きっと素直に打ち明けられるだろう
「Aランク昇格を祝して──」
ダンデリオンのギルド併設の酒場。そこは、シーダストンのような田舎町より広い敷地を持つため、それだけに客の人数も多い。
冒険者の憩いの場となるその場所は、他店と比べて治安が悪い。だが、その荒っぽさにもその利点が存在する。
全員が周りを気にせずに飲んでいるので、声量や態度に配慮することなく、会話ができるのだ。
「「「──かんぱーい!」」」
木製ジョッキ三つが円卓の真ん中で衝突する。中身の麦酒が零れんばかりの勢いだ。
そう、今日はフェネル達のAランク昇格を記念した祝賀会だ。
ギルドに張り出された結果通知を見た彼らは誰ともなく、酒場へと足を運んだのだ。
「にしても、良かったな。リコリーが筆記試験で落ちてなくて」
「えッ⁉ まさか、結果を見るまでの不安顔はそれが理由だったんスか?」
「他に何があるんだよ。キャメロンを倒して素材を回収して、それを持って試験官に手渡した。実技試験の方に何も問題はなかっただろ?」
「それはそうっスけど……。初めて受けるシルビアよりも心配されてたというのが心外っス」
ジョッキを持ちながらぶーたれるリコリーに、残る二人は微笑んだ。
「そう言えば、ヘルズガーデンの奴らはどうなったんだろうな?」
「合格してたみたいっスよ。さっきの張り出しに名前があったっス」
「流石に通ったか。まぁ、クロノって奴が言ってたことは嘘じゃなかったみたいだしな」
ヘルズガーデンの全員を眠らせたフェネル達は、そのまま倒した二体の舌を持ってキャメロン二頭の討伐報告を行った。
その道すがら、もう一頭のキャメロンを発見したのだ。
額と後頭部に一発ずつ。的確かつ真逆の位置からの狙撃だ。偶然ではない離れ技だとフェネルの直感は告げていた。
「……にしても、良かったのか? 眠らせるだけで済ませて。折角、一矢報いる機会だったし、もっと痛めつけても良かったんじゃないか?」
その発言は、勇者の口から出たとはとても思えない。
「私も言ってしまえば、パーティから追い出されただけっスからねぇ。その時の待遇に差はあれど、ありふれた出来事の一つっスよ。あれ以上のやり返しは過剰っス」
「そういうものですのね」
「こういう考えになれたのも、このパーティに入って心の余裕が出来たからかもしれないっスね」
「心の余裕……ですか」
シルビアの声は、どこか不安を感じさせる声だった。
「それに、正直あれでも結構なお灸を据えられたと思ってるんスよ? 魔物が跋扈する森の中で無防備に眠るってのは、身体が無事であってもゾッとするもんっス。私としては、フェネルが全員に付与魔法をかけていた方が意外だったっス」
「死なれちゃ目覚めが悪いし、試験の合格がパーになるのもあり得る。保険って奴だな」
そんな会話がされる中、シルビアは胸に手を当てて考えていた。
カレンデュラスに婚約破棄を言い渡されたとき、彼とアマリスに強い憎悪を抱いていた。「必ず後悔させてやる」と宣言もした。
だが、今はどうだろうか。こうして楽しい時間を過ごせた今、相手に痛い目を見せるということは必要なのだろうか。
「──いえ、やっぱり無理ですわね」
やはり、赦すことはできない。
自分が産まれてからずっと、必要に迫られて負ってきた不幸は数えきれない。
それもこれも、家や婚約者、そして国の為だと思って行ってきたことなのだ。
しかし、婚約を破棄され、勘当され。全てを失った今、過去の不幸は全て無意味となったのだ。
苦痛に対する意味を無くした父や王太子を赦せる所以など存在しなかった。
「いきなり無理だなんて、どうしたんスか?」
「あぁ……いや。ただ、相手を小さな罰だけで赦せたリコリーは凄いなと尊敬していたんですわよ。私には出来そうもありません」
そうして俯くシルビアを見て、フェネルとリコリーは目を交わして頷いた。
「シルビアと私は状況が違うんスよ。私は旅に出てからの数年間と、生まれてからの殆どでは、棄てられたものとしての重みが違うっス」
「そうだぜ。もし機会があれば一発入れてやろう。そのくらい思ってた方が気は楽だぜ?」
二人の励ましに、シルビアは少しだけ顔を上げた。
「フェネル、リコリー……うん、そうですわよね」
「相手が相手だけに言葉にするのは憚られるかもしれないが、思う分には自由だからな」
シルビアは、フェネルの顔をじっと見つめた。そして、「フェネルは……」と思いつめた声色で切り出した。
「もし、私と共に殿下の前に立てる機会が出来たとして、そのとき、貴方は私の味方でいてくれますの?」
「え……。いや、そりゃあうん。勿論そうだ。なぁ、リコリーだってそうだろ?」
フェネルは言葉に詰まりながら答え、リコリーに振る。
リコリーもそうっスよなどと、軽く返している。
でも、シルビアには分かっていた。それはよく考えずに出した答えだということを。
嘘を疑っているわけじゃない。ただ、自分の復讐めいた考えの行く末を考えて嫌になったのだ。
王太子と対峙したときに、黙って動かない彼らが居るという事実が。
それとは逆に、王太子を殴って彼らが咎められるのが。
そして、そんなことを考えてしまう、どうしようもなく女の子である自分の心が。
これ以上話せば、自分の弱さまで零れてしまう、そんな気までしていた。
「ごめんなさい、お酒の席でこういった話はご法度ですわよね」
「いや、別にそんなことは無いが……」
シルビアは「それよりも」と言葉を挟み込んだ。
「今日はフェネル、貴方の為の席でもありますのよ?」
フェネルの言葉を遮り、シルビアは無理矢理話題を切り替える。
いつものフェネルであれば違和感を覚えるところだが、その話題が話題なだけに、どうにも気を回すことが出来なかった。
「俺の話……か。そうか、いよいよかぁ」
フェネルは落ち着かない様子で、ジョッキの腹をさわさわと撫でている。その摩擦熱に彼の動揺が感じられるようだ。
「別に、今すぐに話さなくてもいいんスよ?」
リコリーが気遣うように声をかけるが、フェネルは首を横に振る。
今日と決めた以上は、今日行う。
この辺りのメンタリティは、彼が勇者になるまでの特訓期間で身に着けたものだった。
「それじゃあ、話すとしようか」
フェネルはわざとらしく咳払いをして、エールを飲み干す。
シルビアとリコリーは既に身を乗り出して、聞く準備を整えていた。
「──実は俺、異世界からの転生者なんだって言ったら、お前らは信じてくれるのか?」
固唾を飲む二人の前で始まるのは、一人の少年のお話。美少女との結婚を夢見た末に、その美少女に騙され命を落とした、哀れな男の悲劇譚である。
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