第27話 空を堕とす魔導糸
落下の最中、アステリアは鋭い視線で崖面に空いた穴を発見する。
「しっかり捕まって。このまま巣に飛び込むわよ」
風魔法で落下の軌道を細かく調整しながら、アステリアは見事なコントロールでグリフォンの巣である洞窟の入り口付近に着地した。
「よし、着いたわ」
リーフィをゆっくりと地面に降ろすと、アステリアは周囲を警戒しながら言った。
「この洞窟はあまり深くないわね。グリフォンはすぐそこにいるはず。もう、こちらの存在には気付いていると思うけど……大丈夫?顔色が真っ青よ」
「道のりがとんでもなさすぎて……少し気分が悪いわ……。抱えられたまま崖を飛び降りたり、急加速したり、急停止したり……もう二度とごめん」
前世で言うところの、運転が荒い人の車に無理やり乗せられたような、極度の酔いと恐怖をリーフィは味わっていた。
「まあいいわ。休みながら聞いて。オークの時と同じで、リーフィは後衛よ。やり方はあなたに任せるわ。好きなように動いてちょうだい。それと、そろそろグリフォンが来るわよ」
アステリアの言葉が終わらないうちに、暗い洞窟の奥から巨大な影がゆっくりと近づいてきた。
まず目に入ったのは、鋼のように硬く曲がったくちばしと、闇の中で微かに金属光沢を放つ美しい羽毛。折り畳まれていた翼がわずかに開かれると、洞窟内に強風が巻き起こり、埃が激しく舞い上がった。前足の鋭い爪が岩を抉るたび、重く鋭い「ガリッ、ガリッ」という音が響き渡る。
全身を露わにしたグリフォンは、上半身が鷲、下半身が獅子という威容を誇示するように立ち止まり、二人の方を睨みつけた。
アステリアとグリフォンは、互いに睨み合いながら一瞬動かなくなった。
その隙にリーフィは洞窟の入り口ギリギリまで後退し、魔導ライフルを構えた。手がわずかに震えている。 張りつめた空気の中、先に動いたのはグリフォンだった。
アステリアに向かって猛然と突進し、岩をも抉る前足の爪を振り下ろす。しかしそれを、すかさずトンファーで受け止めたアステリアが力強く押し返す。
「すごい力ね」
二者が拮抗する中、リーフィが魔力弾を発射するが、直撃寸前で何かに弾かれた。
「魔力障壁よ!攻撃に気付かれたらまた張られるわ」
アステリアはグリフォンを蹴り飛ばして距離を取り、再び突進してきたグリフォンが今度はリーフィを狙っていることに気付くと、素早く割り込んで受け止めた。そのまま勢いをずらし、二者は激しく回転しながら洞窟の外、崖下へと落下していく。
「アステリアー!」
リーフィの悲痛な叫びが山に響いた。
落下しているアステリアは、武器をトンファーからヴェルラに作ってもらった高魔力伝導率で非常に頑丈な糸――魔導糸へと瞬時に切り替えた。崖の岩肌に糸を何重にも縫い付けるように固定し、急激に落下していた体を一瞬で止める。ロープのようにしなる魔導糸が、強い張力で軋む音を立てた。
一方、グリフォンは空中で体勢を素早く整え、巨大な翼を力強く羽ばたかせて安定した浮遊姿勢を取った。鋭い眼光がアステリアを捉えている。
「後衛のリーフィに狙いを切り替えるなんて、グリフォンって結構頭がいいのね。侮れないわ」
今は自分が主な攻撃対象になっている。アステリアは、リーフィに再び狙いが移る前に攻勢を仕掛けることを決めた。
距離は約十メートルほど。崖壁を強く蹴ったアステリアは、風を切り裂くような勢いで一直線にグリフォンへと飛び込んだ。
グリフォンは風魔法を即座に展開して迎え撃とうとしたが、アステリアは軽やかにその風を読み、ひらりと躱してグリフォンの背中に着地した。魔導糸を素早くグリフォンの首に巻き付け、手綱を握るような体勢でバランスを取る。小さな体からは想像もつかないほどの膂力で、暴れる巨体を抑え込んだ。
「リーフィ!今よ!」
暴れ狂うグリフォンを魔導糸で必死にコントロールするアステリア。その声に、リーフィは即座に反応した。 魔導ライフルを構え、引き金を引く。
「今度のは魔力弾じゃないわよ!」
銃口から放たれたのは、一直線に伸びる灼熱の炎の渦だった。グリフォンの死角から放たれた炎は、魔力障壁を発動させることなく、顔面を激しく包み込んだ。高温の炎が羽毛を焦がし、肉を焼く嫌な音と臭いが広がる。
「ギャアアアアッ!」
突然の激痛と予想外の攻撃に、グリフォンは激しくのた打ち回り、悲鳴を上げた。翼を無茶苦茶に羽ばたかせ、辺りに強風が荒れ狂う。
アステリアは即座に背中から離脱し、魔導糸を振り子のように操ってグリフォンの巨体を近くの崖壁へと叩きつけた。重い衝撃音が山全体に響き渡る。
「良くやったわ、リーフィ。この調子で、好きな方法で攻撃しなさい。遠慮はいらないわよ」
「わかったわ!……やるしかないわね!」
崖に魔導糸を縫い付け、ぶら下がりながら指示を飛ばすアステリア。グリフォンは激しい怒りの表情でアステリアを睨みつけていた。先ほどの炎攻撃で顔面がわずかに焦げ、羽毛が数枚焼け落ちた程度で、ほとんどダメージを受けていない。Aランク魔物らしい驚異的な耐久力だった。
「さすがはAランク魔物ね。丈夫で本当に嬉しいわ。リーフィの成長のために相応しい相手ね」
リーフィの成長を最優先に考え、手加減しているとはいえ、その圧倒的な頑丈さにアステリアは心の底から歓喜していた。
グリフォンは再び魔法攻撃に切り替え、無数の風の刃を生成してアステリアへ浴びせかけた。しかしアステリアは魔導糸で即席の足場をいくつも作り、最小限の動きで全てを華麗に躱してしまう。風の刃が岩肌を削る鋭い音が連続して響いた。
魔法が通用しないと判断したグリフォンは、巨大な前足の爪を大きく広げ、アステリアを掴み取ろうと猛然と迫ってきた。
アステリアは微動だにせず、その爪の中に自ら飛び込むように捕まった。
「ふふっ、空のお散歩に付き合って欲しいのかしら?」
グリフォンは満足げに巨大な翼を羽ばたかせ、高度を急上昇させた。山頂が遥か下方に小さく見えるほどの高さまで上がると、その場でホバリングした。そして掴んだアステリアを、地面に向かって全力で投げ落とした。
凄まじい速度で落下するアステリアは、魔導糸に大量の魔力を流し込み、上空にいるグリフォンに向かって糸を一直線に伸ばした。
迫り来る魔導糸に危機を察知したグリフォンは慌てて魔力障壁を展開したが、糸はその障壁ごと巻き付き、ミシミシと不気味な音を立てて締め上げていく。
「障壁の出力を上げないと、割れちゃうわよ?」
グリフォンは本能的に死の危険を察知し、魔力障壁の出力を限界まで高めて必死に抵抗した。
「ここまでよ」
アステリアは落下の勢いと自らの魔力を最大限に利用し、魔力障壁ごとグリフォンを地面に向かって叩きつけるように投げ飛ばした。
二者は空中で入れ替わる形で急降下する。グリフォンは地面激突に備えて魔力障壁を維持し続けていたが、長時間の展開で出力が大幅に低下していた。
落下地点はグリフォンの巣がある山頂部。
そこには既にリーフィが立っていた。銃口を真上に向け、引き金に指をかけ、集中力を極限まで高めている。
「魔力障壁ももうボロボロ。そしてこの落下速度に対して、私が圧縮した魔力弾……もう防げないわ」
グリフォンの脳天に正確に照準を合わせ、リーフィは迷わず引き金を引いた。
眩い青白色の光を放ちながら一直線に上昇した圧縮魔力弾は、脆くなった魔力障壁を易々と粉砕し、赤い血しぶきを大量に撒き散らしながらグリフォンの頭部を吹き飛ばした。
頭部を失ったグリフォンの巨体は、急に力を失い、地面に激突して大きな地響きを立てた。土煙が辺り一面に広がる。
続いてアステリアも、ほとんど落下に近い勢いで地面に降り立った。
「上出来よ、リーフィ。よく頑張ったわ」
土埃の中から平然と歩み出てくるアステリア。かなりの高度からの落下だったが、魔力障壁と身体硬化を同時に展開して無傷だった。
「あ、ありがとう……。あの高さからでも平気なんだ……。本当に人間なの?ますます疑わしくなってきたわ」
いくら魔法を使っていても、普通の人間なら確実に死ぬ高さだったため、リーフィは改めてアステリアの異常性に戦慄し、引き気味になっていた。
「それにしても、あの圧縮魔力弾は威力も精度もなかなか良かったわよ。成長を感じるわ」
「万が一防がれたら嫌だから、仕方なくやったの。できることならしたくなかったわ……危ないし、魔力のコントロールも難しいし」
魔力の圧縮自体は良く知られた技法だが、そのリスクが高さから基本的に誰も行おうとしない。だが、有事の際に行う人もいる。
「安心していいわ。ちゃんと魔力圧縮の特訓も、しっかりさせるつもりだから」
「え?」
アステリアの衝撃的な一言に、リーフィの頭はしばらく真っ白になった。戦闘の疲労とこれからの地獄のような特訓を想像して、思わず遠い目をするのだった。




