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星崩しのアステリア  作者: 狐坂蒼
第一章 準備と決意

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第13話 試し殴り

 ヴェルラが精霊界に身を寄せてから、三ヶ月の月日が流れた。


 私の邸宅の右隣に新造された特注工房に籠り、彼女は基本、一心不乱に魔道具の鋳造へ没入している。時折、自作の成果物を売却するために現実世界の市場へ赴いているようだが、地上のあらゆる権力から隔絶された聖域の居心地は、天才職人の魂を大いに満足させているようだった。


 そして今、アステリアはヴェルラの手によって生み出された試作品の武器の戦闘実証を行うべく、イスタ岩山の荒涼たる断崖に立っていた。


 アラス大森林の最奥に連なるこの岩山は、先般蹂躙したオークの群れなど児戯に等しい、真に凶悪な高ランク魔物の巣窟である。


 今回の戦術目標は、Aランク指定個体――ガルドリザード。

 全身を頑強な岩の鎧で覆った巨大なトカゲだ。視覚神経は完全に退化しているが、額にそびえる水晶のごとき角をレーダーとし、周囲の空間波長を精緻に補足する生態を持つ。外殻を形成する岩盤は、奴が己の魔力で体表に融着・固定した強固な外装であり、これを剥ぎ取らぬ限り肉体への直接打撃は通じない。


 鉄壁の防御を誇る、重量級の戦闘生物。


「ガルドリザード。前線情報通りの武骨な面構えね」


 断崖の砂塵が舞う中、巨獣と対峙するアステリア。

 その小さな両拳には、鈍い光を放つ一対の新型武器が握られていた。


 ヴェルラに鋳造を依頼した得物――精霊神樹製トンファー。

 肉弾戦の理合を骨髄まで染み込ませたアステリアにとって、攻防一体のこの武具は最も戦術的親和性が高い。素材にはオーロリアから提供された、高密度かつ桁違いの魔力伝導率を誇る精霊神樹が惜しみなく使用されている。その極上の回路効率は、純粋な打撃武器の枠を超え、戦況に応じて『魔導杖』としての並列運用すら可能にしていた。


 突如、ガルドリザードがその巨大な顎を割り、体内に蓄積していた岩塊を音速で射出する。


 アステリアは微動だにせず、飛来する一対の岩礫に対し、トンファーのグリップを軸に滑らかに旋回をかけた。長い外殻側で空間を切り裂く。


 キィィンッ!と大気が鳴動する。

 極限まで鋭利に指向性制御された魔力の刃がトンファーの表面を覆い、飛来した岩塊を瞬時に二つへと両断していた。普通の鋼の剣など足元にも及ばない圧倒的な切断効率。


「魔力伝導率、術式の追従性、ともに申し分ないわね。私の神経系と完全に同調しているわ」


 対するガルドリザードは、自慢の遠隔射撃を容易く無力化されたことで、本格的な強襲へと戦術を遷移させた。岩の鎧を完全に噛み合わせ、直径数メートルに及ぶ巨大な『弾丸』へと相転移する。奴はその巨躯を凄まじい周期で高速回転させ、周囲の岩壁をスーパーボールのごとき軌道で乱反射しながら跳ね回り始めた。


 狂気的な加速を続ける質量兵器。激突された巨大な岩盤が爆音とともに粉砕され、石畳の地面が爆縮したように抉り取られていく。


 限界速度――トップスピードに達した瞬間、巨球は重力の理をねじ伏せるような直線軌道で、アステリアの頭上へ向けて肉薄した。

 全方位へ回転しながらも寸分の狂いなく目標を補足できるのは、あの額の水晶角が放つ空間探知の恩恵に他ならない。


 迫る、質量と速度の暴風。

 アステリアは寸刻の動揺もなく軸足を固定し、両腕のトンファーを正中線へと構えた。老練なる兵法の目。狙うは一点、弾道の完全なる中心。


「――『破拳』」

 極限まで圧縮された魔力が接触面で爆縮を起こし、強烈な指向性衝撃波がガルドリザードの巨球を正面から叩き潰した。空間を震わせる轟音とともに、巨大な球体が軌道を強制反転され、後方の断崖へと凄まじい勢いで吹き飛んでいく。


 岩肌を激しく削りながら地面を転がる巨躯。

 だが、ガルドリザードの生命反応は衰えていない。それどころか、仕切り直すように即座に四肢を地に立て、アステリアを睨み据えた。本気の『破拳』を直撃させたにもかかわらず、その外殻である岩の鎧には、微細な亀裂すら入っていない。


 ガルドリザードは、魔物界においても最上位に位置する絶対の鉄壁。身に纏う外装はただの岩石だが、奴の体内固有の魔力によって分子構造レベルで強靱化された硬化装甲は、下位の竜種が放つ一撃すら無傷で弾き返す。


 つまり、どれほど力を込めても破壊できない、最高の『サンドバッグ』。


「素晴らしいわ。この新しい相棒の限界性能を測定するのに、これ以上ない極上の実験体じゃないの」


 数十メートルの距離を挟み、両者の殺気が交錯する。

 先ほどの一撃により、巨獣の魔力波長は狂暴な怒りへと完全に染まっていた。


 兵学上の定石として、これほどの距離が開いた場合、次の一手は再び遠距離からの牽制、あるいは面制圧へ移行する可能性が極めて高い。だが、初撃の単発射出を容易く迎撃された事実をあの角で認識している以上、同じ戦術を繰り返すほど愚かではないはずだ。


 予想通り、ガルドリザードは巨大な口を開き、再び体内の質量エネルギーを充填。しかし、今度射出されたのは単発の巨岩ではなく、数千に及ぶ微小な石礫――広範囲を瞬時に蜂の巣に変える、面制圧用の『散弾』であった。


「あら、面による弾幕展開も可能なのね」


 アステリアは思考速度と動体視力の術式を脳幹へと過充填し、世界を緩慢な静止画へと引き戻した。

 網膜を埋め尽くす無数の石礫。そのすべての弾道を一瞬で演算し、最小限の体捌きで紙一重の回避を連続させる。どうしても空間的に躱しきれない死角の数弾に対してのみ、両腕のトンファーを達人の速度で捌き、火花とともに弾き落としていく。


 ガルドリザードの体内の蓄えがどれほど潤沢なのか、奴は一分近くもの間、高圧の散弾を絶え間なく吐き散らし続けていた。アステリアの背後にあった頑強な岩盤は、無数の石つぶてによって文字通り蜂の巣のようにボコボコに抉られ、その威力の凄まじさを物語っている。通常の人類であれば、一発の直撃が生死を分かつ致命傷となる。


 だが、その嵐の中に立つアステリアの髪一本にすら、弾丸が触れることはない。

 弾幕が効果を成さないと瞬時に判断したガルドリザードは、無駄なエネルギー消費を嫌って射出を急停止。再びその巨躯を丸め込み、回転運動を再開した。


 しかし、今度は単調な直線突撃ではない。アステリアの間合いを中心に、円軌道を描きながら地を滑る。

 速度の上昇に伴い、イスタ岩山の乾燥した赤土が爆発的に巻き上がり、辺り一面を完全な煙幕となって包み込んだ。視覚情報による標的の完全なる喪失。


 トップスピードを維持したまま、砂塵の死角――背後から、音もなく巨球が強襲する。


「戦術的な知恵はあるようね。でも、いくら視界を遮ろうが、空間の魔力波長を完全探知できる私に、煙幕など他愛のない子供騙しにもなりはしないわ」


 アステリアは振り返りざま、盲点から肉薄したガルドリザードの回転軸へ向け、トンファーの硬質面を正確に叩き込んだ。だが、巨獣もさるもの。先ほどの衝突とは異なり、殴られた衝撃を丸い車体の回転運動へと受け流し、むしろその推進力を利用して周囲の岩壁を鋭角にバウンド。さらなる加速エネルギーへと変換し、即座に第二撃、第三撃の突撃を多方向から敢行した。アステリアの拳が触れるたび、ガルドリザードの突進速度は乗数的に跳ね上がっていく。


 秒速を更新し続ける残像の嵐。その超高速戦闘に対応すべく、アステリアは両腕のトンファーによる捌きに留まらず、合気と身体強化を乗せた足技を並列で発動。アクティブに跳ね回る凶弾を、すべて空間の境界線上で完璧に迎撃し続けた。その顔に、焦燥や怯えといった負の感情は爪の先ほども存在しない。可憐な唇の端は狂おしく釣り上がり、かつての紛争地帯で戦鬼と呼ばれた男の魂が、純粋な歓喜となってその双眸に燃え盛っていた。


「上質な近接格闘の訓練としては満点だけど、そろそろ時間ね」


 アステリアは突入してきた巨球の底面へ向け、すくい上げるような打撃を敢行。

 運動エネルギーを垂直方向へと強制変換されたガルドリザードは、大気を切り裂きながら上空へと文字通り打ち上げられた。三次元の空中においては、奴の絶対の武器である『壁を使ったバウンド加速』は不成立。推進力を喪失した巨体は、完全な自由落下の状態へと陥る。戦術的想定外の事態に動揺したのか、ガルドリザードは空中で球体の結合を解除してしまった。無防備な四肢を無様にばたつかせながら、重力に従って直下へと急降下してくる。アステリアは深く腰を落とし、迎撃の型を構えた。


 落下する巨獣の影が、己の小さな全身を覆い尽くす。狙うは、装甲の存在しない、奴の唯一の弱点。


「――『破拳』」

 岩の鎧に守られぬ無防備な腹面へ、極限まで圧縮された絶大の魔力衝撃が直撃した。内側へ向けて貫通した指向性エネルギーは、ガルドリザードの頑強な内臓諸器官を、一切の抵抗なく一瞬で粉砕する。打撃の余波で数メートル後方へと叩き付けられた巨大なトカゲは、不恰好に地面を転がり、それきりピクリとも動く気配を見せなくなった。完全なる沈黙。生命活動の完全停止を確認する。


「やはり、私にはこの武具の理合が最も馴染むわ。前世の修羅場で、あらゆる戦技を骨の髄まで貪り尽くしておいて本当に正解だったわね」


 前世において趣味として、そして実戦として修めてきた無数の武器術の中でも、攻防一体を極めたトンファーは特にお気に入りの武器であった。ヴェルラの技術、そして新兵器の戦術的ポテンシャルに極上の満足感を得たアステリアは、ガルドリザードの巨躯を虹色の精霊石の指輪で精霊界へと一括収納。

 何事もなかったかのように白い令嬢服の裾を翻し、再びマイヤーの街へと静かに帰還していった。



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