第6話 未来に向けて
ヴィステール領の別荘にやってきた。
街からは少し離れており、自然豊かでいい場所だ。
ずっと使っていないとは言っていたが、管理はされていたみたいでかなりきれいだ。
「ではお嬢様いきましょうか」
そういって先導するのは、アステリアの専属侍女のリサだ。元々はアステリアの母の専属だったらしいが、物心ついた時からすでにアステリアの専属をしていた。
そして立ち振る舞いから見るに、ある程度の戦闘もできるようだ。まあ闘っているところは見たことないのだが。
人間性にも問題なく、あの家で唯一信用できる人物だ。
ちなみにアステリアについてきたのは侍女のリサだけだ。つまりリサと二人で暮らしていくことになる。
荷物を置いた後は、馬車で長時間座り疲れた心と体を癒すため、お茶を飲みながら外の自然豊かな景色を眺めていた。
「それにしてもアステリアお嬢様がオリヴィア様と同じようなことをなさるとは……」
リサのそのセリフから察するに、オリヴィアとはアステリアの実母のことであろう。
「初めて聞いたけどオリヴィアとは、私のお母様のことかしら?」
「そうです。アステリアお嬢様と病名は違いますが、感染力が強い病気に罹患したとして遠方に隔離してくださいと頼んでおられました」
一度も会ったことはないが、さすがは親子というべきか、血は争えないな。
「私、お母様はずっと亡くってたと勝手に思っていたけど、話を聞く限りまだ生きているみたいね」
「はい。元気に過ごされています」
リサは一呼吸おいてから再び口を開く。
「オリヴィア様は今でもアステリアお嬢様を愛しておられます。オリヴィア様が出て行こうとされたのは――」
「ディアナお義母様が原因でしょ?」
「……はい。ディアナ様はオリヴィア様を完全に敵視しており、このままではいずれアステリアお嬢様に危害を加える恐れがあったのです」
それでお母様だけが出ていき、ディアナお義母様のストレスを緩和させた。そして私のことは、信頼できる侍女のリサに任せたということでしょうね。
ディアナお義母様は、ストレスさえ溜めさせなければ基本的に無害だ。かくいう私も、ストレスを与えないように立ち回ってきた。おかげで一度も危害を受けたことはない。嫌われてはいるが。
ちなみに私も一緒に連れて行かなかったのは、お父様が許可を出すはずがないからだ。お母様の実家ミスティアール家との関係を良好に保つために、お母様か私の存在が必要だからだ。
「安心してリサ。私はお母様を恨んではいないわ」
というより実の母親に対してあまり実感がない。一度も会ったことがないのだから恨むとかそういう感情は湧いてこない。
「話は変わるけどリサ。あなたに確認しておきたいことがあるの」
「なんでしょうか?」
「セラフィード家、ミスティアール家関係なく私個人に忠誠は誓えるかしら?」
今後のことを考えると、リサには私の味方でいて欲しい。
「それはセラフィード家とミスティアール家を敵に回す可能性があるということでしょうか?」
「ミスティアール家は知らないけど、セラフィード家は確実に裏切ることになるでしょうね」
リサはひざまずいてアステリアを見上げる。
「私はセラフィード家……いや例え世界を敵に回したとしても、オリヴィア様とアステリアお嬢様に生涯忠誠を誓います」
その言葉を聞いた瞬間、アステリアは椅子から立ち上がった。
「わかったわ。では外に出ましょうか」
リサを連れ別荘の裏手にある林の中に入って行く。
「この辺でいいかしら」
「お嬢様何をされるのですか?」
「私はここにいる間、できる限りお金を稼ぐつもりでいるの。どこかに家も買えたら理想的ね」
リサの目を見つめ真剣に伝える。
「それは将来的に、セラフィード家を出るためにでしょうか?」
「そうよ」
「では、どのように稼がれるおつもりですか?」
「冒険者をしようと思っているの」
冒険者とは魔獣の討伐、要人護衛、人探しや素材採取依頼などと様々だ。要は何でも屋みたいなものである。
最初に冒険者という言葉を最初に聞いた時、前世で息子に進められて見たアニメとかにそんな言葉あったなぁくらいに思っていた。
この世界の人間の起源は地球からの召喚者。そして現在もどこかの国が、十年程度の間隔で一人ずつ召喚しているらしい。冒険者という概念があるのも納得がいく。
「アステリアお嬢様。それはダメです」
リサは焦った表情で、その考えを否定する。
アステリアの見た目は五歳の子供だ。その反応は予想していた。
アステリアはリサを見つめながら拳を横に上げ、近くに立っている木に軽く触れる。
そして爆弾が爆発したかのような轟音と共に倒れる木。
拳が触れていた箇所は大きく抉れている。
「お、お嬢様……今のは……?」
リサは先ほどよりも大きく動揺している。
「圧縮した魔力を放出しただけよ」
「魔力を……圧縮……。お嬢様、危険です」
「リスクも承知よ。それに今はほとんど暴発することはないの」
「ですが……」
「そんなことはいいわ。それよりも私を止めたいのなら、力づくで止めなさい。あなたに負けるのであれば、冒険者の話は無かったことにするわ」
「お嬢様……」
どうすればいいのか困っているといった顔だな。
「リサ、構えなさい」
そう声をかけた後、瞬時にリサの目の前に近づき、リサが反応できそうなギリギリの速度で拳を顔面に振るう。
「ぐっ」
リサは一瞬びっくりした表情をしたが、瞬時に切り替えアステリアの拳をガードした。
「さっきの魔力圧縮は使わないで、身体強化だけで戦ってあげる。リサ、あなたはその隠し持っている武器も使っていいわ。持てるすべての技術で、私を止めなさい」
手加減はしていたとはいえ、リサの体が大きく後退するほどの威力の拳。その一撃でリサは私のことを強者と認定し、油断を捨てる。
「わかりましたお嬢様。全力で止めさせてもらいます」
「いいわ。来なさい」
リサは短剣取り出し、距離を詰めてくる。
いくら全力でくると言っても、おそらく寸止めだろう。それではダメだ。
迫りくるリサの短剣に合わせ、アステリアは拳を短剣にぶつける。
身体強化で殴られた短剣は刃の中央で折れ、リサの手から離れる。
「お嬢様。なんてことを」
「大丈夫よ。見なさい」
慌てるリサに、血まみれの拳を見せる。
アステリアは固有能力に魔力を通し、傷を一瞬で治して見せる。
「これは……お嬢様の固有能力ですか?」
リサは、一瞬で治った傷口をみて驚愕する。
「そうよ。私は【再生】持ちなの。あなた寸止めしようとしたでしょう?だから殴ったの。見ての通り刺されようが腕が吹っ飛ぼうが、即死じゃない限り私は治せるの。だから殺す気で来なさい」
それくらい本気でなければ意味がない。
「……わかりました。ですが、死なないでくださいよ」
「大丈夫よ。あなたが殺す気で来ても私は殺せないわ。私、人を見る目には自信があるの」
リサは新しい短剣を取り出し構える。
リサの体から微かに魔力を感じる。魔力の流れから察するに次は魔法も使ってくるだろう。
リサは魔法の発動と同時に、距離を詰めてくる。
リサから放たれた魔法は雷魔法。おそらく中級程度の威力だろう。
一直線の伸びる雷が、アステリアの顔面に迫る。
なるほど、視界を奪うための魔法ね。
「だけどまだ甘いわ」
リサは雷魔法で死角を作り、一瞬で後ろに回り込み背中に短剣を突き立てようとしていた。
しかし、それを予期していたアステリアは短剣を躱し、すかさず全力で強化した蹴りでリサを大きく吹っ飛ばす。途中何本か木をへし折るほどの威力だ。
「ある程度戦えることは分かっていたけどさすがね」
リサは蹴られる直前、肉体を硬化し防御の態勢を取っていた。
筋肉を強化し、パワーとスピードを素の肉体以上に引き上げる身体強化に対し、身体硬化は皮膚を硬化させダメージを軽減させる防御の魔法。どちらも基本的な魔法だ。
「ぐっ……」
それでもダメージは大きかったのか苦しそうに起き上がる。
「次は私からいくわ」
アステリアは地面を蹴り、一瞬でリサとの間合いを詰める。
それを確認したリサは両手を前に突き出し、魔力で作った障壁を張り、さらに肉体も硬化させる。
アステリアは障壁を全く気にすることなく、拳を振りぬく。
リサの障壁は一瞬で割れ、体はまた吹き飛ばされる。
しかし、それと同時に周囲に霧が出現し、リサの体は霧の中に消えた。
霧はどんどん濃くなっていき、林の中に居るはずなのに近くの木が見えないほどの濃さになっていた。
この霧は魔力で生成された物ではないわね。ということは固有能力かしら。
そんな考えが頭を過った瞬間。目の前に数本のナイフが、アステリアに向かってくる。
霧の濃さのせいで一瞬判断が遅れたが、アステリアは飛んでくるナイフをすべて掴み取った。
そして少し意識を集中させる。
「そこね」
アステリアは先ほどキャッチしたナイフを、後ろに振り返って投げつける。
「うぐっ……」
霧が晴れる。
アステリアの目の前にはナイフが深く突き刺さり、膝をついているリサの姿があった。
もちろん急所は外している。
「もういいかしら?」
「……はい。……私の負けです」
その言葉を聞いたアステリアはリサに近づき、刺さったナイフを抜き始めた。
「うっ……」
「我慢しなさい。すぐに治してあげるから」
そう言うとアステリアはリサに触れる。
「私の固有能力は触れていれば人も治せるの。ただ魔力で強化させた場合ね。それに自分の体と違って治りもそんなに早くないし、欠損も治せないわ」
リサの体の傷は、みるみる治っていく。そんなに早くないと言っても、完治までに五分もかからなかった。
「ありがとうございます。ところでお嬢様。冒険者登録は十歳にならないとできませんがご存じですか?」
「わかっているわ。だから直接交渉してみようと思っているの」
交渉でどうにかなるとは思えなかったが、リサはこれ以上何も言えなかった。




