悲しみの生まれた場所たどって
「今日は少し恥ずかしいところを見られたっス。どうか、今日のことはたくさん飲んで忘れてほしいっス」
「おい。一体、俺にどれだけ飲ませる気なんだよ。まぁ、飲むけども」
東通りから少し外れた場所にある小料理屋。リコリーとフェネルはその奥座敷の一室で酒を酌み交わしていた。
「にしても良かったのか? こんな高そうな店を奢りだなんて」
「良いんスよ。細やかながらお礼っス。いつもお世話になっていることと、昼間に助けてくれたこと。あとは、装備屋で魔法石と外套代を出して貰ったことも。あとそれと、ちょっと嫌な態度を取ったお詫びも含まれてるっス」
リコリーは、この奢りに含まれる意味を指折り数える。その様子を見たフェネルは肩に張った力を抜いた。
「色々詰め込んだな……」
「だって、そのくらい言っておかないとフェネルは奢らせてくれないじゃないっスか~」
リコリーの不服に顔を背けて、酒を一杯。
そう。この男、冒険者業を営む者としては珍しく、女性に奢られるという経験が一切ないのである。最低でも割り勘上であり、それも多く払うことがしばしば。このあたりの金銭感覚に関しては、父親の教えが抜けきっていない。
「おっ、この酒旨いな! 陶器の器ってのも乙でいい」
「そうっスよね! ここで出される『サクラ酒』は、蒸留酒と比べて柔らかな口当たりで甘いのが特徴なんスよね。水みたいなスッキリとした滑らかさがたまんないんスよね」
話題逸らしの口車にまんまと乗せられ、リコリーは目の前の酒の説明をし始めた。
「サクラ酒? なんでそんな名前なんだ?」
「東の都、サクラリオの名から取られてるっス。サクラ酒はサクラリオ特製なんスよ。詳しい造り方は知らないっスけど、あっちの特産品である『コメの実』ってのを蒸してから発酵することで作られるらしいっス」
「醗酵⁉ コメの実⁉ それって──」
聞き覚えのある材料と製造方法に驚くあまり、フェネルはつい口を滑らせてしまった。
「──まんま日本酒の事なんじゃ」
リコリーは聞き覚えの無い酒の名前に首を傾げた。
「ニホン酒……? そのお酒も美味しいんスか?」
「……俺の故郷で作られていたお酒だよ。まぁ、実物を飲んだことは無いけどな」
「フェネルの故郷って、南の陸地の港町っスよね? そんなところでも醗酵酒を造ってるんスか」
「あぁ……いや。それも確かに故郷だが、俺が言っているのはもう一つの故郷の方だな」
「もう一つの故郷? それってどういう意味っスか?」
フェネルはバツが悪そうに頭を悩ませた。
何故なら今のリコリーの問いは、フェネルのこの世界における19年間の隠し事に大きく触れることになるからだ。
別に、初めから隠そうという意図で黙っていたわけじゃない。ただ、今に至るまでのこの世界での生活が、彼に諦観を植え付けたのだ。実の両親にすら鼻で笑われた、彼が“生まれる前の世界の話“……どうせ、話したところで無駄になると思っていた。
だが、リコリーやシルビアならどうだろうか。疑いたくもなるような突飛な過去も、互いに笑うことなく聞き合った。それどころか、ちゃんと相手の立場に立って一緒に感情を動かせた。
彼女たちになら──。そう思った彼の頭にシルビアの顔が浮かぶ。
「そうだよな。秘密を話すときは一緒じゃないとな」と、この場にいないもう一人の仲間に杯を捧げた。
「……試験が終わったら、シルビアも含めて全て話すよ。だからそれまでは、今の問いへの答えは待ってもらってもいいか?」
「いいっスよ、いつでも。話したくなったら話す。話したくなかったら話さない。このパーティは始めからそういう風にやって来たじゃないっスか」
二カ月前、ワイバーン討伐の際に交わしたシルビアとの会話と今の会話がフェネルの頭の中で重なった。つくづく、『良い女』揃いのパーティだと実感し、彼は徳利を傾けた。
「だから、今、私はフェネルに話したくなったことを話すことにするっス」
リコリーの得意げな笑顔が店の照明に照らされる。いつもの調子を取り戻した彼女を前に、フェネルは密かに胸を撫で下ろしていた。
「なんだ? 昨日の朝に話した割り勘の話なら冗談だから気にしなくていいぞ」
「あれ冗談だったんスか⁉ ……って、そうじゃないっス!」
ダン、と机を叩いたツッコミが個室に響いた。
「うそうそ、冗談だよ。わかってる、昼間の話だろ?」
「もう……わかってるなら変なことを言わないでほしいっス」
「ごめんって。リコリーはノリが良いからつい揶揄いたくなるんだよな」
フェネルは笑いながら、リコリーのお猪口に酒を注ぐ。リコリーもそれに合わせてお猪口を傾けた。
「……フェネルの言う通りだったっス。私、この町に来てからヒガン達に言われたことをずっと気にしてたんス」
「動けない後衛は要らないって話だよな」
「はい。だから、昼間は図星を突かれてつい、あんな態度を取ってしまったんス……」
リコリーは申し訳なさそうにサクラ酒を口に運んだ。
「……でも、店の前でヒガンと出くわして、フェネルが前に出てくれたときに思いだしたんス。私は自分が前に出たいんじゃなくて、前に出られる人を支えたいんだって」
彼女の前向きな表情は、後悔や不満を全く感じさせない。自分の立ち位置を再確認したような、清々しい笑顔だった。だが、フェネルは意図せずともその裏にある『彼女の真意』にまで辿り着いていた。
彼は意味もなく徳利を見つめ、その腹を摩っていた。
「グランドスライムとの戦い方の件。昨朝は挙げなかったが、もう一つだけ思いついた戦法があったんだ」
「急に何の話っスか?」
「リコリーの広域魔法の弱点は、『魔法拡大』の範囲調整が難しく、高威力の魔法を放てば味方ごと吹き飛ばしてしまう可能性があることだ」
「そうっスけど……これはどうしようもない話っス。範囲や威力を小さくすれば危険性は下がる代わりに、破壊力も無くなるっスから」
自分のスキルや魔法の事は誰よりも理解している、とでも言いたげな様子でリコリーはフェネルの言葉を待っていた。
「たった一つ、その長所だけを取り出せる方法がある……と言えば、お前はどうする?」
リコリーの視界が一段と彩度を増す。何度も忘れようとしたあの忌まわしい日の記憶は、脳にこびりついて離れはしない。あの日に言われた言葉は理不尽だが、確かに自分の弱点を的確に突く批難であったことに違いはない。もしも、その弱点を消す方法があるのなら──。
彼女はフェネルに手を伸ばす。その小さな指が並ぶ細い手は、確かに自分の誉れある未来を掴み取ろうとしていた。
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酒屋から始まる異世界冒険譚~転生勇者と追放賢者と悪役令嬢の3人パーティによるドタバタチート無双旅~
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