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星崩しのアステリア  作者: 狐坂蒼
第二章

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第21話 狐耳弟子の初陣

「それで、今日は何か依頼を受けていくのか?」


「ええ、そのつもりよ。この子の初実戦のつもりで来たの。Cランク相当で、何か手頃な依頼はない?」


 ちょうど茶を口に含んだ瞬間、アステリアの言葉が飛んだ。ローナンは盛大に噴き出す。


 驚愕のあまり吹き出した茶の飛沫が、アステリアの眼前でパツン、と目に見えない壁に遮られて床へ滑り落ちる。一瞬にして展開された局所障壁により、隣に座るルリとアステリアの白いワンピースは、一滴の水滴すら吸うことなく完全な無傷を保っていた。


「けほっ……おいおい、この子はまだFランクだぞ!受けられるわけないだろ!」


「大丈夫よ、ローナン。私も一緒に受領するつもりよ。それなら規約上の問題はないでしょう?」


「……まあ、それならいいが。まさかその子一人で戦わせるわけないだろうな?」


 今日登録したばかりのFランク。か細い獣人の子供に見える。ローナンの目には、Cランクを一人で屠れるとは到底思えなかった。それにアステリアのことだ。一緒に行っても、すべてを丸投げして一人で戦わせる可能性が高い。


「そのつもりよ。ルリは私が手塩にかけて鍛え上げた一番弟子よ。Cランクという猟場こそが最適だと思ってお願いしてるの。もしもの時があったら、私がすぐに介入するわ」


「わかったわかった。じゃあ何個か持ってくる。ちょっと待っておけ」


 引き留めるのを諦めたローナンは、渋々部屋を出ていった。アステリアは外面では完璧な令嬢の微笑みを浮かべ、胸中では新兵を値踏みする老兵の目を働かせていた。






 冒険者ギルドで依頼を受けた二人は、アラス大森林の奥地へと足を進めていた。


 引き受けたのは、フォレストウルフの群れ討伐。情報では十頭。背毛がハリネズミのように鋭い木の枝へ変質し、植物の因子を宿した巨狼だ。群れでの連携と噛みつきが主体だが、周囲的の植物をわずかに操り、魔力弾も放つ。最果ての森ではよく遭遇する、典型的な魔獣。


 森の空気は湿って重く、落ち葉の腐った匂いが鼻腔を満たしていた。ルリはアステリアのワンピースの裾を、小さな手で握りしめている。


「ねえ、アステリア。本当に私一人でやるの?」


 猟場が近づくにつれ、声が細くなっていた。


「大丈夫よ、ルリ。普段通りにやれば問題なく倒せるわ。今までの辛い修行の日々を思い出しなさい」


「ううう……」


 五年間、アステリアはルリに魔力圧縮を始めとした精密な魔力操作と、武器・素手の基礎を徹底的に叩き込んできた。粗削りではあるが、Cランクのフォレストウルフ程度なら十分に対応できるはずだ。


 しばらく歩くと、アステリアがふと足を止めた。落ち葉の上に、わずかな土の乱れを見つけたのだ。


「そろそろね。ルリ、ここからはあなた一人よ。私は少し離れて後ろから見ているわ。もしもの時はすぐに助けに入るから、自信を持って戦いなさい。あなたならできるわ」


「わかった。頑張ってみるよ。でも、もしもの時は本当に助けてね。本当だよ……?」


「本当よ。私を信用しなさい」


 自信なさげに耳を伏せるルリの頭を、アステリアは優しく、しかし確かな手つきで撫でた。傍から見れば姉妹のような光景だったが、彼女の内心は、かつての硝煙の中で若い兵士を送り出す時のそれに近かった。孫をあやすおじいちゃんの感覚、と言えば少しは近いだろうか。


 ルリは深呼吸をし、体内の魔力を周囲へ広げた。


「んー、アステリアは何かを見つけたみたいに止まったけど、私の探知には全然何も引っ掛からないよ……」


(無理もないわね。私の探知半径が数キロに及ぶのに比べ、まだ実戦経験の浅いルリの索敵網は半径百メートルが精一杯だわ。こればかりは戦場の空気に慣れてもらうしかない)


「仕方ない。先に進おう」


 ルリは走り出した。獣人特有の高い身体能力に、微量の身体強化を重ねる。木々の間を軽やかに縫い、落ち葉をほとんど立てずに進む。


 少し進んだところで急停止し、地面を確かめた。


「わぁ、ギルドの資料で見た通りの足跡がある……。フォレストウルフの足跡で間違いなさそう。あ、こっちには糞がある。近くにいるってことだね」


 痕跡を追ってさらに一キロほど。ようやく魔力探知に反応があった。


「魔力探知で何となく体の形は分かるけど……たぶん、これがフォレストウルフでいいんだよね?依頼書通り、数もちゃんと十頭いるし」


 まだ自信が持てない。木の上に飛び移り、葉陰から群れを目視した。


 十頭のフォレストウルフが、落ち葉の上でゆるく休息している。角の先端がわずかに緑を帯び、背中の棘が陽光を弾いていた。


「うう……実物を見るとやっぱり怖いよぉ。しかも十頭まとめて相手しなくちゃいけないなんて、やっぱり無理ぃ。……でも、今まで頑張って来たもん。頑張らなくちゃ!」


 精霊石の指輪に魔力を通す。精霊界から二本のナイフが滑り出た。手頃な大きさで、柄尻に魔術文字を刻んだ魔石がはめ込まれている。二本はそれぞれ異なる文字だ。


 別荘での鍛錬で幾多の型を試した結果、ルリの骨格にはこの軽量な刃を使った速度特化の戦闘が最も馴染むと分かっていた。そしてアステリアのアイデアを元に、ヴェルラが鋳造した魔道具である。


 本来、獣人は体内に宿す魔力量が乏しい種族が多いとされる。しかし、狐系の血を引くルリはその例外であり、平均的な戦士を遥かに凌駕する魔力を宿していた。そのため、アステリア直伝の体術だけでなく、魔法を用いた並列戦闘をも得意としている。


 二本のナイフを構えたルリは、意を決して木から飛び降りた。


 一方その頃、アステリアはルリから約一キロ離れた高い木の枝に座っていた。ヴェルラに作らせた魔導銃を深く腰を下ろして構え、スコープ越しにルリの姿を捉える。


 可動部と銃身以外は、オーロリアから提供された高密度な精霊神樹の木材で組み上げられている。魔力弾が基本だが、実弾も撃てる。銃口には鋭利な剣を装着でき、近接戦にも対応できる設計だ。


 スコープの中で、ルリの小さな背中がわずかに震えていた。


「初めての実戦は怖いかもしれないけど、これを乗り越えれば、あなたはさらに強くなれるわ」


 アステリアは低く呟き、周囲の魔力波長を慎重に巡らせた。危険の兆候はまだない。だが、油断はしない。前世で若い兵士を送り出した時と同じように、指先に微かな緊張が残っていた。ルリの成長を願いながら、彼女は静かに引き金に指をかけたまま、見守る。

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