第28話 永夜の残影と、新たな拠点
リーフィとアステリアは、マイヤーの街に帰ってきた。
二つの依頼を連続でこなしてきたため、リーフィはすっかりヘトヘトの様子だった。ギルドに到着するなりさっさと依頼の達成報告を済ませ、「じゃあ私はもう寝る……」と今まで泊まっていた宿へと帰っていった。
リーフィも今後、精霊界の拠点で一緒に生活することになるのだが、今日は疲労がピークに達していたため、明日に荷物を運ぶことになった。
「それじゃあ、私は帰るわね」
ギルドマスターの部屋で依頼報告を終えたアステリアは、軽く手を振りながら部屋を出ようとした。
「ちょっと待ってくれ」
ギルドマスターのローナンが、神妙な面持ちで彼女を呼び止めた。いつもの豪快な笑顔はなく、どこか深刻そうな表情をしている。
「何かしら?」
「確か前に、マイヤーで家を買うかもしれないって言っていたよな?」
アステリアは精霊界に拠点を持っているため、実際には住む必要はない。しかし、地上での活動拠点があれば何かと便利だと思い、軽い気持ちでその可能性を口にした覚えがあった。
「まあ、そうだけど……。もしかしてこの流れ、私に物件を紹介してくる流れかしら?」
「まあ、そうなるな」
ローナンは言いづらそうな表情で肯定した。少し肩をすくめ、ため息を一つ吐く。
「その物件ってのが……永夜の黒蛇のアジトだった場所なんだ」
五年前、アステリアが引き起こした永夜の黒蛇との抗争で、マイヤー支部は壊滅した。あの激しい戦いの舞台となった建物こそが、今回ローナンから紹介された物件だった。
「私に紹介するってことは、まだ売れていないのね」
「ああ、その通りだ。誰かさんが乗り込んで、構成員を皆殺しにしたせいでな」
元々はどこかの金持ちが所有していた屋敷だったらしいが、永夜の黒蛇の拠点となって以来、アステリアの手によって惨劇の舞台と化した。今では「事故物件」として、マイヤーでは少し有名になっているという。
「むしろそれを武器に売ればいいじゃない。それこそオカルト好きの人には刺さるんじゃない?」
「それでも売れないから困ってるんだよ……」
頭を抱えるローナンを見て、アステリアの頭に一つの疑問が浮かんだ。
「そもそもあなた、不動産屋じゃないじゃない。いつから転職したの?」
「息子が不動産屋で働いていてな。どうしても売れないって相談されて、困ってる顔を見ていると放っておけなくて……少しでも力になろうと思って、こうやってお前に声をかけたんだ」
アステリアは少しの間、考え込んだ。金銭的な余裕は十分にある。今後、各地に自分の拠点を増やしていくのも悪くないと考えていた。
「正直、買ってもいいわねぇ……」
「本気か?」
「とりあえず、明日見に行くわ。詳しい話はその後で」
「悪いな。助かる」
ローナンとの話が終わると、アステリアはそのまま精霊界の拠点へと戻っていった。
翌日の朝。
まずはリーフィが精霊界の拠点で一緒に暮らすための荷物を運ぶ必要があった。とはいえ、荷物は精霊界へ直接転送するだけなので大した手間にはならない。リーフィの荷物自体も意外と少なく、三十分ほどで作業は終わってしまった。
「これでリーフィの荷物はおしまいね」
「ありがとう!改めてよろしくね、アステリア」
昨日の依頼がハードだったのか、帰ってからすぐに爆睡したリーフィは、顔色がすっかり良くなり上機嫌だった。瞳も輝いている。
「ひとまず今日は物件を見に行くから、お昼に集合しましょう」
「え?物件?買うつもりなの?」
「それはまだわからないわ。そういう話が来たから、ひとまず見てみるの。マイヤーに地上の拠点があるのも、今後便利かもしれないしね」
その後、お昼までの間、皆それぞれ自由に時間を過ごした。
そしてお昼。
精霊界の拠点で共に暮らすリサ、ヴェルラ、ルリ、リーフィ、そしてアステリアの五人に、ギルドマスターのローナンを加えた計六人で、例の物件の前に集まっていた。
「まさか、あの天才魔道具技師とも一緒に行動しているとはな……」
「利害の一致よ。もう五年以上の付き合いになるわ」
千年に一人の天才と称されるヴェルラの姿を見て、ローナンが驚いた様子で呟いた。
「ローナン様、初めまして。アステリアお嬢様の侍女を務めております、リサと申します。いつもお嬢様がお世話になっております」
ローナンに対して深く頭を下げるリサ。彼女は普段、冒険者ギルドに行く機会がないため、ローナンと顔を合わせるのはこれが初めてだった。
「ああ、こちらこそよろしく頼む。冒険者ギルド・マイヤー支部のギルドマスター、ローナンだ」
ローナンは手を差し出し、リサとしっかりと握手を交わした。
(この侍女……なかなかの手練れだな)
握手をしながら、ローナンは内心でそう思った。元Aランク冒険者である彼は、相手の手を握るだけで大よその力量が分かる。リサの手に込められた静かな強さを感じ取り、わずかに目を細めた。
「それじゃあ、中に入っていくぞ」
初対面の挨拶を済ませ、ローナンは一同を誘導し、屋敷の鍵を開けて中へと案内した。
「改めて見ると、この家、結構広いわね……」
「さすがはファルスティアでも有名な犯罪組織が拠点にしていた屋敷の一つだからな」
五年前の騒動の際は戦いに夢中でほとんど見る余裕がなかったが、こうして落ち着いて見回すと、その広大さにアステリア自身も驚いた。貴族の屋敷ほどではないが、それより一回りほど小さい程度の立派な建物である。
「そういえば、戦いで壊しちゃった場所があったはずなんだけど……」
当時、元Sランク冒険者のリッドとの激闘で壁や床を破壊した記憶があった。
「それはもう修理済みだ。壊された痕跡が全くないくらい、きれいになってるぞ」
「それなら良かったわ」
その後、一行は各部屋を丁寧に見て回った。
広々としたキッチン、贅沢な浴室、十分な数の個室。どの部屋も新築のように清潔で、五人で暮らすには申し分ない広さだった。他のメンバーたちの反応も概ね好評で、特にリーフィとルリは目を輝かせている。
「実際に見てみると、欲しくなってくるわね……。ところでルリは大丈夫?ここにはあまりいい思い出はないでしょ?」
五年前、ルリは永夜の黒蛇に父親を殺され、自身も拉致された過去がある。この屋敷の地下には、彼女が閉じ込められていた牢屋も残っているはずだ。アステリアは心配そうにルリの顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ。正直あの時は色々ありすぎて、この屋敷自体あんまり記憶に残ってないの。ずっと俯いてたから……。だから部屋を見ても、初めて見たみたいな感じ」
アステリアの心配をよそに、ルリはケロッとした様子で各部屋を見て回っていた。その明るい横顔を見て、アステリアは胸をなで下ろした。
(ルリがその調子なら大丈夫そうね……。念のため、地下には行かせないようにしておかないと)
「なら良かったわ。ローナン、この物件買うわ」
アステリアはそう決断した。
「本当か!?」
ローナンが歓喜の声を上げ、思わず拳を握りしめる。
「本当よ」
「良かった……!なら手続きは不動産の方で行うから、案内しよう」
その後、ローナンの案内で不動産屋へと移動し、物件購入の手続きを無事に進めた。




