第10話 婚約白紙そして新たな婚約
この別荘に来てから二十日が過ぎた。
アステリアはベランダでお茶を飲み、ゆったりとした時間を過ごしていた。
「お嬢様。ロイド様から手紙が来ております」
「お父様からの手紙ねぇ……おそらく婚約のことだと思うわ」
リサから手紙を受け取り、中を確認する。
内容は予想通り婚約のことだった。
まず、アステリアとレオハルト殿下の婚約が白紙になったこと。そしてアステリアの新しい婚約が決まったとのことだ。
新しい婚約者は四十歳年上のペドリック・ロンコリ伯爵。若い女性が好きで若ければ若いほどいいらしく、支度金もかなりの額を納めてくれるらしい。すでに何人もの女性を妻として迎えている。
ちなみに婚約と言っても、今は口約束の婚約だ。
法律的に成人と未成年の婚約は、未成年者は十歳にならないと正式に婚約ができない。
つまり、後五年時間があるということだ。
「予想通りの内容ね。私と殿下の婚約が白紙になって、今度は私とロンコリ伯爵の婚約が決まったみたいよ」
「え!?あの変態ロリコ……こほん。ロンコリ伯爵との婚約ですか?」
あまりの驚愕する情報に、リサはつい本音をポロリしていた。
「大丈夫よ。こうなることも予想していたから。それにまだ五年時間があるわ」
「それにしても、あのロンコリ伯爵ですか……」
「あそこは金払いが良いからね。おそらく支度金目当ての婚約よ」
そう言いながら、アステリアは手紙を魔法で燃やす。
とんでもない相手と結婚させられそうになっているのに、落ち着いているアステリアを見て、リサは次第に落ち着きを取り戻す。
「そんなことより、あなたに渡す物があるわ」
アステリアは、虹色の石がついた指輪を取り出し、リサに渡す。
アステリアが、精霊神から貰った精霊石の指輪と同じ物である。
精霊界にある拠点にも、リサが自由に行き来できれば便利であるため、今回精霊神に事前に許可を取り、リサの分の指輪を貰ってきたのだ。
「こんな高価そうな指輪を私に?」
虹色の石というだけでも希少価値が高いため、リサは戸惑っているようだ。
「とりあえず指にはめなさい。はめたら魔力を流してみて」
言われるがまま指輪をはめ、魔力を流す。
すると、アステリアの時と同じように精霊界の入り口が出てくる。
「これはいったい……」
「この先は精霊界に繋がっているの。中に入りましょう」
突然現れた未知の物体に、恐怖している様子のリサをよそに、アステリアは先に精霊界に入って見せる。
「あ、お待ちください。お嬢様」
未知の物体に呑み込まれるように消えるアステリアを慌てて追いかけ、リサも精霊界に入っていった。
目の前には精霊神に建ててもらった拠点に、辺りをふわふわと浮かぶ精霊たち。基本的には丸いフォルムの発光体の様な精霊が多いが、稀に精霊神と同じような人型も見かけることがある。おそらく上位の精霊だろう。
「ここは……。お嬢様は精霊界とおっしゃっておりましたね」
リサは、先ほどまでとは全く違う世界観に圧倒されていた。
「そうよ。ここが精霊界。周りを飛んでいるのは精霊たちね」
「このような世界が本当に存在しているなんて……」
キョロキョロと辺りを見回すリサ。
まるで最初に足を踏み入れた自分を見ているようだ。
アステリアは、そんなリサを引き連れながら話し始める。
「この世界について軽く説明するわ。まずこの精霊界は私たちの住んでいる世界を存在させるために必要な場所なの。例えばあそこに火の精霊がいるでしょ。火の精霊はたくさんいるのだけど、もしすべての火の精霊が消えてしまったとしたら、私たちが住んでる世界では火が使えなくなるの。火の魔法はもちろんのこと、雷が落ちて火災が発生することすらなくなるわ。そして他にも水や雷、時や記憶などといった様々精霊が存在しているわ。私たちが住んでいる世界を構成するための部品的な役割をしているって言えば、わかりやすいかしら。例えるなら、普段私たちが見ている時計の針と数字が私たちの住んでる世界とすると、精霊界はその裏の針を動かすための内部構造ってことよ」
「私たちが住んでいる世界と、精霊界との関係は何となく分かりました。それで、私をこちらに連れて来た理由はなんでしょうか?」
「それは目の前にあるわ」
リサの目の前には、二階建てでセラフィードの屋敷の半分程度の大きさの家が建っている。
「なかなか大きな家ですね。今住んでいる別荘と同じくらいの大きさではないでしょうか」
「この建物がここでの私の拠点よ」
正直この広さを一人で管理するのは無理がある。ただでさえ冒険者業で忙しいのに、この家の管理までするのはさすがに厳しかった。
「今後状況によっては、ここを使うこともあるから、あなたも自由に出入りできた方がいいと思ってね。できる範囲でいいからここも管理してほしいの」
「わかりました。そういうことであればお任せください」
「帰る時は、来た時と同じように指輪に魔力を流せば帰れるわ。ちなみに来た時と同じ場所にしか出口を作れないから、これを利用して長距離移動とかはできないからね」
好きな場所に出口を作れたらなんちゃって転移ができると思い試したことがあったが、何度試しても入ってきた場所と同じ場所に出てしまうため、精霊神に直談判したことがあった。
転移ができればかなり便利だ。便利だと人はそのための発明をしようとしなくなるため、三神は転移系の魔法にはかなり制限をかけているらしい。
「あとその指輪は、精霊神から貰った物だから後であいさつに行きなさい。あそこの神殿に居るはずだから」
アステリアは、拠点の右後方に見える神殿を指さす。
家と神殿の距離はかなり近く、百メートルほどしか離れていない。
「せ、精霊神ですか……わかりました」
精霊神を含む三神の話は昔から耳にすることが多いため、精霊神という言葉を聞いたリサは、色々と情報を処理しきれなく困惑している。
ちなみにアステリアは、神話関係の話は全く興味がなかったため、実際にオーロリアに会うまでは精霊神という存在すら忘れていた。
「じゃあそろそろマイヤーに行ってくるわ。今日はちょっと遅くなるから、晩御飯はいらないわ」
「わかりました。ちなみに冒険者の活動で遅くなるのですか?」
「いや、違うわ。ちょっと釣りをしてくるの」
そう言って、精霊界から出ていくアステリア。その顔は少しニヤリとした笑みが、微かに見えた。




