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19/19

空に消えてった 打ち上げ花火

 数日が経ち、待ちに待った週末がやってきた。


 忙しい彼女は、平日に彼と遊ぶ暇などなかった。

 部活のある放課後は勿論、朝練のある彼女は登校時間も違う。強豪校の部活動は帰宅部の彼には想像できないほどに厳しいものだった。

 そして、友達の多い彼女とは一緒にご飯を食べることすら赦されない。

 「部活が終わるまで待ってるから一緒に帰ろう」という誘いも、「悪いから」という一点張りで断られてしまった。

 

 別に、それで良かった。……良いはずだった。


 今までなら何も感じることなく覚えていた一人の通学路も、恋人ができた今となっては少しだけ物寂しさを覚えるものだ。

 それに加え、何よりも彼に辛さを植え付けていたのは、彼女からのひとつの願いだった。


「──学校の皆には、付き合ってること、内緒にしておいてくれない?」


 彼女は「恥ずかしいから」という取ってつけたような理由を添えていたが、フェネルは嘘だと確信していた。

 クラスで一番人気の彼女が、何も持たない自分との差を憂いた故の約束だということは簡単に読み取れた。もしかしたら、他の男からの嫉妬から、自分が変なことに巻き込まれるのを心配して、という裏の意味もあるのかもしれないが、その願いが少年を追い込んでいたのは事実だった。


 登下校で話せない。学校でも話せない。放課後も一緒に帰れず、同じ時間を過ごせない。更に、付き合っている事実すら周りには隠さなければならないと言う。

 これでは付き合う前と何が違うのか、と考えてしまうのは無理もなかった。

 

 そんな彼の心の窪みを埋め、交流を首の皮一枚で繋げていたのは、偏にメッセージアプリのやり取りだった。

 

 授業中の話や友達の話。ペットのチワワの話や、その日に見た動画の話。

 どれも他愛のない話だが、クラスで一番の女子と学校以外で対話できる小さな優越感と、そもそも女子とそういうことを話したことの無い彼にとっての新鮮な高揚感が、みるみる内に彼の心を満たしていった。


 そのやり取りの中で、特段彼の心を動かしたワードがあった。

 そのワードとは、「迎夏祭」──学校近くの神社で行われる夏祭りのことで、その開催日は付き合って初めての休日とのこと。神社の付近を流れる河川敷には花火も上がるという中々に本格的な催しだ。

 渡りに船のそのイベントに、行こうと誘ったのは、彼女の方からだった。

 

「楽しみにしてる」


 メッセージアプリにそう残して、家を出た宇京は浴衣をまとい、下駄を履く、いかにも過ぎる格好だった。それぞれ押入れの奥から引っ張り出したものだが、それほど古くなってもいない。中学生の頃に着てサイズがピッタリだったものが今でも問題なく着れることには多少思う部分があったが、逆にそれが功を奏したのだ。

 

 やる気満々の浴衣姿と約束の一時間前に着いた自分の胸の踊り方に自戒しつつ、約束の場所で待つ。

 神社の近く、坂の上の公園のベンチ。

 そこに座って、スマホを触っているとバッテリー表示が赤色になっているのに気付いた。


「残り8%……まずいな」


 彼女との文通を楽しむあまり、充電をし忘れていた宇京は自分の愚かさに後悔していた。

 画面を暗くして直ぐにポケットにしまう。周囲を見渡すと、ぐーという鈍い音が聞こえた。宇京は自分の腹に手を当てて赤面した。


「そう言えば、昼から何も食べてなかったっけ」


 祭り囃子が遠くに聞こえるほどの距離なので、出店の匂いもここにまで届いていた。


「……仕方ない。まだ待ち合わせまで時間があるし、先に様子見でもしに行くか」


 焼きそばか、タコ焼きか、漂うソースの香りに釣られるように、彼は神社へと足を踏み出した。


 ──


「ちょっと買いすぎたかな?」


 焼きそばを一パックと、りんご飴を二つ。彼女の分も意識して買い足した。今までの彼からすればあり得ない選択だった。

 神社で一つ食べた上で女子の分に焼きそば一つ分を買うというそのズレた認識でも、彼の気遣いの許容量を優に超えている。言い換えれば彼の進歩だとも読み取れる行動だった。


「時間は……と」

 

 スマホの画面を見る。18時15分、約束の時間の15分前になっていた。神社で同級生に絡まれたことで思ったよりも時間を食ってしまったのだ。

 そろそろか、と刻一刻と近づくその時を意識するだけで鼓動が早くなっていった。


「まだかな」


 10分……15……20分。待ち合わせの時間になっても彼女は現れない。

 彼女とのトーク画面を見つめるも、家に出る前に贈ったメッセージの既読すら付かない。

 

「でも、まだ時間を過ぎたばかりだしな。もう少し待つとするか」


 18時55分。焼きそばからの湯気が消え、段々と熱気を失っていく頃合い。

 一緒に食べようと思っていた二本のりんご飴を見つめる宇京の手も震え始めていた。

 電話を掛けようとも通話には出ず。三度目の発信を境に満身創痍だったスマホの充電がついに途切れた。


 連絡手段も無くなった今、甚大な不安と深刻な寂寥感が彼を襲い始めていた。


「花火は19時から……もうすぐ始まるっていうのに」

 

 この公園は、人に知られずに花火を見られる場所だと、彼女が提案した場所だ

 

 そんな折、公園に高い声が届いた。彼女の声かもと、宇京は一瞬だけ期待して顔を上げるが、すぐに首を振ることになった。

 

「もう。もうちょいで始まっちゃうよ、テッチャン」

「ワリィって。まさか夏祭りの日に寝坊するたぁな」


 若い男女の声。その陽気で軽やかな声色だけで、自分とは違う学生生活を送るカップルの会話だと宇京は感じ取った。

 公園の横を通り過ぎる人影と二人分の足音。神社へと続く坂道

 

「……というか、さっきから何スマホばっか見てんだよ。折角浴衣着てんのに、趣が台無しだぜ」


 チャラ男でも、そういうことを気にするのか。

 と、宇京が偏見交じりの疑問を浮かべていたそのときだった。


「いやさ~、仲良いグループのチャットでちょっと面白いやり取りをしててね」

「面白れぇやり取り? そりゃなんだ」


 男の声が一段階高くなった。


「──夏のウソコク祭り、だってさ」

「ウソコク祭り? なんだそりゃ」


 宇京も聞きたかった質問を一言一句違わずに男が代弁する。


「嘘の告白、で嘘コク」


 宇京の心臓が一瞬だけ止まった。

 

「あぁ……聞いた事あるわ。でも、嘘コクって、女が罰ゲームで陰キャに告白する、みたいなヤツじゃなかったか?」

「今はね……ちょっとだけその上に行ってるんだよね」


 女の声も、一段階高くなる。


「どれだけ、噓コクで男を釣れるのかってマウンティングに使うんだってさ」


 まさか……。

 宇京の額に冷や汗が伝う。彼は開き切った瞳孔で、鉄の板となったスマホの黒い画面を見つめていた。


「へぇ。中々面白れぇイベントじゃん。誰がやってんの?」

「あ~。ちょっと勝手にスマホ覗かないでよ」


 宇京の耳が段々と遠くなる。

 仄暗い、嫌な気持ちが彼の心に渦を巻いていた。


「でも、流石に趣味が悪いって思っちゃうかも。巻き込まれた男子は可哀そうだし」

「いやいや、そういうのは騙される方が悪いんだよ。それに、そういうのに引っ掛かるってことは女に飢えてるやつなんだろ? 嘘でも高レベルの女と付き合える夢を見られるんだ。Win-Winって奴だな」

「ひっどーい」


 嘲笑が混ざったその貶しの言葉は、簡単に夜空へと攫われる。

 男の考えを本気で否定しようともしないその言葉を最後に、宇京は自分の耳を閉ざした。


「そんなワケない……。あんな良い娘が」


 口ではそう呟いたものの、宇京の邪推は止まらない。

 学校で、付き合っていることを隠すのも、放課後に一緒に下校するのを拒んだのも、全てあの告白が嘘だったからじゃないのか。

 メッセージでのやり取りだけを続けていたのは、友達に見せられる記録を残すため……。

 

「いや、止めよう。俺は彼女の彼氏なんだ。他の誰でもない俺だけは彼女の事を信じるべきだ」


 今日ここにいないのだって、やむを得ない理由があってのことだ。優しい彼女なら、遅れてでも、連絡が付かなくとも、必ずここに現れるはずだ。

 自分に言い聞かせていたその拍子、足元にりんご飴が落ちてしまった。持ち手を握っていた右手の力が緩んだのだ。


「拾わないと──」


 プラスチックの袋によってなんとか砂から身を守ったりんご飴に手を伸ばした。

 刹那──


『──ドォン!』


 けたたましい音と共に、光の花弁が夜空に咲いた。

 りんご飴に向けられていた彼の視線は、遙か上空の熱源へと向けられていた。


「……始まった、か」


 その一発を皮切りに、次から次へと火種が放たれる。

 花火玉に付けられた笛の音が星空に響き渡り、ドンという爆発音が星空にこだまする。


「あぁ……」


 拾おうとしたりんご飴が、再度手元から放れてしまう。

 宇京の目には涙が滲んでいた。


 一度始まってしまえば、花火は絶え間なく、その火花を散らし続ける。

 花型に始まり、冠型を経て千輪菊まで。様々な形と、絶妙な抑揚で以て祭りの夜を彩り続ける。

 見る者全てを魅了せんとするその姿は、宇京の心も例外なく動かしていた。


 無論、他の観客のそれとは全く違うメカニズムで。

 

「一緒に見たかったなぁ」


 寂しさに震える彼に追い打ちをかけるようなハート形。

 刹那、彼の眼から涙が零れた。

 

 愛情を象徴する世界共通のシンボルは、愛に嘆く彼の心の堰を切ったのだ。

 

「……ダメだ、こんなところで男が泣いちゃ」

 

 不思議なもので、涙というものは堪えれば堪えるほどに、流れてしまうものだ。

 涙でぼやけた彼の視界では、もはや花火の形を捉えることすらままならない。

 矢継ぎ早に弾ける連弾は、その音だけで迎夏祭のクライマックスを報せていた。


「……終わったか」


 最後の一発が打ちあがり、再び夜空は静けさを取り戻す。

 花火大会が終わりを告げると同時に、彼の邪推は確信へと変化していた。

 

 体調不良で来れなかっただけ。

 家の用事で来られなかった。

 約束した場所を間違えた。

 

 ──そんな彼女のイメージを守ろうとする希望的観測は、彼の身体の中で既に燃え尽き、灰となって消えてしまった。

 

「俺みたいなチビが、相手にされるわけないよな……」


 茫然自失。

 飴の艶が鈍ったりんご飴と冷えきった焼きそばを椅子に置いたまま、公園を立ち去る。

 坂の下、祭りから帰宅する群衆を遠目に見ながら帰路に就いた。


 家の近くの交差点で足を止める。泣き晴れた目でなんとか信号の切り替わりを見て、歩き出した。


『プーッ!』


 ──高く、大きいクラクションの音。

 ──目の前に広がる真っ白な光。

 ──その奥に見えるトラックの影。


 宇京は声を出す間もなく、撥ね飛ばされた。

 

 腹痛、背部痛、胸痛、骨盤通、全身の関節痛。鈍痛、灼熱痛、激痛、激痛、激痛。


 言い表すことの出来ないあらゆる痛みが宇京を襲う。

 身体がバウンドして地面や壁に叩きつけられていることだけは、かろうじて理解できた。


 激しい頭痛が意識を奪っていく。

 そんな今際の際ですら、彼を真に苦しめるのは心の中の傷だった。


「……告白なんてされなければ、本気になることも無かったのに」


 走馬灯が、彼に現世の終わりを実感させる。


 もし、来世があるならば──


「──願うは、美少女との結婚を」


 現世一の後悔を来世に託し、香坂宇京の人生は幕を閉じた。

 

 その後、彼は女神との邂逅を果たし、『並行思考』という転生特典を携え、異世界へと転生することとなる。



作者Xアカウント

https://x.com/Nagomu_Kietsu


他サイトでの掲載URL

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/novel/63248309/109064342

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/2912051602276471114/episodes/2912051602276737425


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