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14/22

きっときっときっと 色褪せる


 一週間が経ち、冒険者技量確認試験……略して冒技試の日がやって来た。

 

 そもそも冒技試とは、冒険者のランクを正式に認定するために行われる試験である。パーティ単位の登録と個人単位の登録により日程が分かれるが、本日はパーティ単位の登録日である。

 所属するパーティのランクを上げたい場合の他、一定期間同じランクに居る場合にはそのランクが実力相当の者なのかを確かめる場合にも参加が強制される、きわめて公的な試験なのだ。

 

 試験は、筆記試験と実技試験の大きく二つに分かれている。

 筆記試験で問われるのは一般常識だ。ギルドでの規則や野営をするときの注意点、魔物の特徴や、簡単な計算問題まで。問題の種類は多岐にわたるが、これは冒険者ランクに拘わらず一律に出される問題なので、数度受験しているリコリーやフェネルは勿論のこと、彼らの助言を貰っていたシルビアも簡単に突破できる……はずである。


「おい、リコリー。なんだよ、その不安げな顔は」

「いやぁ。前回受けたのが一年前なんでちょっと忘れてた部分も多かったっスね」


 一般常識を問われているのに、『忘れてた』という言葉が出る時点で、この試験のザルさもよくわかるが、どんな問題が出るかを聞ける人間関係を作るというのも、国側が用意した抜け道なのかもしれない。と、フェネルは無理やり納得した。


「だからあれほどシルビアと一緒に勉強しろと進めたのに……。まさか、落ちてないだろうな⁉」

「大丈夫っスよ、必要な正答率は7割。間違えたのは多分2割くらいっス」


 右にいたリコリーに訝しげな目を向けた後、フェネルは左にいたシルビアに振り返った。


「シルビアはどうだったよ? 俺が初めて受けたときは結構不安だったけど……」

「問題ありませんわ。恐らく落としていても1、2問……こればかりは、俗世について広く教えてくださった宮仕えの教師に感謝しなくてはなりませんね」

「そっか。流石はお貴族様だな」

「でも、本当に不安なのはこれからですわ」


 シルビアの目線の先には一人の試験官が立っており、その前には多くの受験者が顔を並べている。不安に身を震わせる者から、試験開始を待ち遠しく足踏みする者

 まで丁度良いバランスで混在している。

 俺たち受験者が次に集められるその場所は、実技試験の試験会場だ。筆記試験を受けた建物から歩くこと数十分。町を離れた森の入り口に、30を超える冒険者パーティが集まるこの光景は、年三回、各都で行われるこの試験の風物詩ともいえる。


「うげ……」


 リコリーが唸り声をあげるのも無理はない。

 フェネルは、受験者の群衆の中にヒガンの顔を発見した。恐らく、彼を取り囲むように並んでいる四人を含めて北の勇者パーティなのだろう。


「やっぱり、居るよなぁ。まぁ、実技試験は冒険者ランク毎に違う課題を出される。だから、よっぽどの事がない限り、直接対面するなんてことは無いんじゃないか?」


 フェネルがリコリーを励ますが、彼女はヒガン達の方を見て顔を動かさない。

 しかも、何やら呟いているようだが、語尾である「っスか」という部分しかフェネルには聞こえなかった。

 

 サクラ酒を飲みながら一夜愚痴を聞いてやったが、まだ吹っ切れるほどのタイミングではないのかもしれない。そういう意味で言えば、リコリーはシルビアと同じ場所に居るのだ……とフェネルは二人の顔を見比べていた。

 

 だがその実、リコリーが最も気にしていたのは、過去ではなく、今目の前にある光景についてだった。

 

「あれが昨夜伺った、リコリーの元パーティメンバーですのね。でも、リコリーの話では、北の勇者パーティは五人組だったのではなくて?」

「だから、あそこに居るのがそう……って、それじゃ人数が合わないな」


 パーティメンバーは、リコリー自身を含めて五人だった。彼女が抜けた今でも五人パーティが成立するはずがないのだ。

 

「誰っスか、あの黒い奴はァア‼」


 今にも殴り掛かりそうな勢いのリコリーを、フェネルがさっと制止した。

 

 黒い奴……全身を黒い装束に包み、顔にはフルフェイスの黒いマスクを着けたガタイの良い男がいる。

 

 リコリーの怒りの矛先は誰が聞くでもなく、彼であることを他の二人は理解した。


「状況から察するに、あの方がリコリーの後釜ということで正しそうですわね」

「間違いなさそうだ……って、リコリー、俺の手を噛むなッ!」


 後ろからリコリーを抱き留めたフェネルの手に、くっきりとした歯型がつく。

 猛獣のような形相のリコリーを、二人がかりで後ろへ引っ張る。よろけた彼女の隙をつき、フェネルは彼女の前に身体を割り込ませた。その後、躊躇なく『付与魔法』を唱え、身体を強化して彼女に相対する。

 『付与魔法』の詠唱の速さには、フェネルの覚悟が読み取れた。


「フェネル、退くっス! 奴は放っておけないっス」

「ダメだ、ここは通さない。これは何も、奴らを庇っているわけじゃない。お前のことを思って言っている」

「そうですわよ、リコリー。ここでの暴力沙汰は試験結果に大きく影響しますわ。ギルドが、問題事を起こすような冒険者パーティを昇格させるはずがありませんもの」

 

 シルビアが深呼吸を促すと、リコリーは素直に従う。すぅ、と大量の空気を吸い込み、はぁ、とそれを吐き出した。

 冷静を取り戻した彼女の目を見て、フェネルは一歩彼女に歩み寄った。


「あのパーティには未練が無かったんじゃないのか? それなのに、どうしてこんなに取り乱したんだ?」

「未練はないっスけど、二ヶ月と少しで私の代わりを見つけて、こんな大事な場面にまで連れて来ていることについ苛立ってしまったっス」

「なんとなくわかりますわ。手放した絵画でも、他の人が得意げに部屋に飾っているのを見るともどかしく思いますもの」

「それ、例えとして成立してるのか?」

「そうっス。アイツは私が手放した絵画を持った酷い顔したデブ貴族なんスよ」

「えぇ……」


 何故か通じ合う二人に若干戸惑い気味なフェネルだが、口を挟むことはしなかった。

 彼の人生の中に似た経験はそう多くないが、リコリーの言わんとしていることに理解を示せたからだ。言葉には出来ないが、理解はできる複雑な感情。フェネルはそれを汲み取るも、その場から離れることはしなかった。

 

「でも、リコリー。それは貴方が売り払った絵画です。一度でも『要らない』と判断したのならそれへの執着は捨てること……それが淑女の作法ですわよ」

「淑女……そうっスね。私はエレガントで品位ある淑女っス。もうあんな物に心は動かさないっス!」

「そうですわよ。淑女たるもの過去は振り返らずに前を向くのですわ」


 リコリーが肩の力を抜き、その顔は笑みを取り戻す。

 それを見たフェネル達も顔を見合わせ、無駄に強張らせた身体を少しずつ緩めていった。

 

 彼女は調子の良い人間なのだ。

 それだけ聞けば貶しているようにも聞こえるその言葉だが、彼女にかかれば恨みや憎しみといった負の感情もすぐに忘れて正の感情へと早変わり。彼女の表裏一体の性格の長所がわかりやすく作用していた。


「……それにしても、フェネルは私を止めるのが早かったっスね」

「まるで、事前に準備していたかのような早さでしたわ」

「えッ⁉ 私を信用してなかったんスか?」

「信用って意味で言えば、してなかったってことにはなるよな」

「そんなッ⁉」


 ショックを受けるリコリーに、フェネルはあっけらかんとした表情で続ける。


「因縁のある相手が同じ試験に参加するんだ。何かが起こるという前提で動くのが普通だろ?」

「うわぁ……」


 露骨に呆れた声を漏らしたのはシルビアだった。

 もっとも、引き気味の顔をフェネルに向けるのはリコリーも同じなのだが。

 

「な、なんでそんな顔で見るんだよ、二人とも! 実際にリコリーは取り乱したし、それを止められたのもその前提があってのことだろうッ⁉」

「貴方の言い分はわかりますし、正しいとは思いますが……。フェネルは本当に、そういう所ですわね」

「ちゃんと良いところはあるのに、残念っスね」

「だから、一体今の俺の、何が問題だったんだよー⁉」


 やはりこの男は、どこまで行ってもこの男である。

 時には正直よりも世辞が必要な場面があるということを知らないのだ。


「まぁいいですわ。もっと前に行きますわよ、もうそろそろ点呼とランクの振り分けが始まりますわ」


 納得のいかないフェネルはトボトボと歩みを進める。

 リコリーはそんな様子の彼の手を引っ張りながら、試験官の居る場所へと向かうのだった。


 ──


「──で、どうしてこうなった⁉」


 ダンデリオン近郊に存在する名もなき森林。

 担当の試験官一人に連れられ、フェネル達はその奥地にまで足を踏み入れていた。

 

 実技試験は、使用できる魔法やスキル、周囲からの評判、希望するランクなどをギルドがまとめ上げた調査書と、事前に行われた魔力量および身体能力確認試験の結果に基づき、認定されるランク別に行われる。彼らは、希望したランクの試験を受ける為、ここに連れて来られたのだ。

 

 何も問題はない。首尾は上々。フェネルの予定通りに事は進んでいた。

 ──たった一つ、彼らの隣に並ぶパーティの存在を除いては。

 

「おい。邪魔をするなと言ったはずだがどうしてお前らがここに居る⁉」


 フェネル達ににじり寄るのは赤髪の剣士、ヒガン・アシュベルであった。

 そう……フェネル達が受ける実技試験のもう一組の受験者は、北の勇者パーティ──”ヘルズガーデン”だったのだ。


 リコリーの顔がまた段々と曇っていくのを見て、シルビアが前に出た。


「私たちも貴方がたと同じランクの実技試験を受けることになったというだけですわ」

「なッ⁉ お前らがこのAランクの実技試験の受験者だと⁉ そんなのあり得ねぇって!」


 再度言うが、受ける実技試験のランクには、受験者の希望も反映される。

 希望と実力さえ伴えば、飛び級で高ランクの試験を受けることも可能なのだ。

 それを知っていたフェネル達は、調査書では、「受験可能なランクのうち、最も高ランクのもの」という項目に丸を付けていたのだ。

 まさか、全員が一緒にAランクの試験を受けることになろうとは、誰も夢にも思わなかったことだが。

 

「お前、またそれかよ。『あり得ない』って言って可能性を断ち切っていたら、お前の視野は狭いままだぞ?」

「おい、そこのチビ。そのうるせぇ口を閉じるニャ!」


 割って入ってきたのは、紫髪の小柄な少女、シオンだった。

 リコリーの目には、彼女の身体がいつにも増して小さく映っていた。


「チビって、言うならシオンだって充分にチビっス。……というか、よく自分とそう身長の変わらないのにチビとか言えたもんっスね」

「シオンの方が高いニャッ!」

「俺の方が高いッ!」


 シオンの否定に、フェネルの断固とした否定が重なった。

 子供体型をコンプレックスとする彼にとってはデリケートな問題だったのだ。因みに、実際のところはフェネルの方がかろうじて、毛一本ほどの差で高身長である。

 子供同士の喧嘩を見かね、シルビアが再度口を挟んだ。

 

「別に慣れ合う気も攻撃する意図もありません。ここは、互いに不干渉と行きませんこと?」

「そうだな、俺たちは無事に試験を終えられればそれでいい」

「ランサスッ!」


 シーダストンの酒屋でフェネルが倒したダスターをも凌駕する巨体が圧をかけるようにシルビアに近づいた。

 大盾を背負ったその男は、ヘルズガーデンのタンク役、ランサスである。

 

「なんだ? 今の俺たちの最優先事項は失ったAランクの地位に再び返り咲くことだ。哀れな追放者を構ってやることじゃない」

「おい、お前、それは──!!」


 ヒガンの引き止めも虚しく、ランサスは全ての事を言い切ってしまった。

 その言葉は何に遮られることもなくフェネルの耳に入り、ゆっくりと彼の顔を嫌味ったらしい笑顔へと変貌させた。


「失ったAランクの地位か……なるほど。つまりはお前らは、リコリーを追放した結果、クエストや任務を満足に遂行することも出来なくなり、その地位を追われたってことか?」

「うぐ……」

「その顔……答え合わせは要らないようだな。賢者を追放した皺寄せは、思ったよりも大きかったわけだ」

「ち……違うッ! そんなんじゃない!」

 

 ヒガンだけは一生懸命に否定するが、他のパーティメンバーはただ視線を落とすだけだ。

 そんな彼らに発破をかけようと、ヒガンが口を開こうとしたところ、遮るように冷ややかな声が通過した。

 

「そこの2パーティは静粛に!」

 

 その場の全員の視線が、ある一点に集中した。その視線の交点には、一人の眼鏡をかけた女性が立っていた。

 彼女は、この2組のパーティをここに連れてきた試験官その人だった。表情にこそ出ていないが、身体中から憤怒の念が溢れ出ていた。


「大人しく試験内容を聞けないようなら、『対人関係における問題あり』と判断し、両者ともに不合格としますよ」

 

 結局、試験官に諫められるままに言い合いは終了。

 彼ら彼女らはすごすごと、試験開始場所まで足を進めるのだった。



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