第9話「教授は、いつも正しいタイミングで現れる」
夜、縁はスマートフォンで「桐谷隆 民俗学」と検索した。
出てきた最初のヒット——地方国立大学の准教授、専門は地方神の変遷と消去。
論文タイトルをいくつか確認すると、「封じられた祭神の系譜」「明治神仏分離と地方信仰の抹消」が並んでいた。高原の研究テーマと、ほぼ重なっている。
最後の活動記録は三年前。その後、大学のウェブサイトから名前が消えていた。
失踪、という言葉は出てこない。ただ、静かに消えていた。
翌朝、縁は高原を探した。
祭りの二日目、境内には人が増えている。高原は参道の端にいた。手帳に何かを書いていた。縁が近づくと顔を上げた。
「少しよろしいですか」
「どうぞ」
「桐谷隆という方をご存知ですか」
高原の手が、止まった。
止まった、というのが正確だった。ペンが紙の上で静止し、次の文字を書こうとして、書かなかった。その間は一秒か二秒か——ただ、縁が質問を終えてから高原が口を開くまでの間は、答えを選ぶには長すぎた。
「……かつての同僚です」
「かつての」
「三年前まで、同じ大学にいました。今は——消息がわからない」
縁はその言葉を聞いた。嘘ではない、という感触があった。ただ、話せることの全量を話しているわけでもない——その感触も、同時にあった。
「封筒の中の資料に、桐谷さんの名前がありました。守さんとの関係について、何かご存知ですか」
「守さんとは……直接の面識はなかったと思います。ただ桐谷が以前、比奈木を調査しようとしていたのは知っています」
「なぜ消息がわからなくなったんですか」
「本人の意思で、姿を消したようです」
高原は手帳を閉じた。
「それ以上は、私にもわからない」
「失踪届は出ていますか」
「ご家族が捜索願を出したと聞いています。ただ——本人が自発的に姿を消したと判断されたようで、警察は積極的には動いていないと」
縁はメモに書いた。捜索願あり、警察消極的。桐谷の失踪は事件ではなく「自己都合による行方不明」として処理されている。
話が終わった、という区切り方だった。縁はそれ以上は聞かなかった。
宿に戻って、縁はノートに書き出した。
高原浩二は桐谷の後輩で、同じ研究テーマを持つ。桐谷が三年前に比奈木を「要調査」と記録していた。高原はその三年後に比奈木に現れた。
(師の調査を引き継いでいるのか。それとも——何かを隠しに来たのか)
どちらも、成立する。
縁はペンを置いた。
高原が「かつての同僚」と言った時の間の長さは、嘘をついていないことを示していた。だが嘘をつかないことと、全てを話すことは、別のことだ。
高原はまだ、何かを持っている。
縁はノートを閉じ、窓の外を見た。
高原がいつ、なぜ比奈木に来たのか——それを解くには、桐谷が何を調べようとしていたかを知る必要がある。桐谷の論文テーマは「地方神の変遷と消去」。比奈木の「ひな」という名前が、その研究にどう関わるのか。
縁は蒼に電話を入れた。
「一つお願いできますか。比奈木という地名の由来や、この村の土地神について書かれた古い文書が、どこかに残っていないか調べてほしいんですが。村の外の図書館でも、郷土史料でも」
「……わかりました。心当たりがあります」
電話を切って、縁はメモの続きを書いた。




