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目と目が逢う

「ニャ―ッ⁉」


 カメレオンの舌に身体を揺らされながら、シオンは涙を流していた。

 

 彼女は、フォレストキャメロンを探していた。だが、道中に咲いていた珍しい花に目を奪われた結果、クロノとはぐれてしまったのだ。

 ヒガンかクロノと合流するために森を歩いていたところ、逃げ惑うフォレストキャメロンと遭遇。

 好機と見たシオンはお気に入りのナイフで立ち向かおうとするも、キャメロンの皮を貫通することは出来なかった。無力な彼女は獲物と判断され、そのままキャメロンの次の寝床へと運ばれている最中だったのだ。


「紫電よ奔れ。血肉を伝い、その身体を縫い止めろ──『雷縛パラライズ』」


 ──魔法の詠唱?

 その疑問を最後に、シオンの全身の筋肉が強張った。やがて、ピリピリとした神経痛が彼女を襲った。


「ニャニャニャニャ、ニャーッ⁉」

「すまんが、ちょっとだけ辛抱してくれ。手っ取り早く動きを止めるにはこれしかなかったんだ」


 聞き覚えのある声……そうだ、奴だ。実技試験が始まる前に、ヘルズガーデンに難癖を付けてきた、あのチビ男だ。


「お、前、何、する、ニャッ⁉」


 電気刺激で喉が震え、思ったように話せない。

 困惑しているシオンを置き去りに、次の衝撃が彼女を襲った。


「マートル流拳闘術第三奥義──『聖冠撃』!」


 声を出す余裕すらなかった。身体が、揺れる。

 腹部を括っていた、嫌な束縛感から解放されると同時に、ふわっとした浮遊感に身を包まれる。


「落ちるニャーッ!」


 次の瞬間、身体が急速に落下を始める。

 空、葉、木、地面。次々と目が捉える物を変えていく。

 近づく地面への恐怖に目を瞑った。


「──ナイスキャッチ、てところだな」


 三度目の衝撃。けれども、痛みはなかった。

 柔らかく、それでいてゴツゴツとした、熟成前の果実のような感触の腕が背中を受け止める。

 目を開くと、そこに見えたのはやはり、予想していた男の顔だった。


「は、放すニャーッ!」

「わかったから、暴れるのは止めてくれ」


 足元から地面に下ろされる。ぞんざいに扱わないその優しさにシオンは逆に腹が立った。

 が、目の前にあったものを見るや否や、その気持ちは消え失せた。


「これ、お前らがやったのニャ?」


 フォレストキャメロンが目を回して倒れている。しかも、その頭部は多きく凹んでいた。中の骨まで砕けていそうだ。

 状況から見るに、目の前の男と、その隣に立つドレスの女がやったことに間違いなさそうだった。


「どうして助けたニャ? リコリーの仲間のお前らからすればシオンは敵のはずだニャ」

「まぁ、良く思っていないのは事実だよな。実際、リコリーは一生治らないような心の傷を植え付けられたんだし」

「でも、敵でもありませんわよね。同じ冒険者で、同じ勇者パーティなわけですし」


 このチビたちが勇者パーティ? とシオンは疑いたくもなったが、今は流すことにした。


「れ、礼は言わないニャ。お前達が来なくても、いずれヒガン達が助けに来てくれたニャ」

「別にいいよ。俺も、俺の不始末を片付けに来ただし……って、本当にお前の言う通りみたいだな」


 シオンがフェネルの目線を追うと、そこには急いでこちらに近づく人影があった。

 注視すると、それはヒガンの影であることがすぐにわかった。


「シオン! 大丈夫かッ⁉」


 シオンを見つけた途端、ヒガンの速度は更に上がる。

 彼は近くにいたフェネルを押しのけ、シオンの前に立った。


「シオン⁉ 大丈夫か? ケガはないか?」

「うん、酷い怪我は無さそうだニャ」

 

 ヒガンは、シオンの身体中を眺めまわし、大きな怪我が無いことを確認すると、フェネルを睨みつけた。


「おい! お前らのせいでシオンが危うくあのトカゲ野郎に喰われるところだっただろうがッ!」


 フェネルは反論しようと一歩前に踏み出そうとするが、すんでの所で思いとどまった。

 今回ばかりはヒガン達の言い分にも一理あると考えたのだ。

 温厚なフォレストキャメロンを動揺させたのは、間違いなく、そういう作戦を立てた自分の責任……漏れ出そうな感情をぐっと拳に握り締める。

 

 その震える手を見たシルビアは、二人の間に割って入ることにした。

 

「これは、Aランクへの昇格試験なのですわよね?」

「なんだよ、今更」


 ヒガンの鋭い目がシルビアに向けられるが、彼女は退くことを知らない。


「だとすれば、こういったハプニングを含めて一つの試験なのではなくて? クエスト中に魔物が狂暴化したり、仲間を連れ去ってしまったり。試験でなくとも──と言いますか、試験を終えた後の方がそういう場面に出くわすことは多いのではありませんの?」


 ヒガンの不機嫌そうな顔を無視してシルビアは続ける。


「貴方はその度に人のせいにするんですの? そうして出来上がるのが『失敗のない完璧な勇者』だとして、その地位に意味はありますの?」

「うるせぇ! 黙って聞いてりゃなんだ! 人のせいもどうも、今回の一件はどう考えたってお前らのせいだろうがッ!」

「自分たちの非力や過ちを悔やもうともしない……話になりませんわね」

「何をッ⁉」


 ヒガンがシルビアに掴み掛かろうとするが、それをシオンが止めて、首を横に振った。

 

「止めるニャ。試験中の今別のパーティに攻撃したとなれば、試験の合格は無くなるニャ」


 ヒガンは唇を噛みしめ、シオンの言葉に頷いた。

 そして、フッと笑みを零した。

 

「まぁいいさ。この死体の舌を切り取って試験官に報告すれば、それで試験は終わる。お前らと出会うのもこれで最後だ」

「それは見過ごせないな」

 

 シルビアの横へ並ぶように、今度はフェネルが一歩踏み出した。


「そのフォレストキャメロンは俺たちが殺したものだ。お前たちの成果じゃない」

「なんだよ、真面目ぶって。お前だって、冒険者や勇者をやって来たならわかるだろ? 成果の奪い合いや相手を陥れることくらい」


 ヒガンの粘っこい笑顔が、フェネルの目にこびりついた。


「そうだ、そこの女が言う通り、これはAランクへの昇格試験だ。そういった汚い手を使ってでも上がれる奴がその座に付けるんだよ!」


 正直に言えば、今のフェネルたちにとって、成果を横取りされることはそこまで苦ではない。

 先ほど、キャメロンを倒している以上、それを報告すれば無事に試験は通過できるからだ。

 それでも、フェネルはヒガンがしようとすることを看過できなかった。


 この行動には、三つの理由があった。


 一つ目は、この試験の公平を期すためだ。

 長年行われてきた伝統的なこの試験に泥を塗るわけにはいかない。

 二つ目は、後に試験の合格が取り消される可能性を未然に防ぐためだ。

 万一、ヘルズガーデンの不正がバレれば、それを幇助した俺たちにも疑いの目が掛かる。そうなれば、合格が取り消されるなんてこともあり得るかもしれない。

 そして三つ目は──


「ダメだな、うん。そういう考えはダメだよ、やっぱり。特に俺たちみたいな勇者なら尚更だ」


 ──不正してランクを上げようとする目の前の男の考えが、個人的に気に入らなかったからだ。


「いくらお前に止められたところで、先に素材を回収した者勝ちだ!」

「……もし俺たちが邪魔をすれば?」

「それなら、試験妨害だ。正当な理由でお前たちとやり合える」

「やり合うのか? 俺はそうしたくはないが」


 ヒガンの口角がもう一段階上がる。周囲をチラリと見やった後に、フェネルに向き直った。


「そうか、俺たちと戦うのは怖いよなぁ? 何せ、多対一に優れたリコリーもいないんだからな!」


 その言葉にシオンも耳を動かす。

 面倒ごとを避ける考えの彼女だが、ふと、考えを切り替える。

 もし、ここでキャメロンを逃せばもう奴を探すところから始めなければならない。それならば、目の前の二人を倒した後に口止めする方が楽なのではないか、と。


「それに対して、ヘルズガーデンは今ここに向かっている。ヘルズガーデンが全員揃えばお前らなんて虫けら同然だ!」

「……そうニャ。やってやるニャ」


 フェネルは、ヒガンが来た方向を確認する。

 確かに、こちらに向かって走る二人の影が見えた。

 うーん、と頭を傾げた後、フェネルは一歩下がって問いかけた。

 

「あれ。そういえば、もう一人はどうしたんだ?」


 ヒガンはシオンの方を向くと、彼女は下手な口笛を吹きながら顔を逸らした。


 この間に、フェネルは少しずつ身体を下げてシルビアに何やら合図を送っている。


「おい。クロノとは一緒だったんじゃなかったのか? 何故ここにいない?」

「いやぁ、それは、アイツが見捨てたのニャ! キャメロンに掴まったシオンを無視して逃げ出したのニャ!」

「それは、本当かしら? では、あの木の上に見えるのは誰なのでしょう?」


 シルビアが指を指すと、その先にいた人物は少し肩をすくませた。

 それは、全身を黒に包んだヘルズガーデンの新メンバー、クロノだった。

 彼は何やら武器のようなものをこちらに向けていたが、直ぐに取り下げる。その後、さっと木から降りて着地した。


「まさか、身を隠した俺を見つけるとは。相当目が良いようだ」

「えぇ。特に一目を気にして生きて来ましたので」

「フッ、あくまでその体にするか。まぁいい、乗ってやる」

 

 フルフェイスで視線が見えない彼は、シルビア出ない誰かを見ているようだった。


「おい、クロノ! あんなところで何をしていた!」


 と、詰め寄るのはヒガンだ。


「観察を。もし敵対したときに、俺の隠密は役立つ。まぁ、それも見抜かれていたようじゃ、意味はなかったか」

「違う、俺が聞きたいのはそういうことじゃない! 何故シオンを見捨てたお前がここに戻ってこれたのかって話だ!」


 ヒガンが捲し立てるのを、クロノはどうどう、と抑える。

 

「見捨てたって、そりゃないぜ。いつの間にか姿を消してたのはそこの小娘の方だ」

「シオンはお前が見捨てたって言ってたんだよ!」

「ソイツが嘘を吐いてるって可能性は?」

「あり得ないな」

「おい、まじかよ。やべーな。盲信ってこういうことを言うんだな」


 クロノは肩を揺らす。表情も見えないのに、笑顔が見えるようだ。


「まぁ、言い争いしてる場合でもねぇな。ほら、とっとと行くぞ」


 クロノはヒガンの腕を取る。しかし、その手は簡単に振り払われた。


「行くって、何処にだ。まだお前ともそいつらとも、話は終わっちゃいない」

「あ~、面倒くせぇ。まぁ、これも仕事のうちか」


 クロノは頭を掻こうとするが、それをマスクに防がれる。


「フォレストキャメロンを見つけて殺してきた。死体の所に連れてってやるから、付いて来てくれ」

「なッ⁉」


 奇しくも、ヒガンの驚き声に、シルビアのものが重なった。


「まさか、お前一人で討伐したっていうのか⁉」

「だから、そう言ってるだろ。俺の眼と武器があれば、この手の討伐クエストなんて楽勝だ。協力すら必要ねぇ」

「本当だろうな?」

「こんなところで嘘吐いてどうする? 俺は雇用主には正直な男だぜ?」


 シルビアは、無意識のうちに後ずさりをしていた。

 クロノの異様な雰囲気に気圧されたのだ。

 彼女は元公爵令嬢だ。人よりも多く、そして色々な人間と関わり、その分だけの悪意にも触れてきた。しかし、目の前の男は違う。彼女の出会ってきたどのタイプでもない。

 未知なる悪意に、身体が勝手に危機反応を示していた。


「だからよ、悪いがここは通してくれないか? お嬢さんも、奥のチビ助も、戦うつもりはねぇんだろ?」

「え、えぇ。そうですわね。そのキャメロンに手を出さないなら、無駄に争うつもりはありません」


 身体の震えが見えないように、シルビアは言い張った。

 

「そうはいくか! この先の人生で、コイツらは邪魔だ! 戦力差のある今ここで切り捨てる!」


 ヒガンは剣を鞘から抜いて構える。

 それを見たクロノは諦めたように、溜息を吐いた。

 

「……ま、言っても聞かねぇよな。お嬢さんたち、アンタらには恨みはねぇが、クライアントからの追加指示だ。悪く思わないでくれよ」


 ヒガンは駆け出し、クロノは武器を構える。

 それでも、シルビアは自身の感じる恐怖に臆することなく、その場に立った。付与魔法を解除した彼女は、無防備な生身の人間なのにも拘らず、だ。

 彼女の勇気ある行動は、一つの信じる心によって形成されていた。


 シルビアは後ろを振り向き、微笑んだ。

 

「──ありがとうな、シルビア。詠唱の時間を作ってくれて。『防御結界プロテクションバリア』!」

「もう……遅いですわよ、フェネル」

 

 瞬間、光の壁がシルビアの前に立ちはだかる。

 勢いのまま振り下ろされたヒガンの剣は、いとも容易く弾かれた。


「なッ⁉」


 ヒガンの驚く顔を半透明の壁越しに見ながら、フェネルは口角を上げる。嫌な笑顔の意趣返しだ。

 

 「さっきの……試験妨害だっけ? その言い訳いいな、俺も使わせてもらうよ」

 

 光の壁が、半球体を描くように拡がっていく。今にも、シルビアとフェネルを包み込もうとする勢いで。

 

「何を言っているッ⁉ 防御魔法など、効果が切れるのを待てば──」

「本当にそうかな?」


 フェネルは後ろに顔を向けた。

 ヒガンはそれに連れられるように目を動かした。


 防御結界の向かい、フェネルの身体の更に奥側には一人の少女が立っていた。

 自分が馬鹿にして蔑み、追放した少女が。

 

「リコリー⁉ さっきまではそこには誰も……まさか!」

「そうだ。シルビアの時間稼ぎは何も、俺の魔法詠唱の為だけじゃない」


 リコリーは詠唱を終え、得意げな面持ちで杖を構えていた。

 ヒガンの背に怖気が走った。


「やっていいんスね?」

「あぁ! 殺さない程度にな!」


 リコリーが魔法を発動させようとした──その時だった。


「させるかぁぁぁあッ!」

 

 武器を構えたクロノが急接近していた。

 その後、二度の爆発にも似た轟音と共に、防御結界に強い衝撃が走った。

 何かが燃えるような異臭と、白い煙が辺り一面に広がった。


「『魔法銃マジック・ライフル』か……。なるほど、珍しい武器を持ってるな。でも、その程度じゃ俺の結界は壊せない」


 煙が晴れた後、光の壁は綻びを見せることなくそこに立っていた。

 クロノは、壁越しに肉薄したフェネルに対して敵意を通り越し、もはや笑みを浮かべていた。


「……ハッ! 一杯食わされたってわけか」

「良い目をしてるな、アンタ。今の二発は丁度結界の緩みそうなところだった。それに、アンタを見つけたのがシルビアじゃないことだって、本当は見抜いてたろ?」

「……まさか、敵のお前の方が、俺の『使い方』が分かっているとはな。皮肉なもんだ」

「俺も、目が良いもんでね」

 

 そのやり取りを最後に、魔法は発動した。

 

「『深淵眠堕ヒュプノスホイッスル』‼」


 周囲の生命は有無を言わさず眠りに堕ちる。クロノやヒガンは勿論、漸く辿り着いたランサスたち三人も一緒にだ。

 影響範囲に入っていた魔物たちも同時に眠りに堕ちる。


 静寂の戻った森林の中、立っているのはフェネルたち三人だけだった。


作者Xアカウント

https://x.com/Nagomu_Kietsu


他サイトでの掲載URL

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/novel/63248309/109064342

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/2912051602276471114/episodes/2912051602276737425


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