヒガンのエールを持つ手が止まった。
鋭い目つきが彼を突き刺している。
リコリーを追い出してからの失敗続きで、誰からの敵意にも敏感になっていたヒガンは、反射的に荒げようとした声をぐっと抑えた。
「今回、俺たちがあの試験を合格できたのは誰のおかげだ?」
「誰のおかげでもない。特定の個人じゃなく、俺たち全員が協力した結果だ」
「……本気で言っているのか?」
「あぁ」
ランサスの視線が、隣や対面に座るシオンやロータスの顔を滑っていく。
誰もこの議論に入ろうともせずに顔を背ける状況を見て、ランサスは鼻から大きく息を漏らした。
「違うな。今回の功労者はクロノただ一人だ。フォレストキャメロンの討伐に俺たちは関わっていない。そんな彼が参加していないこの会には何の意味もない」
「意味ならある。これは、パーティの進歩を祝う場なんだからな」
「俺が言いたいのは、そういう事じゃねぇんだよ!」
ランサスは思わず腰を浮かせて対面に座るヒガンに掴み掛かった。
ヒガンもそれに対応するように立ち上がる。ランサスの腕を払った後、掴まれた首元を叩いていた。
「俺たちは一度、間違えたんだ。仲間の功績は素直に、そして正当に評価すべきだろ?」
ヒガンはあっけらかんとした態度で首を振った。
「たとえ、メンバーひとりだけの功績だとしても、それはパーティ全体の功績だ。俺たちヘルズガーデンは一蓮托生の絆で繋がってきただろ。どうしちまったんだよ、ランサス。昔のお前は、そんなことを言う奴じゃなかっただろ」
「昔から変わってしまったのはお前の方だ。絵本の中の勇者に憧れ、強さと仲間との絆を純粋に望んでいたお前が、どうしてこうなっちまったんだ? 今のお前は勇者でも何でもない」
苦々しい声が、卓上にぼとりと落ちる。
温かく、美味しいはずの料理が、みるみる内にその魅力を失っていく。
最後に運ばれてきたコカトリスのチキンステーキの満腹中枢を刺激する良い香りは完全に消え失せていた。そこにあるのは冷めた鶏肉に、タレがかかっただけの何かだった。
「俺は……今でも勇者だ」
語気こそ強いが、その声には覇気がない。
ヒガンは、今のパーティメンバーの記憶を思い出していた。
何も、彼は始めから勇者として旅を始めたわけじゃない。
同じ村で育ったランサスとパーティを結成し、14歳で村を出た。ひたすらに勇者という存在に焦がれ続け、その座を勝ち取るための努力も惜しまない。
冒険者ランクを上げ、危険な魔物を優先的に討伐し、国へのアピールを欠かさない。パーティに属していない強力な冒険者の名を聞きつければ、すぐに仲間に勧誘した。リコリーやロータスがそうだった。性が合わなかったり、事情が変わったりでメンバーを入れ替えつつBランクまで辿り着いた。国からの勇者の勧誘が届いたのはその頃合いだ。
その座に至るまでに、ヒガンは変わってしまった。
もともとは怪訝な目を向けていた他のパーティの汚いやり口も、いつしか自分たちが行うように……。
大切にしていた絆という言葉もただの利害関係へと認識が崩れ落ちてしまった。
「そうニャ。ランサスや他の誰かが否定したって、ヒガンはシオンにとっての勇者だにゃ」
ヒガンが自分に嫌気がさしたときに出会ったのが、シオンだった。人を実力と利用価値としてしか見られなくなった彼が唯一人柄で選んだ女性。
酒場で出会った、猫の里で育った彼女は、特殊な価値観でヒガンを救ったのである。
気にしなくてもいい。悪いことが起こってもそれは自分のせいじゃない。他の誰かか、その日に吹く風が悪い。いずれ頂点へと至る道のりには、犠牲は付き物。
他責思考のオンパレードだ。
だが、唯々楽になりたかった彼にとっては、その甘言も救いの言葉に変わりなかった。
「シオン! お前は黙ってろ! これは男と男の対話だ!」
「嫌ニャ! ヒガンを馬鹿にされて黙ってられないニャ!」
「皆さん、落ち着いてください。まずは目の前のご飯でも食べて」
ヒガンの目が眩む。
自分たちが正しいと思って進んで来た果てにあるのが、言い合う仲間たちの光景なのか、と。
彼のこめかみがジリジリと痛み始めた、そのときだった。
「──おいおい。祝賀会まで喧嘩とか勘弁してくれよ。美味い酒も不味くなる」
ヒガンの背後、聞き覚えのある声が投げかけられた。
「クロノ、か?」
振り返った先に居たのはフルフェイスマスクの黒装束。先の戦いの功労者だった。
「今のは、『マスクを着けてちゃ酒も飲めんだろ!』ってツッコむところだぜ?」
「何故、ここにいる? お前はいつも通り来ないって言ってたじゃないか」
特別な事情で人前ではマスクを外せないという彼は、いつも飲み会への参加を断っていた。確かに、ご飯を食べることも酒を飲むこともできないのに、酒場で何をするのかとメンバーも得心していた。
着脱出来ないマスクについては誰も深くなじることをしなかった。顔を見せられない理由など、魔法や疫病が行き交うこの世界ではいくらでも考えられる。そのどれもが、深く聞かれなくないことだと皆が勝手に察して、踏み込むことはしなかった。
「そのつもりだったんだがな。ちょいと状況が変わってな」
「なんだ——ンッ⁉︎」
ヒガンの顔の上に一枚の封筒が載せられる。厚みからして一枚の便箋が入った封筒だ。
「これはまさか……」
羊皮紙製の封筒に王家の紋章が描かれた封蝋。その全てに、ヒガンは見覚えがあった。
勇者として認められたと実感したあの日に届いた手紙と全く同じなのだ。
ヒガンは急いで、それでいて慎重に、封蝋を切って中に入った便箋を取り出した。
「そのまさか、だぜ。失敗続きで、リギュラティア高原の遠征からハブられたヘルズガーデンにも、一発逆転のチャンスが来たってわけだ」
クロノの言う通り、リコリーを追い出してからのヘルズガーデンは凋落の一途を辿っていた。魔物の討伐依頼すら碌に熟せなくなった彼らは、北の都では非常に肩身の狭い思いをさせられてきた。他のパーティが功績を上げる中、ヘルズガーデンだけが失墜していったのだ。
そんな中で、シオンの勧誘によってこのパーティに参加したのがクロノという存在だった。
彼は、戦闘面においては申し分ない活躍をしてきた。冒険者技量確認試験でも彼の尽力があって、Aランクの地位を取り戻す事ができた。
果てには、王家からの勅命も受ける事が出来た。
ヒガンからすれば、まさしく彼は幸運の女神に等しかった。
実際には、フルフェイスの不審者男なのだが……。
「色々と苦戦続きの俺らだったが、お前を仲間に迎え入れたことだけは正解と言わざるを得ないな」
「おう、そう言ってくれることは嬉しいぜ。まぁ、俺の雇用主と被雇用者だっつう認識は変わらんがな」
「それでもいい。勇者パーティとしての絶対的な地位を確立する為に協力ができるなら、どんな関係性でも構わないさ」
口籠るランサスを横目に、ヒガンはクロノの手を取った。
王家からの勅命は都長令とは、全くの別物だ。責任は重いが、それだけ得られる報酬や名声も段違い。ここで成功を収めればヘルズガーデンの名を大陸中に広められる。
今のヒガンには、 成功した後の自分たちの姿しか見えていなかった。
形の歪な石を積み上げられていても、崩れずに積み上がればそれは一つの塔になる。ヘルズガーデンという一つの塔は、天空ではない何処かへと心柱を伸ばしていた。
誰か……感想か評価をください。モチベーションがなくなりそうです、はい。




