第7話 新たな地にて
翌朝。朝食を済ませたアステリアは、早速冒険者登録をするために玄関に向かう。
「アステリアお嬢様。その恰好で向かわれるのですか?」
リサは慌てた様子で、駆け寄ってくる。
アステリアの格好は、普段外に出る時と同じワンピースだ。明らかに冒険者登録をする格好ではない。
「大丈夫よ。目立たないようにこれを着て行くんだから」
アステリアはそう言いながら、ローブを羽織る。
「そういう問題では――」
「じゃあ行ってくるわね」
リサの言葉を聞く間もなく別荘を後にした。
アステリアは身体強化で森の中を駆け巡る。舗装されている道ではなく、ただ目的地に一直線に走っていた。目の前に障害物があれば飛び越え、木を利用して立体的にペースを落とすことなく移動していく。
行先はここから西方にあるマイヤー領。このまま走っていけば、2時間で目的地に到着するペースだ。
「ここね」
マイヤー領の街に到着した。
街中を歩きながら、冒険者ギルドを目指す。道中辺りを見回すが、行きかう人の数は少し少なさを感じる。
それもそうだろう。マイヤー領は強力な魔物が生息している区域が多く、その被害も昔から多いからだ。
今では様々な対策をしているらしく、魔物と接触する機会も減ってきているが、それでも安全を求める人たちはマイヤー領から離れていく。
「私としては都合がいい街ね」
街を眺めていると、いつの間にか目的の冒険者ギルドにたどり着いていた。
アステリアは、冒険者ギルドの扉を開ける。
中は予想通り閑散としている。
この地は魔物は多く、冒険者の需要はかなり高いはずだが、そもそも街の人間が少ないため宿などの設備が不足している。それに多くの高ランク冒険者が、拠点にしている王都から遠いのも不人気の要因の一つだ。
「こんにちは、お姉さん。今ギルドマスターいるかしら?」
アステリアは、そう受付の女性に話しかける。
「あら……女の子?こんな所に来るなんて珍しいわね。ねえ、ギルドマスターに何の用かしら?」
「ごめんなさい訳アリのなの。内容は言えないわ。名前もね」
そう言ってアステリアはローブを開き、中の服と顔を受付嬢だけにチラリと見せる。
高級そうな可愛らしいデザインのワンピースに、お人形の様に整ったきれいな顔立ち。
それを見た受付嬢は、アステリアを貴族の子供だと予測した。
「わ、わかりました。少々お待ちください」
慌てたように奥に消えていく受付嬢。
待つこと数分。
「お待たせしました。ご案内します」
再び現れた受付嬢に連れられて、施設の奥に進む。
「ギルドマスター。お客様をお連れしました」
受付嬢がノックをすると、中から許可の返事が聞こえて来た。
扉を開けると、50代くらいのいかついおじさんが一人椅子に座っていた。
体格も良く、おそらく若い頃は冒険者をしていたのだろう。
アステリアはローブを脱ぎ、対面のソファーに座る。
受付嬢は二人にお茶を用意し、静かに退室する。
いかついおっさんと二人きりの空間だ。
「それで嬢ちゃんの用件は何だ?」
「単刀直入に言うわ。私冒険者登録をしにきたの」
「は?」
アステリアの言葉に驚愕するギルドマスター。
「おいおい。冗談はよしてくれ。それに嬢ちゃんは十歳じゃないだろ」
「ええ、五歳よ」
「五歳じゃあ登録はできない。それに見た感じ嬢ちゃん貴族だろ?バレたら怒られるんじゃないか?」
「私は今、侍女と二人暮らしなの。あなたが何も言わなければ問題ないわ」
「え、二人暮らし……?」
「貴族にもいろいろあるのよ」
ギルドマスターは頭を抱える。
「侍女には反対されなかったのか?」
「ええ、反対されたわ。だから戦って実力で黙らせたの」
その侍女の実力はわからないが、五歳の子供に大人が実力で黙らされることがあるのかと、懐疑的な目でアステリアを見つめる。
「とにかく私が求めているのは冒険者の登録よ。年齢の件も秘匿冒険者ならどうにかなるんじゃない?」
秘匿冒険者。冒険者に登録したいが、本名や出身地、年齢など本人に関する情報は秘匿したい訳アリの人物のための制度だ。年齢も秘匿にできるということは、冒険者ギルドに年齢を伝える必要がないということだ。
「確かに秘匿冒険者に関しては、年齢の条件はないな。だが別の条件がある。最低でもBランク程度の実力があることだ」
冒険者にはランクが存在する。一番下位のFからAそしてSと。
アルファベット……すごく地球みを感じる。
「私たち生き物は、生存能力を上げるために恐怖という感情があるわ。その恐怖を私たちは、身近な物から感じることがある」
「魔力のことだな。特に熟練の魔術師や高ランクの魔物から感じる魔力の圧はやばい」
急に話が変わったが、ギルドマスターはとりあえずアステリアの話を聞く。
「そう、私たち生物は魔力量が多い相手に、本能的に恐怖を感じてしまうの。強い魔物なんかは、それに威圧も乗せてくるからさらにたちが悪いわ」
「ああ、魔物の威圧で動けなくなって死亡する新人が多いな。それでさっきの話とどう繋がってくる?」
そう言った瞬間、急に寒気と心臓を締め付けるような圧迫感がギルドマスターを襲う。
目の前には涼しげにお茶を飲む一人の少女。
さらに彼女の体から薄いオレンジ色のオーラが視認できる。
「ぐっ……視認できる魔力……」
アステリアは魔力の解放を止め、再び自身の体から出ないように制御する。
「おいおい、なんて魔力だ……。しかも視認できるほど濃いとは……」
魔力の扱いに長けている人を除き、魔力は基本的に視認することはできない。
だが、アステリアの様に視認できるほどに魔力が濃くなる人が存在する。それは長年魔法を使い、極めてきた熟練の魔術師たちだ。
だからこそギルドマスターは困惑する。
五年しか生きていない子供が、既にその域に達していることがおかしいのだ。
「俺は頭がおかしくなったのか?」
アステリアの魔力圧から感じる、胸を締め付けられるような恐怖も含めて、頭がこの現実を受け入れることを拒んでいる。
「今のは現実よ。それより何かちょうどいい依頼はないの?私の実力を見極めないといけないでしょう」
「……言いたいことはあるが、まあいい。確かに魔力はすごかったが、実践でダメだったら話にならないからな」
ギルドマスターは何とか頭を切り替え、本題に戻る。
そして一度退室し、再び部屋に入ってくる。
「ここから少し離れた場所にあるアラス大森林にオークの集団がいる。本来なら、あまり森から出てこないから被害も少ないのだが、ここ最近オークが近くの村に現れる頻度が増加傾向にある。そこで調査をした結果、最低五百のオークが確認された」
ギルドマスターは、資料をテーブルに広げ状況を説明してくる。
オークとは豚の様な頭を持った人型の魔物だ。体格は三メートル程度で、まともに攻撃を受ければ、一撃で戦闘不能に陥るほどのパワーを持っている。
武器の使用や、集落を形成するため知能はあるが、武器はこん棒や冒険者から奪い取った武器など自分たちで作ることはできず、集落も小屋と呼べるか怪しいずさんな建造物や洞窟を利用したパターンが多い。知能といってもそこまで高くはない。まれに知能が異常発達した個体がいるみたいだが。
「オークの大量発生ね……。いいわね。行きましょう」
普段は生態系を壊さないように、なるべく魔物の殺生は抑えて来た。だが、今回は大義名分で大量発生した魔物の駆除ができる。
今日は好きなだけ殴れそうね。
アステリアの口元が微かに緩む。
「今から行くか?」
「ええ、すぐに行きましょう」
「わかった。じゃあ馬車の準備をしてくる」
「それは必要ないわ。走って行きましょう」
「……は?」
アステリアのその言葉に、ギルドマスターはしばらくフリーズした。




