第20話 ギルドの愚か者
アステリア誘拐事件から、半年が過ぎた。
あれからすぐにリサと合流し、ほとんど精霊界で過ごしている。
リサがセラフィード家で聞いた情報によると、ミリアナはレオハルト殿下の婚約者候補となっているらしい。レオハルト殿下は未だにアステリアのことを引きずっていたらしく、ミリアナと婚約を結んでおらず、候補となっているのはそういうことらしい。
アステリアの誘拐事件が発生して六ヶ月が経った現在、レオハルト殿下の心境がどうなってしまったのか、今では知る由もない。
「ルリ、マイヤーに行くわよ」
アステリアは着替え中のルリに声をかける。相変わらず身元がバレないように、ローブを被っている。
「ちょっと待って! すぐ行く!」
ルリは素早く服を着て、バタバタと急いでアステリアが待っている玄関に向かう。
ルリは五年前の永夜の黒蛇に捕らえられていた狐獣人の女の子だ。
今では、心が傷つき疲弊していた頃の様子はなく、すっかり元気になっている。
あれからルリはアステリアの訓練を受けており、今ではすっかりアステリア仕込みの戦闘技術が板についてきた。
まだまだアステリアが納得できる範囲ではないが、一緒に依頼をこなせるくらいには成長していると思い、今回一緒にギルドで冒険者登録を行い、初の実戦を行う予定だ。
「それじゃあ行きましょうか」
アステリアとルリは精霊界から出て、マイヤーの冒険者ギルドに向かう。
「この五年で、だいぶ人が増えたわね」
五年前は周辺の魔獣被害の影響で閑散とした街並みだったが、今ではそんな寂しさが無くなるくらい人が増えている。
人が増えたおかげで宿などの冒険者にとって必要な施設が充実していき、マイヤーで活動する冒険者の数も増えてきていた。
おかげで、精霊界に引きこもっていた半年間、わざわざ溜まった依頼を消化しに行かなければならないということはなかった。
冒険者ギルドの前に着いたアステリアとルリは、玄関を開けてギルド内に入る。
中はがやがやと賑わっており、スタッフたちが大変そうに仕事をしている。
受付にも人がかなり並んでおり、普通に冒険者登録するのは時間がかかりそうだ。
「こんにちは、ギルドマスターいるかしら?今日はこの子の冒険者登録をしに来たの」
ちょうど手が空いていた女性スタッフに声をかけるアステリア。
「アステリア様。お久しぶりです。ギルドマスターですね。少々お待ちください」
女性スタッフは奥に消えていき、それと同時に後ろから誰かが近づいてくる感覚がした。
「おいおい!ガキが冒険者登録って聞こえたが、俺の聞き間違いか?しかも並ばずに直接ギルドマスターを呼び出しやがった!こいつは教育が必要だな」
スキンヘッドの大男の冒険者が、アステリアたちに近づき、そう声を荒らげる。
「教育が必要なのは、あなたの方よ。少しでも気に入らないことがあれば、子供であろうと大声で威圧してくるなんて、性格が悪すぎるわ。その性格を直した方がいいわよ。あ、もうその歳でこれなら手遅れね。ごめんなさい」
アステリアは、大男に一切怯むことなく、淡々とした口調で言葉を切り返す。
一方ルリは、少し萎縮していた。
冒険者ギルド内にいる全員がこちらを見ていたが、何人かの冒険者は何かを察知したのか、静かに外に出始めた。
この五年間、いくら目立たないように過ごしていたとは言え、昔からマイヤーにいる冒険者たちの中には、アステリアの実力を知っている者がちらほらいる。
「このクソガキ!ぶっ殺してやる!」
スキンヘッドの大男は顔を真っ赤にしてアステリアに掴みかかろうとした瞬間、急に冒険者ギルド内の空気が重くなった。
心臓を締め付けるような圧迫感が、周りの全員に襲い掛かる。スキンヘッドの大男を含め、ほとんどの者が何とか意識を保っているが、膝をつき苦悶の表情を浮かべている。
新人の冒険者は意識を保つことができず、気絶している者も見受けられる。
「魔力圧か……こんなガキが……」
スキンヘッドの大男は、この状況に悔しそうに拳を握りしめる。
魔力の解放による威圧は、ギリギリ意識を保てるように手加減はしている。
ちなみに隣にいるルリは、けろっとしている。敵の魔力圧で戦意喪失しないように、日頃からアステリアの魔力を当てさせているからだ。
「私、バカは嫌いなの。特にあなたのような救いようのないバカはね。だからそういう人には、殴ってわからせるようにしているわ」
アステリアは魔力の解放を止めると同時に、膝をついているスキンヘッドの大男の頭を掴み、魔力を流す。
「気を失わないように、気つけの魔法と痛覚を倍にする魔法をかけたわ」
そう言ってからアステリアは、容赦なく大男の腹を拳で殴る。
「うぐっ!」
殴った衝撃で大男が吹き飛んでギルド内の物が壊れるということがないように、威力を調節して殴ったおかげで、大男の体が少し浮く程度に収まった。
それでも威力は相当なもので、さらに痛覚が倍になっているおかげで、大男はあまりの痛みに転げ回る。そして、痛みで気を失うこともないため、苦痛から逃げることはできない。
「おいおい、それくらいにしておけ!」
二発目を打とうとしていたアステリアを、ギルドマスターのローナンが止めに入る。
「あら、意外と早かったわね。人が多くなると、こういったバカが多くなるから困るわ」
「それは分かるが、ギルド内で魔力を解放するなと、あれほど言っただろ!俺たちはもう慣れちまったからいいが、初見の冒険者にはかなりきついぞ!周りを見てみろ!あそこの新人は気絶しちまっているじゃないか!」
「それは……悪かったわ」
周りの悲惨な状況に気づき、申し訳なさそうにするアステリア。
ちなみにこうしたことは、今までに数回あった。ついつい周りが見えなくなってしまうのは、アステリアの悪い癖である。
「まあいい。その子の冒険者登録するんだろ?」
「お願いするわ」
アステリアとルリはローナンに連れられて、ギルドマスターの部屋に入っていく。
ルリも十歳になっているため、登録はあっという間に終わった。
冒険者登録には特に試験等はなく、基本的に書類を記入するだけで登録できる。
「お前はまだ秘匿にしとくつもりか?年齢も十歳になったんだろ?」
「ええ、もう少しは秘匿冒険者で活動を続けるわ。もう少し家の問題のために、目立ちたくないの」
未だにアステリアの捜索をしているという情報が耳に入るが、半年過ぎているため、もうほとんど行われていないだろう。だが念のため、もう少しおとなしくしておきたい。
「おいおい、さっきの騒動を見てると、目立ちたくないって言葉が嘘に聞こえるぞ」
アステリアの魔力解放は周囲に被害が出るためかなり目立つ。ローナンの言う通り、目立ちたくない人間が行う行動ではない。
「それは、もう反省したわ」
アステリアは少し唇を尖らせ、拗ねたように答える。
「とか言って、今回でもう何回目だ?十回目だったか?」
「五回目よ!そんなにしていないわ」
五年半で五回のこのやらかしは、一般的には少ないかもしれないが、目立ちたくない人間がやっていると考えると、五回は多い。
「今度こそは、気をつけてくれよ」
「わかったわ。もうやらかさないわ」
アステリアはこう言っているが、しばらくしたらまたやらかすだろうとローナンは思っていた。




