心変わり色変わり
「試験内容は、フォレストキャメロン一頭の討伐です。この一帯には計四体の個体を確認しておりますので、どうか取り合うことなく試験を遂行してください。試験完了の報告時には、キャメロンの討伐証明素材である舌の一部と、討伐した位置を申告してください。後ほどこちらで死体を確認し、試験結果として取りまとめます」
試験官は気だるげな顔で実技試験の説明をする。
説明用紙に書かれた内容を分かりやすく伝えるだけなのだが、なんとも面倒くさそうだ。
冒技試の試験官は都を治める公的機関……都庁の人間の管轄なのだが、受験者に対し試験監督を行う人員が全くもって足りていないのだ。
受験資料の整理に、受験会場への案内、筆記試験の採点作業に、実技試験における受験ランクの最終決定と、実技試験の結果報告作業。この一つの試験に対し行うことが多すぎるのだ。
待ち受ける残務に加え、目の前の2パーティの言い争い……彼女のストレス値はマックスにまで達していた。
「おい、あの試験官、いま溜息吐かなかったか?」
「そんなことは気にせず、お話を聞いておいてくださいまし。今余計なことを口にすれば、受験資格を失うのは私たちですわよ⁉」
こそこそと話すフェネルとシルビアに気付くが、指摘はしない。
些細な問題事であれば、黙って見ておくに限る。報告義務が課せられれば更なる面倒ごとに巻き込まれることなんて目に見えているからだ。
「フォレストキャメロンといえば、ただのデカいトカゲ野郎だろ? それを一体討伐するだけでAランクに上がれるってのか?」
「えぇ……通常であれば、彼らはそれほどの脅威ではありません。しかし、今は湿度の高い季節で、ここは彼らの主戦場である森の中。この広い森の中から、逃げ回る彼らを探し出し、倒すことが叶えば、それはAランク相当の実力があると言って差し支えないでしょう」
試験官は、すらすらと、用意された回答を読み上げる。
ヒガンの質問は、すでに対策済みだったのだ。
フォレストキャメロンは、通常個体で体長がダスターの三倍を超える巨大な爬虫類だ。しかも、厄介なことに湿度の高い季節では自身の色を周囲の色に変化させる『擬態』のスキルを持つ。その上で、森林であれば平原と比べて逃げ足も速い。
そんな化け物の討伐は、厄介なクエストを受注することになる冒険者たちへの良い登竜門なのだ。
「えと……じゃあ、もし一体以上倒してしまった場合はどうすればよいのでしょうか?」
おっと、こちらの質問は予想外。
リコリーの過剰なほどの心配は、試験官の頭を少しだけ働かせた。
「その場合も勿論試験は合格になりますが、複数討伐で昇格以上による追加報酬や昇格査定はありません」
「……良かったっス。もし近くに同じ個体が居れば、巻き込んでしまうことになるっスから」
「きっと、そんな心配は必要ないだろうけど」と、リコリーにある種、悲観的な目を向けつつ、試験官は続けた。
「簡単にですが、以上がクエストの内容です。何か質問事項があればお聞きしますが」
試験官の言葉には誰も耳を貸すことなく、彼らは各々にクエストの準備に取り掛かる。クエストの詳細について話し合う者、必要な道具を確認する者、『付与魔法』の詠唱を行う者。三者三様の準備だった。
説明を軽視された一方で、試験官はほっと息を吐いていた。取り敢えず、自分の役割を一時的にやり遂げた彼女は、2パーティのどちらかがキャメロンの素材を持ち帰るまで、しばしの休息をとることにするのだった。
──
「さて。どこからどう攻めるべきかな」
フェネル達一行は、試験の攻略法を考えながら、試験開始場所よりも更に奥地へと足を踏み入れていた。
道中は、小型の魔物に出くわしたりしたが、問題なくフェネルが切り伏せた。
今のところは、ヒガン達からの妨害もなく、順調だ。
「うーん。しらみつぶしに見て回るっスかね……」
「ほら、また非効率的なことを言う。この前戦い方を考えようって話をしたばかりだぞ? それとも、サクラ酒を飲んで全部忘れちまったか?」
「あ……。確かにそんな話してたっスね。でも、どうすれば擬態するフォレストキャメロンを見つけることができるんスかね?」
「ヒント1」
フェネルは右手で人差し指を立てながら、左掌でシルビアのことを指した。
「シルビア……ってことは! 飛行魔法を使って空から探すんスね?」
「でも、ここは森林。空から見ても葉に隠れて、眠っているキャメロンの姿は捉えられませんわよ?」
「そこで、ヒント2だ」
フェネルの左掌が、リコリーの方に移る。
「私っスか? 一体私は何をすればいいんスか⁉」
「リコリーと言えば広域魔法ですわよね。でも、一体どう使えば……って貴方まさか⁉」
「っと。シルビアは答えに辿り着いたようだな」
まだ首を傾げるリコリーに対し、フェネルは作戦を説明し始めた。
フォレストキャメロンは基本的に温厚な生物で普段歩き回るようなことはしない。しかし、音や振動には非常に敏感で、その音源や震源から本能的に離れようとする性質があるのだ。
「そこで、リコリーの広域魔法で爆発を起こしてもらおうと思ってな」
リコリーの広域魔法の威力であれば、森に居るフォレストキャメロンを燻り出せるというのが、フェネルの算段だった。
「えッ⁉ そんなことをしていいんスか? 他の危険なモンスターも一緒におびき寄せてしまうんじゃ……」
「ここは、冒技試の実技試験場だし、それほど危険な生物は居ないだろうな。きっと、ギルドか都庁から調査が入っているはずだ。フォレストキャメロンの個体数も把握していたくらいだしな」
「なるほど……それは一理あるっスけど、危険でなくとも魔物は居るんスよね? 詠唱中に襲われたりしないっスかね?」
「そこは安心しろ。俺が何としてでも守り抜いてやる。お前一人の護衛くらい任せておけ」
「そ、それならいいっスけど」
リコリーは耳の先を赤くして、髪の毛をいじいじと触る。その間、フェネルの『守り抜いてやる』という言葉が頭の中を巡っていた。
しかし、そんな彼女の言動に目もくれないのが、フェネルという男なのだ。
「でも、そんな強引なやり方で大丈夫ですの?」
「試験内容の説明に『やり方』の指定は含まれていなかった。これは言い換えれば、どういう風に試験を進めても良いということだろ。それに、ギルドのクエストだって、そのほとんどは成果主義のものばかりだ。特に、今回みたいな討伐依頼じゃな」
シルビアは腑に落ちない様子だったが、すぐに折れた。冒技試を受けた経験のあるフェネルの判断に託すことにしたのである。
「よし。それじゃあ、付与魔法のかけなおしとか、リコリーの詠唱準備とか。早速始めるとするか」
フェネル達は作戦準備に取り掛かるのだった。
──
時を同じくして、フェネル達が居る場所より僅かに東に逸れた場所。
”ヘルズガーデン”は当てもなく森の中を彷徨っていた。
「あぁ~、クソッ。なんで全然見つからないんだよ。フォレストキャメロンだぞ? あのでかい図体なら普段はすぐに見つかるだろ⁉」
「それは、遮蔽物の少ない場所での話だ。この広い森林の中から草木に擬態する奴を探すのは骨が折れるだろうぜ」
ランサスは丸坊主の頭を撫でながらそう返した。もう一方の手では慎重な手つきで自慢の盾を磨いている。
ヒガンはその場で地団駄を踏んでいる。
「というか、シオンとクロノはまだ戻らないのか⁉ まさか、二人きりでいかがわしいことをしてるわけじゃないだろうな⁉」
クロノは、リコリーの代わりに後衛の攻撃職としてパーティに入った新メンバーだ。
やり取りは非常に端的に終わらせる根っからの仕事人であり、常時マスクを着けているために表情は見えない。声色と身長からかろうじて性別は男だと判断できる程度の情報の少なさだ。
そんな彼を、ヒガンは不気味がっていたのだが、彼の使う魔道具の強力さとそのストイックさを評価し、パーティ加入を了承したのだ。
しかし、プライベートなことを話さないどころか、クエスト進行に関わる事柄以外を全く話さない彼の人間性を、ヒガンは掴み損ねていた。
「邪推しすぎだ、ヒガン。そんなに不安になるならお前も一緒に行けばよかったんじゃないか?」
「なッ⁉ ランサス、お前はこの勇者である俺に斥候をしろと言うのかッ!」
「いや、何もそこまで言ってないが。……お前、最近シオンのことに敏感過ぎないか?」
ついに、ランサスは切り込んでしまった。
シオンへの優遇はリコリーが居たときとそう変わらない。だが、その扱い方はだんだんと過剰になっていったのだ。
リコリーの追放の一件も、シオンが言い出したことだ。リコリーの事が気に入らないシオンの願いを聞き入れ、彼女を追放するに至った。それでも、勇者であるヒガンの意向に背くことをしなかったのだ。そんな彼でもつい口を滑らせてしまうほどに、ヒガンのシオンへの執着は肥大し続けていた。
「パーティーメンバーを大切に思うのはリーダーとして当然のことだろ⁉」
「大切に思う余り、その他のパーティメンバーを疑うのは健全ではないと思うがな」
「何だと、ランサスッ⁉ お前はリーダーの考えに口答えするのかッ⁉」
ランサスは重い腰を上げて、ヒガンの前に立った。
次に、「この際だから言わせてもらうが」と前置きをしてヒガンに対峙した。
「……お前ももうわかっているはずだ。本当は、リコリーを追放したのは失策だったと!」
二人のやり取りを黙って聞いていたロータスの肩がピクリと動いた。それを察知してか、ヒガンの目が彼女に移った。
「ロータスもそういう風に思っていたのか?」
「い……いえ。彼女の追放は神のお導きによるもの。神に選定された勇者様の考えに間違いはありません」
ランサスは唖然として閉口するが、やがてすぐに口を開いた。
「ロータスッ! お前も感じていたことだろうが!」
「勘違いをされているようですが、私はただ神による宣告を代弁しているだけ……私の意思ではありません」
「そんな話が通るか! どうせお前もヒガンの機嫌を損ないたくないだけだ」
「無礼なッ! 我が敬虔なる信仰を愚弄するのですか⁉」
「言い争いは止めろ! こんな森の中で魔物以外と戦ってられるかッ!」
「もとはと言えばお前が言い出したことだろ──って、なんだ?」
「ドゴォーン」という耳を劈くような轟音と、木々を大きく揺らす地響き。
三人は言い争いを止めて周囲を確認した。その後、一瞬の静寂を破るように悲鳴が聞こえてきた。
「ニャーッ! 助けてニャーッ!!」
互いに顔を見合わせたあと、ヒガンが目つきを変える。瞳孔を開いた鋭い目つきだ。
「こんなことをしている場合じゃない! シオン達を助けに行くぞッ!」
ランサスとロータスは欠かさずにそれに頷く。
三人は衝撃音の音源を目指して走り出すのだった。
──
「──もう少し右だッ」
「承知しましたわッ!」
走り抜けようとするフォレストキャメロンの道を阻むように剣を振るっていたフェネルは、攻撃の隙を見計らって上空のシルビアに指示を出していた。
言う間でもなく、『並列思考』を用いた荒業である。
作戦は成功したのだ。
魔力拡大のもと発動した衝撃魔法は森全体に大きな振動を響き渡らせた。
三ダスターほどの体長を持つ巨躯は、木々をなぎ倒しながら、逃げ回る。土埃を上げ、変色を繰り返しながら進行する奴らの身体は、上空から見れば簡単に観測できた。得意の擬態も、動いているなら効果は薄い。
今は、四散していくフォレストキャメロンの中の一体を捉えて狩っている最中なのだ。
因みに、魔法を発動し終えたリコリーには、走る気力は残っていなそうだったので、『剛力付与』と『守護付与』をかけた上で休んでもらっている。フェネルほどの練度の『守護付与』であれば、低級の魔物の攻撃を通さぬほどに皮膚を強靭化できるので、安心だ。
「シルビア! 今だッ!」
「承知しましたわ!」
シルビアの位置とキャメロンの位置が一直線に並ぶ。
フェネルの合図と同時に、シルビアは拳に力を入れる。
その後、上空にいた彼女はキャメロンの頭部目掛けて急速に落下した。
「マートル流拳闘術第一奥義──『祝賀穿突』!」
遙か上空から落下するそのスピードはそのまま、繰り出される技の威力へと変換されていく。あらゆる力が辿り着いたシルビアの拳が激しく光り出す。圧縮された力が腕へ集まり、その一撃に向けて収束していく。
次の瞬間、突き出された拳はキャメロンの頭皮に直撃する。皮膚から伝わった衝撃はそのままキャメロンの脳を大きく揺らした。
痛みに苦しむキャメロンは膝を緩めて、腹から地面に崩れ落ちる。
やがて、左右の目をそれぞれ逆回転に回しながら意識を失った。
「……っと、危ない危ない」
昏倒したキャメロンの頭から落ちて来るシルビアの身体を、フェネルが抱き止める。
今回はなんとか彼女の布地から目を逸らせたのか、恥ずかしがる様子もない。
「お疲れ。やっぱりシルビアの拳は文字通りに決定打だな」
「いえ、これもフェネルの支えあってのことですわ。リコリーだって同じです。皆の協力があって、この魔物を倒せたのですわ」
「違いないな……」
フェネルの腕の中で、シルビアは拳に付着した血を拭き取っていた。
そして、彼女を地面に下ろすと、フェネルはずっと耳に入っていた声に耳を傾けて、その方向を指差した。
「さて……あれは、俺らのせいってことになるのか?」
「あれとは……あぁ、アレのことですわね」
指の先に目を向けたシルビアは、理解すると同時に納得した。一体、フェネルが何を見て、何故それを無視していたのかを。
「ニャー! ヤバいニャー! ヒガンッ! 助けてニャーッ!」
甲高いが、濁声交じりの悲鳴だった。
二人の視界には奇怪な光景が広がった。
一人の少女が、移動するフォレストキャメロンの長い舌に巻かれ、運ばれているのが木々の隙間から確認できた。
そして、キャメロンは凄い勢いで移動し、やがて視界の外へと姿を消してしまった。
声と見た目から察するに、シオンに間違いないだろう。
「あれは……助けた方がいいのでしょうね」
「まぁ、そうなるよな。陥れる意図が無かったとしても、キャメロンを興奮させたのは俺たちだしなぁ」
フェネルは討伐したキャメロンから舌の一部を剥ぎ取ると、軽く身体のストレッチを済ませた。
そして、はぁ、と溜息を吐いた後、シルビアの方を向いた。
「悪いが、手伝ってくれるか?」
「そんな問いは無粋ですわよ、私たちはパーティですもの」
そうして、実技試験は延長戦へと突入した。
作者Xアカウント
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