表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星崩しのアステリア  作者: 狐坂蒼
第一章 準備と決意

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/31

第6話 未来に向けて

 ヴィステール領の別荘に到着した。


 街中から少し離れた静かな高台に位置しており、周囲は豊かな森と緑の丘陵に囲まれ、穏やかな自然の息吹に満ちた場所だった。空気は澄み渡り、木々の香りと土の匂いが混じり合って、深呼吸をするだけで心の奥底まで浄化されるような感覚があった。


「ずっと使っていないと言っていたけれど、管理はしっかり行き届いていたのね。思った以上に綺麗だわ」


 アステリアはゆっくりと周囲を見回しながら、満足げに呟いた。庭木は定期的に剪定されているようで形が整い、建物の壁や屋根にも目立つ傷みはほとんど見当たらない。長期間の使用に耐えられる、快適な住み心地が期待できそうだった。


「ではお嬢様、いきましょうか」


 先導しながら穏やかだが凛とした声でそう言ったのは、アステリアの専属侍女であるリサだ。元々はアステリアの実母・オリヴィア様の専属侍女として仕えていたが、アステリアが物心ついた頃にはすでにアステリアの側近くに控え、身の回りの一切を支えてくれていた。


 その洗練された立ち振る舞い、常に周囲を警戒する鋭い気配、そして微かな魔力の揺らぎから、彼女が相当レベルの戦闘技術を身につけているのは明らかだった。実際に戦う場面を目にしたことはないが、決して侮れない、油断のならない存在感を常に放っている。


 人間性にも全く問題はなく、あの陰鬱で複雑な人間関係が渦巻くセラフィード家の屋敷の中で、アステリアが心から信用できる唯一の人物だった。


 ちなみに、今回この別荘に一緒に同行したのもリサただ一人。つまり、これからはアステリアとリサの二人だけで、この自然豊かな別荘で新生活を始めることになる。


 荷物をそれぞれの部屋に運び入れた後、長時間の馬車移動で凝り固まった体と心を癒すため、アステリアはリサが丁寧に淹れてくれた温かいハーブティーを手にテラスへと出た。風に揺れる木々の鮮やかな緑、遠くから聞こえてくる小鳥たちのさえずり、時折通り過ぎる柔らかなそよ風――すべてが心地よく、五感を優しく刺激してくれる。 


「……それにしても、アステリアお嬢様がオリヴィア様と同じような道をお選びになるとは……」


 リサがぽつりと零した言葉に、アステリアはティーカップを口に運びながら静かに顔を上げた。


「初めて耳にする名前だけれど……オリヴィアとは、私の本当のお母様のことかしら?」


「はい、そうです。アステリアお嬢様とは病の名前は異なりますが、感染力が非常に強い病気に罹患したという名目で、遠方の隔離施設へと移っていただくよう、ご自身から強く望まれていました」


 一度も顔を合わせたことはないが、やはり親子なのだろう。血は争えないものだと、改めて実感する。


「私はお母様はずっと亡くなっているものだとばかり勝手に思い込んでいたけれど……どうやらまだご存命のようね」


「はい。現在も元気に過ごしておられます」


 リサは一瞬だけ息を詰め、感情を整えるようにゆっくりと続けた。


「オリヴィア様は今でもアステリアお嬢様のことを、深く深く愛しておられます。オリヴィア様が屋敷を離れようと決意されたのは――」


「ディアナお義母様が原因でしょう?」


「……はい。ディアナ様はオリヴィア様を完全に敵視されており、この状況が続けばいずれアステリアお嬢様に直接的な危害が及ぶ危険性があると判断されたのです」


(それで母だけが身を引くことでディアナのストレスを緩和させ、私の安全は信頼できるリサに託したということでしょうね。ディアナお義母様は、ストレスさえ溜めさせなければ基本的に無害な人だ。私もこれまで細心の注意を払い、決して彼女を刺激しないよう立ち回ってきた。おかげで一度も明確な危害を受けたことはないが、嫌悪されているのは間違いない。母が私を一緒に連れて行かなかった理由も理解している。お父様が絶対に許可を出さないからだ。母の実家であるミスティアール家との政治的な関係を良好に保つために、母か私のどちらかの存在が必要だったのだろう)


 アステリアはそう推測する。


「安心して、リサ。私はお母様を恨んではいないわ」


 むしろ、一度も会ったことのない実の母親に対して、恨みという感情自体がほとんど湧いてこない。実感が薄すぎるのだ。


「話は変わるけれど、リサ。あなたにぜひ確認しておきたいことがあるの」


「なんでしょうか?」


「セラフィード家やミスティアール家に関係なく、私個人に対して忠誠を誓えるかしら?」


 今後の計画を進める上で、これは絶対に明確にしておかなければならない点だった。


「それは……セラフィード家、そしてミスティアール家をも敵に回す可能性がある、ということでしょうか?」


「ミスティアール家はまだ未知数だけれど、セラフィード家は確実に敵に回すことになるでしょうね」


 リサは一瞬の迷いもなくその場に膝を折り、アステリアを真っ直ぐに見上げた。その瞳には強い決意と、揺るぎない忠誠の光が宿っていた。


「私はセラフィード家……いえ、仮にこの世界のすべてを敵に回したとしても、オリヴィア様とアステリアお嬢様お二方に対して、生涯をかけて忠誠を捧げます」


 その真摯で力強い言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなり、アステリアは思わず椅子から立ち上がっていた。


「わかったわ。では、外に出ましょうか」


 リサを伴い、別荘の裏手にある深い林の中へと足を踏み入れた。木漏れ日が優しく差し込み、足元には柔らかな落ち葉が積もっている。


「この辺りでいいかしら」


「お嬢様、何をなさるおつもりですか?」


「私はここに滞在している間、できる限り多くのお金を稼ぐつもりよ。できればどこかに自分たちだけの家を買えるくらいには稼ぎたいわね」


 アステリアはリサの目をしっかりと見つめ、真剣に思いを伝えた。


「それは……将来的にセラフィード家を離れるための、ということでしょうか?」


「ええ、そうよ」


「では、具体的にどのようにして稼がれるおつもりで?」


「冒険者になろうと思っているの」


 冒険者とは、魔獣の討伐依頼、要人の護衛、行方不明者の捜索、希少素材の採取など、内容は多岐にわたるいわば万能の何でも屋だ。


 初めてこの世界でその言葉を聞いたとき、前世で息子に勧められて観た異世界もののアニメをふと思い出したものだ。


 この世界の人々の起源は地球からの召喚者であり、現在もどこかの国が十年程度の間隔で一人ずつ新たな召喚を行っているらしい。そう考えれば、冒険者という職業が存在するのも自然なことだった。


「アステリアお嬢様……それは、絶対にダメです」


 リサが珍しく焦った表情で即座に反対した。五歳児の姿であるアステリアへの反応としては、当然の返事だ。


 アステリアは静かにリサを見つめながら、拳を軽く横に振り、近くにそびえる太い古木に触れた。 瞬間――爆弾が炸裂したかのような凄まじい轟音が響き渡り、木は根元から倒れ、拳が触れた部分は大きく抉れていた。


「お、お嬢様……今のは……?」


 リサは先ほどよりも大きく動揺している。


「圧縮した魔力を放出しただけよ」


「魔力を……圧縮……。お嬢様、危険です!」


「リスクも承知よ。それに今はほとんど暴発することはないの」


「ですが……」


「そんなことはいいわ。それよりも私を止めたいのなら、力づくで止めなさい。あなたに負けるのであれば、冒険者の話は無かったことにするわ」


「お嬢様……」


 リサはどうすればいいのか困っているといった顔をしている。


「リサ、構えなさい」


 そう声をかけた後、瞬時にリサの目の前に近づき、リサが反応できそうなギリギリの速度で拳を顔面に振るう。


「ぐっ!」


 リサは一瞬びっくりした表情をしたが、瞬時に切り替えアステリアの拳をガードした。


「さっきの魔力圧縮は使わないで、身体強化だけで戦ってあげる。リサ、あなたはその隠し持っている武器も使っていいわ。持てるすべての技術で、私を止めなさい」


 手加減はしていたとはいえ、リサの体が大きく後退するほどの威力だった。その一撃でリサはアステリアのことを強者と認定し、油断を完全に捨てた。


「わかりました、お嬢様。全力で止めさせてもらいます」


「いいわ。来なさい」


 リサは短剣を取り出し、素早い足捌きで距離を詰めてくる。


 いくら全力で来ると言っても、おそらく寸止めだろう。それでは意味がない。


 迫り来る短剣に合わせ、アステリアは拳を刃の中央にぶつけた。 身体強化で殴られた短剣は、刃の中央から折れ、リサの手から離れ飛んだ。 「お嬢様。なんてことを……!」


「大丈夫よ。見て」


 慌てるリサに、血まみれの拳を見せつける。


 アステリアは固有能力に魔力を通し、傷を一瞬で治して見せた。皮膚が再生し、血が引いていく。


「これは……お嬢様の固有能力ですか?」


 リサは一瞬で治った傷口を見て、驚愕の表情を浮かべた。


「そうよ。私は【再生】持ちなの。あなた、寸止めしようとしたでしょう?だから殴ったの。見ての通り、刺されようが腕が吹っ飛ぼうが、即死じゃない限り私は治せるわ。だから殺す気で来なさい」


 それくらい本気でなければ意味がない。


「……わかりました。ですが、死なないでくださいよ」


「大丈夫よ。あなたが殺す気で来ても、私は殺せないわ。私、人を見る目には自信があるの」


 リサは新しい短剣を取り出し、構える。


 リサの体から微かに魔力を感じる。魔力の流れから察するに、次は魔法も使ってくるだろう。


 リサは魔法の発動と同時に、距離を詰めてくる。


 リサから放たれた魔法は雷魔法。おそらく中級程度の威力だろう。


 一直線に伸びる雷が、アステリアの顔面に迫る。


(なるほど、視界を奪うための魔法ね)


「だけどまだ甘いわ」


 リサは雷魔法で死角を作り、一瞬で後ろに回り込み、背中に短剣を突き立てようとしていた。


 しかし、それを予期していたアステリアは短剣を躱し、すかさず全力で強化した蹴りでリサを大きく吹っ飛ばす。途中、何本かの木をへし折るほどの威力だった。


「ある程度戦えることは分かっていたけど、さすがね」


 リサは蹴られる直前、肉体を硬化させて防御の態勢を取っていた。 筋肉を強化しパワーとスピードを引き上げる身体強化に対し、身体硬化は皮膚を硬化させてダメージを軽減させる防御魔法。どちらも基本的な技だ。


「ぐっ……」


 それでもダメージは大きかったのか、苦しそうに起き上がる。


「次は私からいくわ」


 アステリアは地面を蹴り、一瞬でリサとの間合いを詰める。


 それを確認したリサは両手を前に突き出し、魔力で作った障壁を張り、さらに肉体も硬化させる。


 アステリアは障壁を全く気にすることなく、拳を振り抜いた。 リサの障壁は一瞬で割れ、体はまた吹き飛ばされる。


 しかし、それと同時に周囲に霧が出現し、リサの体は霧の中に消えた。


 霧はどんどん濃くなっていき、林の中にいるはずなのに近くの木が見えないほどの濃さになっていた。


(この霧は魔力で生成された物ではないわね。ということは固有能力かしら)


 そんな考えが頭を過った瞬間、目の前に数本のナイフが飛んでくる。


 霧の濃さのせいで一瞬判断が遅れたが、アステリアは飛んでくるナイフをすべて掴み取った。


 そして少し意識を集中させる。


「そこね」


 アステリアは先ほどキャッチしたナイフを、後ろに振り返って投げつける。


「うぐっ……」


 霧が晴れる。 アステリアの目の前には、ナイフが深く突き刺さり膝をついているリサの姿があった。


 もちろん急所は外している。


「もういいかしら?」


「……はい。……私の負けです」


 その言葉を聞いたアステリアはリサに近づき、刺さったナイフを抜き始めた。 


「うっ……」


「我慢しなさい。すぐに治してあげるから」


 そう言うと、アステリアはリサに触れた。


「私の固有能力は、触れていれば人も治せるの。ただ魔力で強化させた場合ね。それに自分の体と違って治りもそんなに早くないし、欠損も治せないわ」


 リサの体の傷は、みるみる治っていく。そんなに早くないと言っても、完治までに五分もかからなかった。そんな様子を、リサは呆然と見つめていた。


「ありがとうございます……ところで、お嬢様。冒険者登録は通常十歳にならないと受け付けられないとご存じですか?」


「ええ、もちろん知っているわ。だからこそ、直接交渉してみるつもりよ」


 交渉で簡単に通るとは思っていなかったが、リサはそれ以上強く反対することはできなかったようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ