第7話「祭りの初日、奥村正子は踊らなかった」
百年祭の初日は、晴れた。
午前中から神楽が始まり、昼すぎに奉納舞が行われた。境内の中央に輪ができ、村人が一人ずつ加わっていく。笛と太鼓が緩やかに鳴り響く中、白い衣装の咲が輪の中心に立っていた。
縁は石段の端で、それを見ていた。
輪の中に、いない人がいた。
奥村正子が輪の外に立っているのを、縁はすぐに見つけた。全員が加わる踊りのはずなのに、正子だけが少し離れた木の陰にいる。
縁は近づいた。
「体調が優れなくて」
正子は縁の顔を見て、先に言った。
「無理せず、見ていてください」
「見ているだけで十分です」
その目が、三倉巌の方を向いていなかった。村の最古老として三倉家の遠縁でもある正子が、巌のいる方向だけ視線を避ける。意識的に、静かに。
縁は輪の方を見た。笑顔が並んでいる。
正子が低い声で何かを言った。
「すみません」
縁は聞き取れなかった。
「今——」
「板の裏に、目を塞いだ」
縁は正子の横顔を見た。輪の方を見たまま、続きを待った。
「守さんは……」
そこで正子は止まった。口が少し動いたが、声にならなかった。
「守さんが、何か?」
正子は答えなかった。縁を見ていない。三倉巌のいる方向も見ていない。輪の中の踊りを見ているようで、見ていない目だった。
縁はしばらく隣に立っていた。正子はもう口を開かなかった。「板の裏に、目を塞いだ」——棟札のことか、それとも別の何かか。守さんは何をしようとしていたのか。正子はその先を知っていて、言えなかったのか、言わなかったのか。
祭りが終わると、縁の中に前夜からの感覚が戻ってきた。
高原のノートが減っていた。守が誰かと口論していた。正子の「罰が来る」という言葉。深夜の数え声。ばらばらな情報が、ただばらばらのままそこにある。
(前夜のノックを、また止めた)
縁は自分の行動を振り返った。直感に従った失敗と、直感を止めた失敗。どちらが積み上がっているのか、もう数えられない気がした。
日が暮れ、宿に戻った。窓際で祭りの記録をまとめ、メモを整理し、明日の動きを考えていた。
22時すぎ、ふと顔を上げた。
神社の方向に灯りが見える。境内の提灯ではなく——守が生前に使っていた、社務所の奥の部屋の窓だった。
昨夜から誰も使っていないはずの部屋に、確かに明かりがある。
縁は上着を手に取った。今度は、止めなかった。
ミステリにおける最大のヒントは、「何かが起きたこと」ではなく「何かが起きなかったこと」です。
正子の「板の裏に、目を塞いだ」という言葉。この意味がわかるのは、もう少し先です。
同時連載中の「AI僕」も毎日19時に更新しています。近未来SFとホラーミステリ、交互に読むと不思議な体験になると思います。




