そうやって始まったんだよ
「──ってところだな……って二人とも、その顔は何なんだよ」
リコリーは目を細めて瞼を震わせ、シルビアは首を傾げたきょとん顔だった。
話の重たさからすれば、もっと酒の量を増やしてもおかしくなかったが、話し終える前後で卓上のジョッキの中身は殆ど変わっていない。
話をしているフェネルは勿論、食い入るように聞いていた二人にも、酒を飲む余裕はなかったのだ。
「だ、だってぇ……フェネルがあまりにも不憫でぇ……」
「別に俺は同情してほしくて話したわけじゃないんだけどな」
「でも、でもぉ……」
「泣くなよ、俺の方も悲しくなってくるだろうが」
リコリーは堪える様子もなく涙を流していた。
まるで、自分が経験したかのように泣くリコリーを見て、フェネルは苦笑する。でも、それは呆れたが故の反応ではない。
嬉しかったのだ。自分にこれほど寄り添ってくれる仲間が居るということが。
話し始めたときには、フェネルは不安を拭いきれていなかった。
目の奥に涙を溜めていたことは他の二人には内緒にするようだ。
「スマホ、神社、部活動……。知らない言葉だらけですが、きっと全て事実なのでしょうね」
「シルビアも信じてくれるのか?」
「えぇ……酒の席では嘘は吐かないのが酒飲みの鉄則。私たちの出会いを考えれば特に、ですわよ」
「そうだったな。俺たちの旅はそうやって始まったんだよな」
フェネルは、二人との出会いを思い返していた。
シーダストンの酒場で出会った三人は、それぞれの身の上話をしたことで急速に仲を縮めた。
他の人にとっては楽しく、軽いだけの酒の席。
だが、殊この三人においてはそれ以上の意味を持っていたのだ。
「でもまさか、フェネルのあの突拍子もない夢に、これほど深い意味があるとは思いませんでしたわ」
「確かに、あの荒唐無稽な夢に前世のトラウマを拭うための夢なんて……泣けるっス」
「おいおい、言いたい放題だな……人の夢に対して」
あはは……と美しい銀髪をいじいじと触るリコリーにフェネルは溜息を吐いた。既に目の渇きは戻っており、リコリーの感情の起伏の凄さが伺えた。
そして、逃げた幸せを取り戻すようにエールを口に注ぎ込む。出て行った空気を酒で補わんとする飲みっぷりだ。
「前世の不幸を揉み消すために、今世を使う……自分で言ってみても、みっともない夢かもな」
「みっともないとは思いませんが……。フェネルが本当に望んでいるのは美少女との結婚ですの?」
「そうだよ。それ以上の幸せなんてないだろうし、あったとしても思い浮かばないし」
シルビアはふーん、と鼻息交じりの声を漏らして、ジョッキを持つ。美しい金髪を耳に掛けながら、飲み物を迎えに行くその仕草は、何度見ても絵画のような美しさを放っている。もっとも、その飲み物がエールなんていう庶民的な飲み物で無ければの話だが。
フェネルがシルビアを訝しむ目線を送っていると、リコリーが「そういえば」と手を叩いた。
「フェネルの話も聞けたところで、次の話をするっス!」
「次の話、ですの?」
「私たちは冒技試を合格して、目標通り……いや、目標以上のAランクになれたっス。目的を果たした今、ダンデリオンの次に向かう場所はどこなんスか?」
リコリーがジョッキをフェネルに差し出すと、シルビアもそれに乗っかって同じようにする。
突然マイクを向けられたバラエティ番組の素人のように、フェネルは一瞬肩をすくめた。しかし、直ぐに我をこのパーティのリーダーだと思い返して口を開いた。
「キャピタリス……王都キャピタリスだ」
言葉の合間で、フェネルはシルビアの顔を見つめていた。
ダンデリオンに到着した際、そこがヘルズガーデンの本拠地だったということをフェネルはすっかり忘れていた。結果として、彼らと因縁のあるリコリーを一瞬だけでも傷つけてしまう失態を犯したのだ。
それを踏まえて、次の目的地はキャピタリス。シルビアが王太子殿下に振られ、家を追い出された悲劇の温床だ。
出来る勇者は同じ失敗は繰り返さない。今度は彼女に気遣うことを忘れずに、前もって許可を取ろう。
転生前から変わらない無神経さを抑えるには、やはり対症療法が効果的だった。
「……その心は?」
「勇者パーティの登録は、王都でしかできないからな」
「「え?」」
奇しくも、女子二人の声が重なる。信じられるようなものを見るように目を点にしていた。
そんな様子の二人を見てフェネルはクスッと笑みを浮かべた。
「そうだな。ちゃんと改めて言わなきゃだよな」
フェネルは立ち上がって、頭を下げた。
「本当の意味で、俺と勇者パーティになってくれ!」
正式に勇者パーティになるということは、実際に国からの依頼を受け、報酬を受け取ることになる。これまでとは比にならないほどの責任と危険に身を落とすことになる。フェネルとリコリーにとっては百も承知の事実だが、シルビアにとっては未知の領域だ。だから、彼は重ね重ね彼女に、勇者の任務の危険性と具体的な内容を説いて来たのだ。
自信満々な笑みを浮かべたフェネルは、二人へ向かって手を差し出した。その手は微かに震えている。
全てを曝け出した彼らも、表現を変えれば仕事と成り行きの関係だ。断られることだって十分にあり得る。せめて、自分の不安は伝わらないように。そんな努力が垣間見える振動だった。
「これから、始まるんスね」
声色を変えたリコリーの真剣な眼差しがシルビアを見る。
卓上に重なった二人の手の前に、最後の選択を託されたのは彼女だった。
貴族への、残されてもいなかったような退路を断つ勇気。
魔物討伐の勅命を引き受ける危険に身を投じる勇気。
そして──因縁の地にて元婚約者との関係に改めて引導を渡す勇気。
一人の貴族令嬢は、まさしく『勇者』へと姿を変え、伸ばされた美しい手が二人の手へと合流した。
ダンデリオンの最終日。
勇者パーティの肩書きを目指す、首都への旅が始まった。
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