表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土地神殺し ―比奈木村の百年祭―  作者: 霧原 澪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/24

第4話「村長は笑顔で嘘をつく」

巌を訪ねたのは翌朝だった。


村長の家は神社の北、集落の中では最も大きな造りの古民家だった。玄関を開けると、巌はすでに縁を待っていたように居間にいた。——あるいは、本当に待っていたのかもしれない。


「どうぞ、お上がりください」


お茶が出た。縁は行方不明者リストを持参していたが、すぐには出さなかった。


「守さんのことを少し聞かせてください。百年祭の準備はどのくらい進んでいたんでしょうか」

「守さんはよく準備していましたよ」


巌は茶碗を両手で持った。


「あの方は几帳面な人でしたから。今年はとくに、熱心に資料を集めていたようで」

「資料というのは」

「神社の由来とか、祭礼の手順とか——まあ、宮司としての仕事ですね」

「守さんが亡くなった前日、何か気になったことはありましたか」

「いいえ、特には」


即答だった。間がなかった。

縁はお茶を一口飲んでから、折りたたんだ和紙をテーブルに置いた。


「公民館の資料の中に、これが挟まっていました。百年前の行方不明者リストのようです」


巌は紙を見た。手は伸ばさなかった。


「ああ」


また笑顔だった。


「古い話ですね。私もこれは知っていますが、詳細はわからないんですよ。当時の記録が少ないもので」

「森田ひな、という名前が気になりました」

「そうですか」

「棟札の塗りつぶしを調べていまして。下に『比奈木大神』という字が透けて見えます。ひな、という音に——」

「宮乃木さん」


巌が、名前を呼んだ。声の温度は変わっていない。ただ、速さが変わった。


「民俗学の方が見ると、何でも繋げて考えたくなるのはわかります。ただ、地方の神社の棟札というのはいい加減なものでして。記録の誤りや、読み違いも多い。本当のことを知りたいのでしたら、由緒書きをご覧になるのが一番ですよ」


縁はその笑顔を見た。

崩れていない。ただ、言葉の選び方が変わった——「棟札は古いものが多くて」と話題を補足し、「由緒書きをご覧に」と別の方向を示し、「私の知っている範囲で」と誠実さを演出する。

どれも正論だった。反論できない正論を積み上げて、縁の言葉の続きを塞いだ。

笑顔は一度も崩れなかった。



村長の家を出ると、軽自動車が一台、道端に停まっていた。初めて見る車だった。


「こんにちは」


助手席の窓が開き、男が顔を出した。四十代半ば、丸眼鏡、ベージュのフィールドジャケット。何冊かのフィールドノートを膝に抱えていた。


「高原浩二といいます。民俗学の研究者です。百年祭の調査に来ました」


縁は会釈した。

「宮乃木縁です。フリーライターで」


「ライターさん」

高原は眼鏡を押し上げた。


「記事にされるんですか」

「まあ、そのつもりで。高原さんはどちらからですか」

「都内の研究所です。ちょっとした調査で」

「どんな調査ですか」

「地方神社の変遷についての研究です。まあ、学術的な話で」


言葉が短く切られた。縁は少し間を置いた。


「比奈木神社が目的ですか」

「ええ、まあ」


高原は眼鏡を押し上げた。


「各地で祭神が書き替えられている事例を調べていまして。比奈木はその……候補の一つです」


祭神が書き替えられた神社。

縁は内心で、その言葉の含みを繰り返した。


「以前にも来たことがありますか」


高原の動きが、わずかに止まった。それから、自然な笑顔で答えた。


「いえ、初めてです。資料で調べていただけで」


縁は「そうですか」と返した。

高原が車を降り、荷物を整えている間、縁は守の崖の方角を見た。昨日よりも風が強く、木々が揺れている。

——「以前にも調査したことがある」という言葉が、あとから来る予感がした。

まだ来ていないだけで。



その日の夜、縁は宿の机でノートを開いた。

わかっていること。棟札の塗りつぶし。行方不明者リスト。「森田ひな」という名前と「比奈木大神」という音の一致。守の死に巌が持つ微妙なズレ。高原という新たな研究者の到着。

わからないこと。守は何を調べていたか。百年前に何が起きたか。巌は何を守っているか。

縁はペンの尻で、「森田ひな」の名前を軽く叩いた。


この名前が、全ての入口になる気がする。


直感だった——また、直感だった。

縁はその予感を打ち消さなかった。ただメモに書いた。今度はすぐに次の行に移った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ