第5話「移住者は、何を見ていたか」
収穫が終わった後の畑は、骨だけ残した植物が立っているようだった。
神社から村を見下ろすと、集落の外れに一人で土を耕している人影があった。縁は坂道を下った。
「遠野さん、ですか」
農具を置いた男は振り返った。背が高く、日焼けしている。目が少し伏し目がちで、縁を見るとき少し間を置いた。
「遠野蒼です」
「宮乃木といいます。百年祭の取材で来ています。お邪魔でなければ」
蒼は畑の端の石に腰を下ろした。「どうぞ」
蒼が比奈木村に入ったのは二年前だった。縁が経緯を聞くと、「農業がやりたかっただけです」と答えた。嘘ではなさそうだった。ただ、それ以上の何かがある気もした。
「守さんのこと、知っていましたか」
「挨拶くらいは」
蒼は遠くを見た。
「真面目な方でした。よく神社裏を一人で歩いていた。早朝に」
「最近の様子はどうでしたか」
「秋になってから、落ち着かない感じでした。よく辺りを見回していて。何かを怖がっているような」
縁はメモを取った。
「守さんが亡くなる前夜、何か覚えていますか」
蒼の手が止まった。
「……誰かと口論していました」
「誰と」
「暗くてわからなかった。声だけ。守さんの声は聞き分けられましたが、相手は——男性だということしか」
「場所は」
「神社の裏手から。崖の上の方です」
縁は崖の方角を見た。警察が
「転落事故」
と処理した、あの崖。
「そのことは、警察に話しましたか」
蒼の視線が、少しだけ下に落ちた。
「……話しました」
「何と言われましたか」
「『参考にします』と。それだけでした」
蒼は石を見たまま言った。
「この村では、駐在さんも三倉さんの身内みたいなものですから。昔からそういう村なので」
縁はメモを取った。警察が取り合わなかった——あるいは、取り合えなかった。どちらかはわからない。ただ、転落事故という処理が一層薄く見えた。
話題を変えようとしたとき、蒼が先に言った。
「この村の地名のこと、調べたことがあります」
縁は顔を上げた。
「比奈木——古い書物で『鄙木』と書いた例があります。山奥の木、という意味です。ただ別の読み方もあって、ひなの木、と読んだ記録もある。地名になる前に、人の名前があったんじゃないかと思って」
「なぜそこまで調べたんですか」
「この村には、ずっとここにいる気がして」
蒼は少し笑った。自分でもよくわからないという顔だった。
「住み始めたら、ここの歴史がどうしても気になって。おかしいですね」
(移住者としては、少し深すぎる)
縁はその感覚を留めておいた。
「村長の三倉さんと話したことはありますか」
「たまに」
蒼は頷いた。
「息子さんの話を一度されたことがあります。都会に出ているとか——戻ってこないって、少し寂しそうに言っていましたね」
縁はメモの隅に「三倉・息子(都市部)」と書き留めた。
夕方の風が、刈り取られた畑を渡った。遠くで太鼓の練習音が聞こえた。百年祭まで、あと一日。
高原はどこにいるのか——今日、一度も見ていないことに縁は気づいた。




