騒がしい未来が僕を待ってる
「体がだるい……なんで二日連続でこんな早朝から活動せにゃならんのだ」
ダンデリオンの東通り。ここは大通りと違い、冒険者の装備や武器、日用品など、実用性に富んだ物品を扱う店々が軒を連ねている。
そんな中、二人で肩を並べて歩く若い男女の姿があった。
「それ、隣で一緒に歩く女性の前で言う台詞なんスかねぇ」
言うまでもなく、フェネルとリコリーである。
今日、この二人で出歩いているのは、ひとえにシルビアの提案だ。『現時点でこのパーティの要は貴方なのだから、二人との交流の機会は平等であるべき』という、筋が通っているのかもわからない理論を前にフェネルは頷くしかなかったのだ。
「リコリーは、昨日の俺の提案をどう思った?」
「あぁ、懇親会……とか言ってた奴っスよね! 会自体には興味なかったっスけど、お菓子は美味しかったっスよ」
「お前も既に完食後なんかい」というツッコミと「それならシルビアの判断は正しかったな」という合点の言葉が浮かんだフェネルだが、どちらも心の中で消化した。
「で。フェネルは私には何を奢ってくれるんスか?」
「おい待て。なんでそういう話になっているんだ⁉」
「だって、昨日はそういう会だったんスよね?」
フェネルの頭に浮かんだのはシルビアの顔だ。
昨日の買い物──シルビアの三着のドレスの内の一つは彼がお金を出して購入したのだ。これは、格好つけや施しというよりは、純粋な感謝からきた行動だった。彼を一人旅から連れ出してきた彼女へのささやかなお礼だったのだ。
だが、照れ屋で捻くれた彼がそれを他人に告げることはしない。ということは、その事実をリコリーに伝えたのはシルビア本人しかいない。
「あいつなぁ……」
フェネルは、この場に居ない元公爵令嬢の娘を思い浮かべて眉をひそめた。それを見たリコリーは慌てて口を開いた。
「あぁ、勘違いしないでくださいっス。昨晩、偶然宿の前で出会ったシルビアから聞いたんス。あのときのシルビアは見たことのない酔いっぷりで。だから、シルビアも言いふらしていたんじゃないっス。それに、さっきのだって冗談で……」
リコリーは手をバタつかせて矢継ぎ早に説明する。その必死な表情を見たフェネルは「ふっ」と吐息交じりの一笑に付した。
「大丈夫、わかってるよ。別に言われたくなかったことでもないしな。実際、リコリーにも同じように奢ってもいいとは思ってたわけだし。まさか、本人から催促されるとは思わなかったが」
「そ、そうっスか。なら、よかったっス」
リコリーは上げていた手を落とし、安堵の笑みを零した。
「でも、どうしてそんなに慌てるんだ? 俺もちょっとした冗談のつもりだったんだが」
「いや、パーティの不和はどこから産まれるかわからないっスから。私は少し空気を読めないきらいがあるので少し気を付けないと、と思って」
リコリーは苦笑する。どうもその顔には陰りが見える。
「なんだ、いつになく弱気だな。なんか誰かに嫌なことでも言われたか?」
「いや、特にそういうわけじゃないっスけど……。ほ、ほら、今日は私とのデートっスよ! こんな辛気臭い話は忘れて早く行くっス!」
「え⁉ ちょっと、何処に行くんだよッ⁉」
リコリーは何かを覆い隠すような作り笑いでフェネルの手を引いた。小柄な少女が、更に小柄な少年の手を引く。から見れば仲睦まじい姉弟にも見える彼らは、東通りの裏路地へと姿を消した。
──
「これは……凄いな。剣に鎧、ローブや杖に魔法石のアクセサリーまで、選り取り見取りだ」
裏路地に店を置く、古びた装備屋。それぞれの役職に適した防具武具を取り揃えた専門性の高い装備屋が主流だが、この店は違う。それほど広くない店内にありとあらゆる装備が詰め込まれている。
フェネルは目の前に置かれた剣の鞘を握りながら、昂る興奮を必死に抑え込んでいた。
「フェネルを一度ここに連れて来てあげたかったんスよ。この店はダンデリオンの中でもトップレベルの品揃えっスから」
リコリーは、まるで自分の自慢話でもするようにこの店の話をし始めた。
なんでも、この店の主は元Aランク冒険者らしく、種類が多いだけでなく、その質も担保した実用性の高い商品が並べられているとのことだ。
フェネルのような前衛と後衛を兼任する冒険者の目には一つの理想のような店だった。
「確かに、どの武器も防具も一級品だ。俺としてはありがたいが、逆にリコリーはここで良かったのか?」
「私も丁度買いたい物があったっスから。そもそも、私がここに連れてきたのに、フェネルは変なことを聞くっスね」
「昨日は、『装備品』って言葉を出したら鼻で笑われたもんだからさ。もしかしたら、こういう所はデートには向かないのかと思ってさ」
「そうっスか? 互いに楽しく見て回れるなら私は何処でもいいと思うっスけど」
異性経験の少ない二人に、シルビアの嘲笑は届かない。彼らの形だけの男女交遊を前に、『デート』という少々言い過ぎな言葉だけが独り歩きしていた。
あっけらかんとしたリコリーの返答に、フェネルは「そっか」とだけ返して続けた。
「で、リコリーの買いたい物ってのは何なんだ?」
「今のは魔法攻撃への耐性が高いものを使ってるっスけど、今後は物理耐性の高いものも用意しておこうと思ったんスよ」
「後衛のリコリーは魔法攻撃への対策を考えるのが筋だから、今の防具で良いんじゃないか?」
「相手の魔法攻撃は基本的に防御魔法で対応できるし、今のパーティなら前衛の二人が魔法発動前に魔物を倒してしまうことがしばしばっスから。それなら、急な近接攻撃に備えていた方が意味があるかな……と」
「急な近接攻撃……って。もしかして、俺らの前衛って信用されてないのか?」
「それは違うっス!」
リコリーは大きく首を振って否定した。自分の喉から出た想像以上の声量に思わず店内を見回すが、幸い店内には二人と店主しかいない。その店主も奥で作業をしており、こちらを気にする気配もなかった。
落ち着いて一息吸ったリコリーは、フェネルに真剣な眼差しを向けた。
「フェネルの近中距離戦闘の技能も、シルビアの拳闘士の技能も卓越しているっス。現に、私は魔物から近接攻撃を受けたことは無いっスから」
「だったらどうしてそんなことを──」
「──前に……前に出なくちゃと思ったんスよ」
フェネルの問いを遮るように、リコリーは一歩彼に身を寄せた。
困惑する彼を他所に、彼女は「さっきまでのは建前っスね」と続ける。
「近接攻撃を気に掛ける本当の理由は、私も前に出て戦わないとって思ったからっス」
「後衛の役割分担を大事にするお前が?」
「それはそうっスけど……」
どうにもリコリーの歯切れが悪い。朝から違和感を積み重ねる彼女に対し、フェネルは一つの推察をしていた。深く物事を考えるわりに、自分の発言には責任を持たない彼だが、その推察を口にするのは流石に躊躇が先立った。何故なら、それは彼女を深く傷つける可能性があると感じたからだ。
逡巡の後、彼はそれでもなお、彼女の両肩に手を置いた。考え得るリスクを一身に受け止める覚悟で聞くことにしたのである。
「なぁ、リコリー。お前、この町に来てから元の勇者パーティのことを思い出してるんじゃないか?」
「そ、そ、そ、そんな訳ないじゃないっスか。あんな嫌な奴らの事なんて忘れたっス」
子供でもわかるほどの露骨な動揺だった。
「気付かなくてごめんな、リコリー。ここダンデリオンは北の都……つまり、北の勇者パーティの活動拠点だ。お前も長く暮らしたこの町で、辛い過去を思い出さないはずがない。少し考えればわかったことだろうに」
冒険者技量確認試験を経て正規の冒険者パーティとして登録するために、シーダストンから最も近い都という理由で選んだこの町だが、リコリーの因縁の地であることをフェネルは今の今まで忘れていた。
「やめてくださいっス! 本当にあんな奴らの事なんて……」
「でも、さっきの言葉はそういう意味だろ? 後衛のお前が前に出ると言い出したのは、前のパーティを追放されたときに言われた言葉を気にしているからだろ⁉」
「違うって言ってるっス! もう、フェネルの分からず屋ッ!」
「ちょッ! リコリー、待ってッ!」
リコリーは、両肩の手を振り払い、ダン、と音を立ててそのままの勢いで店を出た。
フェネルは見繕っていた剣を横目に、一瞬立ち止まる。リコリーを追いたいが、一度目にした業物を手放せない独占欲が彼の後ろ足を引いたのだ。
「行ってやんな、坊主」
突如聞こえた低い声に振り返ると、そこにはこの店の店主が立っていた。
現勇者が気付かぬほど自然な脚運びを見るに、元Aランク冒険者の実力は健在らしい。
「武器は残しておいてやれるが、女心はそうじゃねぇ。今動かなきゃ、後悔することになるぜ?」
「すみません。すぐに戻ります」
店主に頭を下げ、すぐにリコリーの後を追う。
戸を開いて勢いよく店を出た瞬間、フェネルはとある背中にぶつかった。小さく、見慣れた黒い外套を身に着けたその背中は間違いなくリコリーのものだった。
「痛ててて。もっと遠くに逃げたのかと思った……ぜ?」
フェネルは、顔を上げると同時に眼に入った男を見て口を閉ざした。リコリーの背中の向こうに見える、銀色の鎧に身を包んだ男は、彼女を強く睨みつけていた。
「ヒガン……どうしてここに……」
「どうして? それはこっちの台詞だぜ。俺はお前に『二度と俺たちの前に顔を出すな』と言ったはずだぜ? それなのに性懲りもなく此処に入り浸るとは……賢者なんて大層な名前のスキルを持っている癖に、物覚えが悪いんだな」
リコリーの横に立ち、フェネルは彼女の顔を一瞥した。帽子と髪に隠れて見えにくいが、彼女の額には多くの冷や汗が伝っており、その身体が震えている。彼女が自身を抱きしめるのを見て、彼は「もう充分だ」と前に足を踏み出した。
「ここは装備屋だ。誰がどう利用しようと、他の客には関係ないはずだが?」
「なんだ、お前。関係ない奴はすっこんでろよ。これは俺とこの役立たずとの会話なんだよ」
「関係あるから口を挟んでるんだよ。彼女は今の俺のパーティメンバーだからな」
フェネルは口を動かしながら、『並列思考』を用いて目の前の男を隈なく観察する。赤髪短髪の美形で、鎧と腰刺しの剣を見るに役職は剣士。リコリーの話に出てきた北の勇者パーティの勇者の身体的特徴と一致していた。
リコリーはフェネルの服の裾を弱い力で引っ張った。
「フェネル……相手にしなくていいっス」
「いいわけあるか! 目の前で仲間が好き勝手言われて黙ってられるほど、俺は出来た人間じゃないんでな。」
「フェネル……」
リコリーの目がフェネルの横顔を捉える。いつもは少し頼りなく感じるその背格好も、実は彼女の身長を越している。それに気が付くほどに、彼女にとって彼の背中が大きく見えたのだ。
「コイツは、お前に辛い思い出を植え付けた張本人なんだろ?」
「……そうっスね。その通りっス」
リコリーはフェネルが隣に居ることによる安心感で、少しずつ冷静を取り戻す。そうだ、言ってやればいいのだ。目の前に居るのは自分のような優秀な魔法使いを追放した見る目の無い男なのだと。
その様子を見ていたヒガンはハッと嘲けるように声を漏らした。
「なんだよ、二人してコソコソと。そんなガキくせぇ坊主連れて冒険者ごっことは、賢者様も落ちたものだな」
「冒険者ごっこ? それこそどっちの台詞っスか。メンバーとの絆を結ばず、要らなくなったら切り捨てて追放。ごっこ遊びはそっちっス」
「なッ⁉」
リコリーの剣幕に一歩引くヒガン。まさか、彼女が言い返してくるとは思っていなかったのだ。しかし、彼もそれだけでは終わらない。フン、と鼻息を吹いて続ける。
「流石、切り捨てられた側の言葉には含蓄があるな」
「……そもそも、お前が切り捨てた側なのか? 本当は切り捨てられたのはお前なんじゃないのか?」
「何が言いたい? 俺たちがそいつをパーティから追放した。それは変わらぬ事実だ」
語気は強いが、その声は僅かに震えている。ヒガンには、確かに思い当たる節があったのだ。
「形上はな。でも、そろそろ、後悔する頃合いなんじゃないか? リコリーの広域魔法は雑魚の殲滅から大物への決定打までこなせる一級品だ。ずっと一人でも旅をして来れた俺でも彼女の魔法には重宝するくらいの代物……それを簡単に手放した当時の自分を殴りたくなってるんじゃないか?」
「そ、そんなわけないだろッ! 役立たずを追い出せて清々してるさ」
「本当にそうか? なら、どうして北の勇者パーティであるお前たちがここに居る? 北部三都の勇者パーティは今、北東のリギュラティア高原に遠征中じゃなかったか?」
「な、何故お前のようなガキがそれを知っている⁉ それは北の都の長より賜った都長令だぞ⁉」
ヒガンはフェネルの言葉に肝をつぶした。
「勇者伝令を見ればそのくらいの情報、嫌でも入って来るさ」
勇者伝令。それは王都より各地の勇者に定期的に発せられる勇者の近況報告書だ。都の長と王がそれぞれ勇者の動向を確認し、それを整理したもので、関係を持たない自分以外の勇者パーティの近況とそれからの動きを把握するために発せられている。
自分以外の事に興味がない勇者たちはしばしばそれを流し見するが、リコリーの話を聞いたフェネルは北の勇者の動向を無意識に確認するようになっていた。
「勇者伝令……ということはまさか、お前は勇者の関係者なのか?」
「関係者も何も、俺が勇者本人だ。はじめましてだな、北の勇者ヒガン。願わくは、もう少しマシな出会い方をしたかったぞ」
フェネルは挑戦的に右手を差し出した。無論ヒガンはそれを取ることはしないが、そこを含めて彼の想定内だった。
「信じられるかッ⁉ お前のような子供が勇者などと!」
「俺にとっては、お前のような人を見る目の無い奴が勇者をやっている方が信じられないがな」
相対した二人の勇者が睨み合う。上から見下ろすヒガンが虎なのだとすれば、下から突き刺すような目つきのフェネルは蛇と言ったところだろうか。
互いに退こうとしない二人の間に入ったのはリコリーだった。
「二人とも、もういいっス。これ以上はお互い望まないでしょう。私たちはこの町に冒険者技量確認試験を受けに来ただけ……それが終わればすぐにこの町を去るっス。それでいいしょう?」
「冒険者技量確認試験だと? まさかお前らも来週の試験に出るのか?」
「お前らも……って、まさかヒガン達もなんスか?」
ヒガンは「あ~、クソッ」と右手で後頭部を搔きむしる。思い通りに行かずに癇癪を起こす子供のような態度だ。
「俺たちも色々あって、来週の試験を受けるんだよ。いいか? くれぐれも邪魔だけはしてくれるなよ? 俺たちの命運が懸かった大事な試験なんだ」
「そっちが黙っている限り、こっち側からお前らに接触する気は無い」
「そうかよ。じゃあな、リコリー。精々そこのちびっ子勇者のお守りを頑張るんだな」
「ヒガン! 今の言葉は──むぐッ」
ヒガンは捨て台詞を吐いて、店の戸を開いた。フェネルは、反論しようとしていたリコリーの口を手で塞いだ。
ヒガンはそのまま店の中に入っていった。
「なんで止めるんスか⁉ あいつは何も知らないフェネルのことを馬鹿にしたんスよ?」
「言わせておけばいい……ってのは、少し自分勝手すぎるか。俺だってさっきはリコリーの制止を振り切って前に出たわけだし」
「なんか私たち、自分の事よりも他の誰かの為の方が怒れるタイプみたいっスね」
「……だな」
人通りの少ない路地裏に残された二人。その静かな空間には、二人の苦笑だけが聞こえていた。
互いをしばらく見つめ合った後、フェネルが「あッ」と突然声を上げた。
「俺、まだこの店で買い物できてねぇ……」
あの狭い店内にヒガンと目を合わせずに買い物を済ませることなどできない。
結局、二人は通りに出て少しだけ時間を潰して彼の退店を待った後、装備屋に戻って目当ての物もを買う、という面倒な手順を踏むことになるのだった。
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酒屋から始まる異世界冒険譚~転生勇者と追放賢者と悪役令嬢の3人パーティによるドタバタチート無双旅~
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